深瀬瑞希 1/6
俺が涙を枯らすまで一頻り泣いた後、瞼を腫らしたまま予鈴と共に元いた教室へと戻る。
千野は去り際に「また明日!」と言っていたので、帰りは一緒ではないんだなと少し落ち込んだ。
期待はしてなかったけどね。ほんとだよ?
西棟北端の階段で千野に別れを告げると、二階まで登っていく。
二年四組は北端の階段から少し廊下を歩いて行かねばならず、教室までの道のりが心なしか遠く感じた。
すると、ちょうど廊下の反対側から歩いてくる影が見えた。
目を凝らして見ると、それは転校生の深瀬さんだった。
彼女を目にした俺は、さっき千野が言っていた一言をふと思い出した。
「私は、そうやって落ちていった無実の人を見殺しにはできません」
その『落ちていった無実の人』が、この学校という社会には沢山いるのだ。
深瀬さんが無実だとか何だとか詳しい事は正直分からないが、今日この半日見る限りでは、彼女も俺と同じ奈落に落ちた、若しくは落とされた一人であるのは確かだ。
そんな彼女を、千野なら助けるんだろうなと思った。
まぁ俺みたいな奴から声を掛けられたところで、彼女が救われるだなんて思わないけど、何か俺と近しい闇を抱える彼女に、不思議と惹かれるものがあった。
どんな事情を抱えているのだろうかと、ずっと気になって仕方がなかった。
とはいえ、俺が関わってやる義理なんてないけど。
色々言い訳しているが、結局俺は彼女に話しかけるのがただ恥ずかしいだけなのだと自覚していた。
そりゃそうよ、何せ俺は二年に上がるまでの一年間、学校でまともに人と会話しなかったんだから。
千野も有松も、あっちから話しかけてきたからなんとかギリギリ会話になる程度のレベルで話ができたのであって、俺自身にコミュ力があるわけでもないし。
そう理解しているだけ、褒めてもらいたいもんだ。
教室のドアを開けると、一番前の真ん中の席で机に突っ伏していた凛の姿が目に入った。
良かった、またあの怖えぇ眼光向けられたらヤだし。
そのまま教卓の前を通り抜け、一番窓際の後ろにある自分の席へと向かう。
すると、有松が話しかけてきた。
めっちゃニヤついてやがる。
「なぁ、おい春日。美沙ちゃんと何喋ったの?」
想定していた、想定したくなかった質問にイラッとした。
こいつ俺をからかってやがる。
「うっせえな、何も喋ってねえよ」
相変わらず男には辛辣な態度の俺。
すると有松は懲りずに問い詰めてくる。
「あれだけ一緒にいて何も喋ってねぇことねぇだろ(笑) 水臭ぇな、俺と春日の仲なのによぉ〜」
馴れ合ってくる有松を尻目に席に就く俺。
そのまま窓の外を眺めながら適当にあしらった。
「今日知り合ったばっかの奴に親友ヅラされたかねぇよ、バーカ」
そしてある懸念点を思い出した俺は間髪入れずに問い正した。
「てかお前、誰かに俺が千野と飯食う話、したりとかしてないよな?」
すると有松は、ニンマリと悪巧みを思い付いたかのように笑って言った。
「言ってねぇけど、何話したか教えてくんないなら、春日が美沙ちゃんの前で男泣きしてたこと、みんなに言いふらしちゃおっかな〜?」
それを聞いて俺は有松に目を向け咄嗟に言った。
「いや、おい。なんで知ってんだよ! 見てたのか⁉︎」
すると有松は呆れたような表情でこう言った。
「見てたも何も、あんなみんなの目に付くようなベンチに座ってたんじゃ、見ないなんて選択肢無いっしょ」
俺は頭を抱えた。
「それ…クラスのみんな見てたわけ…?」
俯き悶える俺に、つまらなそうに有松は告げた。
「いんや。俺ともう一人しか気付いてなかったっぽいよー」
有松の言う『もう一人』が引っかかる俺。
「もう一人って誰だよ?」
そんな俺をからかうように、有松は言った。
「何も教えてくんない春日には教えなーい!」
あぁウゼェ…
と、気付いた時には授業開始のチャイムが鳴っていた。
五限、六限の授業は相変わらず退屈だった。
五限は現国、六限は現代社会の授業だったが、どちらも為になるとは思えなかった。
現国は著者の思いとか登場人物の感情とかばっかで、俺が抱いた感情をどうやって人に伝えるかを教えてはくれないし、現代社会は社会構造ばっか教えてくるだけで、人間社会から排除された人々の行く末や導き方や教えてくれるわけではない。
何一つ、俺の役には立たない気がした。
多分誰しも抱いた事がある感情だと思う。
数学なんて数学者以外は社会に出て使うことなんて無いし、英語は海外に出る奴だけ使えれば問題ない。
理科系の科目は言わずもがなだろう。
学校はいつも大切な事を教えてはくれない。
唯一為になりそうな道徳の授業でさえ、その秩序の形成には何の役にも立っていない。
これは中学時代に嫌と言うほど痛感した。
道徳の授業では誰も救えない。
俺たちが生きる糧にすらならない。
綺麗事を幾ら並べたところで、それは汚れの前では無力である。
綺麗なところはいくらでも汚せる。
汚したところは、適切な道具で清掃しなければ余計に悪化する。
残念ながら、道徳は学校社会という汚れに適切な道具ではない。
生温い戯言を幾ら並べたとて、現実はそう簡単に変えられはしないのだ。
そう言い訳しながら、今日もしっかり爆睡をかました俺だったが、目が覚めて辺りを見回すと、西日が廊下から刺して、誰もいない教室を真っ赤に染めていた。
授業はとっくに終わっており、校庭では運動部の連中が片付けに取り掛かっていた。
うわぁ、完全に寝過ぎたな…。
そう反省しながら、俺は帰りの準備を始めた。
出しっぱなしの現国の教科書をリュックにしまっていると、急に聞き覚えのある声が聞こえた。
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