第九十九話 「寅の穴」
「城を持たないって……どういう事だ?」
しゃらくが思わず声を上げる。それはしゃらくだけではなく、シカもウンケイもスイメイも驚いていた。
「攻められたら終いじゃねぇのか?」
ウンケイが腕を組む。
「・・・いや、やり方次第だ。やり方次第では、巨大な要塞よりも難攻不落だったりする」
スイメイは静かにそう言うと、後方の土山をちらりと見る。
「・・・面白いな」
スイメイが口元を少し歪める。
*
やがて一行は寅将軍の大館の中へ入っていく。すると館は圧巻だった。広大な敷地、幾つもの渡り廊下、手入れの行き届いた庭園、立ち並ぶ蔵。
「でっけェ……!」
しゃらくは目を輝かせ、館へ入った瞬間から落ち着きが無い。右を見て驚き、左を見て驚き、天井を見上げて驚いている。
一方でシカは周囲の警備を観察する。
「警備兵の配置に無駄が無いな」
スイメイも頷く。
「建物そのものが戦を意識している。見事だ」
ウンケイは巨大な柱を軽く叩く。
「この柱一本で家が建つぞ」
「叩くな」
シカが即座に突っ込む。
その横ではブンブクが、何を思ってか高そうな壺へ一直線に行こうとする。
「ダメ! そっちに行っちゃダメだ! そんな壺、割りでもしたら末代まで死刑だぞ!?」
コシトキの悲鳴が響く。すると先頭を歩いていたハヤテが、ニコリと笑って振り返る。
「大丈夫大丈夫〜。そんなの割ったって別に怒られないよ〜」
「私が怒ります!!」
コシトキだけが必死である。
対照的にバゲンと中太郎だけは平然としている。
「相変わらずすげぇな」
「ですね」
二人はまるで近所へ来たような顔だった。
やがて一行は、奥の大広間へ通される。そしてハヤテはここで待つよう告げると、外へ出ていく。バゲンは最前列に正座し、皆もその後ろへ並んで正座する。
広間は静まり返っている。しかも、あのバゲンが正座している。
それだけで空気が変わった。もうコシトキは顔面蒼白である。
「吐きそうです・・・」
しゃらくも落ち着かなかった。祖父かもしれない人物に会う。その事ばかり考えている。
すると突然、バンッ! 襖が勢いよく開く。全員の背筋が伸びる。
しかし入って来たのはハヤテ。
「びっくりしました? お館様は今来ますから、もう少し待っててください」
一気に力が抜ける。コシトキは本当にへたり込む。
だがそんなハヤテも家臣席へ正座すると、一言も喋らなくなった。先程までのおしゃべりが嘘のようである。その姿に、しゃらく達は再び緊張する。
すると、ズシン! ズシン! ズシン! 重い足音が館内に響く。それを聞いたコシトキが生唾を飲み込む。
再び襖が勢いよく開く。中へ入って来たのは三人。最初は長髪の男で、派手な羽織、胸元を大きく開けた着物を着て、欠伸をしながら入ってくる。そして胡座をかき、頬杖をつく。続いて入ってきたのは、髷を結った細身の老人。見た目はただの老人だが、広間へ一歩踏み込んだ瞬間、空気が変わるのが分かる。老人は無言のまま正座する。そして最後に入ってきたのは見上げるほどの大巨漢。上背は、大男のウンケイの倍以上あり、かつて戦った偽酒呑童子を思い出すほど巨大である。一見でっぷりと太って見えるが、全身筋肉質であるのが分かる。巨漢は何も言わず胡座をかく。その迫力だけでコシトキは限界だった。
「ひ、ひぇ・・・」
バタリ。コシトキが気絶。隣のスイメイが慌てて受け止める。
三人はハヤテの前に並んで座り、長髪の男は退屈そう。巨漢は前だけを見ている。
一方で老人だけはこちらを見ており、まずバゲンへ小さく会釈。
それからしゃらくを見る。そしてハッとしたような顔をして、しゃらくを見つめている。しゃらくは居心地悪そうに目を逸らす。
すると三度目の襖が開く。そして誰かが広間へ足を踏み入れたその瞬間、ハヤテ、三人、バゲン、中太郎の全員が一斉に頭を下げる。それを見たしゃらく達も慌てて続く。額を汗が伝う。
すると快活な声が響く。
「バゲン! よく来たな! 面を上げろ!」
前のバゲンが顔を上げるのを見て、しゃらくが顔を上げる。そこにいたのは優しそうな老人だった。赤く派手な羽織に、つるりとした頭、長い髭。想像よりずっと気さくそうだった。
しゃらくはほっと息を吐く。だが左右を見ると、自分と中太郎しか頭を上げておらず、ウンケイもシカもスイメイもまだ頭を下げている。ブンブクはシカの背中に隠れ、コシトキは引き続き気絶中である。
「おい、どうしたんだよ」
しゃらくが小声で聞く。ウンケイが額に汗を浮かべている。
「なんて威圧感だよ。・・・お前よく平気だな? 頭上げたくても上がんねぇんだ」
しゃらくは首を傾げる。自分には威圧感などまるで感じなかったからだ。むしろ前に座る三人の方が恐ろしく感じる。
すると、バゲンが口を開く。
「此度はご多用の中、謁見の機会を賜り、誠に有難う存じます」
しゃらく達は驚愕する。バゲンの口からは聞いたこともない丁寧な口調だった。
すると老人は眉を顰める。
「止せ止せ。お前の口からそんな言葉聞きとうないわ。体が痒くなるわい。ダァッハッハ!!」
豪快な笑い声が響く。するとバゲンもニヤリと笑う。
「元気そうで安心したぜジジイ! ガッハッハ!」
バゲンは足を崩し胡座をかく。そして後ろを振り返る。
「あの人が甲玄将軍、“煬王 ゼンベエ”殿だ!」
「!!?」
すると、ゼンベエはしゃらくの方をチラリと見る。そして目が合うと、ゼンベエは一瞬だけ目を丸くする。
しばし間があった後、ゼンベエがニッと笑う。その笑顔を見た瞬間、しゃらくの胸がドクンと大きく鳴る。
完




