第百話 「爺ちゃん」
“煬王“と呼ばれる男と目が合ったしゃらくは、ニコリと笑われたことに驚く。胸の奥が不思議と熱くなり、その感覚が何なのか分からず困惑している。
一方で、ようやく顔を上げることのできたウンケイ達は、寅将軍がしゃらくへ笑いかけていることに気づく。そして思わず全員の視線がしゃらくへ集まる。
しゃらくの前に座るバゲンもその視線に気付き、バゲンはニヤリと口角を上げ、わざとらしくしゃらくを脇見する。
更にゼンベエの脇に座る四人も同じことに気づく。ハヤテ、長髪の男、大巨漢は一度だけゼンベエを見てから、その視線の先にいるしゃらくを見る。一方で髷を結った老人だけは、ゼンベエと同じようにニコニコとした顔でしゃらくを見つめ続けている。
突然、広間中の目が自分へ向く。しゃらくは居たたまれなくなり、そわそわと肩を揺らした後、視線から逃げるように俯く。
するとバゲンが豪快に笑った。
「やはりそうだったか。・・・こいつはしゃらく。ここへ来る前、麟東へ寄って来たんだが、道中で道に迷ってな。団子をやけ食いしていたところで、こいつらと出会ったんだ」
そう言ってバゲンはゼンベエを見る。
「あんた、麟東の先代んとこに娘を嫁がせてたらしいな?」
その瞬間、前に座る長髪の男の眉がわずかに動く。そしてハッとした顔をして、再びしゃらくを見る。
「あんたも意外とそんな事すんだなぁ? ・・・流石は四天王だぜ」
バゲンがニヤニヤと笑う。するとゼンベエが大口を開けて笑う。
「ダァッハッハ! そんなんじゃねぇ。あいつが勝手に出て行ったのさ。・・・ガキの頃から、わしの言うことなんて聞きやしなかった」
そう言うゼンベエだったが、その笑顔の奥に僅かな寂しさが滲んでいた。それを見たしゃらくは首を傾げる。
「そうだったのか。悪いことを聞いた」
バゲンが素直に頭を下げる。
「止せ。昔の話だ」
ゼンベエは穏やかに笑う。
その時、髷を結った老人が、しゃらくを見つめたまま涙を流し始める。
「え?」
しゃらく達は目を丸くする。ハヤテも、大巨漢も、突然の出来事に驚いて老人を見る。
するとゼンベエは呆れたように笑う。
「おいおい何泣いてんだ! ダァッハッハ! お互い歳を取ったな、リン斎よ」
リン斎と呼ばれる老人は涙を拭い、しゃらくを見たまま静かに頷く。
「・・・」
そしてしばらく沈黙が流れる。するとゼンベエが口を開く。。
「ああ、そうだな」
すると、しゃらくも突然耳を赤くして再び俯く。
バゲンやしゃらく以外の面々は、無言に見えたリン斎に対し反応する二人を見て、首を傾げる。
そしてバゲンは話を本題へ戻す。
「まあいい。・・・こいつはしゃらく! 山奥の寺で育ち、親を知らねぇそうだが、・・・間違いなさそうか?」
そう言ってしゃらくを指差す。広間の空気が一変する。ウンケイ達が息を呑む。
一方、ハヤテと大巨漢は何を言われているのか分からず、ぽかんと口を開けている。リン斎は相変わらず涙を流し、長髪の男は顔を覆いながら何かを考えている。その中央で、ゼンベエがニッと笑う。
「ああ。一目で分かったさ」
そして真っ直ぐしゃらくを見る。
「しゃらくと言ったな?」
しゃらくは黙って頷く。
「・・・お前は、わしの孫だ」
「えぇぇぇ!!?」
ハヤテと大巨漢の絶叫が広間に響く。ウンケイ、シカ、スイメイ、コシトキも驚きに目を見開く。だがリン斎と長髪の男、そして何故か中太郎の三人は無反応である。
そして当のしゃらく自身も、不思議と驚いていなかった。何故なら、しゃらくも一目で分かっていたのだ。
「ガッハッハ! やはりそうか! そうだと思った!」
バゲンとゼンベエが笑う。広間の空気は一気に和らいだ。
「・・・おれの・・・爺ちゃん・・・?」
しゃらくが呟く。
「ああ」
するとゼンベエが優しく答える。
「わしはお前の爺ちゃんだ。・・・顔を見るのは、赤子の頃以来だ。大きくなったな」
その笑顔は、先ほど見たどの笑顔よりも温かく、まさに孫を可愛がる祖父の笑顔そのものである。
しゃらくは返事をしようとして言葉に詰まる。
爺ちゃん。そう聞いて真っ先に浮かんだ顔は、ゼンベエではなかった。
山奥の古びた寺、朝から晩まで響き渡る天狗ジジイの怒鳴り声。
「起きんか馬鹿者ォ!!」
「飯の前に薪割りだ!」
「泣くなァ! 転んだくらいで泣く奴があるか!」
決して碌な思い出じゃない。殴られたし、蹴られたし、怒鳴られた。しかし、何故か一番最初に顔が浮かぶ。
熱を出したある夜、目を覚ませば、ジジイが隣で大いびきをかいて居眠りしていた。怪我をした時は、怒鳴りながら薬を塗ってくれた。冬の寒い日には、くしゃみをしながら自分の布団を被せてきた。
父の顔も、母の顔も知らず、ましてや祖父がいるなど考えたこともなかった。
故に、自分はずっと一人で育ったのだと思っていた。だがそれは違っていたことが、今になって分かる。ジジイは、父親の代わりであり、母親の代わりであり、祖父の代わりだった。
だから、目の前の大将軍が祖父なのだと言われても、一目で血の繋がった祖父だと分かったとしても、すんなり受け入れられない自分がいる。
嬉しくない訳じゃない。ただ、今まで自分を育ててくれたジジイの顔が浮かんで離れなかった。
胸の奥が熱くなる。
「・・・うん」
やっとそれだけ言えた。
しかし、ゼンベエは嬉しそうに何度も頷いている。
初めて見るしゃらくの姿に、ウンケイ達はただしゃらくを見つめていた。
「・・・うぅ。・・・良かったですね・・・。グスッ。しゃらくさん・・・」
沈黙を破ったのは、さっきまで気絶していたコシトキの涙声。
「なんでお前が泣くんだよ」
バゲンが呆れて溜息を吐く。広間はドッと笑い声に包まれる。
しゃらくも釣られて笑いながら目の前のゼンベエを見ると、ゼンベエはただ嬉しそうに笑っていた。その笑顔は、どこか天狗ジジイに似ている気がした。
完




