第九十八話 「風のハヤテ」
「風林火山!?」
皆が思わず声を揃える。
「・・・風林火山って・・・。あの!?」
「何だよ? 知ってんのか?」
しゃらくがコシトキの方を振り返る。
「知ってるも何も、甲玄最強の四人ですよ!? 各国の重臣だって、名前を聞くだけで震え上がりますよ!」
「へぇ・・・知ってるか?」
今度はウンケイへ尋ねる。
「・・・あぁ」
ウンケイの額から一筋の汗が流れる。
「スイメイ!」
教えてくれと言わんばかりにしゃらくが振り向く。
「・・・寅将軍が、十二支将軍四天王と呼ばれているのは、将軍個人の強さも勿論あるが、この四人の筆頭家臣、“風林火山”の存在が明らかに大きい」
スイメイが表情を強張らせて話す。
「・・・分かりやすく言えば、“バケモノ”だ」
一同が息を呑む。
するとハヤテが、口元を覆っていた布を下ろす。現れたのは意外な素顔で、大将軍を支える筆頭家臣としては貫禄が足らないほど若く、まだ二十代半ばほどである。そして更に目を引くのが、端正な顔立ちである。それは絶世の美青年である友人、ツバキにも引けを取らない。
そして遂にハヤテが口を開く。
「初めまして。俺はハヤテ。あ、今紹介されたか。悪い悪い」
爽やかな笑顔。ここまでは良かった。
「俺は忍だ。ってこの格好見たら分かるよな。明らかに忍の格好だもんな。はっはっは。でも俺、この格好好きなんだよ。動きやすいしね。特に生地にはこだわっててさ。普通の装束より軽いんだよ。って俺の装束の話はどうでもいいか。それより君達バゲン殿の従者? あ、でも中太郎殿もいるじゃん。久しぶりですね。あなたがバゲン殿以外を庇うなんて初めて見ましたよ。ってかバゲン殿、またあの話しに来たんですか? 懲りませんねぇ。でもバゲン殿のそういうとこが好きなんですよ。あ、そう言えばこの前ね?」
しゃらく達の全員が固まる。想像していた筆頭家臣、そして忍との落差に驚愕している。
一方で、甲玄兵達は黙々と地面に刺さったクナイを回収し始め、中太郎は馬へ戻り、バゲンは空を見上げている。誰も聞いていないが、ハヤテは喋り続けている。楽しそうに。幸せそうに。そして永遠に。
「それでね、その時お館様が」
「どうどう。分かった。もう行くよ。また会えて良かった」
バゲンが話を遮る。ハヤテは少し残念そうな顔をする。
「まだ面白い話があったのに。まあいいか。お館様のとこへ行くんでしょ? 俺が案内しますよ」
するとハヤテは、乗っていた甲玄兵の馬に座り直す。
「ちょっと君達。悪いけど馬借りるね? クナイ拾っといて!」
「え!? ハヤテ様!?」
「では行きましょう!」
馬が進み出す。後ろでは甲玄兵が絶望した顔で立ち尽くしている。一行は揃ってため息を吐き、再び本城へ向けて歩き出す。
*
道中、相変わらずハヤテは喋り続けていたが、離れているせいで聞こえず、皆平和だった。ただ一人、しゃらくを除いて。獣並みの聴力を今ほど恨めしかった事はない。
「おい!!」
すると、しゃらくが馬上で立ち上がる。
「うるせェんだよずっと! おれは耳がいいから、お前の話が全部聞こえてんだよ! 黙りやがれ! もう喋ンな!」
「ん? 何で怒ってんの?」
後ろを振り返ったハヤテが首を傾げている。
「てか君誰? さっきの話に戻るけど、初めて見る顔だよね? 本当に瀬四の人? 名前は? まあ聞かなくても大体調べられるんだけどね。忍だし」
「うるせェェェ!!!」
その様子に一同が笑う。
「そうだった! お前は獣の神通力があるんだったな!」
バゲンが笑う。それを聞いたハヤテが目を顰める。
「・・・神通力? 君が?」
するとバゲンがニヤリと笑う。
「このハヤテも神通力持ちだ。どうだ? ここは一丁、勝負するか?」
*
しばらく進み、一行は広大な平原へ辿り着く。馬から降りた一同の後ろでは、馬達が草を食む。前では、裾をたくし上げたしゃらく。その隣では、ハヤテが相変わらずぺちゃくちゃ喋り続けている。
「うるせェ!!」
「何だよ。そんな怒るなよ。怒り過ぎると良くないよ。視野が狭くなるだろ? 常に冷静でいるべきなんだ。冷静でいる為にはだね」
「だから黙れっつってんだろォ!!」
一同が笑う。するとバゲンが割って入る。
「用意はいいか? 向こうのあの木を触り、ここへ戻って来る」
一同の視線の先、平原の向こうに、かろうじて見える一本の巨大な木がある。
「いくぞ? 用意・・・」
すると、しゃらくが牙王の姿になり、獣のように四つん這いの姿勢になる。それを興味深そうにハヤテが見ている。
「へぇ。それが君の神通力か。まさに獣だね。でも尻尾は生えないの?」
ハヤテは呑気に、相変わらず喋り続けている。
「始めぇぇぇ!!」
ドォォッ!! しゃらくが勢いよく飛び出す。その勢いはまさに爆発。獣のように四肢で大地を蹴り、一直線に駆けていく。
そしてあっという間に小さくなっていくしゃらくだが、一方のハヤテは、屈伸したり、腕を伸ばしたりと、まだ準備運動中である。
「・・・え?」
するとハヤテが笑いながら、後ろを振り返る。
「バゲン殿、俺は彼が木に触ってから出ますよ。だって、これくらいしてあげないと可哀想でしょ?」
ウンケイ達は顔を引き攣らせる。そして一斉に叫ぶ。
「しゃらくーーー!!! 頑張れぇぇぇ!!!」
声援を聞いた、遥か彼方のしゃらくが振り返る。そして、まだ出発していないハヤテの姿を見る。
「あンにゃろォォォ!!!」
怒りで加速したしゃらくは、やがて大木へ到達する。そして、バン! 勢い良く触れ、折り返す。その様子を双眼鏡で見ていた中太郎が呟く。
「着きました」
すると、ようやくハヤテが構える。ウンケイ達はハヤテを睨む。
「じゃあ行こうかな」
刹那、シュッッ!! ハヤテが姿を消す。固まるウンケイ達に、風が吹き付ける。誰一人見えなかった。
すると、中太郎が淡々と呟く。
「着きましたね」
「は?」
ウンケイ達が急いで大木に目を向けると、確かにそこにはもうハヤテの姿が見える。ウンケイ達は絶句する。
その速さに驚愕していたのはウンケイ達だけでなく、競争相手のしゃらくも同様であった。目にも止まらぬ速度で、横を通り過ぎていったハヤテに焦り、懸命に駆けていく。
刹那。
「君もまあまあ速いと思うけどね。俺の神通力は“疾風“。誰よりも早く動ける。相手が悪過ぎたね」
目を見開いたしゃらくが駆けながら横を振り向くと、そこにはしゃらくに並走するハヤテの姿。ハヤテは余裕綽々で、明らかに手を抜いた走り方をしてニヤリと笑っている。
*
結果に落ち込んだしゃらくは、まるで芋虫のように地面へ突っ伏している。ブンブクは心配そうに頬をぺろりと舐めている。他の面々も、心配そうにしゃらくを見ている。しかしその後ろでは、ハヤテがまだぺちゃくちゃ喋っている。
*
一行は再び馬へ乗って進んでいく。先頭にはハヤテ。その横にぴったり張り付くしゃらく。
「次は相撲で勝負しろォ! 今度は負けねェ!」
喧嘩腰のしゃらくに対し、ハヤテは飄々としている。
「相撲? いいねえ。でも相撲は見るのが好きだなぁ。だって裸でくっつくなんて最悪じゃないか。汗臭いし」
すると、ハヤテが不意に後ろを指差す。
「あの子が相手なら大歓迎だけどね」
一同が振り返ると、そこにはシカ。
「・・・あ?」
シカの眉が動く。
「てめェェェェ!!!」
しゃらくが茹で蛸の如く顔を真っ赤にする。シカもハヤテを殴りに行こうと、馬を前に進める。その様子に一同は大笑いする。いつの間にか、ハヤテは完全に馴染んでいる。
*
やがて夕刻、長い道のりの末、先頭のハヤテが馬を止める。
「さぁ着きましたよ。ここがお館様の城です」
その言葉に皆が前を見る。するとそこには、巨大な土山が幾重にも連なっている。それだけ。城などどこにも見当たらない。困惑した一行は、土山の上の方を見上げている。
するとハヤテが笑う。
「はは。そんなに見上げたって無いさ。下だよ。下」
一同が視線を戻す。そしてようやく気が付く。
そこには、巨大で豪華で荘厳な大館が建っている。しかし城ではない。天守も城壁も石垣も無く、ただ巨大な館である。
「・・・は? 城じゃねェぞ?」
するとバゲンがニヤリと笑う。
「あれが甲玄将軍の館だ。あのジジイは城を持たない」
「!!?」
完




