第九十七話 「良い国」
一行は立派な城内へ入ると、大広間へ通される。すると、屈強な甲玄兵達とは明らかに一線を画す、身なりの整った男が現れる。年の頃は四十前後。その佇まいだけで切れ者だと分かる。
男は先頭に座るバゲンの前まで来ると、深々と頭を下げる。
「ご足労いただき、ありがとうございます。我が殿のいる本城へはまだ距離がありますので、今宵はここで休まれてくださいませ」
礼儀正しい口調に、しゃらく達は思わず顔を見合わせる。今まで案内してきた甲玄兵達が寡黙な者ばかりだったため、その差に驚いたのである。
「おう! 世話になるぜ!」
バゲンが豪快に笑うと、奉行も穏やかに微笑む。
*
その晩、しゃらく達は大広間で開かれる宴へ招かれた。豪勢な大皿料理が次々と運ばれ、酒樽が開かれ、広間はたちまち賑やかな空気に包まれる。
「うンめェー!!」
しゃらくが今まで食べたことのない高級な肉にかぶりつく。
「うるさい! ・・・でも確かに美味い」
料理を箸で持ち上げたシカが呟く。
一方、コシトキは一人だけ別の意味で落ち着かなかった。目の前に並ぶ料理は、どれも麟東では滅多に見ないような豪勢な物ばかりである。
「こ、この肉塊だけで何人分の食費になるんですかね……」
震える声で呟きながら箸を伸ばす。
最初は無愛想だった甲玄兵達も、次第にしゃらく達の騒ぎに巻き込まれていく。やがて笑い声が増え、一緒に酒を酌み交わし、最終的には肩を組んで大笑いしている。
その光景を見て、ウンケイは笑いながら酒を飲んでいる。
「良い国だ」
隣に座るスイメイが呟く。
「ああ」
ウンケイが頷く。
広間には夜遅くまで陽気な声が響き続けた。
*
翌朝、一行は再び馬へ乗り、本城へ向かって出発する。城門前には多くの兵達が並んでいた。
「道中お気をつけて!」
兵達は笑顔で手を振る。しゃらくも大きく手を振り返した。
「またなァ!!」
*
しばらく進むと、景色は昨日の城下町とは一変する。どこまでも続く長閑な平野。畑を耕す農民、走り回る子ども達。彼らは見慣れぬしゃらく達を見つけると、皆笑顔で手を振る。
その光景に、しゃらくは胸の奥が熱くなるのを感じていた。自分が思い描く平穏な世。賑やかな町も、穏やかな農村も、人々が笑って暮らしている。そんな光景の片鱗を見た気がしたのである。
「どうした?」
ウンケイが尋ねる。
「いや、何でもねェ!」
しゃらくが笑う。その表情を見たウンケイ、そしてシカ、スイメイもまた、静かに微笑む。
*
さらに進み、一行は木々の生い茂る山道へ入る。
次の瞬間、ヒュッ! 一筋のクナイがしゃらく目掛けて飛来する。しゃらくは咄嗟に身を捻り、それを躱し、すぐさま馬から飛び降りる。ウンケイ、シカ、そして中太郎も続いて地面へ降り、それぞれ武器へ手を掛ける。甲玄兵達も少し遅れて構える。スイメイは馬上のまま、怯えるブンブクを抱え、刀を抜く。コシトキは馬から飛び降り、ウンケイの背後にしがみつく。ただ一人、バゲンだけが面白そうに笑っている。
刹那、四方八方から無数のクナイが飛んでくる。
ガキィン! ガキン! ガキン! しゃらく達はそれを次々と弾いていく。スイメイも馬上から応戦する。
すると、スイメイが異変に気付く。飛んでくるクナイは、しゃらく達ばかりを狙い、甲玄兵達やバゲンには一本も向かっていない。
「妙だな」
それは甲玄兵達も同じようで、訳が分からず困惑している。バゲンはますます笑みを深くする。
「ぎゃあああああ!!! 死ぬぅぅぅ!!!」
「おい! 動きずれぇだろ! 離れろよ!」
絶叫するコシトキにしがみつかれたウンケイは、動ずらそうにしながらも、コシトキを庇うように薙刀を振るう。
「こんにゃろォ!!」
しゃらくが叫びながらクナイを弾く。すると、しゃらくの耳元で声がする。
「遅いな」
「うわァァァ!!」
しゃらくは絶叫して飛び上がる。しかしそこには誰もいない。気を取られた瞬間、一本のクナイが一直線に飛んでくる。
「しゃらく!!」
ウンケイが叫ぶ。
ガキィィン!!
火花が散る。見ると、中太郎の刀がクナイを弾き飛ばしている。
その直後、攻撃がぴたりと止む。
しゃらく達は息を呑んだ。地味でこれまでバゲンの影に隠れていた中太郎だったが、その実力は想像以上だったのである。当の本人は飄々としており、刀を納め、手拭いで汗を拭く。
「誰だ!?」
バゲンが声を上げる。
「お久しゅうございます。バゲン殿」
突如聞こえた声に、一同が振り返る。するとそこには、先頭の甲玄兵が乗っていた馬の上で膝を着き、頭を下げている一人の忍姿の男がいる。いつ、どこから現れたのか、突然の出現に、しゃらく達は驚愕した。
「ガッハッハ! やはりお前か。また何かしてくれると思っとったわ!」
バゲンが豪快に笑う。
すると甲玄兵達が一斉に膝を着いた。
「ハ、ハヤテ様……!」
ますます混乱するしゃらく達に、バゲンが胸を張る。
「こいつは、この甲玄が誇る四人の筆頭家臣、“風林火山“の一人!」
そして忍の男を指差す。
「“風のハヤテ”だ!」
完




