第九十五話 「緋色の髪」
「・・・え?」
麟東将軍ミナトモからの唐突な勧誘に、しゃらくが目を丸くしている。それは一行の他の面々も同様で、隣のウンケイ、スイメイ、シカも勧誘を聞いて固まっている。
「・・・まあ返事は今でなくても良い。今晩ゆっくり考えてくれ」
ミナトモはニコリと笑うと、サッと立ち上がり、自分の席へ戻っていく。しゃらくは口をあんぐりと開けたまま、いつまでもミナトモの姿を目で追っている。
「・・・おいおい。どうすんだ? 誘われちまったぞ」
しゃらくの隣のウンケイが、奥のスイメイとシカを見ながら、しゃらくを肘で小突く。
「・・・良くも悪くも、目を付けられるだろうと思っていたが。・・・気に入っただと? 如何にも怪し過ぎる勧誘だな」
スイメイが苦笑する。
「どうするんだ? まさかあの男の下につく、なんて言わないよな?」
スイメイの隣のシカが眉を顰める。
「まずしゃらくが、麟東の先代将軍の息子って確証もないしな」
ウンケイが腕を組む。ウンケイの隣にいる、人間の小僧に化けたブンブクは、箸を出鱈目に持ち、夢中で飯を食べている。
「ん〜。でも今はバゲンの仲間だしなァ・・・」
しゃらくが腕を組み、眉を顰めて首を傾げている。
「そうだな。まずはバゲンさん達を甲玄へ送り届けるのが先だ。この事は、後で考えよう」
スイメイがニコリと笑い、盃を上げる。スイメイの、今は楽しもうという合図に一行は納得し、目の前の食事を頬張る。
*
夜が明け、一行はバゲンらと共に、城の最上階の広間で座っている。一行の前には、ミナトモとシロトキ、コシトキが座っている。
「いやあ、昨夜は楽しい酒だった! また近くを通ったら寄っても良いか?」
バゲンが笑顔で尋ねる。
「勿論。あんたなら歓迎だ」
ミナトモもニコリと笑う。
「・・・あんたの夢も、楽しみにしているぞ」
「ガッハッハ! おうよ。楽しみにしとれ」
バゲンが豪快に笑う。後ろのしゃらく達は何の事やら、不思議そうにバゲンの背中を見つめる。一方で中太郎の方は、どこか悲しそうな、何ともいえぬ表情をしている。
「して、しゃらくと言ったな? 昨夜の返事を聞かせてもらおうか?」
ミナトモが、しゃらくに扇子を向け、ニヤリと笑う。バゲンと中太郎は何の事やら、不思議そうにしゃらくの方を振り向く。しゃらくはバツが悪そうに、頭を掻きながら苦笑する。
「いやァ〜。・・・それなんだけどさ、返事はもうちょい待ってくンねェかな?」
しゃらくの返答に、ミナトモが眉を顰める。
「どういう事かな?」
「いや、誘ってくれたのは嬉しンだけどさ! バゲン達と先に約束してるから、今は無理なんだ。もし良かったら、返事はその後にさして貰いてェ!」
しゃらくはそう言うと、ミナトモに向かって頭を下げる。するとそれに続き、ウンケイ、スイメイ、シカ、子どもに化けたブンブクも頭を下げる。その様子に、バゲンらは驚いている。
「・・・フン。よかろう。ますます気に入った。ゆっくり考えるいい。はっはっは」
ミナトモが笑う。その様子に、今度はシロトキ、コシトキが驚いている。
「何だかすまんな」
バゲンがしゃらく、ミナトモの両方に頭を下げる。
「よいよい。こちらこそ、横取りしようとしてすまんかった。・・・して、この後はどうするのだ?」
ミナトモがバゲンに尋ねる。
「あぁ。次は甲玄に行こうと思っとる。しゃらく達には、そこへ案内してもらう約束をしとるんだ」
バゲンが答えると、ミナトモが眉を顰める。
「甲玄へ? もしかすると、要件はここへ来たのと同じか?」
「あぁ、そうだ」
バゲンがニコリと笑う。
「・・・そうか。・・・だが、いくらあんたでも今は戦国の世。相手は敵将だ」
ミナトモが続ける。
「それに甲玄の主は、十二支将軍の中でも“四天王“と呼ばれる、最も天下統一に近い四人の一人。“寅将軍“、またの名を“煬王ゼンベエ“。この戦国の世の怪物だ。・・・いくらあんたでも、用心することだ」
ミナトモの言葉を聞き、後ろのしゃらくは、口をあんぐりと開けて目を丸くしている。
「・・・四天王ォ!? 何だそりゃア!? そんなにやべェ奴なのか!?」
興奮したしゃらくが身を乗り出す。
「何だ? 知らんかったのか?」
バゲンが振り返る。
「・・・じゃア、そいつを倒したら、もう・・・」
目を輝かせるしゃらくを、ウンケイが小突く。
「はっはっは! 面白い。だが、あの男の強さを知らんようだな? 奴の率いる軍は、たとえこの麟東と瀬四の両国が、総力を合わせても勝てぬ」
「えェ!? そんなにィ!?」
ミナトモの言葉に、しゃらくが目を丸くする。
「あぁ。その目で実際に見てくると良い」
ミナトモがニッと笑う。しゃらくは再び目を輝かせている。
「ガッハッハ! 確かにあのジジイは危険だ。忠告感謝するぜ」
バゲンは豪快に笑うも、後ろの中太郎は、肩を落として項垂れている。
「・・・あの、ちと宜しいですかな?」
すると突如シロトキが、手を挙げる。
「どうした?」
「・・・しゃらく殿についてです。恐らくここにいる皆が知っている通り、しゃらく殿は我らの先代将軍にそっくりでございます。私は、先代の事は子どもの頃から知っておりますので、しゃらく殿を初めて見た時、心の臓が止まるかと思ったほどです。・・・我らにとって、しゃらく殿と先代との血縁関係の真偽は、重大な問題でございます」
シロトキの話に、しゃらくが息を飲む。
「更に信憑性を持たせるのが、しゃらく殿のその緋色の髪。・・・実は先代には、御正室の他に御側室が二人おりましてな。それぞれの奥方との間に、ご子息が産まれておりました。・・・その御側室の一人は、美しい緋色の髪でございました」
シロトキの言葉に、その場の全員が驚く。
「・・・嘘だろ?」
ウンケイが思わず呟く。その場の全員が、一斉にしゃらくの方を見る。しゃらくは、皆の顔をキョロキョロと見回している。
「フッフッフ。やはりそうか・・・」
その中で、ミナトモだけは楽しそうにニヤリと笑っている。
「そして、甲玄へ行くと仰りましたな? ・・・その緋色の髪の御側室は、甲玄の将軍、ゼンベエ殿の御息女でございます」
「えぇぇぇぇぇ!!!?」
その場の全員が絶叫する。その声に、城下町の町人達が思わず振り返る。
「はっはっは! ではお前は、我が義弟であり寅の孫か? はっはっは!」
皆が絶句する中、相変わらずミナトモだけは笑っている。
「そこでご提案が。・・・しゃらく殿が誠に先代のご子息か、甲玄で確かめていただけないだろうか? そして証人として、息子のコシトキも一緒に連れて行ってはもらえぬだろうか?」
「え!?」
シロトキが頭を下げる。思わず声を出したコシトキは、隣の父を呆然と見つめている。
「おう。いいぞ」
「え!?」
バゲンが二つ返事で答える。思わず声を出したコシトキは、目の前のバゲンを呆然と見つめる。
一方でしゃらく一行は、その後方で合図もなく集合している。
「おいおいおいおい! どうすんだこれ!?」
「何てことだ! しゃらくが、あの寅将軍の孫!?」
「この馬鹿がどんどん出世していく。この馬鹿が・・・」
ウンケイ、スイメイ、シカがヒソヒソと小声で話しながら、頭を抱える。当人のしゃらくも、みるみる顔が青くなっている。
「・・・おれって、偉かったのか・・・!?」
完




