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第九十四話 「無類の女好き」

 「先代にそっくりぃ!!?」

 バゲンが目を見開いて唾を飛ばす。それは前に座るシロトキも同様で、目を見開いて驚愕(きょうがく)している。

 「・・・ええ。初めは気が付かなかったんですが、宿で彼の顔を見た時、腰が抜けるかと思いました・・・」

 バゲンの横に座るコシトキが、額から汗を垂らしている。

 「そんなにか? 俺は先代の顔を知らんからなぁ」

 バゲンが額(ひたい)に手を当てる。そのバゲンの正面に座るミナトモは、眉を顰(ひそ)めて口髭を撫でている。

 「って事は、・・・しゃらくも先代の子・・・?」

 バゲンが驚愕した顔で、ミナトモの顔を見やる。

 「・・・可能性は大いにあるな」

 ミナトモがニヤリと笑う。

 「えぇぇぇぇ!!!?」

 バゲンの絶叫が城内に轟く。

 「あいつが先代将軍の息子だと!? そんなのあり得るのか!?」

 バゲンが立ち上がり、三人を問い詰める。すると、ミナトモの隣のシロトキが頭を抱えている。

 「・・・シロトキ、知っている事を話せ」

 ミナトモがニヤニヤと笑ったまま、隣のシロトキを見る。

 「しかし、バゲン殿の前です・・・」

 「構わんだろう。なあ、バゲン殿?」

 「・・・ああ。この事は他言せぬ」

 「・・・」

 険しい顔をしたシロトキが、固く結んだ口を開く。それを見た息子のコシトキが生唾を飲み込む。

 「・・・先代には、奥方が三人いらっしゃいましてな。・・・そして、それぞれの奥方との間に、ご子息が一人ずつ・・・」

 バゲンとコシトキは口を開けて唖然(あぜん)としているが、ミナトモは依然(いぜん)ニヤニヤ笑っている。

 「勿論(もちろん)、御正室(ごせいしつ)との間に産まれた御嫡男(ごちゃくなん)はミナトモ様ですが、御側室(ごそくしつ)とのお子様であれば可能性はございます。・・・しかし、・・・ご無事だったとは・・・」

 そう言うと、シロトキの目から涙が溢れる。

 「父上・・・」

 コシトキは、涙するシロトキを呆然(ぼうぜん)と見ている。

 「・・・でも、まだそうと決まった訳じゃないんだろ?」

 「そうですな。これは失礼」

 バゲンの言葉に、シロトキは涙を袖で拭い、笑顔を見せる。

 「・・・フッフッフ。もし本当にそうなら、奴は私の弟になるな」

 ミナトモが笑う。

 「しかし、意外だった。先代は真面目で側室も取らず、生涯(しょうがい)一人の女を愛した、と聞いていたんだが・・・」

 バゲンが笑いながら呟(つぶや)く。すると、それを聞いたシロトキが吹き出す。

 「ほっほっほ。失礼。・・・これも他言せんでいただきたいが、先代は無類(むるい)の女好きでございました」

 シロトキが口の前で人差し指を立てて笑う。それを聞いたミナトモとコシトキも苦笑している。しかし一方で、バゲンは目を見開いて驚いている。

 「ん? バゲン殿、どうされました?」

 様子に気が付いたコシトキが尋ねる。

 「・・・いや、あいつが先代の息子ってのに、俄然(がぜん)信憑性(しんぴょうせい)が出てきたと思ってよ。だってあいつも無類の女好きだぜ?」

 バゲンの言葉に、ミナトモが笑う。

 


 一方、城下町のとある小さな食堂では、しゃらく一行が店主の老人の言葉に驚愕している。皆が持っていた箸(はし)を落とし、口をあんぐりと開けているが、ブンブクだけは目の前の食事に夢中である。

 「・・・今、何と?」

 スイメイが尋ねる。

 「あ? だからその似顔絵の男は、麟東(りんどう)の先代将軍だって言ったんでい」

 店主が相変わらずの顰(しか)めっ面(つら)で答える。

 「・・・って事は、もしかしてお前将軍の息子なのか?」

 「・・・」

 「わっはっは! ないない!」

 一瞬の静寂(せいじゃく)の後、一行は大笑いする。

 「しゃらくが将軍の子ぉ!? はっはっは! ないない」

 「フフフ。もし本当なら、こいつには品が無さ過ぎる。ないない」

 「わっはっは! だよなァ! ないない」

 しゃらくも含め、皆が否定するように手を振っている。

 「第一、もしそうなら何故しゃらくは、この麟東(りんどう)で育ってないんだ? 確か君は、この麟東よりさらに北の、森の古寺で育ったんだろう?」

 スイメイがしゃらくに尋ねる。

 「あァそうだ。こんなとこ初めて来たぜ?」

 しゃらくが答える。

 「・・・だが、おめぇはそっくりでい。毛の色は違ぇが、本当に息子じゃねぇかと思うくらいにはな」

 店主が煙管(きせる)を咥(くわ)えながら呟く。その言葉に、一行が再び顔を見合わせる。

 「まあ、あの野郎にガキが何人いても不思議はねぇ。あいつは無類の女好きだったからなぁ。わっはっは!」

 ずっと顰めっ面だった店主が笑う。しかし一行の方は、店主の言葉を聞き、口をあんぐりと開けて目をまん丸くしている。

 「それに、確かおめぇと同じ緋色(ひいろ)の髪の側室がいたと思うぜ? もしおめぇが息子なら、無料(ただ)で食わしてやらぁ! わっはっは!」

 大笑いする店主を尻目に、皆が一斉にしゃらくを見る。

 「・・・は、はは。・・・無料(ただ)かァ。・・・そりゃアいいなァ・・・」

 しゃらくの顔が引き攣(つ)る。


    *


 日が暮れ、一行は城内に戻り、先の大広間で馳走(ちそう)を前に座っている。そこにはバゲンに中太郎(ちゅうたろう)、コシトキにシロトキ、そしてこの麟東(りんどう)の新将軍ミナトモも共に座っている。しかし皆の視線を釘付けにしているのは新将軍ではなく、しゃらくである。特に麟東側が、豆鉄砲を喰らった鳩(はと)のように目を丸くして見ている。

 「・・・なァ、ウンケイ。・・・すげェ気まずいんだけど」

 流石のしゃらくも視線の数に耐えきれず、隣に座るウンケイに助けを求める。

 「・・・そりゃあ、元主君に瓜(うり)二(ふた)つの奴が目の前にいたんじゃあな。見ちまうだろ」

 「でもこれじゃア流石(さすが)によォ! 緊張して飯が喉(のど)通らねェよ」

 「嘘つけ」

 付き合いの長い二人が、ヒソヒソと小声ながら小気味よく掛け合う。

 「揃(そろ)ったか? では改めて」

 そう言うと、麟東(りんどう)将軍ミナトモが盃(さかずき)を片手に立ち上がる。

 「私がこの麟東(りんどう)の新将軍、ミナトモだ。皆、よろしく頼む」

 すると皆が一斉に頭を下げる。しゃらく達もそれに続いて頭を下げる。

 「そしてこちらが、西の国より遥々来てくださった、瀬四(ぜよ)将軍のバゲン殿だ」

 ミナトモが隣のバゲンに手を向ける。すると、皆が一斉にバゲンに頭を下げる。バゲンは座ったまま盃を上げる。

 「・・・では面倒は省略。皆楽しんでくれ」

 「おぉ〜!!」

 ミナトモがニヤリと笑いながら座る。隣のバゲンや前に座る皆が笑っている。一方で家老のシロトキは頭を抱えている。

 「わっはっは! あいつ最高だなァ!」

 しゃらくが嬉しそうに目の前の馳走を頬張(ほおば)る。一行は豪勢な馳走を食べ進める。

 「どうだ麟東(りんどう)の飯は? 口に合うか?」

 突如しゃらくの背後から声がする。しゃらくは思わず飯を吹き出す。見ると、そこには麟東(りんどう)将軍、ミナトモが笑っている。

 「ははは。そんなに驚く事はなかろう」

 ミナトモはそう言うと、しゃらくとウンケイの間に座り、しゃらくの盃に酒を注ぐ。一行は皆緊張の面持(おもも)ちで、その様子を見ている。

 「もう聞いていると思うが、お前は我が父にそっくりでな。皆驚いておる」

 「・・・らしいな。でもおれは無関係だと思うぜ? この麟東(りんどう)にも初めて来たし・・・」

 するとミナトモが、自分の盃をしゃらくに向けて笑う。

 「真偽(しんぎ)などどうでも良い。ただ私がお前を気に入ったのだ。どうだ? 私と共に、この麟東(りんどう)で戦わぬか?」

 ミナトモがニヤリと笑う。


 完

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