第九十三話「そっくり」
麟東が都、倶楽釜の小さな食堂に入ったしゃらく一行は、食堂内の壁に貼られた一枚の似顔絵に釘付けになっている。その理由は、その似顔絵が一行の大将、しゃらくにそっくりなのである。
「・・・これは、お前だよな?」
ウンケイが、似顔絵と横にいるしゃらくを、何度も見比べている。そのウンケイの足元にいるブンブクも、壁の似顔絵を見て、嬉しそうに尻尾を振っている。
「・・・おれだよな?」
しゃらくが生唾を飲み込む。
すると、しゃらくの隣にいたスイメイが、一歩前に出る。
「・・・髪色が違うのは、墨のせいだろうか?」
スイメイが言うように、似顔絵の髪は黒色で描かれているが、しゃらくの髪は、燃え盛る炎の如き緋色である。
「お前、ここへ来たことは?」
シカが、後ろのしゃらくに尋ねる。しゃらくは何度も首を横に振る。
「誰でい!」
声に慌てて振り返ると、店の奥から店主と思しき一人の老人が、顰めっ面で顔を出している。
「あ、これは失礼。食事をさせていただきたいのですが?」
スイメイが慌てて返答する。すると老人が、一行の一人一人を睨んでいく。そして壁の似顔絵に瓜二つのしゃらくを見ると、老人が目を見開く。
「・・・お、おめぇ・・・!?」
すると、老人の目から涙が一筋溢れる。
「え・・・!?」
「ガッハッハ!」
倶楽釜城の最上階の広間で、十二支将軍の一人、午のバゲンが相変わらず豪快に笑っている。バゲンの絵空事とも思える野望を聞いた麟東将軍ミナトモは、目の前で笑うバゲンを呆然と見ている。それは家老のシロトキ、奉行頭のコシトキも同様である。
「まあ、今すぐどうって事じゃないからよ。考えといてくれや。固い話は終わりだ」
バゲンはそう言ってパンと一度手を叩いたと思うと、そのままその場で横になり、前に出された饅頭を寝ながら食べだす。
「あ、ちょっとバゲン殿!」
コシトキが慌ててバゲンを起こそうとするが、ミナトモがそれを制する。
「よいよい。こんな東国まで遥々顔を出しに来てくれたんだ。ごゆるりとなされよ」
ミナトモがニコリと笑う。すると、バゲンは饅頭を持った右手を挙げ、感謝の意を伝える。それを見たミナトモが笑う。
「そういえば、下であんたの従者を見てきた。なかなか個性的な面々だな?」
ミナトモも饅頭を一つ手に取りながら話す。
「だろ? 面白ぇんだ、あいつら」
バゲンが笑う。
「一人、気になる者がいたんだが。・・・あの赤い羽織を着た赤髪の男は、瀬四の者か?」
「ん? ああ、しゃらくの事か。あいつらは、この近くで道に迷ってたところを助けてくれた恩人だ。瀬四から来たのは、俺と中太郎だけだ」
バゲンが答えると、ミナトモが眉を顰める。
「おいコシトキ。お前、あの男をどう思った?」
ミナトモがコシトキに尋ねると、コシトキは待ってましたとばかりに前のめる。
「はい! “そっくり“だと思いました!」
「・・・だよなぁ」
ミナトモが眉を顰めたまま、自分の口髭を撫でる。訳が分からぬバゲンと、しゃらくを見ていないシロトキは、首を傾げている。
城下町の小さな食堂で、目に涙を浮かべた店主の老人が、ツカツカとしゃらくに向かって来る。
「・・・おめぇ」
老人がしゃらくの顔をまじまじと見る。見られているしゃらくの方は、緊張した面持ちで一歩後退る。
すると老人が、勢いよくしゃらくの胸ぐらを掴む。
「おめぇ誰でい!」
老人の言葉に、後ろで見ていた一行がずっこける。
「何だよジイさん! おれァ飯食いに来ただけだぜ」
しゃらくが両手を挙げて釈明する。
「ご主人。失礼ですが、この似顔絵の方って・・・?」
スイメイが後ろから話しかけると、老人はスイメイをキッと睨みつける。
「俺が聞いてんだい! おめぇら誰でい! どっから来た!?」
老人の剣幕に、思わず一行の背筋が伸びる。
「わ、我々は旅の者です! この倶楽釜へは、あるお方のお供として参りました。・・・そして腹が空いたので、この店へ入りました」
普段流暢に話すスイメイが、途切れ途切れに説明する。
「旅ぃ? 何だ! おめぇら他所者か!」
老人はそう言うと、しゃらくの胸ぐらから手を離す。
「ケッ! なら他人の空似でい! ったく紛らわしい姿しやがって! このすっとこどっこい!」
老人は暴言を吐き捨て、店の奥へ戻っていく。一行は、老人の後ろ姿を呆然と眺めている。
「なんにすんでい! さっさと決めろい!」
老人が奥へ入る手前で振り返り、唾を飛ばす。一行は顔を見合わせ、すぐさま卓上の品書に飛びつく。
*
ゴン! ゴン! しゃらく一行が座る卓に、老人が料理を乱暴に置いていく。しかし料理の方は、粗暴な老人とは真逆の印象で、彩りも綺麗で香ってくる匂いからも、思わず涎が溢れそうなほど美味しそうな品々が運ばれてくる。
「うひょォ〜! ンまほォォ〜!!」
料理を前にしたしゃらくの口からは、涎がダラダラと垂れている。
「ゴクリ。・・・確かに美味そうだ」
「ああ。ゴクリ。そうだな」
「お前ら、ゴクリ。はしたないぞ。ゴクリ」
ウンケイ、スイメイ、シカの三人も、あまりに美味そうな品々を前に、溢れ出る涎を飲み込んでいる。そのシカが胸に抱くブンブクは、卓に小池が出来そうなほど涎が止まらない。
「さあ食え! すっとこどっこい共!」
老人の言葉を合図に、一行が目の前の料理を一斉に食べ始める。
「ンめェェェェ〜〜!!!」
料理を口にしたしゃらくが絶叫する。他の面々も同じ感想なようで、頬がこぼれ落ちぬよう手で押さえながら、夢中で食べ進めている。
「ったりめぇでい! このすっとこどっこい!」
老人が親指で鼻を擦る。
*
「はァ〜美味かったァ〜」
料理を完食した一行は、満足且つもっと食べたいといった表情で、箸を置く。
「よく食うなおめぇら!」
相変わらず顰めっ面の老人が、一行の後ろの卓に座り、煙管を咥えている。
「すげぇ美味かったぜ、爺さん」
ウンケイがニコリと笑うが、老人はニコリともしない。
「・・・ところで、あの絵は誰なんです?」
スイメイが改めて尋ねると、老人は徐に壁の似顔絵を見上げる。
「・・・ありゃあ、古い友だ」
そう言った老人の声は、心なしか穏やかに聞こえる。
「ご主人の友人でしたか」
「ああ。・・・あの男がおっ死んでから、この麟東はすっかり活気が無くなっちまった・・・」
老人の言葉に、一行が顔を見合わせる。
「・・・それほど影響力のある方だったんですか?」
スイメイが再び尋ねる。すると老人が一行の方を振り向く。
「ったりめぇでい。影響力もヘチマもねぇ。あの男は、この麟東の“先代将軍“でい」
「!!?」
老人の言葉に一行が目を見開く。
しゃらくにそっくりな壁の似顔絵が、隙間風で僅かに揺れる。
完




