第九十二話 「絵空事」
「麟東の新しい将軍だと・・・?」
バゲンが口をあんぐりと開けている。
すると、バゲンの前に座っていたシロトキが立ち上がり、そこにミナトモが代わって座る。
「ああ。これからは、この麟東の行先は私が決める」
バゲンと対面したミナトモが、ニヤリと笑う。
「後継は、生まれなかったんじゃなかったのか?」
目をまん丸くしたバゲンが、ミナトモの横に座るシロトキに目をやる。
「いやあ、すみません。皆を騙しておりました。・・・ミナトモ様は紛れもなく、先代のご子息です」
シロトキが頭を掻きながら、ニッコリと笑う。するとバゲンが、自分の横に座るコシトキをギロリと睨む。コシトキは、蛇に睨まれた蛙の如く固まる。
「おいコシトキぃ! お前とは結構仲良くやってたよなぁ!? この狸爺だけならまだしも、お前まで俺を騙してたのか!? 出会ってからずっとだぞ!?」
顔を真っ赤にしたバゲンが、コシトキの胸ぐらを掴む。
「・・・狸爺って」
シロトキが苦笑する。
「す、すいませんっ! この麟東の“国秘“でしたので! ・・・いくらバゲン様でも言えませんでした! すいません!」
バゲンに詰め寄られたコシトキが、必死に謝罪する。
「おいおい。その辺で勘弁してやってくれ。此奴らは、私を命懸けで守ってくれたんだ。何も悪気はない」
ミナトモが、目の前でコシトキの首を絞めているバゲンを宥める。
「・・・まあいい! ・・・そりゃあ確かに、あんたがガキの内に存在がバレてたら、殺しに来た将軍もいただろうしな」
バゲンがコシトキの胸から手を離し、コシトキの着物に付いた皺を伸ばす。
「ああ。そうだろうな。此奴らは、私の命の恩人だ」
ミナトモがニヤリと笑う。その隣のシロトキは、深々と頭を下げている。
「そうだな。では改めて、麟東の新しい将軍、ミナトモ殿! 今後とも末長く、宜しくお頼み申し上げます!」
バゲンが正面のミナトモに向き直り、深々と頭を下げる。それは対抗勢力の将軍がするものとは思えぬもので、まるで主君に対する忠臣のように、律儀で尊敬を持ったお辞儀である。バゲンのまさかの行動に、ミナトモが驚愕している。
「バゲン殿は、こうゆうお方です」
隣のシロトキがニコリと笑う。
「・・・こ、こちらこそ。宜しくお頼み申す」
ミナトモが慌てて頭を下げる。それに合わせてシロトキ、コシトキも、バゲンに深々と頭を下げる。
「なァ、腹減ンねェ?」
ぎゅるるるる! 下階の広間で、大の字になったしゃらくの腹が盛大に鳴る。
「まあ確かにな。どうする?」
ウンケイが、スイメイとシカを見やる。
「そうだな〜。お話し合いは、いつまで掛かるんだろう?」
スイメイが天井を見上げる。すると、会話を聞いていた中太郎がこちらを振り向く。
「どうぞお出掛けください。ここには私が残りますから」
中太郎がニコリと笑う。
「いやいや。それは悪いですよ」
「そうだぜ! じゃアお前も一緒に行こうぜ!?」
スイメイやしゃらくがそう言うも、中太郎は笑顔のまま首を横に振っている。
「皆さんには、ここまで案内して頂いただけでも感謝です。どうぞ行かれてください」
中太郎が頭を下げる。
「いやいや流石にそれは」
しゃらく達が渋っていると、中太郎が徐に、懐から一つの巨大なおむすびを取り出し、ニコリと笑う。
「私にはこれがありますから」
「あァ! お前ずりィ! わっはっは!」
それを見たしゃらく達は大笑いする。
「で、改めて用件というのは?」
城の最上階の広間で、ミナトモが正面のバゲンに尋ねる。するとバゲンがニヤリと笑う。ミナトモは眉を顰める。
「・・・俺の願いは、戦国の世の終わりだ。その為に協力して欲しい」
「・・・協力?」
ミナトモが首を傾げる。
「ああ。簡単なことさ」
「おい勿体ぶるな。・・・一体何を求めてる?」
苛つくミナトモに対し、バゲンがニッと笑う。
「もう各国で争うのは辞めにして、互いに手を取り合っていかんか?」
「・・・!?」
バゲンの発言に、ミナトモが目を見開く。シロトキとコシトキは一度聞いた為、目を瞑ったまま黙っている。
「・・・それは、お前の瀬四と、同盟を組めという事か?」
「いや。瀬四だけじゃねぇ。全部の国で同盟組もうぜって話だ」
バゲンは笑みを浮かべながらも、真剣な眼差しを向けている。
「・・・」
ミナトモは呆然としている。
「どうだ? 各国でこれ以上争って、犠牲を出す事はねぇだろ。戦うのはもうここらで辞めにして、帝の下、同じ言葉を話す人間同士、仲良くしていこうぜ?」
バゲンが変わらぬ笑顔を見せる。するとミナトモは、徐に腕を組み、険しい表情で目を瞑る。広間の中を、しばらくの間、静寂が駆け巡る。
「・・・あ、あれ? どうじゃ? 聞いとるか?」
バゲンが、ミナトモの顔を心配そうに覗き込む。
「・・・ああ聞いてた。その上で思案していたのだ。・・・そんな絵空事を、列国の将軍が軽々しく口にする本当の狙いをな」
目を開けたミナトモが、バゲンをギロリと睨む。
「何故、戦国の世と成ったと思う? お前の言葉で言うなれば、同じ言葉を話せど、仲良く手を取り合うなど出来ぬからだ。だから力を行使するのだ。弱国は奪われ、強国は争うのだ。それが自然の摂理であろう? 赤子でも分かる理屈だ」
ミナトモが淡々とバゲンを問い詰める。
「勿論そんな事は百も承知。その上で言ってるんじゃ。決して絵空事ではないぞ?」
バゲンはミナトモの話にも動じず、ニッと笑っている。
「では逆に聞こう。争いを勝ち抜き、力で天下統一を成したとて、そこに平和があると思うか? 否! 必ず波は生まれる。小池に凪はあれど大海に凪はない!」
バゲンの言葉に、ミナトモが歯を噛み締める。
「大きな波とならぬよう、政令を練るしかあるまい! それが現実であり、それが平和だ!」
ミナトモの語気に力が入る。
「いんや! 必ず実現できる。俺は諦めねぇぜ? ガッハッハ!」
バゲンが豪快に笑う。その姿にミナトモは圧倒され、全身の力が一気に抜ける。
ガラガラガラ! 城下町の或る小さな食堂に、しゃらく一行が入っていく。店内は暗くて狭く、他の客は誰もいない。
「ありゃア〜。ハズレかァ〜?」
思わずしゃらくが呟くと、後ろのスイメイがしゃらくを小突く。
「すみませ〜ん! 食事をいただきたいのですが〜?」
スイメイが店の奥に声を掛けるも、何の返事もない。
「誰もいねぇのか?」
ウンケイも、店の奥を覗こうと身を屈める。
「・・・ちょっと。これ・・・」
すると、いつの間にやら店の壁際に移動したシカが、壁の一角を指差している。
「何だァ? どうした?」
皆がシカの指差す方を見ると、そこには一枚の似顔絵が貼ってある。すると、その似顔絵を見た一行が目を見開く。
「これって・・・!?」
皆が一斉にしゃらくを見る。その似顔絵は、まさにここにいるしゃらくにそっくりなのである。
「・・・おれかァ!?」
完




