第九十一話 「麟東の将軍」
「おろろろろろぉぉ〜〜!!」
坂道の下で、ウンケイ、シカ、スイメイの三人が、膝を着いて吐いている。その傍では、巨馬に変化したブンブクが、ニッコニコの笑顔でいる。
「おいおい、大丈夫かよォ?」
しゃらくが心配そうに、三人を見ている。
「ガッハッハ! 愉快だなお前ら!」
「皆さん大丈夫ですか? もうすぐ着きますから、頑張ってくださ〜い!」
その様子に、バゲンとコシトキが笑う。
*
やがて一行は麟東が都、“倶楽釜“へ辿り着き、中央の城を目指して、賑やかな城下の町を歩いていく。
「・・・しっかし相変わらず、一国の都とは思えんほど地味だな。ガッハッハ!」
バゲンの言うように、この倶楽釜に都の豪華な装いは無く、道中の家々よりは立派な屋敷が立ち並んではいるが、先のソンカイ城下とさほど変わらぬ見た目である。
「ははは〜。相変わらず歯に衣着せぬお方だ。・・・しかし麟東も相変わらず貧乏でして、民に貧しい生活をさせてしまっている以上、都とはいえ節制しております」
コシトキが苦笑する。
「・・・意外だな。さっき思い出したんたが、たしか麟東も十二支将軍がいる国だよな?」
眉を顰めたウンケイが、隣のスイメイに耳打ちする。
「あぁ。でもそれは一昔前だ。この麟東の領主は“戌将軍“と呼ばれた将軍だった。・・・でも彼は、後継が生まれる前に戦で命を落とし、現在は将軍代理としてコシトキ殿の父上が、この国を率いているらしい。・・・だから国力は、他の十二支将軍の国からはかなり劣る。領地を広げられないどころか、守るので手一杯なんだろう」
スイメイが小声で説明する。
「・・・って事はもしかして、今“戌将軍“はいないのか?」
「え? 知らなかったのか? 十二支将軍を倒すって言っておきながら? ・・・本当に計画性が無いんだな。しゃらくがああなんだから、君がしっかりしなきゃ駄目だろ」
「うっ・・・すまん」
「私が仲間に加わって良かったな」
「心からそう思うぜ」
スイメイに叱られたウンケイが、珍しく項垂れる。二人の前を歩くしゃらくは、呑気に鼻をほじっている。
「さ! 着きましたよ!」
コシトキの声に皆が顔を上げると、そこには大きく立派な城が聳え立っている。
「ここが我らの本城、“倶楽釜城“です」
「おォ! でっけェェ!!」
「・・・流石に本城は立派だな」
一行は、巨大な城を口をあんぐりと開けて見上げる。
倶楽釜城の最上階の広間には、バゲンとコシトキが座っている。
「バゲン殿! お待たせしましたな!」
すると後ろの襖から、コシトキにそっくりの老人が笑顔で入ってくる。
「おぉシロトキ殿! 久しぶりじゃ! ガッハッハ! コシトキはシロトキ殿の生き写しだな。ガッハッハ!」
バゲンが、入ってきたシロトキという老人とコシトキとを交互に見て笑う。それを聞いたシロトキも笑ているが、コシトキの方は少し照れくさそうに下を向いている。
「それにしても瀬四からわざわざ、こんな東国までお越しいただき忝ない」
バゲンの正面に座ったシロトキが、頭を下げる。
「いや! ここへは甲玄へ行くついでに寄っただけじゃ! 気にするな!」
「・・・そうでしたか。相変わらず正直な方じゃ。ほっほ」
シロトキが苦笑する。
「で、だ。早速だが用件は一つ」
バゲンがニヤリと笑う。
「何話してんだろなァ〜」
下階の広間で、退屈そうに寝転ぶしゃらくが、天井を見ながら呟く。その広間にはしゃらく、ウンケイ、ブンブク、シカ、スイメイ、中太郎の六人が、荷を下ろして各々くつろいでいる。
「お前の耳で聞こえねぇのか?」
ウンケイが、しゃらくの方を向いて尋ねる。
「全然聞こえねェ。この城立派だからなァ」
すると、廊下を誰かが歩いてくる。見ると、一人の若い男が襖から顔を出す。
「・・・お前らが“午のバゲン“の従者か?」
「ええ。そうですが」
スイメイが答えると、男は広間へ入ってくる。すると男は、腕を組みながら、全員をまじまじと観察する。
「・・・フフ。中々粒揃いだな」
「あんたは?」
しゃらくが男に尋ねる。男は不気味にニヤリと笑う。
「頼む! この通り!」
最上階の大広間で、バゲンが頭を下げている。
「か、顔を上げてくだされ!」
シロトキが、慌ててバゲンに近寄る。しかしバゲンは頭を上げず、畳に額を擦りつけている。
「バゲン殿ぉ。・・・困ったのう」
中々顔を上げないバゲンに、シロトキが眉を八の字にして頭を掻く。横のコシトキは、あまりの事に開いた口が塞がらずにいる。
「俺は、あんたらがうんと言うまで帰らないぞ」
バゲンが頭を下げたまま、ニッと笑う。
「・・・しかしそんな大事、わしの一存では決められんのじゃ」
シロトキが呟く。それを聞いたバゲンは、驚いた顔で頭を上げる。
「・・・どうゆう事だ?」
「ちょっと父上!」
するとコシトキが、シロトキを止めようとする。
「良いのじゃ。いずれ知れる事。・・・それにこうなったバゲン殿は、本当に帰らぬお方じゃぞ?」
シロトキがコシトキを制する。そのやり取りを、バゲンが口を開けて見ている。
「バゲン殿。わしはもう、この麟東の将軍代理ではない。お役御免じゃ」
シロトキがニコリと笑う。バゲンは眉を顰める。
「ほっほっほ。まあ驚くのも訳ないがな」
「・・・おいおい、勿体ぶるな。さっさと言えよ。あんたが将軍代理じゃないって、どうゆう事だ?」
バゲンがシロトキに詰め寄る。
「・・・この麟東に、新しい将軍が誕生したと言う事です」
「!!?」
シロトキの言葉に、バゲンが目を見開く。
下階の広間で、若い男がニヤリと笑う。その男に、一行は釘付けになって見ている。
「私の名は“ミナトモ“。覚えておいて損はないと思うぞ? ハッハッハ!」
ミナトモと名乗る男はそう言うと、笑いながら広間を後にする。残された一行は、互いに顔を見合わせている。
「・・・新しい将軍?」
シロトキの言葉を聞き、驚いたバゲンが目を見開いている。
「この麟東の新しい将軍の名は、“ミナトモ“様」
シロトキがニヤリと笑う。
「・・・いや待て待て! まだ分からん! 今は先代も後継もいないから、あんたが代理だったんだろ!?」
バゲンが慌てて問い詰める。
「ミナトモ様は、先代のご子息じゃ」
シロトキの言葉に、バゲンが再び驚く。
すると、最上階の広間の襖が開く。バゲンが振り向くと、そこにはミナトモが立っている。
「初めまして。私がこの麟東の将軍だ。よろしくな」
ミナトモがニッと笑う。
完




