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第八十九話 「バゲンという男」

 「いやぁ〜気持ちいいなぁ〜!」

 快晴の空の下、どこまでも続く田んぼ道を、馬に乗った一行が進む。その先頭を歩く馬の、手綱(たづな)を引く中太郎(ちゅうたろう)の後ろに乗ったバゲンが、青空を見上げて伸びをする。

 「それにしても、そんな西の国から、どうやってここまで来たんだ? 馬だけではとても無理だろ?」

 真ん中を歩く馬の手綱を引くシカの、後ろに乗ったウンケイがバゲンらに尋ねる。そのウンケイとシカの間では、ブンブクが気持ち良さそうに丸くなって眠っている。

 「ああ。馬に乗り換えたのは、陸に着いてからだ」

 バゲンの言葉に、ウンケイが首を傾げる。

 「西の国“瀬四(ぜよ)“は、海に囲まれた島国。隣接する国がないから、国を跨(また)ぐには海を渡るしかない」

 すると、最後尾を歩く馬の手綱を引く、スイメイが割り込む。

 「故(ゆえ)に、航海の技術が他国の比ではない」

 スイメイの言葉を聞き、ウンケイが驚く。

 「・・・って事は、舟で海を渡って来たのか? こんな東まで?」

 「えェ!!? 海を!!?」

 すると、スイメイの後ろに乗るしゃらくが、身を乗り出して驚く。

 「俺達は海には強いが、陸はどうも苦手でよ。ガッハッハ!」

 バゲンが笑う。

 「はは。まさに“海賊(かいぞく)“ですね。・・・おっとこれは失礼」

 スイメイが、自分の口を手で塞(ふさ)ぐ。

 「ガッハッハ! 構わん! 他国からそう呼ばれてんのは知ってる。しかし良い所でお前達に出会えた!」

 バゲンが再び笑う。するとバゲンの話を聞き、しゃらくが瞳をキラキラと輝かせている。

 「海かァ! おれ、海見た事ねェンだよ! 海ってどんなだ!?」

 しゃらくが鼻息を荒くする。

 「そうなのか! 海を渡ってみれば、こうも価値観の違う人間に出会える。面白いのう! なあ中太郎!」

 バゲンが笑いながら、中太郎の背中をバンバンと叩く。

 「へ、へえ。そうですね」

 「海ってのは、今俺が何を言ったって、それを遥かに凌駕(りょうが)してくるもんじゃ。実際にお前の目で見るといい」

 バゲンの言葉に、しゃらくが口をあんぐりと開けている。

 「・・・そういえば、寄り道とやらは済んだのですか?」

 スイメイが尋ねる。

 「否(いな)! 寄り道しようと思ったが、道が分からんので諦(あきら)めた!」

 バゲンが笑って答える。

 「もし宜(よろ)しければ案内しましょうか? 私は商(あきな)いをしておりましたので、この辺りなら些(いささ)か土地勘(とちかん)がございます。お役に立てるかと思いますが?」

 するとスイメイの提案に、バゲンが勢い良く後ろを振り返る。

 「本当か!? それはありがたい! ぜひ頼む!」

 「承知しました。で、行き先はどちらに?」

 「“麟東(りんどう) “じゃ」

 バゲンの言葉に、思わずスイメイとウンケイが笑う。

 「おいおい。その目的地はもう目の前だぜ?」

 ウンケイが先を指差す。すると一行の前に大きな関所(せきしょ)が現れる。

 「おぉ! ここにあったか!」

 バゲンが馬の上で立ち上がり、目を凝らしている。そして懐(ふところ)から双眼鏡を取り出し、それで関所を見渡している。

 「ん? バゲン、それ何だ?」

 しゃらくが、バゲンの持っている双眼鏡に興味を示す。

 「覗(のぞ)いてみるか?」

 バゲンがニヤリと笑う。するとしゃらくは、馬の上をピョンピョンと飛び跳ね、先頭のバゲンの乗る馬に飛び乗る。そしてバゲンから双眼鏡を受け取り、不慣れにもそれを覗く。

 「うおォォ〜!! 関所が近づいて来たァァ!!」

 「ガッハッハ!」

 目を見開いたしゃらくが、双眼鏡から目を離し、また覗くを繰り返している。その横でバゲンは、大笑いしている。

 「それは双眼鏡(そうがんきょう)。遠くのものを見る為の道具だ。これからの時代には必須(ひっす)だぜ?」

 バゲンの言葉に、双眼鏡を見るしゃらくの目が輝く。

 「それやるよ。お前が持っておけ」

 「ほんとか!? ありがとう!!」

 バゲンから双眼鏡を譲(ゆず)ってもらったしゃらくは、双眼鏡が面白いようで、いつまでもそれを覗いている。

 


 やがて一行は関所の前に辿(たど)り着き、番兵から聴取(ちょうしゅ)を受ける。

 「何者だ? ここを通る故(ゆえ)を話して貰(もら)おう」

 番兵から尋ねられる。すると、バゲンが徐(おもむろ)に前へ出る。

 「俺はバゲン! 将軍代理殿(どの)に会いに来た! 約束はしとらん!」

 バゲンがニッと笑う。

 「バゲン? ・・・バゲンって、あのバゲン殿か!?」

 バゲンの名を聞いた番兵達が、突如慌(あわ)ただしくなる。

 「・・・ゴホン。これは失礼いたしました。・・・疑っている訳ではないのですが、何か証拠のようなものはお持ちでしょうか・・・?」

 番兵が態度をガラリと変え、両手を揉みながら尋ねる。

 「無論じゃ! 中太郎! 何か出せ!」

 バゲンが横の中太郎の背を叩く。

 「えぇ? 何かって言われてもなぁ・・・」

 バゲンの無茶振りに、中太郎が頬(ほほ)を掻(か)きながら荷包みの中を漁りだす。その様子を、しゃらく達が後ろから見ている。

 「・・・なあ、バゲンって有名人なのか?」

 しゃらくがウンケイに小声で尋ねる。

 「・・・みてぇだな。誰か知ってるか?」

 ウンケイが小声で、更に隣のシカとスイメイに尋ねる。しかし、シカの方は首を横に降っている。その隣のスイメイの方は、腕を組んで眉を顰(ひそ)めている。

 「・・・瀬四(ぜよ)のバゲン。・・・なんか聞いたことある気がするんだよなぁ・・・。私はどうも、人の名前を覚えるのが苦手なんだ」

 スイメイが頭を巡らせ過ぎて、首がどんどんと傾(かたむ)いていく。

 「・・・いや、まさかな」

 スイメイが目を顰(ひそ)め、目の前のバゲン達を見る。

 「あ! これなんてどうです? 瀬四(ぜよ)名物、“瀬四(ぜよ)絣(がすり)“で織られた手拭(てぬぐ)いです」

 中太郎がそう言うと、荷包みから一枚の手拭いを取り出す。

 「おぉ! これじゃ! これはすごいぞ!? 職人の繊細(せんさい)な仕事が目に見えるわ!」

 中太郎から手拭いを受け取ったバゲンが鼻息を荒くし、手拭いを番兵達に見せびらかす。しかし番兵達はピンと来ておらず、頭を傾(かし)げ、不思議そうに手拭いを眺めている。

 すると、しゃらく一行が来た方角から、馬に乗った男達が三名、こちらへ向かって来る。

 「あ! コシトキ様!」

 男達に気がついた番兵が、自然と笑顔になる。

 やがて馬に乗った男達が関所へ辿り着き、先頭の男が馬上からバゲンを見る。

 「バゲン殿ぉ〜! バゲン殿ではありませんかぁ〜!」

 すると、男は嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 「よおコシトキ! 久しぶりだなぁ!」

 バゲンもニッと笑い、手を挙げる。すると、コシトキと呼ばれる男が馬から降り、バゲンと固く手を握り合う。

 「久しぶりでございます! まさかこんな所で、またお会いできるとは!」

 コシトキがニコリと笑う。

 「あぁ! 実はお前の父上に会いに来たんだ! 約束はしとらん!」

 「でしょうね!」

 バゲンとコシトキが笑い合う。すると、番兵達は聳(そび)え立つ門壁の戸を開け、コシトキ達の馬を中へ入れる。そして一行にも中へ入るよう促(うなが)す。



 麟東(りんどう)へと入ることができた一行は、コシトキ達の馬の後に続き、歩を進める。バゲンは、なぜかコシトキの馬に乗っており、その後ろをしゃらく達の馬が続いている。その周囲には、決して華やかとは言えない木造の家屋(かおく)が乱立しており、一行が進む土の道には、土埃(つちぼこり)が舞っている。

 「皆、ちょっといいか?」

 するとスイメイが、ウンケイとシカ、ブンブク達に小声で呼びかける。そしてウンケイ達の乗る馬は、スイメイとしゃらくの乗る馬に近づく。

 「やっと思い出した。私は馬鹿だ。・・・あのバゲンという男、瀬四(ぜよ)の“バゲン将軍“だ。・・・つまり彼は、十二支(えと)将軍の一人、“午(うま)のバゲン“だ」

 皆が目を見開く。


 完

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