第八十八話 「寄り道」
「それは俺達の馬だ。そいつはなんて言ってる?」
男がニッと笑う。驚いたしゃらく一行は、思わず身構える。
(・・・気配に全く気づかなかった! こいつら何者だ?)
ウンケイの額に汗が一筋垂れる。それはウンケイだけでなく、一行の全員が同様である。
「? おいおい、そんなに身構えるなよ。俺達は馬泥棒だと思って、気配を殺して来ただけだぜ」
男が両手を振りながら、明るい口調で応える。
「・・・あぁ、そうですよね。ははは。それは失礼しました」
スイメイがニコリと笑う。
「実は、我々は旅をしておりまして、馬を調達しようと思っていたところに、ちょうど馬がいたものですから。少し見学させていただいておりました。泥棒なんて滅相もございません。誤解を招き申し訳ありません」
元商人のスイメイが、元商人らしくツラツラと弁明する。その間、男はスイメイの目を見て、黙って話を聞いている。
「そうだったか。しかし悪いな。馬は譲ってやれん」
そう言うと男は、ウンケイやスイメイ、シカの前を通り、繋いである馬の前へ行き、馬の体を撫でる。馬の前でしゃがんでいるしゃらくは、男を不思議そうに見上げている。その隣のブンブクも、男に敵意を感じていないのか、しゃらくと同様に男を見上げている。
「いえいえ。我々が勝手に見ていただけですので」
スイメイが男の背中に頭を下げる。そのまま、後ろにいた別の男の方をチラリと見ると、その男の方もこちらを警戒するでもなく、手拭いで顔面と首筋の汗を頻りに拭いている。
「・・・盗み聞きして悪かったが、お前は神通力を使うらしいな?」
馬を撫でていた男が、しゃらくをチラリと見る。その言葉を聞いたウンケイとスイメイ、シカの三人は、再び目の前の男に注意を向ける。
「あァ」
しかし、しゃらくの方は呑気で、しゃがんだまま口をあんぐりと開けて、男を見上げている。
「・・・で、こいつはなんて言ってた?」
「すげェ遠くから来たって言ってたぜ。あんたらどっから来たの?」
しゃらくが男に尋ねる。
「俺達は“瀬四“ってとこから来た」
「え!!?」
男の言葉を聞いた後ろの三人が、思わず声を出す。しゃらくは分かっていないらしく、振り返って三人の方を不思議そうに見ている。
「瀬四っていやぁ、めちゃくちゃ西にある国だよな!? そんなとこから馬で来たのか!?」
愕然としたウンケイが、目を見開いて尋ねる。
「へぇ知ってんのか。そいつは嬉しいねぇ」
男がニヤニヤと笑う。
「そんな遠方から遥々こんな所へ・・・? あなた方はどこへ向かわれるのですか?」
スイメイが矢継ぎ早に尋ねる。
「俺らの目的地は“甲玄“だ」
男が飄々と答える。
「・・・!? 甲玄は、ここからかなり西ですが・・・? 何故こんな所に? 瀬四からなら、甲玄の方が近いじゃないですか」
スイメイが唖然としている。
「そうなんだ! せっかく遥々来たから、ちと寄り道して行こうと思ってな。そしたら道に迷ってしまって困っていたんだ! ガッハッハ! ここは一体どこだ? ガッハッハ!」
男が大笑いする。
「・・・わァっはっは! 馬ッ鹿でェ〜! わっはっは!」
男の話を聞き、隣のしゃらくが大笑いする。他の三人も、初めは驚いていたが、二人につられて笑い出す。
「なぁお前ら、この辺詳しそうだな? 悪いが、甲玄まで連れてってくれねぇか? もちろん礼はするし、道中の宿や飯の面倒も見るぜ? どうだ? なぁ頼むよ」
男が両手を合わせて懇願する。
「えェ? でもなァ」
「・・・少し、皆で検討しても宜しいですか?」
スイメイがニコリと笑って答える。
「あぁ勿論。では、中で待ってる」
男はそう言うと踵を返し、後ろで待つ男と共に、茶屋の方へ戻っていく。一行は、二人を見送るとすぐに集合し、円陣を組む。
「どうする? あいつすげェ面白ェ」
「そうゆう問題じゃねぇだろ。俺達は十二支将軍のとこに行くんだろ?」
ウンケイがしゃらくを小突く。
「でも、彼らと甲玄へ行くのはかなりいい話だと思う。正直、出総金を目指してはいたが、子将軍とはまだ戦えない。兵がいないからね。様子を探りに行くだけだった。・・・でも彼らと行けば、食住も困らないし、仲良くなれば兵の調達を手伝ってくれるかもしれない。それに・・・」
「甲玄にも十二支将軍がいる」
スイメイの話にシカが割り込む。
「・・・そう。その通り。君達が出会った酒呑童子は少し特殊みたいだけど、十二支将軍とその軍はどんなものか、把握できる絶好の機会だと思う」
スイメイの話に、ウンケイは眉を顰め、長い髭を撫でる。
「私も悪くない話だと思う。でもそれは、あの男を信用するのが前提だ」
シカも怪訝な表情を浮かべている。
「そこだ。俺もそこが引っ掛かる」
ウンケイがシカの意見に同調する。
「そうなんだよな・・・。何か試してみるか?」
スイメイが腕を組む。すると、徐にしゃらくが口を開く。
「おれはあいつ、いい奴だと思うぜ? 一旦ついてって、悪ィ奴だったら、ぶちのめせばいいンじゃね?」
しゃらくの粗雑な意見に、スイメイが思わず吹き出す。
「ぷっ! はっはっは! 確かにそうかもな。彼らを信用し過ぎず、一旦ついて行ってみようか? ブンブクはどう思う?」
そう言ってスイメイがブンブクを見ると、ブンブクは分かってか分からずでか、尻尾を振りながらうんうんと頷いている。
「はは。ブンブクも賛成みたいだ。どうするシカ?」
スイメイがニヤリと笑いながら、シカを見る。するとシカは、ブンブクを見たまま顔を紅潮させている。
「・・・ま、まあ私は、ブンブクちゃんが行くところへ行くだけだ」
顔を紅潮させたシカはそう言うと、ブンブクを抱き上げ、ブンブクの腹に顔を埋める。
「はは。どうするウンケイ? 四対一だ」
スイメイが悪戯に笑う。ウンケイは腕を組み、険しい顔をする。
「お待たせしました〜」
茶屋の中へ向けて、スイメイが明るく声を掛ける。
「おう! どうなった?」
茶屋から、男が一人でニコリと笑いながら出てくる。
「ええ。是非お供させてください」
スイメイが頭を下げる。その後ろでウンケイとシカもペコリと頭を下げている。さらにその後ろでは、しゃらくとブンブクがニコニコ笑っている。
「そうか! それは良かった! ありがとうな!」
男がニッコリと笑う。すると茶屋の中から、もう一人の男も大きな荷を背負って出てくる。
「あ! そういえば自己紹介がまだだったな」
男が改めて一行の方を向く。
「俺はバゲン。こいつが中太郎だ。よろしくな」
バゲンと名乗る男がニコリと笑う。
「中太郎です。どうぞよろしく」
荷を背負った男が、ペコリと頭を下げる。バゲンの方は、大柄で筋骨隆々、そして若々しい見た目をしているが、中太郎と名乗る男は少しぽっちゃりとした体型で、バゲンより歳は上に見える。
「こちらこそよろしくお願いいたします。私はスイメイ。こちらがウンケイ、シカ、ブンブク、しゃらくです」
スイメイが全員を紹介する。ウンケイとシカはペコリと頭を下げるが、ブンブクとしゃらくはニコニコ笑っている。
「スイメイ、ウンケイ、シカ、ブンブク、しゃらく。よろしく!」
バゲンがニコリと笑う。
それぞれ馬に乗った一行が、茶屋を後にする。先頭を歩く馬にはバゲンと中太郎が乗り、その後ろの馬にはシカとウンケイ、ブンブクが乗っている。そして最後尾の馬には、しゃらくとスイメイが乗っている。
新たに二人と馬三頭を加えた一行は、目指していた道を逸れ、甲玄への道へ進んでいく。
完




