第八十五話 「町の英雄」
日が昇り、再び城下町へ戻ってきたしゃらくとウンケイは、町人達からの歓声を浴びる。まさかの反応に、一行が困惑していると、あっという間に町人達に四方を囲まれる。
「な、なんだァァ!?」
昨夜までとは正反対に、嬉々とした表情でドッと押し寄せる町人達に、しゃらくとウンケイは固まっている。
「あんた達無事だったか! 良かった!」
「あなた達はこの町の救世主だ!」
町人達は嬉しそうに、しゃらくとウンケイの体を頻りに触る。
「おいおい! 分かったから、離れてくれ!」
「やァめろってェ〜!」
鬱陶しそうにしているウンケイとは対称に、しゃらくの方は言葉とは裏腹に、鼻の下を伸ばしてニマニマと笑っている。何故なら、しゃらくを囲む群衆の中には若い娘もいた為、満更でもないのである。
少し離れた茶屋の軒下の縁台で、丸くなって眠っていたブンブクが、その喧騒に気が付き目を覚ます。眠い目を擦りながら、群衆に目を凝らすと、頭一つ抜けたウンケイの姿を見つける。見つけた途端、嬉しそうに尻尾をブンブンと振り回しながら、縁台からぴょんと飛び降り、群衆の方へ駆けていく。
ブンブクは、町人達の足の間をスルスルと抜けていき、見つけた一際大きな足を登っていく。
「何だ!? おぉブンブク! 無事だっ・・・ブホッ!」
ウンケイが、自分の体を登るブンブクに気がつくも、顔面に飛びつかれ、苦しそうにしている。対称にブンブクの方は、嬉しそうにニコニコと笑い、ちぎれんばかりに尻尾を振っている。
「ん?」
一方のしゃらくは、町人達に囲まれる中で、何かに気がつき、周囲を見回す。見ると、少し離れた所で、若い町娘の集団が黄色い歓声を上げている。その中央では、ツバキが困った顔をして、周囲を囲む町娘達を宥めている。
「・・・あンの野郎ォォ〜!!」
しゃらくが、今にも沸騰しそうなほど顔を真っ赤にして、歯を食いしばっている。
「あはは。困ったなぁ。・・・あれ? しゃらくにウンケイ! ブンブクもいるじゃないか!」
しゃらく達に気が付いたツバキが、町娘達に囲まれた中央から手を振る。しかし、しゃらくは鬼の形相でこちらを睨んでいる。
「・・・あれ? なんかすげぇ怒ってるな」
ツバキが苦笑いを浮かべる。
「ブンブクちゃぁぁん!! どこなのぉぉ!!?」
すると、町の奥の方から女の奇声が聞こえる。皆がそちらを振り向くと、町の至る所を覗きながら、奇声をあげるシカの姿がある。
その様子に怯える町人達の中、シカを見つけたブンブクは、嬉しそうに尻尾を振り、ウンケイの顔面から飛び降り、町人達の頭の上を跳びながらシカの元へ向かう。ようやく視界と呼吸を取り戻したウンケイは、思わず膝に手を着く。
やがて、色んな所を探し回っていたシカが、こちらへ駆けて来るブンブクに気がつく。
「ブンブクちゃああああああん!!!」
耳を劈くような奇声を発したシカは、涙を流しながら地面に両膝を着き、両腕を広げてブンブクを待つ。勢いよく駆けて来たブンブクは、そのままシカの胸に飛びつく。しっかりとブンブクを抱き止めたシカは、力強くブンブクを抱き締める。
「無事だったのねェぇ!! 良かったぁぁ!!」
シカは号泣しながら、ブンブクに頬を擦り付ける。ブンブクの方も、嬉しそうに尻尾を振っている。
町を救った英雄達が無事に戻り、町中が歓喜している。その様子を、町にある屋敷の最上階から、リコウが嬉しそうに眺めている。
*
「君達、よくぞ無事戻って来てくれた。・・・そして私に力を貸してくれて、・・・いや、この町を救ってくれて、本当にありがとう」
リコウの屋敷の大広間で、リコウが土下座をする。その前には、しゃらくにウンケイ、ブンブク、ツバキ、シカが座っている。
「おいおい辞めてくれよ! おれはただ、ムカついたから暴れただけだぜ?」
しゃらくが、慌ててリコウの頭を上げさせようとするが、リコウは頑なに頭を畳に着けたままである。
「そうだぜ。俺達はあんたの言う通りに動いただけだ。町を救ったってんなら、そりゃあんたの方だ」
ウンケイもリコウを諭す。その隣に座るブンブクも、話が分かってか分からずか、うんうんと頻りに頷いている。
「・・・いや、ソンカイ達を討てたのは、君達あっての事だ。・・・本当に感謝してもしきれない」
頭を下げたままのリコウが、声を震わせる。
「・・・それにしても、見事な策だったね。龍神さん。・・・ここまでの策士は、そうそういるもんじゃないと思うよ? しゃらく」
ツバキが意味深に微笑む。
「ん?」
しゃらくが首を傾げる。
「・・・確かにな」
ウンケイがニヤリと笑う。
「・・・さ! 硬いことはここまでにして、今夜はお礼として、盛大な宴を用意している。ゆっくりしていってくれるね?」
リコウが微笑む。しゃらくが思わず、ウンケイと顔を見合わせる。
「やったァァァ!!!」
*
どんちゃん♪ どんちゃん♫ 日が暮れ、昨夜と同じ大きな月が浮かぶ下、町のリコウ屋敷の前には櫓が建てられ、町人全員でお祭り騒ぎをしている。櫓の上で皆の注目を集めるのはやはりこの男。箸を鼻の穴と口で咥え、手拭いを頭に被り、墨で顔の描かれた腹を叩き、腹鼓を披露するしゃらくである。それを見た町人達は、涙を流して笑っている。
その様子を、屋敷の最上階の広間から、リコウが盃を片手に、笑って眺めている。
「よう。飲んでるか?」
背後からの声に、リコウが振り返ると、酒瓢箪を片手に持ったウンケイが、酒瓢箪をクイっと持ち上げて微笑んでいる。
ウンケイが、リコウの盃に酒を注ぐ。背後からは外のどんちゃん騒ぎが聞こえているが、部屋の中はとても静かで、酒が注がれる音が心地よく響く。
「ありがとう」
酒の入った盃を持ったリコウが、ニコリと微笑む。
「・・・そりゃあ、酒を注いでくれてありがとう、って事でいいんだよな? あんたが何度もくどいから、ありがとうって言葉はもう聞きたくないぜ。わはは」
ウンケイが笑い、瓢箪から酒を飲む。
「ははは。これはすまない」
リコウも笑いながら、盃の酒を飲む。
「・・・でよ、無粋な事聞くが、あんたはこれからどうすんだ?」
ウンケイがリコウに尋ねる。それを聞いたリコウは立ち上がって窓の方へ行き、お祭り騒ぎの外を見下ろす。
「・・・そうだね。どうしようか・・・」
リコウが呟く。外では町人達が、年寄りから子どもまで、とても楽しそうに笑っている。
「・・・決まってねぇみてぇだな? なら俺らと来ねぇか?」
ウンケイの言葉に、リコウが振り返る。
「・・・私が?」
「あぁ。俺達は全員馬鹿だからよ、あんたみてぇな頭の良い策士が必要なんだよ。・・・退屈はしねぇと思うぜ? わはは」
ウンケイが笑う。リコウの方は、突然の誘いに驚いている。
「・・・君達は確か、天下取りの旅だったな? そんな壮大な旅に、私を誘うのか?」
「・・・正直言うが、一昨日あんたの策を聞いた時、こんなの当てにならねぇと思ってた。だが蓋を開けてみりゃあ、全ての物事があんたの言った通りに動いた。・・・こんな真似ができる奴が、きっと天下取りには必要だって思ったんだ」
ウンケイが瓢箪の酒を飲み干す。
「・・・」
リコウは俯き、難しい顔をしている。
するとウンケイが立ち上がる。
「じゃあ俺は戻るぜ。酒も無くなったし、あんたの他にもあと二人、誘いたい奴がいるんでな。・・・今晩ゆっくり考えてみてくれ」
ウンケイはニッと笑い、襖を開けて広間を出ていく。その背中を見送ったリコウは、再び外を眺める。
その背後では、広間の壁に掛けられた翁面が、月明かりに照らされている。
完




