第七十五話 「白魚拍子」
「ハァ! ハァ! ハァ!」
村へ向かい、山を全力で下っていく男が二人。
「まずい事になった! 早くしねぇと!」
先頭を走る伍次郎が、道なき道を、草木を掻き分けて進む。その後ろをシカの父が、シカをおぶりながら駆けて行く。流石のシカも、今回ばかりは只事でない様子を感じ、不安そうに行く先を見つめている。
「・・・あ!!」
すると、先頭を走る伍次郎の足が止まる。
「・・・どうした!?」
シカの父が、不安そうに伍次郎の背に尋ねる。
「・・・遅かった」
伍次郎が力無く呟く。慌てたシカの父が、前の伍次郎を押し退け、木々の隙間から覗く。
「!!?」
シカの父が目を見開く。視線の先には、炎が燃え盛るスイコ村の姿。耳を凝らすと、人間の怒号や悲鳴も聞こえて来る。
「・・・早く助けに行かねぇと」
シカの父が声を震わせる。
「馬鹿野郎! 今俺達が行ったって、何にも出来ねぇよ!」
伍次郎が、呆然としているシカの父に掴み掛かる。
「・・・あそこで今襲われてんのは俺達の家族だろ! ここで黙って見てろってのか!?」
「・・・!」
押し黙る伍次郎を尻目に、シカの父は背中のシカを下ろし、膝立ちの状態でシカの肩を掴む。
「・・・シカ。父ちゃん達な、母ちゃん達を連れて帰ってくるから、父ちゃん達が戻って来るまで、ここで待っててくれないか?」
「・・・やだよ。父ちゃんいかないで」
シカが涙ながらに父に縋る。シカの父はニコリと笑いながら、シカを抱き締める。
「・・・大丈夫。母ちゃん連れて、すぐ戻って来るよ」
そう言うと、シカの父はシカから離れ、伍次郎と共に茂みを出て、燃え盛るスイコ村の方へ駆けて行く。シカは二人の小さくなって行く背中を、呆然と見つめる。
シカの父と伍次郎が息を切らし、炎立ち込めるスイコ村の前へ辿り着く。見ると、刀を手にした侍達が、スイコ村の村人を追いかけ回している。中には血を流して倒れている村人もいる。
「伍次郎! 俺は行くぞ!?」
「あぁ! 俺だって覚悟決めたぜ!」
そう言うとシカの父と伍次郎は、鎌や斧を片手に炎の中へ駆けて行く。
少し後、燃えるスイコ村の前に、馬に乗った男がやって来る。その後ろには、部下と思しき侍達が続いている。すると、村の中から一人の侍が駆けて来て、男に膝を着く。
「カゲ斗弓様! お待ちしておりました!」
「・・・どうだ?」
馬に乗った男は、若い頃のカゲ斗弓で、燃え盛る村を前にも表情一つ変えずに、前で膝を着く侍に尋ねる。
「はい。この村何も無いですね。特に食料がありません。もしかすると、山で見つけた荷車に入ってた食料は、この村の物だったのかもしれません」
「・・・そうか。では山中に、この村の者が隠れているかもしれんな。おいお前ら、生き残りがいると面倒だ。山に隠れてる者がいないか探して来い。見つけ次第殺せ」
「はっ!」
カゲ斗弓の命を受けた後ろの侍達が、後方に見える山へ駆けて行く。
「村人はどうします?」
カゲ斗弓の前で膝を着く侍が問う。するとカゲ斗弓は、冷たい視線を向ける。
「皆殺しだ」
ガキィン! ガキィン! 轟々と音を立てて燃える村の中、鋭い金属音が鳴り響いている。そこでは刀を手にした侍達が、一人の男を取り囲んでいる。男はスイコ村の長老と呼ばれる老人で、両手に鎌と斧を持ち、白魚拍子の独特な構えをしている。
「こ、このジジイ! 一斉にかかれ!」
声を合図に、囲んでいた侍達が刀を振り上げ、一斉に長老にかかって行く。すると長老は白魚拍子の舞を踊り、侍達の刀を次々と受け流していく。受け流された侍達は、勢いのまま後ろの燃える家屋に突っ込んでいく。
「怯むな! 行けぇ!」
次々と侍達が向かっていくが、長老は見事な舞で次々といなしていく。刹那、ドスッ! 鈍い音が響く。見ると、長老の胸に一本の矢が刺さっており、そこからゆっくりと血が滴っている。長老はその場で膝を着く。
すると周囲を囲んでいた侍達が、道を開けるようにその場を退く。長老が、意識朦朧のなか顔を上げると、そこには馬に乗ったカゲ斗弓が弓を手に立っている。
「・・・貴様のその舞は何だ?」
カゲ斗弓が、その冷たい目を顰める。
「・・・水は堰き止められぬ。流れた水は、雨水や他の川を巻き込み、やがて巨大な瀑布となる」
目を虚にし、ボソボソと呟く長老を前に、カゲ斗弓は背中の矢を取り出し、弓を引いて構える。
「・・・この舞を覚えておれよ小僧」
長老がそう言うとニヤリと笑う。その口からは血が流れ、その血はゆっくりと長老の長い髭を流れていく。ドスッ! カゲ斗弓が弓を引き、その矢が長老の額を貫く。動かなくなった長老の姿を、カゲ斗弓がじっと見つめる。
「カゲ斗弓様! こちらへ!」
やって来た侍に呼ばれると、カゲ斗弓の乗った馬はゆっくりと踵を返し、その場を去っていく。すると、その様子を建物の影から覗く小さな影が一つ。
「・・・ちょうろうさま」
声を震わせる影の正体はシカであり、向こうに見える長老の亡骸に涙を浮かべる。
するとそこへ侍達の足音が聞こえ、シカが咄嗟に身を隠す。侍達はシカに気付かず、目の前を通り過ぎて行く。
その場をやり過ごしたシカは涙を拭い、身を隠しながら移動する。
上手く隠れながら移動して来たシカは、やがて自分の家へと辿り着く。侍達がその場を去った隙に、家の中に入る。
すると家の奥へ目をやったシカが目を見開く。そこには血だらけで倒れる両親の姿。
「とおちゃん! かあちゃん!」
シカは急いで両親の元へ駆け寄り、二人を揺する。
「・・・シカ・・・?」
二人は、朦朧としながらも意識はあるようで、体を震わせながら我が子の顔を見やる。
「そうだよ! とおちゃんかあちゃん、だいじょうぶ!?」
涙をボロボロと流すシカを、シカの父が倒れたまま微かな力で二人の間に抱き寄せる。三人はシカを真ん中に川の字で横になる。その家の前では侍達がドッと駆けて行く。
「・・・シカ、ごめんな。・・・父ちゃん約束守れなくて」
シカの父が力無く呟く。シカは目一杯に涙を浮かべ、黙ったまま首を横に振る。そんなシカを、同じく目に涙を浮かべた母が、優しく微笑みながら頭を撫でる。
「・・・いいかシカ? 朝になったら、この村を出て、町へ行きなさい。・・・父ちゃんと母ちゃんは、付いて行ってあげられないけど、シカならきっと、大丈夫だよ」
シカの父がそう言うと、シカは何か言いかけるも、口を結ぶ。
「・・・大丈夫。シカには父ちゃんと母ちゃんがついてる。友達もきっとできる。シカは独りじゃないよ」
*
ガキィィィン!! 時は戻り、カゲ斗弓の矢をシカが刀で払う。するとシカは、カゲ斗弓に向かって駆け出す。カゲ斗弓はニヤリと笑い、背中から矢を幾つも取り出し、それらをまとめて弓で引く。
するとシカは、白魚拍子の独特な構えから、飛んで来る無数の矢を次々受け流す。
「・・・この舞は!?」
カゲ斗弓が目を見開く。刹那、弓を構えるカゲ斗弓の頭上に、シカが跳び上がる。
「“白魚群の滝”」
ズバァァ!! 頭から斬られたカゲ斗弓は、白目を剥いて倒れる。
完




