第七十三話 「因縁」
「久しぶりだな。ガマ比古さんよ」
ガマ比古の刀を受け止めた、盗賊の駄エ門がニヤリと笑う。目を見開いたガマ比古が、咄嗟に後方へ下がって距離を取る。ガガン! 駄エ門の後ろのシカが、カゲ斗弓から放たれた矢を刀で弾く。
「お前、何の真似だ?」
シカが駄エ門の大きな背中に問う。
「何だお前、生きてたのか? なら見殺しにすりゃあ良かったぜ。クックック」
駄エ門が、後ろのシカをチラリと見て笑う。
「余計な真似を。借りにはしないぞ」
シカは駄エ門の背中を睨みつける。
「クックック。あの野郎は、俺らの獲物なんだ。邪魔したら、お前から先に殺す」
「そっくりそのまま返す」
シカと駄エ門は互いに背を向け、それぞれガマ比古、カゲ斗弓と対峙する。
まるで山のような大男のガマ比古に対しても、駄エ門の巨体もそこまで引けを取らず、周囲の兵達が子に見えるような大男同士の対峙である。
「・・・貴様は、・・・駄エ門か!?」
駄エ門を見るガマ比古が、目を見開く。
「嬉しいねぇ。久々の再会だ」
駄エ門が怪しく笑う。
「・・・あぁ、俺も嬉しく思うぜ? まさか、生きてやがったとはな」
ガマ比古がニィッと笑う。その額からは汗が一筋垂れる。
すると、ガマ比古の後ろが騒がしい事に気が付く。ガマ比古がチラリと見ると、駄エ門の弟分のリキ丸が、両の手に大刀を持ち、兵達を薙ぎ払っている。
「・・・リキ丸」
ガマ比古がポツリと呟く。
「あっちはリキ丸に任せてある。あんたの相手は俺だ」
駄エ門が右手の大刀を持ち上げ、自分の肩に乗せる。
「・・・ははは。面白い。お前と一騎討ちとはな」
ガマ比古が駄エ門に刀を向ける。
「お前らはまだ野盗なのか? はっはっは! その身なりを見りゃあ聞くまでもねぇな。俺は今や、名のある将軍の歩兵隊長だ! お前らと同じゴロツキだった、あの頃の俺じゃねぇ! 分かるか?」
ピカピカに輝く立派な甲冑を身に纏ったガマ比古が、高らかに笑う。一方の駄エ門は、動物の毛皮を基調とした、まさに野盗といった格好をしている。
「お前らのような、野盗の相手をしてる立場じゃねぇんだよ。・・・まぁでも、昔の好みだ。この場で俺に忠誠を誓えば、俺の兵に入れてやるよ。俺はお前を買ってんだぜ?」
ガマ比古が刀を下ろし、ニィッと笑う。
「・・・」
すると駄エ門が、肩に担いでいだ大刀を下ろし、肩を落とす。そして小刻みに肩を震わせている。それを見たガマ比古がニヤリと笑う。
「・・・クックックック! つくづく馬鹿だなてめぇは」
駄エ門が、顔を下に向けたまま笑う。
「な、何!?」
ガマ比古が目を見開く。
「・・・変わってねぇなお前は。お前のそういう所が、昔からムカついてたんだ」
駄エ門が顔を上げ、ガマ比古をギロリと睨む。
「別に恨みは無ぇが、今のはカチンと来たぜ」
駄エ門が大刀をガマ比古に向け、ニヤリと笑う。
一方のシカとカゲ斗弓は、両者距離を取ったまま睨み合っている。
「・・・フフ。先の続きといこうか。思い出話は、どこまで話したかな?」
カゲ斗弓がニヤリと笑う。シカが奥歯を噛み締める。
*
遡る事、十年前。陽の光を反射し、キラキラと輝く川の畔を、幼い子ども達が楽しそうに駆け回っている。この小さな村は、“スイコ村”と呼ばれ、村の至る所に水車がある。水を運んだ水車がくるくる回る事で、村の生活の動力としているのである。
そんな長閑な村の原っぱでは、一人の老人が目を瞑り、ゆっくりと舞を舞っている。その前には、大人から子どもまでの十数人が、老人に合わせて舞っている。その中には、当時七歳のシカも混ざっており、周囲の大人たち顔負けの見事な舞を披露している。一方で、シカと同じくらいの歳の子ども達は、大人を真似て一生懸命踊っているが、シカとは違ってまだまだ下手である。
涼やかな風を浴び、ゆらゆらと揺れる草原の中を、まるで時の流れが違うかのように、村人達が緩やかに舞っている。
舞の時間が終わり、村人達が解散していく中、前で舞っていた老人にシカが呼ばれる。
「シカよ。お前の“白魚拍子”は本に見事じゃ。その歳で、ここまで見事に舞える者は見た事が無い」
老人はそう言うと、穏やかな笑顔でニコリと笑う。褒められたシカは頬を赤く染め、嬉しそうに目を見開く。
「ほんと!? ありがとう! ちょうろうさま!」
先程の見事な舞い姿からは想像もつかない程、歳相応の無邪気な笑顔を見せる。
「あぁ、見事じゃったぞ。先祖代々伝わるこの“白魚拍子”には、この平穏が川水の如く、淀む事無く永く続くように、という願いも込められている。お前達はまさにこの村の未来じゃ。これからも健やかに育っておくれ」
長老と呼ばれる老人がニコリと笑う。
「うん!」
シカは元気に頷き、向こうに並ぶ家屋の方へ走り去って行く。長老は、その元気な後ろ姿を笑顔で見送る。
*
「とおちゃん! おでかけ!? どこいくの!?」
日が暮れたスイコ村のある家屋で、シカが外支度をしている父親におぶさる。男はニコニコと笑いながら、支度を進めている。
「とおちゃんは町に行って来る。シカはかあちゃんと一緒に、家でいい子に待ってるんだぞ?」
「えぇ!!? あたしもいく!」
シカが頬を膨らませる。すると後ろから食器を持ったシカの母親が、眉を顰めて出て来る。
「こらシカ! とおちゃんを困らせないの!」
「だってぇ!」
シカが、今度は母親に向かって頬を膨らませる。すると、父親が荷物を傍に置き、背中のシカを前に抱き抱える。
「いいかシカ? 村の外は危険が一杯なんだ。とおちゃんもシカと一緒に居たいけど、危険だから村の外には連れて行けないんだ。分かるな?」
父親が、笑顔でシカの頭を撫でる。シカは相変わらず膨れっ面をしている。
「とおちゃんがまもってくれればいいじゃん!」
「ははは。それはだめだ。とおちゃんは弱いから」
「じゃあ、あたしがまもるよ!」
シカの言葉に、父親と母親が笑う。
*
まだ日が昇り切っていない早朝、シカの父親が村の男と共に、村の大人たちに見送られながら、荷車を引いて村を旅立つ。荷車には麻が被されているが、中には大量の川魚や山の幸が敷き詰められている。
シカの父親たちは町へ行き、これらを買って貰う事で得た銭で、村では手に入らない町の物を村に買って帰るのである。町まではかなり距離があり、頻繁には行けない為、この村においての非常に重要な仕事なのである。
「・・・なぁ聞いたか? この近くで、また戦だとよ」
シカの父親が引く荷車を、後ろから押している男が口を開く。
「またか。うっかり侍に出くわさないよう、気を付けねぇとな」
シカの父親と村の男が、黙々と荷車を動かす。
やがて森の中へ入って行き、周囲を草木が生い茂る道を進む。しかし二人の足元は、草木が踏み固められており、過去の荷車の轍も残っている。
「おい見ろ」
シカの父親が、そう言うと荷車を止め、地面を指差す。後ろの男が指の先を見ると、地面に熊と思しき大きな足跡が付いている。
「まだ新しいな」
父親と男は慣れた様子で、注意深く周囲を見回す。刹那、突如荷車がガタガタと大きく揺れ出す。父親と男は腰を抜かす。ガバ! すると被された麻がめくれ、中からシカが立ち上がる。
「あたしもいく!」
完




