第七十一話 「天翔ける」
「おれが龍神だァァァ!!!」
アドウ達の前に並ぶ兵達の頭上を越え、しゃらくが天を翔けて来る。突然の登場と驚愕の発言に、アドウ達は目を丸くしている。
「何言ってんだあいつは」
薙刀を振り切ったウンケイが、飛んで行ったしゃらくの言葉に笑う。
そしてアドウ達の前に着地したしゃらくが、アドウとその三側近を前にも怯む事無く、仁王立ちで鼻息を荒くしている。
「・・・貴様は確か、徴兵だったな? 今何と言ったんだ?」
アドウが椅子に腰掛けたまま、身を乗り出す。後ろでは側近のくも八が、しゃらくの後ろで武器を構える兵達に、手を挙げて待つように指示している。
「ガルルル! お前が探してる龍神は、おれだって言ったんだ!」
顔に赤い模様が浮き出た姿のしゃらくが、息を荒くしている。
「ほう。貴様が?」
異様な姿のしゃらくを見て、アドウがニヤリと笑う。
するとしゃらくは、すかさず目の前の町人達の縄を鋭い爪で斬っていく。
「貴様、いい加減にしろ」
カゲ斗弓が立ち上がり、弓をしゃらくに向ける。すると、徐にアドウが立ち上がる。
「はっはっは! 小僧、その勇気は称えよう! だが貴様は龍神ではない!」
アドウが笑いながらそう言うと、再び椅子に腰を掛ける。
するとくも八が、挙げていた手を下ろす。それを合図に、後ろの兵達が一斉にしゃらくを襲う。しゃらくは解放した町人達を背に隠し、向かって来る兵達に牙を剥く。
「“虎枯らし”!!」
ガガガァァ!! しゃらくが兵達に鋭爪を振りかざし、兵達の甲冑を斬り裂く。
しゃらくの一撃に吹き飛ぶ兵達の後ろでも、同様に兵達が吹き飛んでいる。見るとそこでは、ウンケイが薙刀を振り回し、兵達を次々に薙ぎ倒している。それに気付いたアドウが更に笑う。
「ほう。奴等、相当やるようですな。これは思わぬ火事、早々に消火せねば」
くも八が、大暴れする二人を見て目を顰める。
「はっはっは! 結構だ! 龍神が来るまでの暇潰しにはなる」
アドウが、傍らに置いてあった瓢箪から酒を飲む。
「八さん、俺が出ようか?」
側近のガマ比古が、隣のくも八に尋ねる。
「いや、待て。こんな所で下手にお前達を出して、龍神に後手を踏む訳にはいかん」
「分かった」
椅子から腰を上げかけたガマ比古が、再び深く腰掛ける。一方のカゲ斗弓は、依然弓をしゃらくに向けている。
「矢ならいいですよね? 一撃で仕留めてみせます」
カゲ斗弓もくも八に尋ねる。
「無論だ」
くも八の言葉を聞き、カゲ斗弓が弓を力強く引く。矢の先に見えるしゃらくは、カゲ斗弓に気づかず、町人達を庇いながら兵達を薙ぎ倒している。
「・・・」
ヒュッ! 狙いを定めたカゲ斗弓が、しゃらくに向けて矢を放つ。刹那、ガキン! 放たれた矢がしゃらくに届く前に、横から来た何かに当たって弾き飛ぶ。
「何!?」
驚いたカゲ斗弓が、咄嗟に何かが飛んできた方を見ると、そこには弓を片手に持ったシカが立っている。
「チッ。・・・鼠が一匹増えたな」
カゲ斗弓がシカを睨みながら、背中の矢に手を伸ばす。
「カゲ斗弓! あの日から、貴様の憎らしい顔を忘れた事は無い!」
シカの言葉にカゲ斗弓が動きを止める。
「・・・何者だ?」
カゲ斗弓が眉を顰める。
「私はスイコ村のシカ! 貴様が焼き尽くした村の出身だ! 忘れたとは言わせぬ!」
シカが背中の矢を取り、カゲ斗弓に向けて構える。その目は少し涙ぐんでいる。
「スイコ村・・・? あぁ、あの小さな水車村か。・・・そうだったのか。それは気の毒だったな」
カゲ斗弓がニヤリと笑う。
「くっ! 貴様!!」
シカが弓を引き、カゲ斗弓に狙いを定める。
「はっはっは! 何だカゲ斗弓? 随分恨まれているようだな」
様子を見ていたアドウが笑う。
「ではカゲ斗弓よ。お前の因縁はお前に任せるぞ」
くも八がカゲ斗弓に目をやる。
「はい。すぐに片付けて参ります」
カゲ斗弓はそう言うと、シカの方へ歩いて行く。
「気の毒だとは思うが、仕方が無い事だ」
「村の人間を皆殺しにする事が仕方ないだと!? ふざけるな! お前は必ず私の手で殺す!」
シカが涙を流しながら、カゲ斗弓に矢を向ける。しかしカゲ斗弓は臆さず、そのままシカに近付いていく。
「こんな面倒が起きぬよう、全員殺したつもりだったんだがな。生き残りがいたとは」
カゲ斗弓がニヤリと笑う。すかさずシカが、構えていた矢を放つ。しかし放たれた矢は、カゲ斗弓がいとも容易く、弓で弾き飛ばす。
「ここまで生き残り、復讐の機会を得たまでは良かったが、相手が悪かったようだ。戦国十弓に数えられるこの俺に、弓で挑むとは愚かだな」
カゲ斗弓がニヤリと笑う。シカの額をたらりと汗が流れる。
一方城内の最上階では、城主ソンカイと商人のリコウが、混乱する広場を眺めている。
「あれはしゃらくにウンケイ、それにシカまで・・・」
窓から身を乗り出したリコウが、目を丸くしている。
「知り合いか?」
ソンカイがリコウに尋ねる。
「え、ええ。・・・昨日町で知り合いまして、昨夜は我が屋敷に招き、楽しく飲み明かした仲で御座います」
リコウが慌ててソンカイに頭を下げる。
「そうか。・・・まさかお前の指金ではなかろうな?」
「いえ! 決してそのような事は! ・・・自分でもこの目を疑っております。三人とも好青年でしたので、まさかこんな暴挙に出ようとは」
リコウが頭を下げたまま弁明する。
「フフ。お前も人付き合いは程々にせねばな」
「返す言葉も御座いません」
笑うソンカイと顔を上げたリコウが、再び外の広場を見つめる。
「兄者ぁ! なんか面白ぇことになってるぜ!?」
混乱する広場の端で、様子を伺っていた盗賊のリキ丸が、向こうで暴れるしゃらくとウンケイを楽しそうに見ている。
「やはりあのガキは神通力使いだったか。クックック。面白ぇ」
盗賊の駄エ門が笑う。
「くそ! ハァハァ! 流石に多いな!」
駄エ門らの視線の先、薙刀を振り回すウンケイの息が上がる。ウンケイがチラリとしゃらくの方を見るが、町人達を庇いながらのしゃらくの方は、兵達の攻撃を防ぐので精一杯になっている。
「ハァハァ! あっちはまずいな! どうする!」
向かって来る兵を薙ぎ倒しながら、ウンケイが顔を顰める。
「ブンブク!」
ウンケイが薙刀を振りながら叫ぶ。それはしゃらくの耳にも届く。
「ハァハァ! ブンブク!?」
すると何処に隠れていたのか、ブンブクがしゃらくの後ろから顔を出す。
「お!? お前いつの間に!?」
驚くしゃらくだが、次々に来る兵達の攻撃に意識を戻される。
「シカ! 手伝ってくれ!」
再びウンケイが叫ぶ。向こうでカゲ斗弓と対峙していたシカは、ウンケイの方をチラリと向き、またカゲ斗弓の方を向き直る。
「くっ・・・!」
シカが奥歯を噛み締めると、踵を返し、広場の方へ駆け出す。カゲ斗弓はそれを追わず、シカに向けて弓を構える。しかし、シカはすぐに兵達の中に入って行った為、見失ってしまう。
「ハァハァ! シカ!?」
考える間もなく、しゃらくが攻撃を防ぐ。すると突如、しゃらくの上空を大きな影が覆う。しゃらくが目を見開く。
「“雷電”」
ドガァァァン!!! しゃらくの前で、飛んで来たウンケイが薙刀を振り下ろす。しゃらくを襲っていた兵達が、勢いよく吹き飛んで行く。するとその傍から、刀を抜いたシカも駆けて来る。そして町人とブンブクを中心に、しゃらく、ウンケイ、シカの三人が背中合わせで囲む。
完




