第七十話 「救世主」
雨が上がり、朝陽に照らされた城下町の建物の軒からは、雨露が滴っている。リコウの屋敷の広間に敷かれた布団で、ウンケイが目を覚ます。起き上がり周囲を見回すと、リコウとツバキの姿は無く、ぐっすり眠るブンブクを撫でているシカと、相変わらずいびきをかいて眠るしゃらくがいる。
「起きたか。なら私は行くぞ。ブンブクちゃんを頼む」
シカがウンケイにそう言うと、立ち上がる。
「もう行くのか? 起きたらきっと、ブンブクとしゃらくが寂しがるぜ?」
「こいつはどうでもいい。私は今晩の戦いに備える。・・・これは私個人の戦いでもあるからな」
シカがそう言って襖に向かって歩いて行き、襖に手を掛ける。
「また後で会おう」
シカはニコリと微笑むと襖を開け、広間を出て行く。
「・・・呑気に寝やがって」
ウンケイが、しゃらくの頭をバシッと叩く。しかししゃらくは一切起きる気配はなく、そのままいびきをかいている。
*
「よぉし貴様ら! 遂にこの時が来た! 今日こそ龍神を討ち、この地に平穏を取り戻す!!」
「おおぉぉ!!!」
日が暮れ、夕焼けに染まる城の広場で、アドウの声に兵達が呼応する。広場にはしゃらく一行にツバキ、シカ、駄エ門とリキ丸などの徴兵達も集まっている。兵達の前には、武装したアドウと三側近が立っている。
一方城の最上階からは、ソンカイがその様子を見下ろし、目を顰めている。その後ろでは全身黒尽くめの忍が十人程、膝を着いている。
「・・・」
城内から広場を見下ろしているのはソンカイだけでなく、その下階からは商人のリコウが様子を眺めている。夕焼けに赤く染まった、この一城に様々な思いが混濁している。
「カゲ斗弓よ! 抜かりはないな!?」
「はい。必ずや龍神をこの城に誘き出します」
カゲ斗弓がアドウに膝を着く。
「・・・」
そのカゲ斗弓を、広場の群衆の中からシカが睨んでいる。
「作戦は実に単純! カゲ斗弓の部隊が、この城に龍神を誘き出す! 貴様らには、龍神が来た所で一網打尽にして貰いたい! 以上だ! 約束通り貢献した者には多大な報酬を遣わすぞ!」
「おおぉぉ!!」
再びアドウの声に兵達が呼応する。
一方で、広場にいるしゃらくは欠伸をしている。
「こんなに数いるか?」
しゃらくがウンケイに尋ねる。
「そうだな」
ウンケイが、前にいるアドウを見据えたまま答える。ウンケイの肩に乗ったブンブクは、委縮して丸まっている。
「相手は一人なんだろ? おれら出番ねェんじゃねェか?」
しゃらくが、人目も気にせず鼻をほじり出す。
「案外あるかもしんねぇぞ。気ぃ抜き過ぎんなよ?」
ウンケイがニヤリと笑う。
「ん~」
しゃらくが気の抜けた空返事をする。
そんなしゃらく一行と少し離れた所にいるシカは、自分の刀の手入れをしており、背中には弓矢を背負っている。
「さて、どうしてやろうか?」
更に離れた所の駄エ門がニヤリと笑い、自分の無精髭を撫でる。その隣では、弟分のリキ丸もニヤニヤと笑っている。二人の視線の先には、アドウとその隣に仁王立ちする三側近の大男、ガマ比古の姿がある。
「クックック。借りはきっちり返させて貰うぜ? ガマ比古さんよぉ」
すると、広場の前方が再び騒がしくなる。よく聞くと、女子どもの悲鳴まで聞こえる。
「なんだァ? ウンケイ見えるか?」
しゃらくがウンケイに尋ねる。群衆の中で頭一つ抜けたウンケイは、前方をじっと見つめている。
「あぁ。・・・町人の男女に子ども、合わせて十人くらいが縄で縛られてる」
「何ィ!?」
しゃらくがウンケイの言葉を聞き、慌ててウンケイの肩によじ登る。既に肩にいたブンブクは、登ってきたしゃらくの頭の上に飛び乗る。そしてウンケイの肩に乗ったしゃらくは、前方を見て目を見開く。そこにいたのはウンケイの言った通り、町人とみられる男女と子どもの十人程が縄で体を縛られ、目隠しをされた状態で、横に並んで座らされている。
「何だありゃア!?」
しゃらくが目の前の光景に、鼻息を荒くする。
「・・・嫌な予感がするな。何する気だ?」
しゃらくとブンブクを肩に乗せたウンケイが、目を顰める。すると前方の、縄で縛られた町人達の前に、カゲ斗弓が弓矢を背負って立つ。
「忌々しい龍神よ! よく聞け! 我々は町人共を人質に取った! 此奴らを救いたくば、一人でこの城へ来い! 下手な真似をすれば、此奴らの首が飛ぶと心得よ! 貴様が真に龍神ならば、火を息吹き、天を翔け、此奴らを救ってみせよ!」
カゲ斗弓が真っ直ぐ前を見ながら、声を上げる。すると、カゲ斗弓が背の弓矢を取り出し、縛られた町人の一人の男に矢を向ける。
「!!?」
ドスッ!! カゲ斗弓が躊躇無く放った矢が、男の左腿に突き刺さる。男は悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。その悲鳴を聞いた他の町人達も、恐怖に悲鳴を上げる。
するとカゲ斗弓が、矢を受けた男の隣に座る女の目隠しを外す。そして恐怖に怯える女に、冷酷な眼差しを向ける。
「今の言葉を龍神に伝えろ。早くしないと、こいつらの命はないと思え」
カゲ斗弓が淡々と話しながら、女の縄を解く。女は恐怖に震えており、立ち上がる事が出来ない。するとカゲ斗弓は、女の首根っこを掴んで無理矢理立ち上がらせる。
「さっさと行け」
カゲ斗弓がそう言うと、女は怯えながらも城の外へ駆けて行く。その様子を遠くから見ていたしゃらくは、今にも暴れ出しそうなほど顔を真っ赤にし、歯を食いしばっている。
「あの野郎ォ・・・!!」
声を震わせるしゃらくを肩車するウンケイは、冷静に様子を見据えている。
「この距離と人の多さじゃあ、すぐ向こうには行けねぇ。あんなイカれ野郎の事だ。ここで暴れてる内に、町人を手に掛ける筈だ。抑えろよ? しゃらく」
「くっ・・・!!」
一方城下町では、何やら不穏な空気を感じてか、町人達が外に出て、城の方を見ている。すると城の方から、一人の女が慌てて駆けて来る。
「どうした!? 城で何か起きてるのか!?」
町人達が女に駆け寄り、事情を聴こうとする。女は息を切らしながら、周囲を見回す。
「ハァハァ! りゅ、龍神様はどこに!? 早くしないと・・・! 皆が・・・!!」
女の言葉に町人達が顔を見合わせる。
「落ち着きなさい! 一体何があった!? 龍神様ならこの前の一件以降、どこにいるか分からねぇ! お前も含め、町の何人かの行方が分からなかったんだ! 皆あの城にいるのか!?」
町人の男が女の肩を掴む。女は涙を流しながら、男に掴みかかる。
「は、早くしないと! 皆殺される!!」
城の広場で人質となった町人達の後ろでは、アドウと三側近が、椅子に座って龍神が来るのを待っている。するとその様子を見ていたしゃらくが、ウンケイの肩から降りる。
「ごめんウンケイ! やっぱ放っとけねェ!」
しゃらくがそう言うと、しゃらくの顔に赤い模様が浮かび上がる。
「・・・仕方ねぇな」
ウンケイがニヤリと笑う。そしてウンケイは薙刀を構えると、そのまま勢いよく薙刀を振りかぶる。するとしゃらくが、ウンケイの薙刀の刃の上に飛び乗る。
その様子に気が付いた周囲の兵達が、しゃらく達に刀を向ける。その騒めきにアドウ達も気が付く。
「何騒いでやがる?」
刹那、その騒めきの中から飛び出したしゃらくが、アドウらの元へと一直線に、天を翔けて来る。アドウ達が目を見開く。
「おれが龍神だァァァ!!!」
完




