第六十九話 「客」
城下の町を、リコウという商人を先頭に、しゃらく一行とツバキが歩いて行く。ブンブクは元の狸の姿に戻っており、ウンケイの肩に乗っている。
「いや驚いた。まさか八百八狸が本当にいたとは」
リコウが前を向いたまま話す。
「他の奴らはもっと凄かったぜ。人の言葉を話すんだ」
「へぇ、そいつは凄い。きっと君達は運が良いんだろう。ここまで目撃情報が少ないとなれば、たとえ生息地が分かっていても、お目に掛かれる存在じゃない筈だ」
しゃらくとリコウが楽しそうに話す。リコウは、チラリと後ろのブンブクに目をやる。ブンブクの方もリコウをじっと見ている。
「ん?」
すると、後ろを見ていたリコウが何かに気付き、立ち止まる。刹那、ガバァ!! 何かがブンブクに襲い掛かる。しゃらくとウンケイ、ツバキも慌てて振り向き、それぞれの武器に手を掛け、臨戦態勢に入る。しかし、すぐに三人の体の力が抜ける。必死に助けを乞うブンブクを、羽交い絞めにしているのは、目を血走らせ鼻息を荒くしたシカである。
「んん~!! ブンブクちゃんまた会ったね! スーハースーハー! かわいいかわいい!!」
シカが、戸惑うブンブクの腹に顔を埋めながら叫んでいる。
「なんだシカか! わっはっは!」
しゃらくが大笑いする。
「・・・驚いた。まるで気配を感じなかったぜ。警戒心の強いブンブクが後ろから捕まるとは・・・」
ウンケイは、シカの恐るべき能力に冷や汗をかく。
「フッフッフ。よほどブンブクを抱きたかったんだろうね」
ツバキも、ブンブクに頬を擦り付けるシカを見てクスクスと笑う。
「・・・知り合いかい? それなら良かった」
リコウも胸を撫で下ろす。
「友達だ。こいつも徴兵だよ」
しゃらくがシカを指差す。すると顰めっ面になったシカが、ブンブクを抱いたまましゃらくに近づく。
「友達じゃねぇよ! 私はブンブクちゃんが好きなだけだ!」
シカはしゃらくをキッと睨むと、再びブンブクの腹に顔を埋める。ブンブクは嬉しそうに笑っている。
「わっはっは! まァ似たようなもンだ」
「そうかい。それなら”お嬢さんも”一緒にどうぞ」
リコウがニコリと笑い、再び歩を進める。
「食うのも寝るのも面倒見てくれるってよ。シカも来いよ」
しゃらくがニッと笑い、リコウの後に付いて行く。その後をウンケイとツバキも続いていく。ブンブクを抱いたままのシカは、目を丸くしてリコウを見つめる。鼻の良いしゃらく、女慣れしたツバキならまだしも、リコウに自分の正体を言い当てられ、驚愕していたのである。
最後尾にブンブクを抱いたシカが加わり、目立つ一同は町中を進む。ウンケイとツバキが周囲を見ると、町人達は立ち止まって一同を見ている。何やらヒソヒソと話をしている者までいる。その様子に二人は眉を顰める。
「さぁ着いたよ。ここが私の屋敷だ。二階を好きに使ってくれ」
一同の前には、大きく立派な二階建ての屋敷が建っている。
「悪いな。世話になるぜ」
ウンケイがリコウに頭を下げる。続いてツバキ、しゃらくも頭を下げる。ブンブクを抱いたシカはリコウをじっと見ている。
「気にするな。さっきも言ったように君達は救世主だ」
リコウがニコリと笑う。
*
屋敷の広間で、しゃらく一行にツバキとシカ、そしてリコウの六人が座り、その前には豪華な料理が並べられている。広間だけでなく屋敷の中には、使用人が多数いるようで、いそいそと料理を作ったり運んだりしている。料理を前にしたしゃらくは、料理に顏が付きそうな程近づき、涎を垂らし爛々とした瞳で見ている。
「さぁ遠慮なく食べてくれ」
リコウがそう言った瞬間、しゃらくが箸を持つ。
「いただきまバクバク!」
言い終える前に料理を食べ始める。下品なしゃらくに苦笑いしながら、他の者達もそれぞれ料理を食べだす。
「んめェ~!!」
しゃらくが絶叫し、物凄い勢いで食べ進める。その様子を、リコウはニコニコと笑って見ている。
「酒も美味い。これは酔っぱらいそうだ」
ウンケイも上機嫌で酒を飲み進める。
「ブンブクちゃん! そんなに慌てて食べたら、喉に詰まらせるよ!?」
シカは、自分の食事は疎かに、しゃらくの真似をして急いで食べるブンブクを心配している。しかしブンブクは言う事を聞かず、慌てて食べ進めている。一方のツバキは、騒がしい連中とは対称に、静かに上品に食事している。
「はっはっは。こんなに賑やかなのは久しぶりだ。是非、君達の旅の話を聞かせてくれないか?」
リコウが酒の入った盃を飲む。
「あァいいぜ! まずはおれが生まれた古寺の話からだ!」
しゃらくが立ち上がり、口に物を入れたまま、鼻息を荒くして語り出す。リコウは楽しそうにしゃらくの話を聞いている。しゃらくの熱の入った話を、次第にリコウだけでなくウンケイやツバキ、シカ達も笑いながら聞いている。やがてそれは宴会にいる者達だけでなく、屋敷内の使用人達も広間に集まり、しゃらくの楽しい話に笑っている。
宴会はその後も盛大に盛り上がり、いつの間にか腹を出したしゃらくとブンブクが腹鼓を打つ中、身分性別年齢を問わず皆が肩を組んで笑っている。
*
夜が更け、外では雨が降り始めている。宴の装いは全て片付けられ、いびきをかいて眠るしゃらくを尻目に、リコウとウンケイ、ツバキが座って話している。シカはブンブクを膝に寝かせ、気持ち良さそうに眠るブンブクの頭を撫でている。
「・・・あの日もこんな雨が降ったな。・・・町人達が“龍神様”と呼ぶ者が現れたのは、今から二年程前。城主ソンカイ様による無慈悲な政令に、町人達は悲鳴を上げていた。一揆を起こそうとする声もあったくらいだ。そして、唯でさえ苦しい生活を更に苦しめたのが、長く続いた日照りだ。長い間雨に恵まれず、降ってもすぐに止んでしまう状況が続いていたせいで、農作物は育たず、水不足だった。・・・そんな中現れたのが、まるで龍の鱗のように鮮やかな碧色の着物に身を包み、顏に翁面を被った一人の男。彼は突然町に現れると、雨を降らせてみせると言い、雨乞いの踊りを始めた」
リコウが盃を片手に、窓の外の雨を見ながら淡々と話す。ウンケイとツバキは、真剣にリコウの話を聞いている。
「それは見事な踊りだったそうだ。まるで人ではなく、本当に神様のような。・・・すると突如、暗い雲が空を覆い、雷鳴が轟いた。突然の事に、町人達は自分の目を疑った。そしてそれから間もなく、町には大雨が二日間、止む事なく降り注いだ」
リコウの話にウンケイとツバキは目を見開く。
「そりゃすげぇ」
思わずウンケイが呟く。
「そこから先は容易に想像出来るだろう? 町人達は“龍神様”を崇め、ソンカイ様への忠誠は更に薄れた」
リコウがニヤリと笑う。
「そしてソンカイ様は憎き龍神討伐の為、アドウ様を連れて来た。私がこの町へ来たのもその頃だ。行商をしていた私の才に目を掛け、城抱えの商人として、離れつつある町人達との繋ぎ役を任されてるって訳さ」
リコウが持っていた盃の酒を飲み干す。
「面倒を押し付けられたな」
ウンケイもニヤリと笑って酒を飲む。
「・・・それじゃあその龍神様を討てば、俺達は地獄行きだな。フフフ」
ツバキが笑う。ウンケイもそれに笑いながら、自分の髭を撫でる。
「さてどうするか・・・って顔だな」
リコウが、目の前の二人と、後ろのシカの顔をじっと見つめる。三人はリコウの言う通り、難しい顔をしている。
「ははは。図星だな。・・・今回は、龍神を城に誘き寄せるんだってな? どうするつもりか知らんが、見物だな」
「・・・あんたはどう思ってる? この戦いに、龍神に対して」
ウンケイがリコウをじっと見つめる。
「・・・」
リコウがニヤリと笑う。町に降る雨が更に強くなる。
完




