第六十五話 「先手」
夕暮れになり、真っ赤な夕日が城を赤く照らしている。城の外広場では、甲冑に武装した兵、およそ二百が整列している。先頭の百人は城の兵のようで、頑強で立派な装備を身に纏っており、乱れる事なく直立している。しかしその後ろの百人は、しゃらく達を含めた徴兵達で、先頭の百人ほど立派な甲冑はなく、しゃらく、ウンケイ、ツバキらは武装すらしていない。そして何よりまとまりがなく、欠伸をしている者もいれば、整列に加わらず座っている者までいる。
「何だよみんな、やる気ねェなァ」
しゃらくが鼻をほじりながら呟く。
「身分問わずの寄せ集めなんだ。こんなもんだろ」
そう言うウンケイの肩には、錆色の甲冑を着たブンブクが座っている。その兜と胴の中心には、八百八狸の印が刻まれている。
「フフフ。粒揃いだね」
しゃらくの反対隣のツバキが微笑む。ツバキの話を聞いたしゃらくが周囲を見回すと、周囲は屈強な大男達ばかりである。
「あのおねェちゃんはどこ行ったんだ?」
しゃらくが周囲をキョロキョロ見回しながら、ツバキに尋ねる。
「・・・あれ? しゃらくも気付いてたの?」
ツバキが驚いた表情でしゃらくを見る。ウンケイは不思議そうに二人を見る。
「あのでけェ二人と喧嘩してた奴だよ。ツバキが止めたやつ」
「あぁ、あれ女なのか? 何でこんなとこに」
ウンケイが眉を顰める。
「しゃらくはどうして分かったの? 俺らはまだしも、君は遠くから見ていただけなのにさ」
ツバキがしゃらくに尋ねる。
「あァ、おれは匂いで分かンだよ」
しゃらくがニッと笑う。
「え、キモ」
ツバキがしゃらくと少し距離を取る。
「違ェよ! いや、違かねェが。おれは牙王ってゆう獣の力の神通力を持ってんだ。だから男か女かなんて近づかなくても分かる」
「フフフ。冗談だよ。へぇ、君は神通力者だったのか」
ツバキが微笑む。
「おいおい良いのか? 情報をベラベラと喋っちまいやがって」
ウンケイがしゃらくを諭し、チラッとツバキを見る。ツバキは、何やら思案しているように腕を組んで下を見ている。
「ん? いいだろ。だって仲間なんだろ?」
しゃらくがツバキを見てニコリと笑う。
「あぁ勿論」
ツバキもニコリと笑う。
すると突然、前の方がざわざわと賑わいでいる。見ると兵達の前の城壁の上に、甲冑を着たアドウが立っている。
「よくぞ集まってくれた! これより、この国を脅かす龍神の討伐に出立する! 討伐に貢献した者には、約束通り褒美を遣わす! この国を脅かす者は、たとえ神であろうと殲滅せよ!!」
「うおおおおおおお!!!!」
アドウの言葉に、先頭の兵達が活気立つ。その勢いから、アドウに対しての尊敬、忠誠心を感じ取るのは容易である。アドウ率いる兵と徴兵達合わせておよそ二百人、“龍神”の討伐に向け、ガチャガチャと甲冑の擦れる音を鳴らしながら、城を出発する。
*
「・・・これは一体、・・・どういう事だ?」
城を出た兵達が目を丸くしている。何と目の前に広がるのは、町人達が賑やかに生活する、活気ある城下町の光景。一見普通の光景に思えるが、この町に関しては在り得ない光景が広がっていたのである。
「あれ!? ウンケイ、町に人がいるぜ!?」
それは、後方のしゃらく等にも衝撃を与えていた。
「・・・どうなってやがる?」
ウンケイも目の前の光景に驚いている。
「・・・フフ。これは、先手を打たれたって事かな?」
ツバキは驚きつつも、ニヤリと笑っている。
「アドウ様! これは一体!?」
アドウを先頭にした騎馬隊の兵が、己が大将の顔色を窺っている。しかしアドウは、ただ黙って目の前の光景をジッと観察している。一方の町人達は、大量の兵達に睨まれているのを物ともせず、楽しそうに過ごしている。
「・・・今朝捕まえた捕虜から、何か情報は聞き出せたのか?」
アドウが振り返らず町を見つめながら、後ろの兵に尋ねる。
「・・・それが、地下牢に入れた後、逃げられたようです」
兵が顔を汗で濡らしながら答える。
「・・・何?」
アドウの低く鋭い声が乾いた空気を伝う。
「・・・あの地下扉と地下牢は、中から開けることは不可能です。・・・恐らくですが、何者かが手引きしたものかと・・・」
すると徐にアドウが振り返る。しかしその表情は、怒りに満ちたものではなく、何故か楽しそうに微笑んでいる。
「・・・くくく。わあっはっはっは!! 面白い! この中に龍の手先が潜んでいるという訳か!」
アドウが豪快に笑う。その様子に兵達は動揺している。
「・・・いやしかし、この兵達の中にいるかどうかは・・・」
「いや! この中にいる筈だ! そして図ったように突如帰ってきた町人達! わっはっは!」
すると、アドウが馬を町の方へ進める。後ろの兵達は慌ててそれに付いて行く。
「・・・アドウ様、よろしいので・・・?」
兵の一人が恐る恐る尋ねる。
「問題ない! 国境にいる兵からは何も報告は来ていない。それはつまり、援軍はないという事だ。城にも充分兵は残してある。それに、手先を忍ばせていたのはこちらも同じ。奴の位置は常に把握している。町人共がここにいるという事は、奴は今一人であの洞窟にいるという事だ」
アドウがニヤニヤと笑いながら馬を進める。
「成程。我々が町人達を見て動揺し、態勢を立て直すと予想した。という事ですか」
一人の兵が腕を組みながら呟く。
「如何にも! ならばこちらは前進! 奴の手先ごと引き連れ、とぐろを巻いて眠る龍を斬りに行く! わっはっは!」
アドウが再び豪快に笑う。二百もの兵達はアドウに続き、賑やかな城下町を通り過ぎる。
*
やがて日はすっかりと暮れ、アドウの率いる軍は、夜の険しい山道を行く。兵達は松明に火を付けており、そのゆらゆらと揺らめく明かりを頼りに進む。
「あァ腹減ったァ!」
フラフラになりながら歩くしゃらくが、舌をだらりと垂らして力なく呟く。
「さっきあんなに食ったろ。人の分まで」
後ろを歩くウンケイが、しゃらくを小突く。
「歩いたら腹減るだろ! にしても、龍ってのはこんな山の中にいんのかよ? 蛇か何かなのか?」
「龍神は人の姿をしているらしいよ」
ツバキが後ろのしゃらくに答える。
「それはそうと、・・・」
するとツバキが、徐に懐から一枚の紙を出し、しゃらくに手渡す。しゃらくはそれを不思議そうに受け取る。
「何だこれ?」
「こいつを知ってるか?」
しゃらくと後ろのウンケイ、ブンブクが紙を覗き込むと、そこには筆描きで、長い髭を蓄えた一人の男の似顔絵が描かれている。
「さァおれは知らねェな」
「俺も見た事ねぇな」
二人が絵を見ながらそう答えると、ツバキはニコリと笑う。
「そうか」
ツバキはそう言うと、しゃらくから紙を受け取り、懐に仕舞う。
「そいつを探してんのか?」
ウンケイが尋ねる。
「まあね」
ツバキは前を向き直る。そうして一行は山道を進み続け、やがて山頂の巨大な洞窟の前に辿り着く。その大きさはまるで、本当に巨大な龍が寝床にしていそうな程巨大で、その荘厳さに兵達が息を飲む。
「行くぞ!・・・ん?」
ゴォォォ。先頭のアドウが声を上げた直後、洞窟の中から何やら音が響いて来る。馬に乗った兵達が洞窟の中を覗き込む。
「水だ!! 逃げろぉ!!」
刹那、ザバァァァ!!! 洞窟から大量の水が勢いよく流れ出る。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
完




