第四十五話 「八百八狸 対 千尾狐 肆」
月夜の中、激戦に燃える奥仙は中山の大草原。八百八狸と千尾狐の軍勢が、あちらでは武器を手にぶつかり合い、こちらでは化かし合いと、激しく戦っている。千尾狐軍の本陣では、総大将の白尚坊の前で、幹部のタマモ、キンモクが、本陣まで辿り着いた狸達を迎え撃っている。タマモの幻術、キンモクの武力は凄まじく、狸達は成す術無く倒れていく。
「クククク。無駄。無駄。この“狐魂砲”の前では全てが無駄だ」
キンモクが絡繰の乗り物を操縦し、そこから砲弾を狸達に向けて撃っていく。砲弾を浴びた狸達は吹き飛んで行く。
「白尚坊の首貰ったぁ!」
後ろに鎮座する白尚坊の元へ、数人の狸達が刀を手に突進する。しかし狸達の刀は、白尚坊の体を擦り抜ける。
「・・・しまった! また幻か!」
刹那、狸達の後ろ首に激しい衝撃が走り、狸達は気を失う。
「そう簡単に白尚坊様には近づけないわよ」
気を失った狸達の背後で、タマモが長い鞭を手にニヤリと笑う。その更に後ろには、白尚坊が鎮座している。
「フフフ」
白尚坊がニヤリと笑う。
一方の八百八狸軍の本陣にて、総大将の太一郎狸の両脇には、子狸のポン太とブンブクが、ぶかぶかの兜と甲冑を着て立っている。一丁前に護衛を務めているつもりのポン太とは逆に、ブンブクは酷く怯えており、いつまでもぶるぶると震えている。しかし、そんな頼りない護衛に挟まれている太一郎は、相変わらず穏やかな顔で戦況を見守っている。
すると、そこへ辿り着いた狐達が、武器を手に近づいて来る。
「へへへ。こんなガキが大将の護衛とは、今回は楽勝だな」
護衛の二人を見て、狐達はニヤニヤと笑っている。
「・・・た、太一郎様には、・・・指一本触れさせねぇ!」
勇ましく前に出たポン太だが、武装した狐達を前に、流石に体が震えている。一方のブンブクは、太一郎の後ろに隠れている。
「わははは! おいガキ、何をさせねぇって?」
狐達がニヤニヤと笑いながら、ポン太に近づく。
「・・・!!」
するとポン太は、頭に葉を乗せ指を結んで虎に変化し、狐達を威嚇する。しかし狐達はゲラゲラと笑っている。
「なんだお前、一丁前に変化出来るのか。面白ぇ」
そう言うと、狐達が一斉に指を結ぶ。すると白煙の中から現れたのは、猿の顔に狸の体、虎の脚に尾が蛇の化け物の姿。その大きさは、ポン太が変化した虎が子猫に見える程。
「グルルル・・・」
巨大な化け物に睨まれながらも、ポン太は太一郎とブンブクの前に立ち、牙を剥き出し威嚇し続ける。
「・・・ほっほっほ。勇ましくなったのう、ポン太」
ポン太が変化した虎の後ろで、太一郎が嬉しそうに笑う。一方のブンブクは、太一郎の後ろにすっぽりと隠れて、ブルブル震えている。
「ガアァァッ!!」
化け物が牙を剥き出して、ポン太に襲い掛かる。すると太一郎が、徐に手を真一文字に動かす。刹那、化け物の変化が解け、狐達の姿が露わになる。狐達は勿論、ポン太も目をまん丸くし、自らも変化を解く。
「ほっほっほ」
太一郎が、相変わらず穏やかな笑顔のまま、杖をついて狐達の方へ歩き出す。そのままポン太の脇を通り過ぎる際、ポン太の頭をゴシゴシと撫でる。そしてポン太の前で立ち止まると、視線の先の狐達は刀を構えている。
「・・・老いぼれめ! 首は貰うぞぉ!」
狐達が一斉に掛かって来る。すると、太一郎がヒュッと姿を消す。狐達は目を見開く。刹那、狐の一人がバタリと倒れる。見ると完全に気を失っており、傍には太一郎が立っている。
「よくも!」
狐の一人が太一郎に刀を振る。すると、太一郎は刀を躱しつつ、狐が着ている甲冑の脇の隙間を杖で突く。途端に狐は白目を剥いてバタリと倒れる。
「・・・おい大丈夫か! ・・・てめぇ何しやがった!?」
残った狐達が刀を構えながらも、ずるずると太一郎から後退っている。
「ほほほ。死んではおらんから安心せえ。・・・さて、次は誰じゃ?」
太一郎が不気味に笑う。
「おい! 早く手当を!」
激しい戦場の中、八百八狸達が慌ただしく一箇所に集っている。千尾狐達の追撃を迎え撃ちながらも集っている中心には、八百八狸軍の幹部で竹伐り兄弟の次男、竹次が血だらけで倒れている。意識はあるようだが、呼吸をするのでやっとな様である。狸達は傷の手当てを急ごうとするが、竹次がフラフラな手でそれを制止する。
「竹次さん! 早く止血しねぇと死んじまう!」
「・・・俺に構わず、・・・ゲホゲホ・・・戦え」
竹次が手当を急ぐ狸の腕を、弱々しくも力強く掴む。
「馬鹿言わねぇでくれ! あんたがいねぇと、この戦に勝っても何にも楽しかねぇ! それに、こんな弱ってるとこ見られたら、竹蔵さんに怒られちまうぜ! わはは!」
竹次の制止を無視して、ゲラゲラと笑いながら強引に手当を行う狸達に安心したのか、竹次が僅かに口角を上げ、静かに目を瞑る。
一方、周囲の誰も近づけぬ程、激しくぶつかり合う巨漢が二人。八百八狸軍の幹部で竹伐り兄弟の長男、竹蔵と、千尾狐軍の幹部の梶ノ葉である。
「ギャハハ! 楽しいなぁ!」
着物の上半身を脱いでいる梶ノ葉が、ゲラゲラと笑う。
「へへ、確かにな」
竹蔵もニヤリと笑い、二対の刀を構える。
「“狐空拳”!!」
梶ノ葉が左右の拳を連打すると、その勢いで生まれた無数の衝撃波が竹蔵を襲う。
「おらぁぁ!!」
竹蔵が二対の刀を巧みに振り回し、衝撃波を次々に斬りながら、梶ノ葉との距離を縮めて行く。しかし梶ノ葉も連打を辞めず、衝撃波は生まれ続けている。
「・・・へへ、俺との距離を取りてぇみてぇだなぁ。でなきゃ斬られちまうからな」
竹蔵が両の刀で捌きながらニヤリと笑う。すると梶ノ葉の両耳がピンと立つ。
「・・・何ぃ?」
すると梶ノ葉は連打を辞める。竹蔵は、その隙に一気に梶ノ葉に近づき、両の刀を広げる。
「“竹伐鋏”!!」
ガァァンッ!! 竹蔵が広げた刀を鋏のように正面に振る。しかし、梶ノ葉が逆立ちになり両脚を広げ、竹蔵の刀を足で止めている。
「何!?」
竹蔵が目を見開く。
「誰が斬られるってぇ?」
逆立ちの梶ノ葉が竹蔵を睨む。そして両脚で刀を蹴り、竹蔵の刀を弾く。すかさず竹蔵が距離を取る。
「ギャハハ! どうしたぁ!? そんなに遠くに行きやがってぇ!」
梶ノ葉が、逆立ちから腕の力だけで跳び上がって着地する。
「・・・ははは。確かに、百年前よりは強くなったみてぇだな」
竹蔵はニヤリと笑い、再び二対の刀を構える。
「あぁそうだ! しかしお前とは昔馴染みだからなぁ。泣いて負けを認めれば許してやってもいいぜぇ?」
梶ノ葉がニヤニヤと笑いながら、両腕に鋼鉄の手甲を装着している。
「笑わせんな! 俺がいつ、お前に勝てねぇと言ったよ! 百年前も今もずっと、俺の方が強ぇんだよ!」
竹蔵がニッと笑う。刹那、二人は目にも止まらぬ速さでぶつかり合う。竹蔵の刀と、梶ノ葉の手甲を着けた拳が、互いに押し合う。その向こうで、二人が火花を散らす程睨み合う。
完




