第四十話 「八百八狸の伝統」
千尾狐達が去り、八百八狸達はしょうじょう城へ、一堂に集っている。女子どもの狸達は階下の部屋で過ごし、男狸達は最上階の大広間で、顔を顰めて腕を組み、胡座をかいて座っている。そこにはしゃらくとウンケイ、ブンブクにポン太も座っている。そして皆の目線の先には太一郎狸が鎮座する。その手には、何やら手紙の様なものが広げられている。
「明晩、中山の大草原にて、我等が紺染の旗を掲げ待つ」
太一郎狸が手紙の文面を読み上げる。この手紙は、千尾狐達が去った後、このしょうじょう城へ放たれた矢文で、当然差出人は千尾狐の総大将、白尚坊である。
「明晩か。・・・我等が錆色染の旗も洗濯せねばな」
「わっはっは!」
太一郎狸の一言で、張り詰めた空気がパッと和む。
やがて大広間には、下にいた狸達も集まり、酒にご馳走にと、どんどん宴の様相に変わっていく。
「何だなんだァ? わっはっは」
「今から宴を始めんのか?」
しゃらくとウンケイ、ブンブクが、大広間の端で太一郎狸と共に、宴の準備を眺めている。
「戦の前には宴をする。それが八百八狸の伝統なんじゃ。ほっほっほ」
どんちゃんどんちゃん♪ しょうじょう城に、賑やかな声と軽快な腹鼓が響き渡る。
「わっはっは!! いいぞしゃらく!」
しゃらくが狸達と共に腹鼓を打つ。その様子に他の狸達はゲラゲラと笑っている。
「さあさあ、呑めよウンケイ。ぎゃはは」
ウンケイの方も、顔を真っ赤にした狸達に酒を注がれ、肩を組まれている。ブンブクの方もポン太をはじめ、小狸達と共に走り回って遊んでいる。
「よぉよぉ。ウンケイっつったか?」
するとウンケイの隣に、他の狸達と比べてかなり大きく、黒い色の入った色眼鏡をかけた狸が、酒瓶を片手にドスンと座る。
「俺は“竹伐り兄弟”の長男、“竹蔵”だ。宜しくな!」
「こちらこそ宜しく」
ウンケイと竹蔵がガシッと手を取り合う。
「ほっほっほ。ウンケイさんと仲良うなれそうじゃな竹蔵」
見るといつの間にか、ウンケイの逆隣に太一郎狸が座って、穏やかな顔で微笑んでいる。
(・・・おいおい、いつの間にここに座ってやがったんだ? こいつの気配に全く気が付かなかった。今だけじゃねぇ、これまでにも何度かあった。・・・このジジイ只者じゃねぇな)
ウンケイは、隣で微笑む太一郎狸に冷や汗をかく。
「ウンケイさんや。我等の頭領も、他の幹部達もおらぬ今、我が軍の先陣を切るのが、この竹蔵ら竹伐り兄弟じゃ」
「へぇそうか。そういや、俺達はどうすりゃいい?」
「好きにやってくれ。お主らは陣形など気にせんで良い」
「そうか。そう言ってくれて良かった。要は、あんたの首を取られる前に、向こうの大将を落とせばいいんだよな」
ウンケイが盃を片手に太一郎狸を見る。
「ほっほ。わしの事なぞ気にせんでくれ。そう簡単に取られりゃあせんよ」
太一郎狸の答えにウンケイはニヤリと笑い、盃の酒をクッと飲み干す。その後もどんちゃん騒ぎは終わる事なく、しょうじょう城の狸囃子は夜通し鳴り響く。
*
翌朝、場所は変わり、ある町の宿屋の前に、馬に乗った男がやって来る。男は宿へ入り、ある部屋の前で膝を着く。
「失礼します。“ギョウブ様”」
「入れ」
低く、重厚感のある声が襖の向こうから聞こえ、男は襖を開けて中へ入り、襖を閉める。
「ギョウブ様大変です。千尾狐達が・・・」
男は座って話をし出すと、着物からボロンと大きな狸の尻尾が出てくる。男の前には常人離れした大男達が胡座をかいている。
「何ぃ!? 千尾狐が何だと?」
真ん中に座る、中でも一番大きな大男が声を上げる。周りの男達もざわざわとどよめく。すると、男達の着物からも大きな尻尾がボロンと出る。
「千尾狐との不戦の契りが、・・・破られました」
「・・・!?」
すると真ん中の“ギョウブ”と呼ばれる大男が、バンと床を叩いて立ち上がる。
「お前ぇら帰ぇるぞ! わしらの居ぬ間を狙いよって! 辛抱しろよみんな!」
「おぉ!」
大男達が立ち上がる。
*
日が暮れ、月明かりが奥仙の森を照らす。中山の大草原を目指し、八百八狸の精鋭達が甲冑を身に纏い、ガチャガチャと甲冑が擦れる音を立てて進んでいる。列の先頭を太一郎狸、竹伐り兄弟、ポン太、しゃらく、ウンケイ、その肩に乗ったブンブクが歩いている。
「しかしあれだな。戦のない世を目指しといて、戦を引き起こしちまうとはな」
ウンケイがしゃらくを小突く。
「あァ。・・・流石にやっちまったと思ってるよ」
しゃらくがガックリと項垂れる。
「気にせんでくれ、しゃらくさん。向こうは、うちの頭達が居ぬ間を狙って挑発して来たんじゃ。あんたが手を出さんでも、わしが殴っておったわ。ほっほっほ」
太一郎狸が和かに微笑む。
「そうさ気にすんなしゃらく。数は向こうの方が上だが、俺達ゃ負けねぇさ。お前らもいるしな。はははは」
竹伐り兄弟の長男竹蔵が、しゃらくの肩をバンバンと叩く。
「・・・」
その隣を歩く、竹蔵と同じく大きな体格で、黒い色の入った色眼鏡をかけた狸が、竹伐り兄弟の次男、”竹次”である。どうやら兄と違って無口なようで、黙々と進んでいく。
「絶対にやっつけてやる!」
その傍を歩くポン太が、ブカブカの大きな甲冑を重そうに着ながら、一丁前に鼻息を荒くしている。
「しかし、何でお前までついて来たんだポン太。戦はガキの来る所じゃねぇぞ」
竹蔵がポン太を睨む。
「だってだって竹蔵のアニキ! おいらだって力になれるよ! 化けるのだって上手だよ! それに太一郎様がいいって言ってくれたんだよ!」
ポン太の話を聞き、竹蔵が今度は太一郎狸を睨む。
「ほっほっほ。すまん言うてしもうた。じゃがわしらは今人手不足。わしの護衛としてなら、構わないと思うたのじゃ。それにポン太のことじゃ。どうせ荷車などに隠れて付いて来るつもりじゃったろう? ほっほっほ」
「・・・!」
ポン太が顔を真っ赤にして黙る。
「はっはっは! 確かにこいつは付いて来るな。それに爺様の側にいんなら安心だな。爺様から離れんじゃねぇぞポン太」
竹蔵がポン太の被る兜をゴンと叩く。すると竹次も無言でポン太の兜を叩く。それに一同がワッと笑う。これから戦を控えている様には見えぬ、和やかな空気で一同が進んでいく。
*
そして月明かりの下、中山の大草原に着くと、既に千尾狐達が向こう側で待ち構えている。しかし、身に纏っている甲冑は八百八狸達と違い、ピカピカと輝く丈夫そうな物である。一方の八百八狸達は、つい今し方まで埃を被っていた、ボロボロの古い甲冑である。
「フフフ。臆さずに来たな貧乏狸共」
“白尚坊”と呼ばれる、千尾狐達の総大将の白い毛の老狐がニヤリと笑う。
完




