第三十二話 「双子山の大悪党」
酒呑童子一派が縄張りとしている、この「双子山」と呼ばれる形も大きさも瓜二つの山の間に、小さな村がある。数年前に酒呑童子達がこの山を縄張りにすると、この小さな村はまんまと標的にされ、元々僅かしかない酒に食料、金品を脅し奪い取っていた。村民達は苦しい生活を強いられながらも、互いに手を取り合って乗り切っていたが、次第に酒呑童子達の要求は激しくなっていく。食糧だけに飽き足らず、遂には村の娘を差し出すよう要求してくる。
恐ろしい要求に困り果てた村民達は、村長の家に集まって皆で火を囲んでいた。ゆらゆらと揺らめく炎を、皆がただじっと見つめている。
「私が行くわ」
静寂を打ち破ったのは、隅にいた若い娘の覚悟の声。声の主は村長の孫娘で、いつもニコニコと笑顔でハツラツとしており、村民達からも慕われている。
「・・・!?」
突然の申し出に、村民達の空いた口が塞がらない。
「他に誰もいないなら決まりね」
娘が言うと、ようやく村長の声が出る。
「ば、馬鹿なこと言うんじゃない。最初から誰も行かせる気なぞ無いんだ」
「じゃあ他にどうするつもり? この村は子どもも年寄りも少なくないのに、皆で山を越えて逃げられるって言うの?」
娘の言葉にぐうの音も出ず、ただ俯く村民達。
「大丈夫。殺されやしないわ。必ず生きて帰って来るから」
*
明朝、娘がテキパキと身支度を整える。村長は、傍で双子山へ登る支度をする孫娘を、ただ呆然と見つめている。
「お蝶や、これを持って行きなさい」
後ろからの声に娘が振り返ると、村長の妻で娘の祖母が、笹の葉で包んだ小さなものを差し出している。
「ばあちゃん。・・・これは?」
娘がそれを受け取り開くと、中には大きなおむすびが二つ並んでいる。娘が思わず顔を上げると、祖母が目を潤ませながらニコリと笑う。
「みんなを助けてくれて、ありがとう。おまえは私の誇りだよ」
祖母はそう言うと、孫娘をそっと抱きしめる。すると、娘の目から大粒の涙が溢れ出す。村の人たちを救おうと気丈に振舞っていたが、まだ若い娘。恐くない筈が無く、我慢していた感情は涙となって静かに溢れ出す。
*
支度を済ませた娘は、村民達が見守る中、まるで買い出しに出かけるかのように明るく手を振り、村を出る。そして山を登り、酒呑童子の洞窟へ辿り着く。すると入り口では、手下達が待ち構えている。
「おいおいべっぴんな娘じゃねぇか! ギャハハ!」
「おい娘。酒呑童子様がお待ちだ。中へ入れ」
娘は震える手を抑え、手下の一人の後を黙って付いていく。中は暗く、手下の持つ松明の明かりだけが、ゆらゆらと頼りなく揺れている。刹那、後ろ首に大きな衝撃が走り、目の前が真っ暗になる。
目が覚めると真っ暗な空間の中、体と口は縄で縛られており、身動きが取れなくなっている。必死に縄を解こうとするも、娘の首ほど太い縄はビクともしない。
すると、暗い中うっすらと明かりが一筋溢れているのに気がつき、体を捩らせ、明かりが漏れている小さな穴を覗く。そこには、大子分三人が呑気に酒盛りをしているのが見える。
すると突然、大子分の黄鬼がこちらへ吹っ飛んで来る。慌てて身を隠し、それからも鳴り響く男達の喧騒と轟音に怯えていると、ガラリと壁が崩れ、目の前には気を失い倒れている大子分達と、その奥に派手な髪、着物を着た男が一人。得体の知れない男を前に、不思議な安堵感に襲われ、再び目の前が真っ暗になる。
「・・・という事なんです。」
山を少し下った所の開けた空き地にて、娘が自身に起きた顛末を語り終える。目の前にはしゃらくら三人が眉を顰め話を聞いている。
「なんて野郎共だァ! アンタをこんな目に合わせやがって、おれは許さねェぜ!!」
しゃらくが顔を真っ赤にし、鼻息を荒くしている。
「危ない所を助けていただき、本当にありがとうございます。まさかあの大子分さん達を倒しちゃうなんて」
頭を下げる娘の膝の上では、ブンブクが丸くなり、撫でてもらって気持ちよさそうな顔をしている。
「いいさいいさァ〜。ところで君はなんてお名前?」
「私は蝶といいます。あなた方は?」
「お蝶ちゃんかァ〜。いい名前だ。おれはしゃらく! 天下を獲る男だぜ!」
しゃらくが腕を捲り、目配せをする。お蝶は苦笑いする。
「俺はウンケイ、そいつがブンブクだ」
ブンブクが嬉しそうにお蝶に頭を擦り付ける。
「たった今助けていただいてなんですが、あなた方の強さを見込んでお頼み申します」
そう言うとお蝶が、ブンブクを抱き上げ傍に置き、両手を着いて頭を下げ出す。しゃらく達が驚く。
「酒呑童子を倒してくださいませんか!? 私たちは、突如やって来た酒呑童子に苦しめられて来ました。ですが、私たちでは到底歯向かうことが出来ません。だから・・・」
すると、お蝶の前にしゃらくがしゃがみ、お蝶の肩に手を置く。
「お蝶ちゃんよく分かった。酒呑童子はおれ達が必ずぶっ倒す。 だから顔上げてくれ」
お蝶は驚くも、しゃらくの言葉に涙が込み上げる。
「俺達だって、子分共どころか奴の寝ぐらまで破壊しちまったからな。どの道、奴も血眼になって俺達を探す筈だぜ」
ウンケイがニコリと笑う。お蝶は二人の表情を見て、安堵からか涙を浮かべる。
ズシーン! ズシーン! 地響きが鳴ると、森の鳥達が一斉に飛び立つ。背高く生い茂る木々の間を頭が一つ、のそりのそりと横切って行く。まるで山のような大男は、巨大な酒樽を片手に山を登る。
「うぃ〜。ねずみ共め。俺様の山に勝手に入って来やがって。だが面倒くせぇ。一寝してからだ」
大男は、自らの寝ぐらである洞窟へ向かい山を登る。
「ん〜?」
洞窟が見える所まで来ると、洞窟は崩れており、入る事はおろか、ただの岩の山となっている。
「何だぁ〜? 呑み過ぎたか? 俺の城が崩れて見えるぜ」
大男は呑気に洞窟へ近づいていく。そして目の前へ来て目を凝らして見ても、洞窟は完全に崩落している。大男は目を丸くしていると、自分の手下達が慌てて駆け寄って来る。
「童子様! あのねずみ共の仕業です! あいつら大子分の三人とこの洞窟を!! そして生贄の娘まで攫って行きました!!」
「何ぃ!? あいつらまで!?」
大男は、酔った赤ら顔を更に真っ赤にし、巨大な酒樽を地面に叩きつける。巨大な酒樽は木っ端微塵に砕け散る。手下達は、普段見ない怒れる酒呑童子の姿に震え上がっている。
「ふざけやがって!! ねずみ共殺してやる!!! 奴らはどこへ行った!!?」
手下が震える手で指差す方へ、酒呑童子は巨大な体を走らせる。ドシン!! ドシン!! ドシン!! 凄まじい足音を鳴らし、しゃらく達の方へ向かう。
その凄まじい足音は、当然しゃらく達の元にも聞こえる。
「な、なんだァ〜!?」
「こ、これは・・・。酒呑童子!! あいつがこちらへ向かって来てる!!」
お蝶はブルブルと震えてしゃがむ。ブンブクも頼りなく震えながら、お蝶の背中に隠れる。
「遂に御対面か。こりゃあ相当怒ってるな。わはは」
ウンケイは薙刀を抜き、ニヤニヤと笑いながら足音の方を向く。
「でけェな酒呑童子ィ! わっはっは!」
しゃらくの方も足音のする方を向く。お蝶はブンブクを抱き、慌てて木陰へ隠れる。
「ねずみ共ぉぉぉ!!! どこへ逃げやがったぁぁぁ!!!」
血を這うような低く大きな声が山中に轟く。するとしゃらくが徐に大きく息を吸う。隣のウンケイは両手で耳を塞ぐ。
「ここだァァァァ!!!」
しゃらくも大声で応える。その声量、酒呑童子に負けず劣らず、山中に轟く。
すると、しゃらく達の目の前の木々がガサガサと大きく揺れ出す。そして見上げるほどの大男が顔を出す。
「見つけたぞねずみ共〜。ここが誰の山か分かってんのか〜?」
「あァ分かってるぜ。酒呑童子のニセもん!」
完




