第百六話 「人は城」
国境での小競り合いを終えた一行は、甲玄の大館へ向けて帰路についていた。先頭ではゼンベエが機嫌良さそうに笑っている。
「わっはっは! 久しぶりに暴れたのう!」
その後ろを走るしゃらくは、まだ興奮が冷めていない。
「すっげェな爺ちゃん!! あれ何だよ!? 火がドバーって!」
両手を振り回しながら叫ぶ。ゼンベエは嬉しそうに笑う。
「だろう? わっはっは!」
しゃらくはさらにゼンベエの姿を見上げた。真っ赤な甲冑。陽の光を受けて輝いている。
「その甲冑も格好良いなァ。真っ赤じゃねェか」
しゃらくが指差す。ゼンベエは胸を叩く。
「これは甲玄自慢の鋼鉄じゃ」
「鋼鉄?」
「うむ。我が甲玄は、火を使った鉄鋼の生産と加工に力を入れておる。だから最近は、他国から“火の国”と呼ばれとる」
「すげェ!」
しゃらくはますます興奮する。そんな様子を見てゼンベエも嬉しそうだった。
一方、ハヤテの隣には死んだ魚のような目をしたコシトキがいた。
「それでね、昔お館様が庭で昼寝してたんだけどさ」
「へぇ・・・」
「その時ちょうど熊が出てね。で、熊がお館様を襲おうとした時に、お館様の大事な盆栽を倒しちゃってね? 起きたお館様が熊に説教したんだよ! ははは!」
「はぁ・・・」
コシトキは既に心が死んでいる。しかしハヤテは気付かない。
「あとね!」
コシトキが気を失う。
対して、ウンケイは馬を並べるリン斎へ話しかける。
「なあ爺さん」
「・・・」
「あんたやっぱし強ぇな。まあ只者じゃねぇのは、最初から分かってたがよ」
「・・・」
リン斎は無言のまま微笑む。ウンケイは頭を掻く。
「何か喋ってくれよ」
リン斎は優しく頷く。しかし喋らない。ウンケイは諦めた。
その後ろでは、スイメイがカエンの横へ馬を寄せていた。
「一つ聞いても?」
「ん?」
「先程の奇襲です。あの草むらをどうやって見抜いたのです?」
するとカエンは大きな欠伸をして一言。
「勘だ」
スイメイが固まる。
「・・・はい?」
「勘」
本気で言っているらしい。スイメイは絶句する。するとカエンが面白そうに笑う。
「兄ちゃん頭はいいみてぇだがな。軍師ってのはそれだけじゃダメだぜ?」
スイメイの眉が動く。
「・・・どういう意味です?」
するとカエンが自分の胸をドンと叩いた。
「戦ってのは“ここ”でするもんだ」
カエンがニヤリと笑う。
スイメイは言葉を失う。少し考えた後、小さく目を逸らした。
その反応を見てカエンは楽しそうに笑った。
「真面目だねぇ」
さらに後方では、巨大な雄牛に乗るブジが、またもシカ達の馬へぴったり張り付いていた。先ほどブジの無双ぶりを目の当たりにしたシカは、そんなブジを警戒している。
「・・・」
ブジはジッとブンブクを見る。ブンブクもジッと見返している。妙な沈黙。そして遂にブジが口を開く。
「・・・あ、えと・・・」
ブジが小さく呟く。シカの目が細くなる。
「・・・何だ?」
するとブジの顔が少し赤くなる。
「・・・その・・・狸」
更に赤くなる。シカの警戒心が増す。そしてついにブジが言葉を絞り出す。
「・・・触っても・・・いいか?」
「え?」
シカは固まった。予想外だった。そしてブンブクを見る。当の本人は全く警戒していない。むしろ前足を伸ばしている。
シカは少し考えた後、そっとブンブクを抱き上げ、ブジへ差し出す。ブンブクは足をぶらぶらさせながら、きょとんとした顔でブジを見ている。
ブジの手が伸びる。巨大な手が震えている。そして、そっとブンブクの頭を撫でる。するとブンブクが、にぱぁっと笑った。ブジの顔が真っ赤になる。
「か・・・かわ・・・!」
シカが目を丸くする。
ブジはブンブクを抱き上げる。そして、もふっ。腹へ頬擦りした。
「・・・かんわいぃぃぃ〜!」
満面の笑み。これまで見たことのない顔だった。いつも仏頂面で、巨大で、怖そうだった男が、今はただの大きな動物好きだった。
それを見たシカは、ぷっと思わず吹き出した。
「・・・はは。だろ?」
「・・・うん」
ブジも嬉しそうに笑う。ブンブクは二人の間で尻尾をブンブン振っている。
やがて一行は大館へ辿り着く。夕日に照らされた巨大な館の前に、馬が次々と止まる。
しゃらくは館を見上げた。そして気になっていた事を思い出す。
「なァ爺ちゃん。何で城持たねェの?」
ゼンベエが首を傾げる。
「城?」
「うん」
ゼンベエはしばらく館を見上げる。やがて笑う。
「そうだなぁ。わしは城が好かんのだ」
しゃらくが目を丸くする。
「何で? 城の方がいいじゃん。安全だし。かっちょいいし」
するとゼンベエが笑う。
「ええかしゃらく。“人は堀、人は石垣、人は城。故に人は国”じゃ」
「え? 何それ?」
するとゼンベエが目を細める。
「そのうち分かるわい」
しゃらくはますます首を傾げる。
しかしゼンベエはそれ以上説明しなかった。代わりに甲玄の館を振り返り、帰還した兵達、笑う家臣達、そしてしゃらく。その景色を眺めながらゼンベエは静かに微笑んだ。
夕陽は赤く、まるで煬王の甲冑のように、甲玄を真っ赤に照らした。
完




