第百五話 「煬王」
「うおぉぉぉぉぉ!!」
濃羅軍が一斉に突撃してくる。するとハヤテがため息を吐く。
「俺一人で充分なのになぁ」
シュッ! 次の瞬間、敵兵達が次々に上空へ吹き飛んだ。誰も見えない。兵達が慌てて武器を構える。すると彼らの中央に、いつの間にかハヤテが立っている。
「さぁ皆、整列してくれたまえ」
兵達が一斉に囲む。
「“直突風”」
ドォォォォ!! 一直線上の兵達がまとめて吹き飛ぶ。
崖上のしゃらく達も絶句する。
「すげェ・・・」
数百の兵を相手に、たった一人。しかも余裕の笑みを浮かべながら押し返している。ハヤテはまるで散歩でもしているようだった。
兵達は完全に混乱している。見えない。何処にいるのか分からない。防ぎようがない。
「化け物だ・・・!」
誰かが叫ぶ。その声にハヤテは傷付いた顔をした。
「酷いなぁ。傷つくよ」
そして次の瞬間、再び姿が消える。兵達が固まる。
「後ろだよ」
「ぎゃあああ!!」
一方、護衛も付けず悠然と立つゼンベエへ向かい、数十人の兵が突撃していた。しかしその前には巨大な壁。山のブジである。
「・・・」
だがブジは動かない。大量の汗、震える手、槌を握ったまま固まっている。
「おいブジ」
後ろからゼンベエが声を掛ける。
「深呼吸だ」
そう言ってゼンベエ自身が大きく息を吸う。
「すぅぅぅ・・・はあぁ〜」
敵軍が迫ってくるが二人は気にしない。ブジも真似て深呼吸する。
「緊張感を持つのは良いことだ。だがお前は強い。必要以上に緊張することはない。それに、お前がやってくれねば、わしは死ぬぞ?」
それを聞いたブジは覚悟を決めた顔になる。そして巨大な槌を持ち上げる。その動きだけで影が広がる。兵達が目を見開く。
「“山割”!!」
バゴォォォォォォォォン!!!! 大量の兵達が宙を舞う。まるで小石のように吹き飛ばされる。中には濃羅の領土まで飛ばされる者すらいた。離れた場所の兵達も衝撃波だけで転倒する。
「ほらな。お前の力を見せつけてやれ」
ゼンベエが笑う。ブジが振り返る。そして戦場で初めて笑う。
「うわぁ・・・味方で良かったぁ・・・」
コシトキがドン引く。ウンケイも額に汗を浮かべる。
「あんなの正面からやり合えねぇぞ」
「恐ろしいな」
シカも頷く。たった二人。それだけで戦場が形を失っている。
「ん? リン斎殿は?」
コシトキが首を傾げる。確かにさっきまでいたはずの老人の姿が無かった。スイメイも目を細める。
その頃、リン斎は戦場から離れた場所を駆けていた。速度が上がる。まるで獣のような速さである。
やがて道は浅い川へ変わる。リン斎は止まらず水上を駆け抜ける。しかし飛沫は殆ど上がらない。そして対岸の背高い草むらの前で立ち止まる。リン斎は刀身の長い刀を構える。
「“林薙”」
ズバァァァッ!! 草とそこに隠れていた兵達が斬られる。他に隠れていた兵達が目を見開く。
「なっ!? 見つかった!?」
草の中には数十名の兵。奇襲部隊である。奇襲兵達は、一斉にリン斎の周囲を囲む。
「・・・」
リン斎は静かに笑う。囲む兵達が息を呑む。
「えぇぇ!? あの草むらに兵が隠れてましたよ!?」
崖上のコシトキが叫ぶ。
スイメイの額から汗が流れる。その視線は甲玄本陣へ向いていた。そこには地図を眺めるカエン。
「・・・まさか、・・・カエン殿の命令か」
「え?」
コシトキが振り返る。
「この崖から見ていたって気付けるかどうかだ。しかも我々は今来たばかり。・・・仮に主力全員が正面へ向かえば、あそこからの奇襲は高確率で成功する。・・・何故見抜けた?」
スイメイが冷や汗をかく。
やがて、リン斎側の伏兵は壊滅、正面も崩壊寸前だった。残る兵は百人ほど。
すると。戦っていたハヤテとブジが左右へ退いた。
兵達が困惑する。そして正面を見ると、そこに立っていたのは“煬王ゼンベエ“。
「・・・爺ちゃん」
しゃらくが息を呑む。
「ガッハッハ! 心配するな! あのジジイは生涯現役だ!」
バゲンが笑う。
「確かに近年は風林火山だけで事足りる。だがそれでもこの甲玄で最強なのは、間違いなくあのジジイだ」
「・・・へぇ」
ウンケイが笑う。バゲンが続ける。
「それにあのジジイ、神通力持ちだ」
ウンケイとシカが驚く。しかし、他の面々は知っていると言った感じで無反応である。そして、しゃらくは無反応だった。
「しゃらく、お前知ってたのか?」
ウンケイが尋ねる。
「あァ。昨夜教えてもらった」
しゃらくが笑う。
*
昨晩の月夜の縁側。ゼンベエとしゃらくが並んで座っている。
「ほう、お前も神通力持ちだったか」
しゃらくが頷く。
「“牙王”って呼んでンだけど、獣の力が使えンだ」
そしてハッとする。
「・・・ん? お前もって言った? えェ!? もしかして爺ちゃんも!?」
「ああ」
するとゼンベエが人差し指を上げる。ボッ。指の先に火が灯る。
しゃらくが立ち上がり、目を輝かせる。
「すげェェェ!!」
「わしの神通力は“迦具土”。火を起こし、操る力だ」
*
戦場でゼンベエがニヤリと笑う。敵兵が恐怖を押し殺し突撃する。
するとゼンベエが両掌を前へ突き出す。兵達が止まる。その掌から炎が生まれる。ゴォォォ・・・! 周囲の空気が揺らぐ。兵達が目を見開く。
「あ・・・」
ゼンベエが笑う。
「“火穿”」
ブオォォォォォォォォォォォォ!!!!
戦場が火に染まる。巨大な炎が濃羅陣へ一直線に突き進む。兵、陣、旗。全てを吹き飛ばしながら、大地を削って進んでいく。そして全てを焼き尽くした。
「よし」
ゼンベエは手をパンパンと払う。そして崖の上の孫へそして満面の笑みで手を振る。
崖の上では、誰も喋れなかった。ウンケイ、シカ、スイメイ、コシトキ、全員が固まっている。そしてコシトキは腰を抜かした。
四天王。長年戦国へ君臨する大将軍。その圧倒的な力を目の当たりにし、誰も言葉が出ない。
そんな中、しゃらくだけが驚きや憧れ、全部が混ざった顔で笑っていた。そしてポツリと呟く。
「・・・爺ちゃんすげェ・・・!!」
完。




