第百三話 「戦国の夜明け」
翌朝、一行は再び謁見の際と同じ大広間へ通される。
上座には煬王ゼンベエ、その脇にリン斎、ハヤテ、ブジ、そしてカエン。対する側にはバゲン、中太郎、スイメイ、ウンケイ、しゃらく、シカ、ブンブク、コシトキが並んでいる。前回と同じ並びだが、空気は違った。初めてここへ通された時の緊張感は少なくとも、しゃらくには無かった。
それは甲玄側も同じだった。特にカエンは、面白そうに目を細め、一人一人を眺めている。しゃらく達を品定めするように、そんな笑みだった。
やがてバゲンが大きな声を上げる。
「昨夜はよく眠れた!」
広間に響く。
「長旅の後、良い湯に浸かり、美味な馳走を頬張り、ふかふかの布団に入ったからだろうな! ガッハッハ! 贅沢な計らいに感謝する! ありがとう!」
そう言って頭を下げる。中太郎も続いて頭を下げる。慌ててしゃらく達もそれに倣った。
ゼンベエは豪快に笑う。
「わっはっは! 気に入ったなら何よりだ!」
やがて全員が顔を上げる。そしてバゲンが続ける。
「甲玄へ来たのは、このしゃらくを連れて来たのもあるんだが」
そう言って親指でしゃらくを指す。しゃらくは首を傾げる。
「俺の本題は、文を出していた通りだ」
ニヤリ。その瞬間、甲玄側全員の眉間に皺が寄る。更に、何故かコシトキまで顔を顰めている。しゃらく達だけが訳が分からない。中太郎だけは微動だにせず前を見ていた。
「ゼンベエ将軍! 十二支将軍全員での同盟に参加してくれんか!? 頼む!!」
ゴン! 畳に頭を打ち付ける。広間に嫌な音が響いた。しゃらく達が目を見開く。
「断る」
ゼンベエは即答。あまりにも慣れた反応だった。
「え?」
しゃらくが思わず声を漏らす。バゲンは頭を下げたまま。
「・・・どうしてもダメか?」
「何度もそう言ってるだろう。顔を上げろバゲン」
バゲンは渋々顔を上げる。そして瞳を潤ませた犬みたいな顔でゼンベエを見る。
「・・・」
「ええい! そんな目で見るな! だから何度も言ってるだろう。瀬四となら、いくらでも同盟を結んでやる。それじゃ駄目なのか?」
ゼンベエが言う。しかしバゲンは首を横に振る。
「それじゃ意味がねぇんだ! 俺が目指すのは、戦国の夜明けだ! 同じ言葉を話す人間同士争い合うなんて、あっちゃあならねぇ!」
しゃらく達は息を呑む。今のバゲンは一国を率いる将軍そのものだった。
ゼンベエは困ったように腕を組む。するとカエンが口を開く。
「それが出来ねぇから、国同士争ってんだろ?」
冷めた声だった。しかしバゲンは笑う。
「いいや、出来るはずだ! 今は皆、その選択肢を見失っちまってるだけだ! 昨夜みたいに違う国の人間同士でも、膝突き合わせて酒を酌み交わせる!」
バゲンの話に、しゃらくの胸が熱くなる。
「アンタの夢は綺麗事だ。そんなに上手くいくなら、世の中とっくにそうなってんだろ?」
するとバゲンは笑う。
「俺は夢だなんて思わねぇ。これまでの力で屈服させる時代は終わり、これからは互いに手を取り合う時代だ」
しゃらく達に衝撃が走る。バゲンの背中がやけに大きく見えた。皆が笑って暮らせる世。そんな夢を語るのが、自分だけじゃなかったことに驚いた。
酒を飲んで、団子を食って、道に迷って、馬鹿騒ぎして、毎日楽しそうに笑っている。そんなおっさんだと思っていた。だがそのバゲンも、自分と同様に大きな夢を見ている。しゃらくは黙ったまま拳を握る。そして少しだけ笑った。
このおっさん、やっぱり凄ぇ奴だったんだ。
カエンはしばらく黙り、やがて視線を逸らす。
「ふん」
するとバゲンが指を差して笑う。
「お前も楽しみだろカエン! ガッハッハ!」
「勝手に決めんな」
否定にも力が無い。
するとゼンベエが小さく息を吐く。
「悪いがバゲン。何もわしらは、お前の言ってる事に賛同できんわけではない。わしらは民を、そしてこの甲玄を守るだけで手一杯なんじゃ。・・・わしは天下統一など望んどらん。この甲玄を守るだけじゃ」
しゃらく達は驚く。四天王、戦国最強と謳われる四人の一人。当然天下を目指しているものだと思っていた。
するとバゲンが笑う。
「煬王が何眠たいこと言ってんだ! 俺は諦めねぇ! 絶対に成し遂げてみせるぜ!?」
ゼンベエも笑う。
「わっはっは! 眩しいのう! 若いもんはこうでなくちゃあな!なあリン斎?」
リン斎は静かに頷く。
「・・・」
何も喋らない。だがゼンベエは頷く。
「わっはっは! そうだなぁ! 瀬四のあの先代から、どうしたらこんなじゃじゃ馬が生まれるのかのう!」
「親父の事はいいんだよ!」
バゲンが即座に突っ込む。
その時だった。
「お館様!!」
襖の向こうから声が飛び、全員の視線がそちらへ向く。
「入れ」
襖が開き、一人の兵が駆け込んでくる。兵はそのままゼンベエに近付き、耳元で何かを囁く。
すると、ゼンベエの眉が動く。
「またか」
小さく呟く。バゲンが首を傾げる。
「どうした?」
ゼンベエは兵を下がらせる。そしてニィッと笑った。
「戦じゃ」
広間の空気が張り詰める。しゃらく達の背筋が伸びる。
そしてゼンベエは立ち上がり、楽しそうに言った。
「わしも孫に格好つけたくなった! わしも行くぞ! お前らも来い!」
そう言って風林火山の四人を見る。四人はそれぞれの反応をする。リン斎とハヤテはすぐに立ち上がり、カエンは面倒くさそうに頭を掻いている。そしてブジは眉間に皺を寄せて、座ったまま真っ直ぐ前を見ている。
「よし! お前らも行くぞ! 支度せい!」
ゼンベエがまるで子どもみたいに、嬉しそうに笑う。
完




