第8話:「これが、私の授かった“奇跡“です」
「貴方がヴラド神父ですか?」
白いローブに金の刺繍が入った、人の良さそうな青年がヴラドに話しかけた。
「ええ、そうですが……その装束は……司祭様」
「ええ、リフターズの街から派遣されました、オズワルドです。こちらはシスターカミラ。大変でしたね。
その、頭の傷は大丈夫なのですか?」
「ありがとうございます。
ええ、今は痛みもなく、大丈夫です。
司祭様がいらっしゃるとは、皆喜びます。
大変申し訳ございません。私が至らないばかりに教会がこの様な有様になってしまいました」
「とんでもない。お噂は聞いていますよ。大剣を使い皆をお守りになったと」
そう話した青年司祭の目は、どこか鋭く感じた。
「いえ、私は使命を果たしたまでです」
「先触れで、兵隊長からの報告を聞いております」
そこで一瞬、言葉を選ぶように目を細めた。
「……“お告げ”について、詳しく教えていただけますか?」
「はい、」
ほんのわずかに、ヴラドの視線が女神像へと向く。
ヴラドの袖を握っていた幼い子供が、不安そうに顔を上げた。
「あ、これは失礼。どこか、お部屋を借りられますか?」
青年司祭は周りを見ながら、笑顔でそう言った。
その声色は、どこまでも穏やかだった。
* * * * * * * * * ** * * * * * *
シスターに子供達を任せた後、彼に連れられて、教会の後ろの家に入る。
小さい部屋は、普段彼が寝泊まりしているのだろう。
席に促された私は、慣れた手つきでお茶の準備をしている彼の頭に目を向ける。
ヴラド神父。
彼は傷は大丈夫だと言った。だが、左の生え際にはおおよそ四センチほどの瓦礫が突き刺さったままでいる。
どう見ても、無事とは言い難い。
その瓦礫はロザリオのように見えて、悪魔の角の様にも見えた。
村人達が語る奇跡とは、これのことか。
重傷を負っても即時に回復したという。ただ、それは悍ましかったとも聞いている。奇跡なのに悍ましい。
……本当に、女神からの神託なのか。
「粗茶ですが」
ソーサーに乗せたカップに、香り高いお茶が注がれる。
「これは……ご丁寧にありがとうございます」
黄金色のお茶に、やや緊張した自らの顔がぼんやりと映る。
「あの日、」
ヴラド神父が語り出した。
「女神様のお声をはっきりと聞いたのです」
「お声ですか……」
「ええ、私に“魔を滅せよ“と命じられました。その後は、ご報告の通りです」
「なるほど、ですが、欠損の瞬時回復、そのような奇跡は記録がないそうなのです。
……差し支えなければ、証をお見せいただくことは――な、何を」
彼は無言でナイフを取り出し――
自身の指を切り落とした。
テーブルが鮮血に染まり、角から滴り落ちる。
「これが、私の授かった“奇跡“です」
どくどくと脈打って流れていた血は次第に止まり、パキパキと赤白い骨が伸びていく。
生えた骨に、肉が水っぽい音をたて蠢きながら纏わりつき、その上を新しい皮膚が覆う。彼の手から、鉄臭さを含んだ湯気が立ちのぼった。
あまりの光景に私は思わず口に手を当て、吐き気を催すのを必死に耐えた。
彼は生えた指を淡々と確かめるように、握ったり閉じたりを繰り返していた。
「お分かりになりましたでしょうか」
その口調は穏やかで、怯える子供を諭すかの様だった。
「……なる、ほど。
確かに、“奇跡”と呼ぶほかありません」
――コンコンコン
ドアが開き、カミラが顔を覗かせる。
「失礼いたします。雨が降りはじ」
彼女の視線が、血に染まったテーブルと切り落とされた小指に留まった。
「ひぃ……!」
短い悲鳴をあげて、彼女は気を失った。
地面に倒れそうになる前に、彼女を抱える。
「……横に。頭を打たないように」
ヴラド神父も彼女に駆け寄り、心配そうに顔を覗く。
「大丈夫です。驚いただけでしょう。
起きるまで、ベッドをお借りしても?」
「ええ、私が普段寝ているところで申し訳ありませんが、こちらに」
「ありがとうございます。
彼女が起きるまでに、血を片付けないといけませんね。
……失礼ですが、布をお借りできますか?」
「そこまでせずとも私がやりますので、シスターカミラをお願いします」
そう言った彼は、血を拭い、指を紙で包んで懐にしまった。
私はカミラをベッドで寝かせ、ヴラド神父の目を見る。
「……正直、私だけでは“神託”について判断できません。
あ、いや、貴方を疑っているわけではありません。
王都にある聖堂教会に報告と王立図書館で調べていただくのがよろしいかと思います」
彼は静かに微笑みながら
「ええ、私もそう思っておりました。
ただ、」
彼は再生した指をそっと握りしめ、一変して不安そうにしながら続ける
「この、村が心配なのです」
「私が残りますわ」
か細い声が、背後から聞こえた。
「シスターカミラ、大丈夫なのかい?」
「ええ、大変失礼をおかけしました。
……先ほどのお話ですが、私がホノヌヌ村に残ります
子供達や村の方々からお話を聞きました。
あの子たちの目は嘘ではありません。私も信じます。
きっとヴラド神父様は、女神様たちに愛されておいでです。
神託も事実なのでしょう。
なら、尚更、聖堂教会へ伺わなければなりません」
「シスターカミラだけでは心配なのでしたら、途中、リフターズの街に寄り神父を派遣しましょう」
「いえ、とんでもない。
ありがとうございます」
「私も、聖堂教会への旅に同行します。その方が何かと良いでしょうから」
「司祭様、私だけでは心配とはどういうことですか」
プンスコ怒るカミラを宥めるのは一苦労だったが、王都への旅立ちが決まった。
――三日後。
ざっと降り続いた雨が、ぽつぽつ小雨に変わり始めた朝。
ホノヌヌ村、東平原門前。
そこには、リフターズの街へと向かうオズワルド一行と、ヴラドの姿があった。
門前には見送りに大勢の村人がやってきていた。
「シスターカミラ、どうか、この村の事を頼みます」
両袖に子供たちを繋ぎながら、ヴラド神父が頭を下げる。
「はい、お任せください。
教会の再建も始まりますので、ヴラド様がお戻りになる頃はすっかり元に戻っている事でしょう」
シスターカミラは胸を張りながら、張り切っているようだった。
「神父様、お願いです。
私も連れてってください。」
そう、肩に弓と腰に短刀を刺した、ポニーテールの女性が声をかける。
彼女は確か……中級冒険者のホノカさん。
「ありがたい申し出ですが、お渡しできる報酬が」
「いえ、それは大丈夫です。
……その、心配なんです。神父様が、
それに、私は村一番の冒険者です。きっとお役に立てます。」
その言葉に村人たちはざわめく。
女性たちは黄色い声を上げ始めた。
彼女は顔を赤らめながら、否定する。
『ザックが本命だったんじゃないのか』
誰が言ったのかわからないが、空気が変わり、彼女の目から光が燻んだように見えた。
「いえ、本当に心配なんです」
ヴラド神父は一瞬拳を握ったあと
「ホノカ殿は村一番の腕前です。そこまで言っていただけるなんて頼もしい限りです」
すっと、ホノカさんに手を差し出す。
彼女は一瞬だけその手を見つめ、それから強く握り返した。
「おーい、神父どん。
いやいや、間におうた。
包丁、研ぎ直したぞい」
そう言い、ドワーフの老人が若者を率いてやってきた。
若者の手には鞘に収まった巨大な大剣が握られている。
「ほっほ、抜き身だと物騒じゃかいの。鞘も作っておいた。
背中に背負って、抜けるようにしちょい。
柄も作り直しておいから、握りやすいはずじゃが」
ヴラド神父は大剣を受け取ると、『ガチン』という音を立てて鞘を抜いてその刃を見る。
……なんだあれは、大剣というより、巨大な包丁だ。
柄まで含めれば、一メートルはあろうか。何より異様なのが、刃が分厚く大の男でも両手で持つのがやっとの代物を、彼は片手で抜き放ったのだ。
「ありがとうございます。鞘まで作っていただけるとは」
「よかよか。そいが抜き身じゃと、街で門前払いされるかいの。ほっほ」
鞘から抜いた刃は、濡れていないはずなのに、どこか鈍く光を飲み込んでいるように見えた。
それから、多くの村人に見送られながら出立した。
直前にヴラド神父は、子供達に必ず戻ると指切りをして約束していた。
切断し、新しく生えた小指で。
私は一抹の不安を胸に、村を後にした。
あの再生は、怪力は本当に神のものなのか。
雨が霧雨に変わり、これからの道の先を曖昧にしているようだった。
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