第20話
雪解けが進む街道を、馬車でのんびりと行く。
風は冷たいが、朗らかな陽気が気持ちいい。
リフターズを出て1日。
宵の口までにはモチャ村に着くだろう。
小さい村らしいが、宿屋があるという。今夜はベッドで眠れそうだ。
馬車の中にはヴラドとオズワルド、御者台にはミホとマリーが座っている。
タナスと私が前方、後方にギルバードとリュウが警戒に当たる。
街道は静かだった。
鳥の鳴き声以外、聞こえるのは馬車の車輪の音くらいだ。
リフターズに近いだけあって、道も広くよく整備されている。馬車でもほとんど揺れない。
これも、スフィアの手腕のおかげなのだろう。
出発の際は忙しいだろうに見送りにも来てくれた。
リフターズの日々は夢のようだった。
領主であるスフィアの部屋に通い、毎日のように話をした。
最初は緊張していたが、今では不思議と居心地が良かった。
ミホとマリーとの約束通り、大浴場にも毎日入ることができた。
その話をすると、まさかスフィアも一緒に入ると言い出すとは思わなかった。
スフィアを紹介した時には、マリーは目を丸くし、ミホも珍しく最初は畏まっていた。すぐに通常運転に戻ったようだが、マリーの敬語は最後まで崩さなかった。その隣でミホが領主相手にいつも通りだったから余計に目立った気がした。
さすがは領主。
豊かな胸に目が行ってしまうのは、同性の私からしても不可抗力だったと思う。
それだけではない。
雪のように真っ白な肌は、クゥオーターエルフの私でも思わず見惚れるほどだった。
もっとも。
「触らせてください!」
などと言いながら、スフィアの胸に飛びつこうとしたミホの頭を思いっきり叩いた私は悪くない。
そんな不敬を笑いながら許してくれたスフィアに頭が下がる。
その一件があったから、というわけではないだろうが。
まさかミホだけではなく、兄のタナスまで護衛のメンバーに指名されるとは思いもしなかった。
さすがに兵隊長であるサエゾーは街を空けられなかったようだ。
その代わり、ホノヌヌ村でも世話になったマリーを含め、三名の兵士を同行させてくれた。
心強い限りである。
何事もなく、のんびりと街道を進む。
途中、野営地で遅めの昼食をとり出発しようとした時だった。前から相当な速度で馬が駆け寄るのが見えた。
馬上の男は必死に手綱を握り、こちらへ何かを叫んでいる。私たちは近づく馬を警戒しながら、ギルバードが話しかけた。
「おいおい、何をそんなに急いでいる!」
「兵士様!お願いだ!
村を助けてくれ!」
男はそう叫びながら、馬から転げ落ちるようにして私たちに頭を下げた。顔は青ざめ、額には脂汗が浮いていた。
「おいおい、そりゃどういうこったい」
「今朝、知らせの水晶が鳴りました!
おらが村を出る時はまだ襲われてなかったですが、今はわかりません。だから急いで来たんです!」
男は震える手で封蝋の押された手紙を差し出した。
「これを急いで領主様に届けろと村長から言われました」
ギルバードは差し出された手紙を受け取り、馬車から顔を出すオズワルドに渡した。
オズワルドは封を切り、手紙を読んだ。
「モチャ村で知らせの水晶が反応。
住民の避難を開始——彼らは籠城するようです。
マリーは急いでリフターズにこの手紙を届けてください。」
そう言うと、マリーに手紙を渡した。
「承知しました!」
ユキノに飛び乗り、来た道を駆けて行く。
あっという間のことで、男と一緒に私やミホは呆然としていた。
リュウはマリーを見送り、オズワルドへ視線を向けた。
「司祭様、我々もリフターズに引き返しましょう。
我々の任務はお二人の護衛です。
これより先は危険です。」
それまで静観していたヴラドが口を開いた。
「……いえ。モチャ村に向かいましょう。」
「……私は反対です。
せめて、リフターズの救援が来るまでここに留まるべきです。」
「見捨てるというのですか?」
ヴラドのその言葉を聞いた村の男はより一層顔を青くした。
「そ、そんな。
お願いです。
どうかお助けください。」
「違います。
……知らせの水晶は大規模な襲撃を知らせるのです。
我々、四名で助けに行ったとしても、どうにかできる規模ではありません。」
「ですが、時間を置けばおくほど、村人たちは危険になります」
ヴラドの言葉に場が静まった。
私も村を助けたいと思っていたが、リュウの言うことも間違ってはいない。
私たちが請け負った依頼は、オズワルドとヴラドを無事に総本山まで届けることなのだ。
「……司祭様はどうなさいますか?
我々は貴方様に従います。」
村の男は縋るような目で、オズワルドを見つめている。
「そうですね。
村の近くまで行って、援軍を待つのはどうでしょう?
様子を見ながら決めるのも悪くないと思いますよ。」
「了解しました。
では、このままモチャ村の近郊まで進みます。
警戒を密にするように。」
リュウの指示を聞いた村の男は、ほっとしたように肩の力を抜いたのだった。
私たちは張り詰めた空気を抱えたまま、モチャ村へ向けて進み始めた。




