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女神たちは今日もエリクサーをあおる。  作者: 猫大。
第2章:奇跡の確証

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第15話:「……友達になってくれないか?」

エルフの使用人が、音も立てずにテキパキとお茶の準備をしている。

彼女はアンジェと名乗った。

オズワルドが言うには彼女もカムイ家のメイド長だという。


ソウエモンにしても、アンジェにしても――その所作には、隙が一つもなかった。


白磁のカップの縁には細く銀が走り、同じ意匠のポットから黄金色の紅茶が注がれ、音を立てずに差し出された。

馥郁とした香りが立ち上がる。


カップを受け取った、その時だった。

ドアが、音もなく開いた。

一瞬で室内の温度が変わった気がした。


青を基調としたこの国の軍服に似た、動きやすそうなドレス。

私よりも高い背丈。

彼女と視線が合った瞬間、思わず背筋が伸びた。

叱責されたわけでもないのに、姿勢を正さずにはいられない。


彼女こそが――この町の領主。

“氷の才女“と呼ばれる――

 

スフィア・リフターズ・カムイ。


「――よく来た。

私がこのリフターズを預かる、スフィア・リフターズ・カムイだ。

ホノヌヌ村の件は兵隊長のサエゾーから聞いている。

――そして。

……よくぞ、生き延びた」


スフィアはヴラドの頭に刺さった瓦礫を見て、目を細めてそういった。


「……女神様たちの加護がありましたから」


「……加護、か。」


「ええ、瓦礫の中で確かに聞こえたのです。

魔を滅せよと」


「”魔を滅せよ”……か」

スフィアはわずかに視線を落とした。


「ええ、確かにそう聞こえました。

そして――今でもそう、おっしゃっています。」


「今でも……?」


誰がつぶやいたのか、私にはわからなかった。


「……ホノカ殿もその場にいたと聞いている。

 何かホノカ殿も見聞きはしなかったか?」


「はひ……コホン。

 はい、あの時は――

 神父様がドラゴンから私を庇って、二人とも吹き飛ばされました。

 そして、ゴロウの包丁を持ったヴラドが瓦礫から出てきたんです。

 ……でも、私は何も聞こえませんでした。

 聞こえたのは、神父様が女神様に感謝の言葉を述べてたぐらいです。

 その後――」


私はあの時の光景を思い出して言い淀んでしまった。

凄惨だった。

今でも夢に見てしまう。

  

「……すまない。

 思い出すのは辛いだろうが、どうか詳細を教えてほしい」


きっと私の顔色が悪くなっていたのだろう。

スフィアはそう気を使ってくれていた。


「ありがとうございます。大丈夫です。

 その後、ヴラドは包丁を持って魔物たちを蹴散らしました。

 魔物たちに喰われながら――包丁を振るい、欠損した箇所を瞬時に再生しながら……

 私は今まで、そんな魔法があると見たことも聞いたこともありません。

 あれは――」

 

「それは?」


「あれは、奇跡だったのかもしれません」


「……そうか、ありがとう」

 

「いえ、とんでもありません」


 まさか領主から感謝の言葉を向けられるとは、思っていなかった。


「……やはり奇跡、か。

 お告げもあるようだ。

 しかし、なぜ今になって?」


「ええ、その事ですが、私はヴラド神父と一緒に総本山の首都まで行って調べてこようかと思います」


オズワルドがそう話す。


「神々からの神託が降りなくなって八〇年あまり。

 その間、一度も例外はなかった。

 ですが、私も彼の奇跡は目撃しています。

 首都には国立図書館もあるので、彼の奇跡と神託について何かわかるかもしれません」


「なるほど、わかった。

 では、私から紹介状と各街道の通行許可を書くとしよう。

 旅の準備もあるし、しばらくはリフターズの街に滞在するのだろう?

 書類が揃ったら、教会に届けよう。

 その間、ゆっくりしていくといい。

 まだ、断言はできないが――勇者よ。リフターズの街はあなたを歓迎する」


「ありがとうございます」


そう言い、ヴラドは深々と頭を下げた。


「いや、私の方が感謝をすべきだ。

 貴方のおかげで村が消滅せずに済んだ。

 本当にありがとう。

 必要なものがあれば、この砦の人間に言ってくれれば準備しよう」


 スフィアはそう言いゆっくりと頭を下げた。

 お貴族様が私たちのような者に頭を下げるのは、かなり異質なことで息を飲んだ。

 その後、村の現状などを話し――会談は静かに幕を閉じた。


 帰り際にスフィアから呼び止められた。


「すまない。ホノカ殿は少し残っていただけないか?

 ……いや、年の近い者と話すのは久しぶりでな。

 少し話し相手になってもらえると助かるんだ」


「はい、私でよければ……。

 あ、でも私、23になりますけど」


「いや、構わない。

 よければ昼食も一緒にしよう」


 そう言われ、私は思わず、ヴラドとオズワルドに視線を向けた。

 二人は、微笑みながら静かに頷いた。

 

「ありがとうございます。

 それでは、お言葉に甘えて。」


「では、少しホノカ殿を借りる。

 構わないか?」


「ええ、大丈夫ですよ。

 積もる話もあるでしょうし、我々はこれで」


「帰りは教会まで送らせる。心配はいらない」


「ええ、ではまた」


そう言い、二人はソウエモンに案内されて扉の向こうに出て行った。

応接間には私とスフィア、アンジェしかいない。

先ほどまでの空気が嘘のように、静まり返っていた。

アンジェは冷めた紅茶を入れ直し始めた。


「残ってもらって感謝する。

 二人がいたら本音が聞けないだろうと思ってな。

 ……すまないが、率直に聞く。

 ホノカ殿は――ヴラド神父の奇跡を見て、どう思った?」


鋭い視線が、私を射抜く。

――嘘をつけない。

そう思わせる鋭さだった。

 

「……奇跡だとは思います」

 

私は一度、紅茶に口をつけ喉の渇きを潤した。

そして、深呼吸をしてから

 

「ですが――奇跡と呼ぶには、悍ましい。

 失った場所が再生する時の骨の軋む音と、肉の蠢き。

 ……あれを、神聖なものには見えませんでした」


「そうか。

 兵隊長からの他の村人の聞き込みでも、似たような報告だった。

 一番近くにいた君がそう感じたのなら――それが事実に最も近いのだろう」


 そう言い、スフィアはしばし、思考を巡らせるように沈黙した。


「……ホノカ殿」

 一度言葉を切り、スフィアは私を見据えた。

「冒険者として、依頼を受けないか?」


「依頼ですか?」


「ああ、これからもヴラド神父と一緒に行動してほしい。

 そして、何かあれば――些細なことでもいい。私に手紙で報告してほしい。

 形式はギルドを通す。報酬も出す。」


「……わかりました。

 元よりヴラドの旅についていくつもりでした。

 お受けいたします」


「話が早くて助かる。

 説明するには難しいが、彼には何か不安が残る」


「その不安は私もわかります。

 ですが、彼は村でも引かれるほど敬虔な神父でした。

 決して邪悪な人ではないです」


「ああ、以前の人なりも報告で聞いている。

 私の杞憂であってほしいのだが……」


 そう言って、スフィアはカップに口をつける。

 少し視線を逸らし、カップを置いた。

 言い出しづらそうに、何度か言いかけてやめた後、意を結した顔で

 

「それと、その……よければ、個人的にお友達になってはくれないだろうか?

 街の者たちはどこか畏まってしまって、あまり話せる相手がいなくてな」


そう話した。

先ほどまでの威厳が嘘のように、恥ずかしそうにもじもじと指先をいじる姿は、領主ではなく、ただの少女にしか見えなかった。

けれど――その少女が、この街を預かっている。

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