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女神たちは今日もエリクサーをあおる。  作者: 猫大。
第2章:奇跡の確証

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第16話:「……彼が、怖いんだ」

スフィアの申し出で、私たちはそのまま食事を共にすることになった。

昼食にしては少し、豪勢なメニューだった。

白い皿に赤のソースが線を描いている。肉汁がソースと混ざり、香草の香りがふわりと立った。

ステーキ自体は珍しくない。けれど、ナイフを入れた瞬間、その違いが分かった。

驚くほど柔らかい。


スフィアがそれを切り分ける所作は、思わず見入ってしまうほど滑らかだった。

生まれの違いだろうか。そう思った途端、自分の手元が急にぎこちなく感じられる。


まるで、絵本に出てくるお姫様みたいだ。

思わず、そんなことを考えてしまう。


真似して上品に食べようとするが、うまくいかない。


「ふふ……そんなに気にしなくていい」


顔を上げると、スフィアが楽しそうに笑っていた。


「そうは言っても、気にしてしまうよ。

 君の所作は美しい。私たち冒険者とは大違いだ」


「そうか、そう言われると悪くないな」

 

スフィアは少しだけ目を細めた。


「爺がうるさくてな。こういうのは叩き込まれた」


「なるほど。ところで、あの二人は何者なんだ?

 司祭様から執事長とメイド長だとは聞いているけど、あの身のこなしは只者じゃない」


「ああ、ソウエモンとアンジェか」


スフィアは一瞬だけ、言葉を選ぶように視線を落とした。


「あの二人はお祖父様の頃から仕えてくれている。

 腕は確かだ。いまだに私はあの二人から一本も取れないんだ」


あの動きにも納得がいく。

二人の動きを思い出す。隙がない。私の矢でも、簡単には当たらない気がする。


それから、取り止めのない事を話しながら食事が続いた。

デザートのコンポートが運ばれて、甘い香りが広がった。

穏やかな空気が流れていた。

だが――スフィアはそこで、ふっと笑みを消した。


「……ヴラド神父の事だが、彼は幻聴を聞いているのではないかと思っている。

 原因はあの刺さった瓦礫ではないかと」


「でも、実際にヴラドは奇跡を起こしている」


「そこなのだ」


スフィアはわずかに眉を寄せた。


「確証はない。

 だが、”本当に奇跡なのか”を証明できる材料もない。

 私は彼の話を聞いて、実際に会った時もずっと違和感を感じている」


スフィアはそこで、一度言葉をきった。

 

「……彼が、怖いんだ」


思い出したかのように、スフィアは腕をさすった。


「昔からな。嫌な予感だけは外さない」


「ヴラドについては私もおかしいとは思ってる。

 でも、根はいい奴なんだ。

 決して人を傷つけるような人じゃない」


「ああ、だが、脳の損傷で人格が変わってしまうこともある。

 それに、リミッターが外れてしまい限界以上の力を出してしまうこともある」


食われたはずの腕。

あの時、確かに失われていた肉体。

それが蠢きながらもとに戻っていった。

あの時の肉の蠢きが、脳裏に焼き付いて離れない。

悍ましかった。


「……ただ、それだと欠損箇所の回復はありえない」


「治癒魔法の可能性は?

 ヴラドはそっちに詳しかったりしないか?」


「いや、ヴラドが使える魔法は簡単な解毒と解呪ぐらいだったはず。

 脳の損傷で完全治癒魔法に目覚める……?

 でも、欠損の回復はおとぎ話の賢者ぐらいでしか聞いたことがない」


「私もだ」


甘いはずのコンポートの香りが、妙に遠くに感じた。


「……今のところは、姉妹聖堂で奇跡かどうか調べてもらうしか手はないか」


「姉妹聖堂に行けば何かわかるんだろうか?」


「……八十年前の記録では、ご神託が下さった際には神々から各聖堂へ通達があったらしい。

 まだこちらには何も来ていないが……審議中の可能性はある」


「なる、ほど?」


「どのみち君たちは姉妹聖堂に向かうのだ。

 もしこちらに通達が届けば、ハヤブサ便でそちらにも知らせよう。

 ……届けば、だが」


スフィアは紅茶に口をつけて、この話は終わったように飲み込んだ。

私はしばらく、コンポートから目を外せなかった。


「旅の準備まで時間はかかるだろう。

 その間、私の所にまた来てくれ。

 時間は作る。

 ……お茶菓子もあるぞ」


「それは、楽しみだ」

スプーンで掬ったコンポートがぷるぷる揺れていた。


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