第16話:「……彼が、怖いんだ」
スフィアの申し出で、私たちはそのまま食事を共にすることになった。
昼食にしては少し、豪勢なメニューだった。
白い皿に赤のソースが線を描いている。肉汁がソースと混ざり、香草の香りがふわりと立った。
ステーキ自体は珍しくない。けれど、ナイフを入れた瞬間、その違いが分かった。
驚くほど柔らかい。
スフィアがそれを切り分ける所作は、思わず見入ってしまうほど滑らかだった。
生まれの違いだろうか。そう思った途端、自分の手元が急にぎこちなく感じられる。
まるで、絵本に出てくるお姫様みたいだ。
思わず、そんなことを考えてしまう。
真似して上品に食べようとするが、うまくいかない。
「ふふ……そんなに気にしなくていい」
顔を上げると、スフィアが楽しそうに笑っていた。
「そうは言っても、気にしてしまうよ。
君の所作は美しい。私たち冒険者とは大違いだ」
「そうか、そう言われると悪くないな」
スフィアは少しだけ目を細めた。
「爺がうるさくてな。こういうのは叩き込まれた」
「なるほど。ところで、あの二人は何者なんだ?
司祭様から執事長とメイド長だとは聞いているけど、あの身のこなしは只者じゃない」
「ああ、ソウエモンとアンジェか」
スフィアは一瞬だけ、言葉を選ぶように視線を落とした。
「あの二人はお祖父様の頃から仕えてくれている。
腕は確かだ。いまだに私はあの二人から一本も取れないんだ」
あの動きにも納得がいく。
二人の動きを思い出す。隙がない。私の矢でも、簡単には当たらない気がする。
それから、取り止めのない事を話しながら食事が続いた。
デザートのコンポートが運ばれて、甘い香りが広がった。
穏やかな空気が流れていた。
だが――スフィアはそこで、ふっと笑みを消した。
「……ヴラド神父の事だが、彼は幻聴を聞いているのではないかと思っている。
原因はあの刺さった瓦礫ではないかと」
「でも、実際にヴラドは奇跡を起こしている」
「そこなのだ」
スフィアはわずかに眉を寄せた。
「確証はない。
だが、”本当に奇跡なのか”を証明できる材料もない。
私は彼の話を聞いて、実際に会った時もずっと違和感を感じている」
スフィアはそこで、一度言葉をきった。
「……彼が、怖いんだ」
思い出したかのように、スフィアは腕をさすった。
「昔からな。嫌な予感だけは外さない」
「ヴラドについては私もおかしいとは思ってる。
でも、根はいい奴なんだ。
決して人を傷つけるような人じゃない」
「ああ、だが、脳の損傷で人格が変わってしまうこともある。
それに、リミッターが外れてしまい限界以上の力を出してしまうこともある」
食われたはずの腕。
あの時、確かに失われていた肉体。
それが蠢きながらもとに戻っていった。
あの時の肉の蠢きが、脳裏に焼き付いて離れない。
悍ましかった。
「……ただ、それだと欠損箇所の回復はありえない」
「治癒魔法の可能性は?
ヴラドはそっちに詳しかったりしないか?」
「いや、ヴラドが使える魔法は簡単な解毒と解呪ぐらいだったはず。
脳の損傷で完全治癒魔法に目覚める……?
でも、欠損の回復はおとぎ話の賢者ぐらいでしか聞いたことがない」
「私もだ」
甘いはずのコンポートの香りが、妙に遠くに感じた。
「……今のところは、姉妹聖堂で奇跡かどうか調べてもらうしか手はないか」
「姉妹聖堂に行けば何かわかるんだろうか?」
「……八十年前の記録では、ご神託が下さった際には神々から各聖堂へ通達があったらしい。
まだこちらには何も来ていないが……審議中の可能性はある」
「なる、ほど?」
「どのみち君たちは姉妹聖堂に向かうのだ。
もしこちらに通達が届けば、ハヤブサ便でそちらにも知らせよう。
……届けば、だが」
スフィアは紅茶に口をつけて、この話は終わったように飲み込んだ。
私はしばらく、コンポートから目を外せなかった。
「旅の準備まで時間はかかるだろう。
その間、私の所にまた来てくれ。
時間は作る。
……お茶菓子もあるぞ」
「それは、楽しみだ」
スプーンで掬ったコンポートがぷるぷる揺れていた。




