第12話:「確認のため、フードを下ろしてください」
森を抜け、小高い丘に差し掛かる。
視界が開けた先――遠くに、立派な石壁に囲まれた街が見えた。
街の中央にある丘の上には砦が構えられ、その麓には教会の尖塔が空に伸びている。教会を中心に市場とギルドが広がり、その外側には倉庫が立ち並ぶ。
リフターズ。
大森林で伐採された木材や魔物の素材が集まる物流の街だ。
城壁の外には広大な畑が広がり、街の食料を支えている。
ここまで来れば、もう遠くない。
あと半日も歩けば着くだろう。
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫だろう。
マリー、先に帰って教会と領主様に無事戻ることを伝えてくれ」
「わかりました」
そう言い、マリーは踵で合図をしユキノを駆け出す。
「……気をつけて」
私がそういうと、マリーは手を挙げて応えた。あっという間にマリーとユキノは小さくなっていった。
夕暮頃、街に近づくにつれて街道に商隊の馬車が増えてきた。検問のために皆一列に並んでいる。
私たちはそれを横切り、貴族用の門へと向かう。
「あ、オズワルド様の馬車だ。
ちょっと前にマリーさんとユキノが通ったから、そろそろだと思ってたんだ」
畑仕事を終えて、街に戻る途中の若い農夫が声を上げた。
「本当だ。オズワルド様だ。
サエゾー隊長もいるぞ。
お帰りなさい!」
農夫たちが集まり、口々に声をかけてくる。
司祭様は馬車から顔を出し、挨拶をする。
「あれ?
カミラちゃんは一緒じゃないんですか?」
農夫の一人が首を傾げた。
「本当だ!
一緒に行ったカミラちゃんがいない!
……まさか!」
農夫たちは顔を合わせて、青ざめる。
「いえ、シスターカミラはちゃんと無事ですよ。
ホノヌヌ村の教会をお任せしています」
司祭様がそう伝えると、農夫たちはほっとした顔をした。
シスターカミラも司祭様も、だいぶ慕われているらしい。
「そうか……カミラちゃんは向こうで復興の手伝いをしているのか。
俺も手伝いに行きてえな」
「バッカおめえ、ただカミラちゃんに会いてえだけだろ。
そんなことお母ぁに言ってみろ。
どやされるぞ!」
農夫たちの間に、どっと笑いが広がった。
「まだ、復興が始まったばかりですから、皆さんのお力も必要です。
これから教会に戻り、領主様に報告します。
そのうえで領主様と相談し、派遣隊を送ることになるでしょう。
その時は、どうかお助けください」
農夫たちは皆顔を見合わせ、にやりと笑った。
「俺たちにお任せください!
オズワルド様とカミラちゃんの頼みなら断れねぇ。
それに、オズワルド様の頼みを蹴ったら――お母ぁに追い出されちまう」
「ちげぇねえ」
農夫たちに囲まれて進むと、貴族用の門が現れた。
砦門である。
門の前には、常備兵が立ち、馬車はゆっくりと中に進む。
門に入る前、右手側に夕日が沈むのが見えた。
馬車の車輪が石畳を鳴らし、門の上から常備兵が視線を送る。サエゾーが片手を挙げると、兵たちが頷いた。
遠く市場のざわめきと商人の客を呼ぶ声が聞こえた。
少し、奥の方には屋台が見え、串焼きなどの良い香りが鼻腔をくすぐる。
側で流れる運河の水面が夕陽に反射し、倉庫に長い影を落とした。
運河沿いでは、荷揚げ用の筏に木材が積まれ、作業員が声を掛け合っていた。
ガシャガシャと鎧を鳴らし、兵士が近づいてくる。その中には先に戻ったマリーの姿もあった。
「ご苦労である」
サエゾーが、兵たちに敬礼をした。
私たちは軽く頭を下げ、検問の手続きに進む。
馬車から司祭様とヴラドが降りてきた。ヴラドはローブを見にまとい、フードを深く被っている。
兵士の誘導で控室のような場所に移動し、街に入る。許可証と書類を受け取った。周囲の壁には城壁と門の規則が掲示され、緊張感と秩序を感じさせた。
「確認のため、フードを下ろしてください。」
門番のひとりが言った。その声は穏やかだが、城門を通るすべての者に対する厳格さを感じさせた。
ヴラドはゆっくりと手を伸ばし、フードを脱ぐ。
夕日を受けて、瓦礫が刺さった頭部がはっきりと見えた瞬間、周囲の兵隊たちの視線が一斉に注がれる。
「……なんと」
囁く声が一つ、また一つと漏れる。
誰もが視線を逸らせず、控室の空気が重く張り詰めた。
ヴラドは無言でフードを被り直した。
「……あ、申し訳ございません。
確認できましたので、どうぞお通りください」
私たちは冒険者証を提示し、無事通過することができた。
「私たちはこれで」
ギルバートとリュウ、そしてマリーはそう告げて別れることになった。教会までは兵隊長サエゾー自ら御者を務めるらしい。
「俺たちもここまでだ。ギルドに行って報酬もらわないと」
「ホノカはどうするの?」
ミホとタナスもここで解散するという。
「あ、ホノカさんも一緒に教会に来てもらえないでしょうか?」
司祭様から声がかかった。
「今日はもう遅いですし、旅の疲れもありますから教会に泊まってください。
明日には領主様と謁見し、ヴラド神父と共にホノヌヌ村の襲撃についてお話してくださると助かります」
「……わかりました」
「お辛いでしょうが、どうかご協力ください」
司祭様はそう言い、馬車に乗ることを勧めた。
「ホノカ、私たちはギルド前の宿に泊まっているから、用事が終わったらマリーとお風呂に行こうね!
マリーもしばらく非番らしいから、絶対声かけてね!」
私はミホとそう約束をして、馬車に乗り込んだ。
街の中を教会に向けてゆっくり進む。
石畳の道を踏みしめるたび、遠くから子供達の笑い声や鍛冶屋の金属を打つ音が聞こえてきた。香ばしいパンの匂いや、肉や魚を焼く匂い、干し草の匂いも混ざり、行き交う商人や荷車の音が重なって、賑やかな街の生活が目に浮かぶようだった。
通りを馬車が進み、街の中央に行く。
その間、道ゆく人々が「オズワルド様が帰ってきた」と声を上げていた。
教会の前には、すでに大勢の人々が集まっていた。
まるで、帰還を待っていたかのように。
人々を代表するように、老神父が一歩前に出る。
「お帰りなさいませ、オズワルド様。
長旅で疲れたでしょう。
お連れの方もどうぞ、こちらに」
教会の中に通された。
私は、リフターズには来たことがあったが、ギルドに行くだけで教会の中には初めてだ。
「では、私もこれで。
明日の朝、またお迎えいにあがります」
サエゾーはそう言い、砦の方に向かっていった。
村の教会とは比べものにならないほど大きい建物だった。
高い天井には色とりどりのステンドグラスが嵌め込まれ、まるでエンデを描いているようだった。
その下の広い礼拝堂には、多くの長椅子が規則正しく並べられている。
最奥には姉妹神の像が置かれており、厳かな空気が漂っていた。
ステンドグラスから差し込む光が、礼拝堂の床を静かに染めている。
――その中で、ヴラドだけが影の中に立っていた。
案内してくれた老神父はニコライと名乗り、旅の疲れを労ってくれた。食事を済ませ、各部屋で休むこととなった。
明日は、領主様と謁見しないといけない。
――ヴラドのことも。




