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借金地獄で過労死した元闇カジノ狂い、異世界で確率を支配する最強になる  作者: RIN
幕間

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26/30

26話

赤い光が視界を塗り潰す。


鼓膜の奥で、

硬貨を弾くような音が鳴った。


――チン。


次の瞬間、俺は“座っていた”。


椅子だ。

冷たく、背もたれのない石の椅子。


周囲は闇。

床だけが赤い円で発光していて、

円の外側は、まるで深い水の底みたいに揺れている。


【表示なし】


……当然だ。

数字はもう出ない。


だが、代わりに――

“匂い”がした。


感情の匂い。


焦げた甘さ。

錆びた鉄。

濡れた土。


闇カジノのテーブルにも、

似た匂いがあった。


勝ちたい、逃げたい、奪いたい。

そういう欲が混ざった匂いだ。


正面に、

椅子がもう一つ。


そこに“誰か”が座っていた。


顔が見えない。

黒い布を被り、

喉元だけが覗いている。


だが――

喉が動いた。


「……ようこそ」


声は、

どこか懐かしい。


日本語。

しかも、妙に整った発音。


「感情を賭ける卓へ」


俺は返さない。


返したところで、

胸の奥が何も動かない。


――いや、正確には。


動く前に削られる。


そんな感覚だ。


黒布の男が指を鳴らす。


闇に、文字が浮かんだ。


《卓:感情賭博》

《参加者:適合者 1》

《ディーラー:観測者》


観測者。


あの“黒幕”の気配が、

背中に貼り付く。


そして続く文字。


《賭け金:感情》

《ルール:三巡》

《勝利条件:最後に“残っている”こと》


……残っている。


つまり、

賭けるほど強くなるが、

賭け尽くしたら“空”になる。


空になった人間が、

何になるかは――

エルで見た。


笑わない。

迷わない。

恐れない。


愛さない。


「まず、一巡目」


観測者が言う。


「あなたはもう、八割以上削れている」

「だから最初の選択は簡単だ」


闇が揺れ、

床の赤い円に“カード”みたいなものが浮かぶ。


映像だ。


――現実世界の俺。


返済通知。

スマホ。

夜勤。

膝が崩れる瞬間。


その映像に、

胸が反応しそうになる。


だけど――反応する前に、何かが削げ落ちた。


「……借金の記憶」


観測者の声が淡々と続く。


「これは“恐怖”と“羞恥”が強い」

「賭ければ、あなたの行動は軽くなる」


闇カジノで言えば、

負けた時の痛みを消す代わりに、

勝ちの味も薄くなる。


俺は息を吐く。


「賭ける」


言った瞬間。


胸の奥から、

“重り”が外れる感覚。


同時に、

映像が色を失っていく。


――借金の絶望が、

ただの“出来事”に変わる。


観測者が頷く。


「良い」

「あなたは恐怖を支払った」


闇が、少しだけ“軽く”なった。


そして、

赤い円の上に“何か”が現れる。


――刃。


俺の手元に、

黒い短剣が落ちていた。


「代わりに、武器を与える」

「感情は、力に変換される」


なるほど。

ここはゲームじゃない。


“世界そのもの”がギャンブルの胴元だ。


「二巡目」


観測者の指が動く。


新しい映像が浮かぶ。


――エルが胸を貫かれる瞬間。


血。

骨が砕ける音。

口から血を溢しながら笑う顔。


普通なら、ここで怒りが沸く。


でも俺は――

沸かない。


沸かないから、逆に分かる。


俺の中の怒りは、

もう“チップ”になりかけている。


観測者が笑った。


「あなたはすでに支払い途中だ」

「続ければ、完全に切れる」


映像の中のエルが、

こちらを見て言う。


『次は……あなたが……庇われる番……』


……来る。


ほんの一瞬、

胸が痛んだ。


痛みは、感情の入口だ。


入口が開いた瞬間に、

卓が吸い上げる。


《選択》

《怒りを賭ける》

《悲しみを賭ける》

《情を賭ける》


情。


それだけは――

残しておくべきだと、

かろうじて“理屈”が言っている。


情を失えば、

仲間を守る理由が消える。


守る理由が消えたら、

勝っても意味がない。


闇カジノで一番危ないのは、

「勝つこと」自体が目的になった瞬間だ。


俺は短く言う。


「……怒りを賭ける」


観測者が楽しそうに息を漏らした。


「良い選択だ」

「怒りは燃料だが、視野を狭める」


胸の奥から、

熱が抜ける。


――エルの傷が、

“数字のない事実”になる。


痛みはある。

だが、燃え上がらない。


その代わり、

短剣が“軽く”なった。


刃が、音もなく伸びる。


俺が握った瞬間、

黒い線が空間に走った。


さっきの刺客と同じ、

黒線の刃。


……武器が一致した。


つまり、

ここは“同じ系統”の卓だ。


観測者が言う。


「三巡目」

「ここが本番だ」


闇が割れ、

“敵”が降りてきた。


人型。


顔がない。

だが、胸に赤い結晶が埋まっている。


エルと同じ。

双子と同じ。

リィナと同じ系統の“適合者”。


《対戦相手:回収体》

《目的:紅晶適合因子の回収》


俺は立ち上がる。


数字はない。

因果も見えない。


だけど、

闇カジノで培ったものが一つある。


――相手が何をしたいか、だけは読める。


回収体は、

一直線に俺へ来る。


無駄がない。

でも、焦りがある。


焦りは――

相手にも賭け金がある証拠だ。


「……勝ちたいんじゃない」


俺は呟く。


「取り戻したいんだろ」


回収体の動きが一瞬だけ鈍った。


言葉が刺さったのか、

それとも。


“感情”が反応したのか。


俺は踏み込む。


黒線の刃を振る。


回収体の腕が落ちる。


だが、

切断面から赤い結晶が覗く。


骨の代わりに、

結晶が支えている。


回収体は崩れない。


逆に、

胸の結晶が脈打った。


次の瞬間。


空間が歪み、

俺の喉元へ黒線が走る。


――避けられない。


そう思った瞬間、

視界の端に“白”が差した。


数字じゃない。

因果でもない。


ただの――身体の記憶。


俺は首を捻り、

肩を落とし、

黒線を“頬で滑らせる”。


皮が裂けた。

血が散る。


でも、首は落ちない。


闇カジノで、

生き残るやつはこういう避け方をする。


完全回避じゃない。


“死なない負け方”を選ぶ。


回収体が追撃に入る。


俺は短剣を逆手に持ち替え、

結晶に向けて突く。


――硬い。


刃が止まる。


その瞬間、

卓の文字が浮かんだ。


《提示》

《次の一手に必要:情》

《支払いますか?》


……来た。


情を払えば、

突破口が見える。


でも、

情を払えば、

仲間の価値が薄れる。


薄れた瞬間、

俺はカイルもリィナも

“駒”として扱えるようになる。


それが一番強い。


そして一番終わってる。


観測者が笑う。


「払え」

「あなたは勝てる」

「勝てば、取り戻せるかもしれない」


――嘘だ。


闇カジノで、

「取り戻せる」は、客を殺す言葉だ。


俺は息を吐く。


「……払わない」


観測者の笑みが消えた。


回収体の刃が、

再び俺の心臓へ伸びる。


俺は――

一歩、踏み込む。


回収体に“抱きつく”。


近すぎる距離。


刃は振れない。

黒線は引けない。


相手の胸の結晶が、

すぐ目の前にある。


俺は短剣を捨て、

素手で結晶を掴む。


熱い。

焼ける。


皮膚が焦げ、

肉が裂け、

骨が軋む。


だが――握り潰す。


「……」


回収体が痙攣し、

口のない顔が揺れた。


結晶に亀裂が走る。


俺の手の中で、

赤い光が爆ぜた。


回収体が崩れ落ちる。


黒線が、霧みたいに散って消える。


闇に静寂。


観測者の声が、

少し低くなった。


「……面白い」

「情を払わずに勝ったか」


俺は血と焦げた肉の匂いの中で、

自分の手を見る。


指が黒く焦げ、

皮が剥がれ、

中の白い骨が見えていた。


グロい。


でも、

胸が動かない。


痛みはある。

感情は――薄い。


ただ、理屈だけが言う。


“代償は別の場所で払った”


闇に文字が浮かぶ。


《勝者:適合者 1》

《配当:情報》

《回収体の記憶断片を付与》


次の瞬間、

頭の中に流れ込む。


地図。

施設。

番号。

名前。


――被験体E-07。


――管理区画。


――回収ルート。


そして、

“観測者”の輪郭。


黒い部屋。

地図。

駒。


『踊れ』


……やっぱり、あいつだ。


闇がゆっくり剥がれる。


赤い光が引いていく。


最後に、

観測者が言った。


「次の卓は」

「あなたが“何者か”を決める」


俺は答えない。


答えられない。


答えるための感情が、

もう少ない。


――次に視界が開けた時。


俺は現実の“隔離領域”に戻っていた。


リィナが、

俺の焦げた手を見て顔を青くする。


カイルが、

乾いた声で笑った。


「……お前」

「マジで一人で勝ってきたのか」


リゼが、

俺の目を見る。


「……減ってる」


「何が」


俺が言うと、

彼女は小さく息を吐いた。


「あなたの“人間”が」


リィナが震える声で言う。


「でも……戻ってきた」

「情報も……あるんでしょ?」


俺は頷く。


「エルが運ばれた場所」

「回収ルート」

「国家の管理区画」


言いながら、

胸の奥が“空”なのを感じる。


本来なら、

怒りで手が震える情報だ。


でも、

震えない。


リィナの目に涙が溜まる。


カイルが歯を食いしばる。


リゼだけが、

淡々と結論を出す。


「……つまり」

「次は、国家相手に奪い返す」


俺は言う。


「奪い返す?」


問い返したつもりなのに、

声が平坦すぎて自分で笑いそうになる。


リィナが、

一歩前に出た。


「奪い返すの」

「エルを、あの檻から」


その言葉だけが、

かろうじて俺の奥で引っかかった。


“引っかかった”だけだ。


燃えない。


でも――

引っかかりが残るなら、

まだ終わってない。


俺は焦げた手を握り、

痛みで現実を固定する。


「……行くか」


リゼが頷く。


カイルが苦笑する。


「次の卓、国家かよ」


リィナが言う。


「勝てる?」


俺は、

ほんの少しだけ考える。


数字はない。

因果もない。

保証もない。


それでも――


闇カジノで生き残った俺が、

最後に信じるものは一つだ。


「勝ち方は、知ってる」


その瞬間。


隔離領域の壁に、

新しい文字が浮かんだ。


《国家管理区画:監視強化》

《回収部隊:再編》

《観測者:移動開始》


……向こうも動く。


第二章は、

“反撃”の段階に入った。


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