失敗を踏まえて
『転移』で一足先に帰ったリファロが冒険者ギルドのクリヒビス支部に入るとまだ新築の建物独特の臭いがする建物の中に人はほとんどいなかった。
呼び鈴が設置された受付にすら現在人はおらず、ムカデ型の魔獣から取り出されたばかりの毒が入った壺を持っていたリファロはとりあえず受付へと向かった。
リファロが呼び鈴を鳴らすとすぐに人間の女が奥から出てきてリファロの顔を見るなり慌てて頭を下げてきた。
「お待たせして申し訳ありません!」
「いや、気にしないで下さい。連絡はしなかったわけですから」
魔導通信機がもう少し普及すればこういったやり取りも無くなるはずでクララス王国での鉱山関連の話がうまくいけば魔導通信機の数も増やせるはずだとリファロは考えた。
しかし今回に限って言えばギルドのクリヒビス支部にも魔導通信機は置いてあったのでリファロが『創造者』で魔導通信機を創り出せば連絡を入れる事は可能で、事前に連絡を入れなかった理由は魔力がもったいないというリファロの都合だった。
このため事前の連絡無しに来る度に謝られても困るので頭を上げて欲しいとリファロはギルド職員に頼み、恐る恐るといった表情で頭を下げた職員と一緒に奥へと向かった。
受付の奥ではギルドのクリヒビス支部長を務める融和派の幹部、フォーカを含む人間数人と魔族数人が書類を広げて何やら話し合っており、ギルド職員の彼らがリファロの登場に驚く中、彼らの中心となり話し合いを進めていたオムニプルがリファロに笑顔を向けた。
「リファロ様!」
ニードベルで無為な日々を送っていたオムニプルは各種事業開始後に忙しそうにしているリファロを見て事業開始後の各所との折衝なら自分でも行えるかも知れないと考えてリファロに手助けを申し出てきた。
まだ十歳程にしか見えないオムニプルのこの申し出を受けてリファロは断るより先に困惑を覚えたが、オムニプルは実際はリファロの倍以上の年齢で戦争以前は国の仕事に関わる事もあった。
このため単純な交渉ならオムニプルはリファロよりうまく行えたので、アルベール魔王国での魔族との交渉を近い内にディルシュナに一任したいと考えていたリファロにとって今回のオムニプルの申し出は大変ありがたかった。
しかし婚約者のディルシュナと違いオムニプルはリファロ視線ではミルヒガナから預かっている魔王の一族の一人だったので、見た目の問題は無視するとしても仕事を手伝わせる事に抵抗があった。
結局ミルヒガナが二つ返事でオムニプルがリファロを手伝う事を承諾したのでオムニプルはニードベルの対外的な窓口を担当する事になり、実際リファロが『回答者』で想定問答集を作ろうとした時のオムニプルの質問はかなり的確だった。
このため自分という後ろ盾があればオムニプルは十分他国相手に交渉などを行えるだろうとリファロは考えており、顔見せも兼ねて明日・明後日に予定されているクララス王国とアッキム王国への訪問にも同行してもらうつもりだった。
「話の邪魔をしちゃってすみません。今回魔獣から毒が取れたのでこれの保管をお願いします」
リファロがこう言った瞬間、この場にいた者の視線が一人のエルフの女に集まり、リファロを含めたこの場の全員の視線を受けながらエルフはリファロから毒の入った壺を受け取った。
「では保管庫に運んできます」
毒の種類にもよるが常温で保存していると劣化や気化してしまう毒も多かったので、ギルドの支部で毒を管理する場合は水属性の魔法を使える者が器ごと凍らせて保管するというやり方が一般的だった。
氷を創り出せる水属性の魔法の使い手は多かったがほとんどの者は食品の保存などにしか使えない小さな氷を創り出す事しかできず、高さ数十センチの壺を完全に覆う事ができる大きさの氷を創り出せる者は人間では珍しかった。
水属性の魔法で氷を創り出す技術はほぼ才能に依存しており、水属性の魔法の使い手としては人間の中で間違い無く最強のアッキム王国将軍、オーバスも手のひら大の氷を創り出すのがやっとだった。
このため大きな氷を創り出せる水属性の魔法の使い手を雇えず魔獣の毒の引き取り・保管を行っていないギルド支部さえある程だったが、才能を寿命の長さで補えるエルフの中には人間大の大きさの氷を創り出せる者が珍しくなかった。
実際リファロから毒を受け取ったエルフもリファロを前に緊張こそしていたが魔法の発動自体は特に意気込む様子も無く終え、リファロを含めた周囲の者全員が驚く中、特に誇る事もせずに毒を保管室へと運んだ。
「あの毒はどれぐらい持つんですか?セラツリムさんとグレンオーサさんしか使えないとなるとなかなか減らないと思いますけど」
現在ギルドのクリヒビス・ニードベル両支部には粉末状で保管されたエンドナの毒があった上にセラツリムとグレンオーサ以外は五級の冒険者しかいなかったので、今回の毒の出番は当分先なのではとオムニプルは疑問に思った。
そして定期的に凍らせる手間を考えると今回手に入れた毒は捨てた方がいいのではと考えていたオムニプルにリファロは今回の毒の使い道を説明した。
「あの毒は魔獣との戦いには使いにくいです。武器まで溶かしちゃいますから」
「……じゃあ、何に使うんですか?」
魔獣との戦闘に使えない毒の使い道などオムニプルは犯罪しか思いつかず、これはこの場にいる他の者たちも同様だったので、アルベール魔王国出身のオムニプルたちはともかくクリヒビス出身のギルド職員たちまで溶解性の毒の使い道を知らない事に多少驚きながらリファロは説明を続けた。
「アッキム王国のいくつかの街でこの前倒した蛇の魔獣の鱗を加工してもらうって話をしましたよね?今回みたいな色々な物を溶かす毒は薄めて魔獣の皮とか鱗を加工する時に使うらしいです」
『回答者』によると金属加工が盛んなアッキム王国でも首都、ダーウォールから離れた街では魔獣の部位の加工は行われているはずだったので、リファロはクリヒビス出身のギルド職員の反応を不思議に思いながら『回答者』を発動した。
魔獣の毒を使い魔獣の部位を加工する技術はかなり高度な技術で金属加工の技術に押されてアッキム王国では使い手が少なくなっている。
クリヒビスでは魔族に気を遣い魔獣の部位の加工はほとんど行われていない。
『回答者』でリファロはクリヒビス出身のギルド職員たちの知識不足の理由を知り、加工こそ雑だがアルベール魔王国で魔獣の部位が使われた武器や家具が一般的に流通している事を思い出して少し考え込んだ。
比較的魔族に友好的なクリヒビスですら魔族への的外れな気遣いが行われていたからで、リファロは現状を残念に思うと同時に理由はともかくハーピィやラミアなど一部魔族が頻繁に訪れているのだからクリヒビスでは魔族への理解が進んでいるはずだと軽く考えていた事を後悔した。
そして同時に『回答者』でクリヒビスの住民の魔族への理解があまり進んでいない事を自分が以前知った事を思い出してリファロは表情を硬くした。
以前この情報を知った際、別にクリヒビスの住民が魔族を下に見ているわけではないのだから問題無いとリファロは深くは考えなかった。
しかし以前『回答者』で確認した情報を忘れていたという今回で何度目になるか分からない状況にリファロはため息をついてしまい、自分が『回答者』を完全に使いこなせる日は一生こないだろうなと考えながら話を続けた。
「魔獣の加工はできればクリヒビス以外でやって欲しいので今回手に入れた毒は蛇の魔獣の鱗とか牙と一緒に手を貸してくれる職人に渡すつもりです。……その辺りの話はまた帰ってからにしましょう。今やってる仕事、まだ時間かかりますよね?僕も一度屋敷に戻って色々やりたい事があるんで夕方ぐらいに迎えにきます」
種族や住んでいる地域により差はあったがアルベール魔王国の魔族の多くが自分たちの将来のためにリファロに何らかの形で貢献する必要があると考えており、種族間での不要な争いを避けるためにリファロはアルベール魔王国に住む全種族の魔族にそれぞれの仕事を頼んでいた。
リファロがエルフやアルラウネに頼んだ仕事の一つは森で採取できる薬草の効能などの取りまとめで、今オムニプルは二日前までにエルフやアルラウネから上がってきた情報を基にクリヒビス出身のギルド職員たちと知識のすり合わせを行っていた。
現在クリヒビスのギルド職員は人間十五人・魔族五人で人間の職員は薬草の知識や狩りの経験などを持っている者を優先して採用したがさすがにエルフやアルラウネの知識・経験には敵わなかった。
このため知識という点ではフォーカたちとの話し合いでオムニプルが得る物は少なかったが人間の慣習や考え方などを知る機会にはなっており、我ながら自分の行っている各種事業の進行速度が速過ぎると考えていたリファロは時折雑談も混じるオムニプルたちの速さとは無縁の『話し合い』を好意的に受け取っていた。
今いる部屋以外からも忙しそうに働くギルド職員の声や足音が聞こえてきたので、ギルドの支部の運営はフォーカやオムニプルに任せたのだから自分は長居しない方がいいと考えてリファロは転移装置がある部屋へと向かった。
夕食後、リファロはオムニプルを自室に招いていた。
「フォーカさんから聞いたんですけど人間たちって一年に何度も祭りをやるんですね」
「ええ、みたいですね。僕のいた国でも色々やってて首都でやってる大きな祭りは行った事ないですけど地元の収穫祭とかは結構盛り上がってました」
オムニプルの眷属のラミア、オレインはお茶を用意して早々部屋を後にしたのでそのまま仕事の話を始めてもよかったのだが、仮にも自分に好意を向けてくれている相手を仕事の話だけをして帰すのははばかられたのでリファロはオムニプル相手に雑談をしていた。
「……お祭りは、……私たちの国は今年は無理でしょうね」
「……まあ、そうですね」
アルベール魔王国にも街や地域ごとの祭りはあり半年程後なら国内も多少は落ち着き祭り自体は行えるかも知れなかったが、国民の心情を考えると年内に、少なくとも大きな祭りを行う事は不可能だろうと考えてリファロはオムニプルの意見に同意した。
そして同時にアッキム王国も祭りどころではないだろうなとリファロは考えたが自業自得だったのですぐに忘れ、楽しそうな表情から一転して暗い表情を浮かべたオムニプルに話しかけた。
「落ち着いたらクララス王国とかゼーナマイン皇国の祭りに行ってみませんか?四人ぐらいなら僕の能力で見た目をごまかせるのでディルシュナさんたちも一緒に」
ディルシュナ、マナリュース、エプランテ、レオエフェールと婚約者や最近一緒に仕事をしている女性陣の事を思い浮かべながらリファロはオムニプルに遊びの提案をし、特にマナリュースは最近何か悩んでいる様子なので気分転換になればと考えながらのリファロの提案を受けてオムニプルは笑みを浮かべた。
「そうですね。フォーカさんたちの話だと人間の国の祭りは出ている店の数も内容も私たちの国よりすごいらしいですから楽しみです」
今オムニプルが心の底から笑っていると考える程リファロも単純ではなかったが。国の復興はともかく心の傷は時間が癒すのを待つしかないと考えてそのまま話を続けた。
「……遊びに行くまでにお金貯めとかないといけませんね」
現時点でさすがに衣食住に困る程貧しいわけではなかったが今は様々な事に投資をしている時期だったので支出の方が大きく、急に現実的な話をされて苦笑しながらオムニプルは真面目な表情を浮かべた。
「少しは仕事の話もしないといけませんね。……まだギルドで受けている仕事の数が少ないですし、リファロ様の作って下さった手引書もあるので当分の間は事務手続きでギルドに問題が起きる可能性は低いと思います。今日の訓練はどうでしたか?」
今日の訓練がうまくいき冒険者たちの行う仕事の量が急激に増えるとギルドの職員たちの負担も大きいはずで、自分はどちらかと言うとギルドに仕事を任せる立場だが必要なら当面はギルドの職員たちの仕事を手伝おうと考えていたオムニプルの質問を受けて今度はリファロが苦笑した。
「いやぁ、大失敗でした」
「……え?」
発言内容とは裏腹にあまり深刻さを感じさせない表情のリファロを前にしてオムニプルは戸惑いの表情を浮かべ、どう答えるべきか悩んでいす様子のオムニプルにリファロはグレンオーサとガロイズの一騎打ちや魔獣と実際に戦った時の新人冒険者たちの手際の悪さを話した。
「……魔獣との戦いはその内うまくなるかも知れませんけど、そのガロイズとかいうオーガには何らかの罰を与えた方がいいのではないですか?」
新人冒険者の一人のオーガがリファロや指導官役の冒険者の決定に異議を唱えた上に指導官役の冒険者の一人と戦闘まで行ったと聞かされてオムニプルは驚いたのだが、リファロは今日のガロイズの言動が問題だとは全く考えていなかった。
「グレンオーサさんに負けた事にはかなり怒ってましたけどそこまで悪い感情は持ってないみたいでしたし、具体的な事は言ってませんでしたけどガロイズさんはグレンオーサさんの技術に興味を持ってたみたいなのでうまくいくとオーガ全体の意識が変わるかも知れませんよ」
「……オーガは自分の力に自信を持っている種族なのでそんなに簡単には変わらないと思いますけど……」
オーガに恐怖や軽蔑の気持ちを持っている魔族は多く、どの魔族も他の魔族への警戒心や差別意識を持っている事もリファロは『回答者』で知っていた。
そして人間たちからは一括りにされる事が多い魔族だが、実態は能力も生態も異なり人間に対抗するためという一点で何とか一丸となっていた魔族たちの間に種族単位で仲の悪い組み合わせがいくつかある事もリファロは知っていた。
しかしリファロにも元の世界でできれば近づきたくなかった冒険者や貴族、商人ぐらいはおり、魔王の一族では比較的穏健なディルシュナにすら嫌いな魔族がいる事も知っていたのでリファロは表立って問題にならない限りはこの件に口を出すつもりは無かった。
「でも他の魔族がオーガの力を真似するのは無理でもオーガが工夫して戦うのは無理じゃないですよね?我慢して後で爆発されるよりは最初の内に正直に言ってもらった方が助かりますし、ガロイズさんは多分化けると思うんですよね」
「……そうなればいいですけど」
あんな粗暴な種族が知恵をつけるなど絶対無理だろうと考えながらオムニプルは言葉を濁し、ガロイズの件は今後どうなるかは未知数である事も事実だったのでリファロは話題を変える事にした。
「新人の冒険者のみなさんは一応必要な事は事前に教えられてたんですけど、実際に魔獣と戦った時には慌ててセラツリムさんたちの助言とか全部忘れちゃったみたいでした。……まあ、セラツリムさんたちが何年もかけて体で覚えた事、言われただけで完璧にやれって方が無茶なんですけど」
知識に体が追いつかないという状況はこの世界に来た当初はリファロも何度も経験していた。
既に冒険者として活動している者が新しく冒険者になった家族や知人を個人的に指導する事はあっても新人冒険者を一律に教育する仕組みは今までの冒険者ギルドには無かった。
セラツリムとグレンオーサに新人冒険者たちの指導官役を頼んだ際にも戸惑われた程だったので、さすがに二人には言わなかったがリファロは今回の指導は高確率で失敗するだろうと考えていた。
『回答者』によると今もセラツリムとグレンオーサは今回の自分たちの指導について話し合っているらしく、リファロも『回答者』で今後の新人冒険者たちへの指導についての改善案をいくつか得ていた。
今回の指導がへたにうまくいくと成功して終わるだけだったのでセラツリムたちには悪いが今回の失敗続きの指導にリファロは満足しており、明日と明後日のオムニプルも多少は失敗するだろうが自分が補いオムニプルの失敗を意味ある物にしようと考えながらオムニプルとの話を続けた。




