交渉
クララス王国との鉱山関連の交渉が予定されていた日の午後二時、リファロとオムニプル、そしてオムニプルの眷属、オレインはクララス王国の首都、ベインジアにある王城の前にいた。
リファロたちが約束の時間の三十分前に王城に転移すると城門を守っていた衛兵たちは驚きの表情を浮かべたが、リファロたちが城門前に転移する事は事前に伝わっていたので警戒はされずに三人は王城内へと案内された。
事前に人払いが行われていたらしく会議室までの道中、リファロたちは衛兵以外の誰とも会わなかったが、彼らはラミアであるオレインの下半身はもちろん、オムニプルの頭の左右から横に伸びた角に何度も奇異の視線を向けていた。
アッキム王国を挟む形でアルベール魔王国の北にあるクララス王国には魔族が一人もいなかったので、衛兵たちがオムニプルとオレインに奇異の視線を向けてくる事はリファロたちも予想していた。
そして次回からのクララス王国との交渉にリファロは同席しない予定だったので視線程度に怯えていてはリファロの代理など到底務まらないとオムニプルは考えていた。
このためオムニプルは直接危害を加えられない限りは例え自分が罵倒されても手も口も出さないで欲しいとリファロに頼んでおり、多少不安ではあったが今回が他者を頼る第一歩だと考えてリファロはオムニプルの頼みを聞き入れた。
現在クララス王国は天使たちによるギルド再建を受け入れており、貴族どころか時に国すら軽視していた以前のギルドの幹部を一掃してくれたリファロや天使にクララス王国の幹部たちは内心感謝すらしていた。
このため市民はともかくクララス王国の幹部がオムニプルたちに危害を加える可能性はほぼ無い事をリファロは『回答者』で確認済みだったので、高確率で荒れる明日のアッキム王国との交渉と違い今日のクララス王国との交渉は滞り無く進むだろうと考えていた。
衛兵の一部がオレインの尾が触れた部分を後で掃除しなくてはいけないと考えている事をリファロは『回答者』で把握していたが、相手が実際に口にしていない事を指摘するわけにもいかなかったので不快な気持ちを表情に出さないように努めながら兵士たちの後を追った。
衛兵たちに案内されてリファロたちが入った部屋にはクララス王国の外務大臣、アルバーと彼につき従う文官四人、そして今回の議題の鉱脈がある土地の領主、ベイジューゼ伯爵がいた。
頭の左右から角が生えている以外見た目が人間と大差無いオムニプルはともかく下半身が完全に異形のオレインを見て室内で待っていた面々は差こそあれ全員が驚きの表情を浮かべていた。
しかしアルバーたちは全員が声までは出さなかったのでリファロたちも何も言わず、一通りのあいさつを交わしてからリファロがオムニプルをアルバーたちに紹介した。
「こちらはアルベール魔王国の王族のオムニプルさんと彼女の部下のオレインさんです。今日は僕も来ましたけど、今後は基本的にニードベルと外部との交渉はオムニプルさんに任せるつもりです」
「いくらリファロ殿とはいえ、どうして一領主の仕事を王族の方が手伝っているのですか?」
戦争と同盟という真逆の関係ではあったがアルベール魔王国と関係が深かったアッキム王国とゼーナマイン皇国の幹部とはこれまでリファロは何度か言葉を交わした事があり、ゼーナマイン皇国の幹部の一部はリファロとディルシュナが婚約した事すら知っていた。
しかしリファロはクララス王国におけるギルド再建のための実務を天使たちに任せていたので、ギルドの旧幹部たちの不正を追及した直後に一度クララス王国の大臣たちと会って以降、クララス王国の幹部とは一切接触していなかった。
このためクララス王国の幹部たちは一週間程前に今日の交渉を持ちかけられるまでリファロがアルベール魔王国で領主になっていた事すら知らず、国内で盗賊団の一斉摘発といった大仕事が行われた時もギルドを通して報告があっただけだった。
クララス王国の幹部たちはクララス王国でギルド関連の仕事をしている天使たちを通してリファロがアルベール魔王国でギルドを始める準備をしている事は聞いていたので、リファロは自分たちに興味が無いのだろうと判断していた。
自分たちをないがしろにしていたギルドの体制を一変させてくれたという点でクララス王国の幹部たちは心底リファロに感謝していた。
しかし周辺国家最強と言われていたアッキム王国軍に一人で勝利した存在が自分たちに興味が無いというならあえて自分たちから近づく必要も無いとも考えていたので、クララス王国の幹部たちは天使たちを通して行おうとした謝礼金の受け渡しが断られて以降リファロに関しては最低限の情報収集以外行っていなかった。
この情報集自体もうまくいっているとは言い難い状況だったのだがこれまでは問題無く、ギルドの再建のために動いていた天使たちの口から撤退時期の話題があがるなどしてある意味油断していた時にリファロから今回の交渉を持ちかけられてクララス王国の幹部たちは慌てふためいた。
しかしクララス王国が総力を挙げても勝てない相手から交渉を申し出られては断るわけにもいかず、未開発の鉱脈について以外にも話があるというリファロの発言に恐怖を覚えながらクララス王国の幹部たちは今日を迎えた。
そしてクララス王国の外交担当の大臣、アンバーは自分たちの言動に自国の命運がかかっているという重圧に胃を痛めながらもリファロとオムニプルの関係を探ろうとし、予想通りではあったが緊張を通り越して自分たちを警戒しているアンバーの質問を受けてオムニプルは苦笑しながら口を開いた。
「お恥ずかしい話なのですが一ヶ月程前に私たちの国で三つの街が独立を宣言しました」
リファロとオムニプルの政略結婚の可能性を考えていたアンバーは独立という予想外の言葉に困惑した。
そして勝ったとはいえ戦争による被害や混乱がようやく収まり始めたばかりのはずの時期に独立などされて大丈夫だったのだろうかとアンバーは考え、リファロがいる以上、治安維持のための派兵は考えにくいが経済的な支援を求められる可能性はあると警戒したアンバーを前にオムニプルは話を続けた。
「独立だけならまだ話し合う余地もありましたし、場合によってはお妃様も認めたと思います。しかし彼らは武力で反対意見を押し潰そうとして私も一時軟禁されました」
「……つまり今、アルベール魔王国の隣には別の国があるという事でしょうか?」
暴力で事を成そうとした相手にリファロがどう出るかは周知の事実で、アッキム王国に手も足も出なかったアルベール魔王国の魔族がリファロに勝てるわけが無かったので、アンバーは独立の首謀者は良くて投獄、最悪の場合殺されているだろうと考えた。
しかしリファロ本人を前に独立の首謀者は全員殺したのですかなどと聞くわけにもいかなかったのでアンバーは新しい国が残っているという思ってもいない事実を前提に質問をし、こちらを探る様な視線を向けてくるアンバーの質問にオムニプルは即答した。
「はい。その国はドランド魔王国というのですがドランド魔王国は今も残っています。ですが参加している三つの街の内、二つが既に私たちの国への併合を求めているので事実上国としては機能していません」
「……先程のオムニプル殿の口振りでは話し合いが行われなかったという風に聞こえたのですがリファロ殿が介入されたのでしょうか?」
この質問は踏み込み過ぎかも知れないとアンバーは考えたがリファロのアルベール魔王国内での立ち位置を知る好機だとも考えてあえて口にし、このアンバーの質問にどちらが答えるべきか悩んだリファロとオムニプルの間で視線が交わされた後、リファロが口を開いた。
「ただ独立を宣言して反対している魔族のみなさんを軟禁するだけなら軟禁されてるみなさんを助けて、後はアルベール魔王国のみなさんで決めてもらえばよかったと思います。でもドランド魔王国のみなさんは僕の『奉身者』に協力してくれてた魔族のみなさんを襲って亡くなった方まで出ました」
アンバーと今回の交渉に同席した文官四人は今回の交渉に備えてクララス王国が入手していたリファロに関する全ての情報にここ数日で目を通していた。
このため『奉身者』への協力者が襲われたというリファロの発言を聞きアンバーたちは二十日程前にギルドを通して『奉身者』を使う任務の一部が受けられなくなったと周辺国家に通知されたという情報を思い出していた。
「……ここまでされるとさすがに黙っていられなかったのでその日の内にドランド魔王国の幹部のみなさんには襲われたみなさんと同じ目に遭ってもらって、部下のみなさんにも痛い目にあってもらいました。あ、幹部のみなさんも別に殺したわけではなくて大怪我をさせただけですよ?」
「……なるほど、その結果リファロ殿には敵わないと悟りドランド魔王国の大部分が併合を求めてきたのですね」
ここまでの話を聞いてアンバーはドランド魔王国の建国はリファロが裏で手を引いているのではと疑ってしまった。
アッキム王国から救われた恩を無視したとしてもリファロの強さを知っているはずのアルベール魔王国の国民が表立って武力蜂起したという事実がすぐには受け入れられなかったからだ。
このためリファロにクララス王国内で暗躍されないように気をつけなくてはと警戒心を強めた直後、リファロと視線が合ったアンバーはリファロが他者の心を読める事を今更思い出した。
しかし思い出したところでアンバーに『回答者』への対策など無く、リファロも一度ギルドを通して『回答者』の使用を普段は制限していると周知している以上、何やら不安そうにしているアンバーにこれ以上何か言っても不安を強くするだけだと考えて何も言わなかった。
「私が以前住んでいた街もアルベール魔王国への併合を求めてきたのですが、一度武力まで使って独立してきた相手をすぐに許す気はお妃様には無いようです。ですので私も今すぐ以前住んでいた街には戻れないのでしばらくの間リファロ様のもとでお世話になっており、少しでもリファロ様のお力になれればと今回手をあげさせてもらいました」
いくら王族とはいえまだ成人していない少女をリファロが交渉の窓口として紹介してきた瞬間、アンバーは油断や嘲りの気持ちなど一切抱かずにただ恐怖した。
自分たちが世間知らずの少女相手に有利な交渉を進めた場合、これをリファロが武力行使の理由にしてくる可能性を考えたからで、リファロに揚げ足を取られるぐらいならベイジューゼ伯爵の領地にある鉱脈からの利益を諦める事も視野に入れなくてはならないと考えながらアンバーはオムニプルとの交渉を始めた。
「ではまずベイジューゼ伯爵の領地にある鉱脈について話し合わせていただきます。鉱脈のある場所は深い崖の下で縄などを下ろして採掘作業を行っても大人数での作業は行えず、また鉱石の引き上げの際に事故が多発して採掘を諦めた。これで間違っていませんか?」
「はい。祖父が当主を務めていた時にあの鉱脈は発見されたのですがとても我々の力では採掘は行えず、今では数体の魔獣までいるそうです」
ベイジューゼ伯爵の領地はクララス王国の北部と首都、ベインジアの中間に位置して交通の要所としてそれなりには栄えていたがこれといった特産品は無かったので、領内に大きな鉱脈が見つかった時は領内全体が喜びに包まれたらしい。
しかし採掘作業による死者が五十人を超えると先々代のベイジューゼ伯爵は採掘を諦め、今では鉱脈付近は小さな山小屋すら無い無人地帯となっており、ギルドに雇われた冒険者が魔獣が出現していないかを確認するために時折訪れるだけの場所となっていた。
「冒険者たちからの報告によると空を飛ぶ魔獣もいるらしいのですが、リファロ殿が直々に採掘作業に当たって下さるのでしょうか?」
アッキム王国軍だけではなく竜すら上回る戦闘力に加えて転移魔法を身一つで使えるらしいリファロなら作業が難しい地形も現場付近に住む魔獣も何の障害にもならないだろうとベイジューゼ伯爵も納得はしていた。
しかし転移魔法で一度に転移できる物の量や重さに限界がある事はベイジューゼ伯爵も知っており、いくらリファロでも十回や二十回の転移魔法では鉱脈にある全ての鉱石を採り終える事はできないはずだと考えていた。
このためベイジューゼ伯爵はリファロがどの程度の頻度で採掘作業を行うつもりかと期待と不安が入り混じった感情を抱いており、自分が出す資金や人手はできるだけ抑えたいと考えていたアンバーにオムニプルは二つの案を示した。




