初陣
ルインジオの尾による攻撃を警戒したのかムカデ型の魔獣は上半身を持ち上げて動く事を止めて地を這いながらルインジオではなく他の冒険者目指して動き出した。
想定していたとはいえ魔獣が自分以外に標的を変えた事を受けて右脚を痛めていたルインジオは舌打ちし、一人で魔獣と戦わないようにという先程のセラツリムの指示を思い出しながら他の冒険者たちに視線を向けた。
ルインジオ以外の冒険者たちは左脇腹の裂傷や右脚の骨折などそれぞれ傷を負っていたが死んではおらず、彼らは腕につけていた小型の魔導通信機で他の班に自分たちの状況を伝えていた。
勝てないわけではないが油断もできない敵との戦闘に意識を向け過ぎてルインジオは他の班への連絡を忘れていたので、集団の一員として自分より正しく動いた他の冒険者たちを見て一度慌てた後で冷静になった。
久し振りの魔獣との戦闘への緊張から視野が狭くなっていた事を自覚したルインジオは一度足を止めて道中のセラツリムたちの指導の内容を思い出していた。
地中に潜る魔獣は三秒程で地面を掘り進めて地中に逃げてしまうので逃がさないように気をつける必要がある。
魔獣の持つ溶解液は売り物になるので溶解液を出している部位は極力潰さないで倒した方がいい。
本来の任務と違い今回は魔獣の種類があらかじめ分かっていたのでセラツリムたちの指導内容も具体的で、一度冷静になりセラツリムたちからの指導の内容を思い出したルインジオは目の前の魔獣の頭は潰さないように気をつけようと考えた。
そして尾の攻撃範囲に魔獣を捉えたルインジオの視線の先では魔獣に襲われそうになっていた冒険者が魔法で応戦しており、冒険者が風属性の魔法で起こした突風を正面から顔に受けて魔獣は動きを鈍らせていた。
属性が違うので単純に比較できない事は分かっていたが威力・精度共に先程見たグレンオーサの魔法に劣る冒険者の魔法を見てルインジオは安堵した。
人間全てがグレンオーサの様な魔法の技量を持っているわけではない事を知れたからで、自分が傷を負わせた魔獣へのとどめを人間に奪われなかったという事にも安堵しながらルインジオは魔獣目掛けて尾を横薙ぎに振るった。
しかし魔獣の右脇腹に命中するはずだったルインジオの尾は地面に当たり止まってしまい、尾を上から振り下ろす形で攻撃するべきだったと後悔しながらルインジオは表情を硬くした。
そして決して無視できないルインジオの尾による攻撃を避けようとしていた魔獣だったがルインジオの攻撃失敗に気づくと一転攻撃に転じ、口から毒を漏らしながらルインジオの右脇腹に噛みつこうとした。
想定外な形で尾を地面に叩きつけてしまったルインジオは動きを止めてしまっていたので魔獣の攻撃を避ける事も防ぐ事もできなかったが、他の冒険者たちが風属性と土属性の魔法で魔獣の体勢を崩したので魔獣の攻撃も失敗に終わった。
しかし冒険者二人の攻撃で体勢を崩した魔獣は毒を口からまき散らしながら地面に倒れ、この際魔獣の毒が尾にかかったのでルインジオは痛みに顔をしかめた。
棒立ちで攻撃を受けでもしない限り、並の魔獣の牙や爪程度なら自分の鱗で防げるはずだとルインジオは考えていたが、自慢の鱗が魔獣の毒の前では何の役にも立たないという事実を再び体感させられて何らかの対策の必要があると考え始めていた。
水魔法で体の表面を濡らす、魔獣の注意を引く事のみに専念する役の冒険者が厚い盾や鎧で囮になる、など先程セラツリムたちが話していた魔獣の毒への対策を魔獣への警戒を維持しながらルインジオはいくつも思い出していた。
しかしどの対策も事前の準備が必要だったので今回は自分が何とかするしかないとルインジオは考え、先程の失敗を踏まえて尾を振り上げて攻撃しようとした瞬間、体に違和感を覚えた。
魔獣からの攻撃を受けたわけでもないのにルインジオは膝をついてしまい、そのまま顔から地面に倒れてしまったのだ。
「あ、あんだ?」
体の違和感に続き呂律まで回らなくなっている事に気づいたルインジオは先程の戦闘の際のガロイズの様子を思い出し、今回の魔獣の毒には麻痺の効果もあった事に気づいたが今更どうしようもなかった。
ムカデ型の魔獣の毒の麻痺効果はエンドナの毒程ではなくルインジオは寝返りを打つ程度の事はできたが戦うどころか立ち上がる事もできず、自分の毒が効き始めた獲物に魔獣は一気に襲い掛かった。
怪我で立ち上がる事ができなかった他の冒険者たちはそれぞれの魔法でムカデ型の魔獣の動きを止めようとしたが、自分に向かってくる魔獣ならともかく離れた場所にいる魔獣相手に有効な魔法を使える冒険者は三人の中にはいなかった。
そして冒険者三人の魔法を受けて多少煩わしそうにしながらもムカデ型の魔獣は間合いを詰めて動けなくなったルインジオの顔に噛みつこうとした。
自分の鱗を難無く溶かす毒を顔に食らっては間違い無く死ぬと考えたルインジオは何とか腕を動かして顔や首への攻撃だけは防ごうとしたがルインジオの意志に反して腕の動きは遅く、ルインジオを含むこの場の冒険者全員がルインジオの死を覚悟した。
しかしムカデ型の魔獣の牙がルインジオに届く直前、近くの草を踏み分ける音が聞こえ、魔獣に冒険者二人が体当たりを食らわせた事でルインジオは死を免れた。
救援が間に合った事に安堵すると同時に他の冒険者たちが他の班に連絡していなかったら自分は死んでいたのかとルインジオは愕然とし、自分が魔獣の注意を引いていたから他の冒険者たちが他の班に連絡をする余裕があったのだと自分に言い聞かせてもルインジオの悔しさは薄れなかった。
そしてルインジオが自分の無様な現状に恥ずかしさや怒りを感じている間も駆けつけた冒険者たちとムカデ型の魔獣の戦闘は続いており、最初に魔獣に体当たりを食らわせた冒険者二人はそのまま魔獣の体を押さえ込もうとしていた。
「一度暴れさせたら終わりだぞ!絶対離すな!」
一度押さえつけてしまえば今回の様な体の長い魔獣は大人二人で押さえつける事ができると冒険者たちは言われていたので、一度でも体を動かされたら負けだと考えながら彼らは必死に魔獣の体を押さえ続けた。
「くっ……」
地面に押さえつけられたまま暴れ回るムカデ型の魔獣の脚で指や手首を傷つけられながらも冒険者二人は自分の仕事を続け、彼らに遅れてそれぞれ金属製の槌と杭を持った冒険者二人が魔獣に近づいた。
ムカデ型の魔獣に近づいた三人目、四人目の冒険者の後ろにはいざという時に魔獣の動きを封じる役の風属性の魔法の使い手が待機しており、槌と杭を持った冒険者たちは恐れる事無く魔獣へと近づいた。
そして一人の冒険者がムカデ型の魔獣の体のほぼ中央に杭を当てるともう一人が槌を振り下ろし、二本目の杭が体を貫通すると魔獣は痛みから更に激しく暴れ出した。
「くそっ、これで死なないのかよ!」
冒険者たちはセラツリムたちから魔獣の体に打ちつけた杭や刺した剣などを火属性の魔法で熱して内部から傷を負わせるという攻撃方法がある事を聞いていたが、これは毒の様に効くまで時間がかかる攻撃なので使えない場合もあるとも聞いていた。
人間の腕程の太さがある杭二本が貫通しても死なずに暴れ続ける魔獣の生命力を目の当たりにして慌てていた新人冒険者たちに次の手を打つ余裕など無かった。
そしてムカデ型の魔獣が激しく暴れた結果、魔獣の体は杭を打ちつけられた部分で千切れてしまい、魔獣の体にできた傷口からまき散らされた濁った緑色の体液を顔や体に浴びて驚いた冒険者たちは思わず魔獣の体から手を離してしまった。
「おい!魔獣から手を離すな!もう少し経てばさすがに死ぬはずだ!」
後は息絶えるまでムカデ型の魔獣を押さえつけるだけという状況で魔獣の体から手を離してしまった冒険者たちを見て後ろで待機していた冒険者は思わず叫んでしまった。
しかし近くの地面に落ちている原型を留めない程溶けている盾を見ると彼らの反応も無理も無いと考えてしまい、いざとなったら自分が魔獣の動きを封じようと考えていた冒険者の視線の先では冒険者四人が何とか落ち着きを取り戻していた。
ムカデ型の魔獣は喉元で毒を生成しているので喉から下を流れている体液に毒性は無く、体に浴びても不快なだけで実害は無かった。
この事にすぐに気づいた冒険者四人は気を取り直してムカデ型の魔獣の体を押さえつけようとしたのだが、中央から千切れた魔獣の体の上半身にしか意識を向けていなかった冒険者たちの内、一番右にいた冒険者が独りでに動いていた魔獣の尾に右足首を強打されて地面に倒れた。
虫型の魔獣は斬り落とされた部分がしばらくの間動く事もあるとセラツリムたちは新人冒険者たちに当然伝えていたのだが、初めての実戦での緊張や高揚感に頭を支配されていた彼らに最善の行動を求めるのは酷というものだった。
結局右足首を強打されて倒れた上に胸までムカデ型の魔獣の尾で強打された冒険者は気絶してしまい、後ろで待機していた冒険者が慌てて風属性の魔法を撃ち出すと既に動かなくなっていた魔獣の尾はあっけなく吹き飛ばされた。
その後ムカデ型の魔獣は冒険者三人に押さえつけられながら二分程暴れてから死に、無事でこそあったが息も絶え絶えといった様子の冒険者たちはグレンオーサの指導を受けながら魔獣の喉元を切り開き毒袋を取り出した。
「初めての任務だからしかたないがお前たち、その程度の傷なら立てるだろう」
魔獣が木の上から奇襲を仕掛けてくるという自分でもあまり経験した事が無い事態に初任務で遭遇した新人冒険者たちの不運にはセラツリムも同情したが、片脚の骨折程度は任務中の冒険者にとっては軽傷だった。
このためムカデ型の魔獣に一度吹き飛ばされた程度でルインジオに戦闘を丸投げした新人冒険者たちにセラツリムは鋭い視線を向けた。
「傷の治療自体はリファロ様がして下さるらしいがこれも練習だ。明日まではそのままでいろ」
今後魔獣討伐を含む任務を行う全冒険者の送り迎えをリファロが行うわけにもいかず、転移装置の数も限られていたのでクリヒビスの冒険者ギルドを拠点に活動する冒険者も任務の行き帰りは徒歩が基本だった。
このため新人冒険者たちが本格的に冒険者として活動を始めると任務の際に野営する事も多くなり、魔獣との戦闘で負傷したので野営はできないでは話にならなかったのでセラツリムは彼らに『治癒』を使おうとしていたリファロを止めた。
「彼らはこのまま野営する予定の場所まで歩かせます。応急処置のやり方なども教えたいので治療は明日でお願いします」
今日は森の中で野営して翌朝再び森の中を二時間歩いてからリファロが迎えに来るというのは当初の予定ではあった。
しかし歩くどころか立つ事すらままならない状態の者が今回訓練に参加した新人冒険者たちの中に二人いる事をリファロは『回答者』で知っていたので、せめて彼らの治療だけでもしたいと考えた。
実際新人冒険者たち全員が何かを期待する視線をリファロに向けていたのだが、その後セラツリムとグレンオーサからの視線も受けてリファロは今日はこのまま帰る事にした。
「……僕が何でもやっちゃうとギルド始めた意味が無いですもんね。じゃあ、明日の朝迎えにくるのでみなさんの事をお願いします」
「はい。お任せ下さい」
教官役を引き受けた以上、新人冒険者たちから恨みを買う事も覚悟の上だとセラツリムはもちろんグレンオーサもリファロに伝えており、二人の性格に問題が無い事は『回答者』で確認済みだった。
このため二人が悪意を持って新人冒険者たちに接する事は無いだろうとリファロは考え、新人冒険者たちから視線を逸らしながら『転移』で一人クリヒビスへと帰った。




