失敗
グレンオーサが向かってくる中、ガロイズは次にグレンオーサが使ってくるだろう小細工への対策など一切考えていなかった。
ガロイズは強さで自分が人間に負けているなどとは全く考えていなかったが、唯一劣っている可能性のある技術で対抗しては先程の繰り返しになるかも知れないと考えたからだ。
このため敵の小細工にはつき合わず敵が何をしてきても被弾覚悟で前進して叩き潰すと考えてガロイズはグレンオーサを待ち構え、グレンオーサが間合いに入った瞬間、大剣を横薙ぎに振るうと同時に前へと踏み込んだ。
今度はガロイズはグレンオーサに水球を創るひまなど与えるつもりは無く、仮にグレンオーサが一瞬で水球を創り出して爆発に乗じて逃げようがグレンオーサを逃がさない自信がガロイズにはあった。
そして全力で前進している自分が先程の爆発程度で止まるはずが無いので後ろにでも左右にでも好きに逃げればいいとガロイズは考えていたのだが、グレンオーサが自分との攻防もそこそこに逃げるはずだと決めつけていたガロイズの予想とは裏腹にグレンオーサは勢いよく間合いを詰めてきた。
先程以上の爆発を起こせるのか。
あんな小枝の様な剣、盾にもならない。
わざと致命傷を負い被害者に回るつもりか。
一見後退など考えていないように見えるグレンオーサの突撃を目の当たりにした瞬間、ガロイズは様々な事を考えたが、ここで重傷を負わされた事を理由に難癖をつけてくる相手ならいくらリファロが選んだ相手でも自分たちも黙ってはいないと考えて容赦無く大剣を振るった。
そして防御も回避も不可能に見えたガロイズの大剣をグレンオーサは上体を後ろに反らす事で避け、この直後グレンオーサが脚も曲げて地面に座り込んだ事でガロイズは虚を突かれた。
先程同様必勝だと考えていた状況をグレンオーサが脱したからだが、今度はグレンオーサは自分の足下に座り込んでいるのだから蹴り飛ばせばいいだけだと考えたガロイズはすぐに気を取り直して右脚を動かした。
グレンオーサが剣で股間を斬り裂くなり突き刺すなりすれば死にはしないにしてもかなりの痛みを感じるはずだと考えてガロイズは今回の戦闘で初めて焦りを覚えながら右脚を振り上げた。
しかしガロイズが右脚に軽く斬られた様な痛みを覚えた直後、ガロイズの蹴りは空を切り、その後後ろで何かが滑る様な音を聞いたガロイズは慌てて後ろを振り向いた。
ガロイズの視線の先には服の膝から足首までを泥で汚したグレンオーサの姿があり、いつの間にか自分の足下が濡れている事に気づいたガロイズはグレンオーサが水属性の魔法で地面を濡らして自分の股下を滑り抜けたのだと察した。
「一応斬りつけてみましたけど本当にオーガの体って頑丈なんですね」
クララス王国出身のグレンオーサに当然魔族との戦闘経験など無かったが、魔獣だけではなく自分より体が大きな犯罪者を相手にした事もあったのでオーガの巨体を前にしても全く怯んではいなかった。
しかし鱗などで覆われているわけでもないのに打撃だけではなく斬撃まで効きにくいオーガの体を実際に目の当たりにしてグレンオーサは驚いた様子で、驚いてこそいたが全く焦りを感じさせないグレンオーサの表情を見てガロイズは怒号をあげた。
「何が指導だ!ちょこまかと逃げるだけか!」
グレンオーサが逃げに徹していたらガロイズもグレンオーサに嘲笑の一つでも向けていただろうが、グレンオーサは今回の戦闘で二回ガロイズの間合いに入りいずれも逃げ延びてみせた。
このため無意識に敗北感を覚えていたガロイズは怒りを露わにしてグレンオーサに突撃し、力任せの攻撃を繰り返すガロイズに対してグレンオーサはガロイズの大剣の間合いには入らずに戦闘を続けた。
グレンオーサはガロイズの顔と胸にそれぞれ一発ずつ水球を撃ち出し、避けるのも面倒だったガロイズは水球を二発ともその身に受けた。
しかし人間が振るった鉄製の槌程度の威力しかないグレンオーサの水球ではあらかじめ覚悟を決めていたガロイズの前進は止まらず、その後三発水球を受けた後、ガロイズは大剣を横薙ぎに振るった。
ここまでの移動と戦闘の疲労が原因でガロイズはグレンオーサとの間合いを詰め切れず、今度のガロイズの攻撃も数十センチ程グレンオーサには届かないように周りからは見えた。
しかし今回ガロイズは振り終える前に大剣から手を離していたので大剣はグレンオーサ目掛けて飛来し、この攻撃をグレンオーサは背中から地面に倒れるという形で避けた。
一部の魔獣は戦闘中に体の一部を伸ばしてくるのでこういった魔獣と戦った経験からグレンオーサはガロイズの不意打ちを避ける事ができたがこの避け方は直後の行動の事など全く考えていない避け方だった。
このため隙だらけの体勢の上に背中を強打した事ですぐには起き上がれなかったグレンオーサをガロイズは踏みつけようとしたがガロイズの動きも周囲から分かる程鈍く、結局グレンオーサは右に転がり間一髪でガロイズの攻撃を避ける事ができた。
しかしグレンオーサが完全に起き上がる前にガロイズは右の拳をグレンオーサ目掛けて繰り出し、二人の戦闘を見ていた冒険者のほとんどがグレンオーサの上半身が吹き飛ぶ光景を想像したがここで異変が起きた。
ガロイズが膝から崩れてそのまま地面に倒れたのだ。
「なっ……」
必死に隠していたがここまでの移動でガロイズは脚に疲労を溜め、更にグレンオーサとの戦闘で全力の移動と停止を繰り返して膝に違和感を覚え始めていた。
しかし今ガロイズは全身を急激な疲労感に襲われ、力無く倒れる自分の体を全く驚いた様子を見せずに避けるグレンオーサを見て自分が何かをされた事を察した。
「きぁま、あにおいた?」
全身に力が入らない上に呂律まで回らなくなったガロイズは最後の意地でグレンオーサをにらみつけたが、地面に倒れて起き上がれないガロイズとガロイズの顔に剣を突きつけているグレンオーサのどちらが勝者かは一目瞭然だった。
「……水で薄めたとはいえ毒が効くのがこんなに遅くなるとは思いませんでした」
グレンオーサが口にした毒という言葉にガロイズだけでなく他の新人冒険者たちも眉をひそめる中、リファロがグレンオーサに話しかけた。
「正直な話、結構ひやひやしましたけど一応勝負ありって事で。……ガロイズさんも言いたい事はあると思うのでとりあえず解毒剤飲ませてもらっていいですか?」
グレンオーサが創り出した水球に混ぜてガロイズに盛った毒はエンドナという植物から作られる毒で、冒険者たちはエンドナの毒を魔獣の体を麻痺させるために利用していた。
人間なら大人でも数滴で動けなくなるエンドナの毒は特別な許可が無くては使えず、冒険者の場合は三級以上でなくては使えないこの毒は高価な上に保管が難しい・紛失や盗難が起こった際の罰金が高いなどの理由で使う冒険者は少なかった。
しかし攻撃力に欠ける水属性の魔法を使う冒険者の中にはエンドナの毒を使う者が比較的多く、エンドナの毒を仕事で使う際、冒険者はギルドへの報告が義務づけられているので『回答者』を使うまでも無くリファロはグレンオーサがエンドナの毒を持っている事を知っていた。
冒険者がエンドナの毒を魔獣以外に使う事はギルドからの追放すら視野に入る重大な違反だったのでグレンオーサもガロイズとの戦闘にエンドナの毒を使う事を多少ためらった。
しかし並の魔獣より強いオーガにグレンオーサが一人で勝つためには他に方法は無く、自分が見逃してくれる事を期待しながらグレンオーサがエンドナの毒を使った事をリファロは知っていた。
実際この仕事の後でグレンオーサが追放、あるいは一定期間の免許停止となって困るのはリファロで、グレンオーサも私的な目的でエンドナの毒を使ったわけではなかったのでリファロは今回の件はうやむやにしようと考えていた。
そしてグレンオーサに解毒剤を飲まされて体が動くようになったガロイズは不満こそ露わにしていたがグレンオーサを襲うような短慮は起こさず、少し考え込んでからグレンオーサに質問をした。
「……お前はその毒をいつも持ち歩いているのか?」
「いえ、仕事の時以外に持ち出すのは禁止されているので。用意はギルドに頼みましたし、この仕事が終わったらすぐにギルドに預けます」
負け惜しみにしか聞こえない事は分かっていたので口にはしなかったがガロイズは自分がグレンオーサより弱いとは今でも考えていなかった。
しかし自分より弱いはずの人間に負けた事は事実でガロイズはアッキム王国による侵攻の時の事を思い出していた。
アッキム王国はオーガに商品としての価値を見出していなかったので強かった事もありオーガを容赦無く殺し、ガロイズも魔導装甲に敵わず殺されてリファロの手で蘇った。
自分が二度目の生を受けてそれが人間の手によるものだと聞いた時の驚きをガロイズは今でも覚えていたが、今ガロイズが思い出していたのは自分たちオーガが魔導装甲に手も足も出なかった時の事だった。
他の魔族を内心非力と嘲っていたオーガたちにとって人間の作り出した物に力で負けた経験は屈辱でしかなく、他の魔族同様オーガたちも侵攻時の事は今でも夢に見るが侵攻時の事を思い出す度に悲しみや恐怖を思い出す他の魔族と違い、オーガの多くは自分の無力と人間たちへの怒りを思い出していた。
リファロが瞬く間に戦争を終わらせた事でオーガたちはアッキム王国に復讐する機会を失い、その後は感謝に加えて圧倒的強さへの畏怖もあり多くのオーガたちはリファロに忠誠を誓っていた。
しかし他の魔族と違い戦闘以外でリファロに貢献する事が難しいオーガたちはなかなかアルベール魔王国内で結果を出せない事に焦りを覚えており、他の魔族への嫉妬が増すばかりの中、オーガたちを驚かせたのがドランド魔王国の一件だった。
ただでさえ他の魔族よりリファロに貢献できないと焦っていたところにアルベール魔王国内のオーガでも一、二を争う有力者のヒクリバクが公然とアルベール魔王国及びリファロに反旗を翻したのだ。
大方の予想通りドランド魔王国はその日の内にリファロの制裁で有名無実の状態となり、この件を受けてリファロが自分たちに迫害を始めると考えたオーガはほとんどいなかったが、リファロに見限られる事を恐れたオーガは多かった。
こうしたオーガの不安が今回のリファロ相手に無理を言ってまでのガロイズの魔獣討伐への同行に繋がり、自分への質問の後再び考え込み始めたガロイズにグレンオーサは話しかけようとした。
しかしリファロに止められてグレンオーサはガロイズを見守るしかなくなり、他の冒険者たちからの視線も受けながら一分程考え込んでからガロイズがリファロに話しかけた。
「リファロ様!リファロ様なら私の考えている事などお分かりでしょうが私の口で言わせて下さい!」
自分は悪意を持っていない相手の考えは読んでいないと何度も伝えているはずだ、まずはグレンオーサや他の冒険者に今までの非礼を謝った方がいい、などガロイズの発言を受けてリファロは様々な事を考えた。
しかしグレンオーサに負けた事を受けて何やら考えた様子のガロイズの決意表明に水を差すのもはばかられたのでリファロはガロイズに話の続きを促した。
「恥を重ねるようですが私は自分がグレンオーサ殿より弱いとは今でも思っていません。しかし今回敗れました。この仕事に私の一族や知り合いのどのオーガが参加していたとしても先程の私の様に恥を晒し、そしてグレンオーサ殿に負けたでしょう」
感謝など間違ってもするつもりは無いがアッキム王国の侵攻時の苦い経験が無かったら自分は今回グレンオーサが使った技術をその場しのぎの小細工としか考えていなかっただろうとガロイズは考えた。
「さっきやっていた水の塊を爆発させて避けたり地面を濡らして速く滑る技は水属性の魔法を使える人間なら誰でもできるのか?」
「爆発に合わせて跳んだり濡らした地面の上を滑るのは魔法とは関係無い技術なので誰でもできるってわけじゃないと思います。まあ、私の場合は魔法の威力が水属性持ちの中でも低かったのでこういう小細工覚えるしかなかったんですけど」
「いや、むしろよかった。半端に強い魔法で負けていたら気づけなかっただろうからな」
単純な強さのみで魔族内での立場を築こうとしている今の自分たちでは今後多少うまくいっても将来的に必ず壁にぶつかるはずで、リファロを中心に様々な国や勢力とアルベール魔王国が関わり始めている以上、自分のこの予想が外れる事は無いだろうとガロイズは考えていた。
「リファロ様、無理を言ってついてきたところ悪いのですがもう帰らせてもらえないでしょうか?」
今すぐ大きく変わるのは無理でも人間や他の魔族の技術や工夫を軽視している種族全体の考えを変えるために一刻も早く何かをしたいとガロイズは考え、グレンオーサの戦闘技術に興味を持ったガロイズを見てリファロは漠然とだがガロイズがいい方向に変わった事を悟った。
しかし迷走されても困るので一つだけ気になった事をリファロはガロイズに伝えた。
「色んな方法を考えるのは悪い事じゃないと思います。でも一つだけ、……今のガロイズさんならこれを聞いても怒らないと思うから言いますけど、グレンオーサさんやセラツリムさんが二十人いてもアッキム王国の将軍一人に勝てません」
グレンオーサとセラツリムは勧誘された際にリファロにアッキム王国の将軍たちの魔法を再現してもらっていたので、巨大な水の竜や使い手を完全に覆い隠す規模の竜巻を見せられて本当にこんな魔法を使える人間がいるのかとリファロの説明を疑った。
このため今でも実在を疑っている超人たちに自分たちが束になっても敵わないと言われても二人は不快には思わず、周囲の視線を受けながらリファロは話を続けた。
「空を飛べたり植物の知識を持っていたりはしないかも知れませんけど魔族の中で一番強いのはオーガのみなさんですし、お世辞でも何でもなくオーガのみなさんの強さはこれからどんどん頼りにしたいと思っています。だから自分たちを卑下したりはしないで下さいね?」
「はい。もちろんです。この力と体は我々の誇りですから」
だからこそ同族、特に年上の説得が苦労しそうなのだがという愚痴を飲み込みながらガロイズは笑みを浮かべ、ガロイズが想定していた中で最高に近い形で失敗してくれた事にリファロは安堵した。
その後リファロは創り出した分身に『治癒』を使わせてガロイズの怪我を治すと転移装置を創り出してガロイズをアルベール魔王国へと送った。




