魔獣討伐後
リファロがアッキム王国で倒した魔獣二体の死体の処理をニードベルの屋敷の庭で行っていた頃、アルベール魔王国の首都、リキュアナの王城ではドランド魔王国の二つの街、ゲルギーツとトービルからの使者が来ていた。
ゲルギーツからの使者、デルネインはリファロの制裁で右腕と両脚を失った魔王の一族、バレームクの弟だったが、使者たちを迎えたリキュアナ側の魔族たちの表情からは魔王の一族への敬意など全く感じられなかった。
ドランド魔王国はリファロの制裁直後に魔導通信機と転移装置を全て返却させられていた。
このためドランド魔王国側はアルベール魔王国に謝罪や交渉の意志を伝えるだけでも数日かかり、アルベール魔王国側がゲルギーツとトービルからの一度目の使者を追い返した事もあり両国間の交渉はリファロの制裁から二週間以上経った今日になった。
ドランド魔王国建国を主導したオーガ、ヒクリバクが領主を務める街、アマロロからの使者は二度目も門前払いを受けたと聞いていたので、デルネインたちはこれからの交渉に恐怖と緊張を覚えていた。
しかし歓迎こそされていないにしても今回交渉の場が設けられた以上、自分たちがアルベール魔王国に復帰する余地はあるはずだと考えながらデルネインは口を開いた。
「……本日は話し合いの場を設けていただき感謝します」
今日の交渉にリファロが参加しない事を事前にデルネインたちは聞いていたが確実にリファロは『回答者』で自分たちの交渉の内容を盗み聞きしているはずだと考えていた。
このため目の前の魔族たち以上にリファロを意識していたデルネインたちにアルベール魔王国で外交を担当しているエルフ、ラエビリアが今回の目的を確認した。
「トービルもゲルギーツも我が国に戻りたいという事でいいですか?」
「はい。あなた方への裏切りの責任を取り前領主のバレームクは領主の座を退き、私以外の魔王の一族も全ての役職から退きました。勝手な話ではありますが領民たちも一日でも早くアルベール魔王国の国民に戻りたいと考えております」
「……今回の騒ぎがあなたを含む一部の魔族の暴走の結果だという事はリファロ様からも聞いていますのでいくつかの条件さえのんでもらえるのならバレームクの我が国への編入を認めます」
事実とは言え独立を主導した一派の一員と指摘されてデルネインは少なからず緊張したが、アルベール魔王国にリファロがついている以上情報が筒抜けである事は覚悟していたので表情には出さなかった。
「……条件の具体的な内容をお聞かせ下さい」
リファロが独立を主導した者たちを一人も殺さなかった手前、アルベール魔王国が兄や自分たちの命を求めてくる可能性は無いだろうとデルネインは考えていた。
しかし自分たちのバレームクからの追放程度はアルベール魔王国が求めてくる可能性があるとデルネインは考えており、バレームクからはともかくアルベール魔王国から追放されそうになったら何とか抵抗しようとも考えていた。
そしてトービルの領主を継いだラミア、エミエールが自分たちの将来も左右するデルネインたちの交渉を見守る中、ラエビリアは手元の書類を手に取った。
「リファロ様からトービルとゲルギーツへの罰は軽くして欲しいと言われているので領主はトービルもゲルギーツもそのままで構いません。ただし編入後にはトービルとゲルギーツの予算と衛兵の管理はリキュアナから派遣した者が行います」
外交、経済、治安とどこを取っても不安要素しかない今のトービルとゲルギーツの領主など辞めさせてもらいたいとすらデルネインもエミエールも考えていた。
このため実権は握られながら何かあった際の責任だけは取らされかねないアルベール魔王国からの条件にデルネインもエミエールも内心眉をひそめ、すぐに返事を返さなかった二人にラエビリアは二つ目の案を伝えた。
「もしあなたたちがお望みなら領主もこちらで用意しても構いません。ただしその場合はこちらの方々は全ての領地と役職・権限、そして財産のほとんどを接収した上でピューダに移住していただきます」
こう言ってラエビリアがデルネインたちに差し出した書類にはトービルとゲルギーツの貴族や有力者百人程の名前が載っており、自分だけではなくほとんどの血縁者の名前まで載っている一覧表を見てとうとうデルネインたちは表情を取り繕えなくなった。
「……どうしてピューダなのですか?領地などの接収も今の領地からの追放もしかたない事だと思います。しかしピューダは遠過ぎます……。今の役職なども解かれるというなら私たちはどうやって生活していけば……」
今住んでいる街から追放されたとしてもドランド魔王国に所属していた他の街に移住すれば多少苦労するにしても生活の立て直しはできるとデルネインたちは考えていた。
しかしピューダはアッキム王国との国境沿い、アルベール魔王国の北東にある街でリキュアナを挟みドランド魔王国とは反対側にあったので、伝手が一切無い街への身一つでの追放など遠回しな処刑だとデルネインたちは考えた。
「私たちを殺したいなら今すぐ殺せばいいじゃないですか!」
自分たちの交渉の番までデルネインたちの交渉の行く末を見守っていたエルミールは陰湿としか思えないアルベール魔王国の提案への怒りを声ににじませたが、怒りたいのはアルベール魔王国側だったのでラエビリアはエルミールに鋭い視線を向けた。
「独立しようとした前の領主たちが責任を取って辞めたと先程言っていましたが、リファロ様があなたたちに求めている『蘇生』の代金、金貨二千枚の支払いについては何の言及もありませんでしたね」
本気で逃げられると考えていたわけではなかったがそれぞれの領地だけで払えるはずもない『蘇生』の代金の支払いにデルネインたちが意図的に言及しなかった事は事実だった。
このためデルネインたちはラエビリアの怒りの視線を受けて何も言い返せず、一番の厄介事を放置しておきながら的外れの怒りを向けてきたエルミールにラエビリアは殺意に近い怒りを覚えた。
そして外交担当の自分がこれだけ怒りを覚えているのだから財務担当の同僚は目の前の無責任な連中を八つ裂きにしても飽き足りないだろうなと考えながらラエビリアは話を続けた。
「……人間たちの硬貨の流通量が少ない我が国にとって金貨二千枚の支払いは国を挙げても容易ではありません。混乱しているあなたたちの領地の管理に加えてリファロ様への支払いまで引き受けると言っているんです。……何が不満なんですか?」
「ヒクリバクたちのせいで今リファロ様は死者を蘇らせる事ができないはずだ!そんなに金の用意を急ぐ必要は無いだろう!」
まるで自分たちはリキュアナでの魔族の襲撃に関わっていないと言わんばかりの表情で声を荒げたデルネインを前にし、我慢の限界を迎えそうになったラエビリアは思わず机の下にある呼び鈴で隣室に控えているオーガたちを呼びそうになった。
しかしドランド魔王国との交渉で暴力を使いリファロの怒りを買う事は避けたかったのでラエビリアは何とか自制し、問題の先延ばしに過ぎない上にそもそも的外れの発言をしたデルネインに二日前にリファロから聞いた情報を伝えた。
「リファロ様がニードベルの領主になって今日で七日目ですがリファロ様はギルドの準備だけではなく領主としても精力的に活動なさっていて、二日前の段階で『奉身者』への協力を申し出た領民が四百人を超えたそうです」
リファロがニードベルの領主になった事はデルネインたちも知っていたが領主就任から十日足らずで強化された『奉身者』の使用に必要な協力者の四割以上を用意しているとは思ってもいなかった。
このため驚きから的外れな反論すらできなくなったデルネインたちにラエビリアは意図的に抑えた声で話しかけた。
「リファロ様には本当に感謝した方がいいですよ?私たちはあなたたちをゼッナに追放しようとしていました。でもピューダならニードベルからもアッキム王国からも近いのであなたたちが冒険者として生計を立てやすいだろうとリファロ様がおっしゃったので追放先がピューダになったのですから」
ピューダはアルベール魔王国の南東にある港街で他の国とは接していなかったのでアルベール魔王国の国民から敵意を向けられている者が住む場所としては最悪だった。
魔王の一族として生まれたデルネインはもちろん領主の娘として育ったエルミールにも労働の経験など無く、自分たちが庶民に指示を出されて働いている姿を想像して言葉を失った。
しかもただ働くだけではなく自分たちに敵意を持っているはずのアルベール魔王国国民たちに囲まれて生活するなど想像しただけで冷や汗をかいてしまい、十秒程黙り込んだデルネインたちにラエビリアは安心するように伝えた。
「今何を想像しているか知りませんけど何の権限も無いお飾りの領主を務めるというならあなたたちも家族もとりあえず今の生活は続けられますよ?衣食住以外は何も用意するつもり無いですけど」
リファロはエルミールたちの一族に伝わるラミア数人が連携して強力な魔法を使う技術に興味を持っており、ラエビリアたちアルベール魔王国の幹部はこの技術の冒険者たちへの伝授と引き換えにリファロがエルミールたちに謝礼金を払うつもりである事を知っていた。
このためデルネインたちはともかくエルミールたちの今後の暮らしは今エルミールたちが想像している程悲惨なものにはならないはずだった。
しかしアルベール魔王国に多大な被害と混乱をもたらしたドランド魔王国の幹部たち相手に多少は憂さ晴らしをしたいとラエビリアたちアルベール魔王国の幹部は考え、リファロの許可を受けていたラエビリアはこの場ではエルミールに何も伝えなかった。
「遠く離れた場所で毎日慣れない肉体労働を続けるか今いる街で領主を続けるか。あなたたちだけで決められる問題ではないでしょうから今すぐ決める必要はありません。一か月後にこちらから連絡しますのでそれまでによく話し合って下さい。……一応言っておきますが一か月後に結論が出ていなかったらあなたたちを追放して計画を進めます」
予想通りとはいえ交渉とは名ばかりの一方的な通達を受けてデルネインたちは全員が怒りを覚えていた。
しかしラエビリアたちが近くに兵士を控えさせている事程度はデルネインたちも察しており、この場でこれ以上感情的に振る舞い家族たちを路頭に迷わせるわけにはいかないと考えてこの場は引き下がった。
そして転移装置で送り返す事などせずデルネインたちを歩いて帰らせた後、ドランド魔王国から差し出されたゼーナマイン皇国の使節団を襲撃したオーガへの対応を考えるためにラエビリアは同僚たちのもとへと向かった。
一方魔獣討伐を終えてニードベルに帰ったリファロはマナリュースたちと夕食を取り、大きさの関係で蛇の魔獣の肉を屋敷の中に入れられなかったので庭で夕食を取った後、蛇の魔獣からはぎ取った鱗を前にマナリュースたちと話をしていた。
「おお、本当に不思議な感触ですね。柔らかいのに爪でほとんど傷がつかない」
リファロの許可を受けたマナリュースは蛇の魔獣の鱗に攻撃を加えたが、鉄板を歪ませるハーピィの全力の蹴りを叩き込まれても人体をたやすく斬り裂くハーピィの爪を受けても蛇の魔獣の鱗はほとんど傷つかなかった。
そしてリファロとマナリュースの隣ではエプランテが蛇の魔獣の鱗を単純な腕力で左右に引き裂いており、その後引き裂いた鱗目掛けて炎を撃ち出したエプランテは地面に焼け残っていた鱗を見て驚いた。
「へぇ、これで燃えないのか……」
人間はもちろん並の魔獣ですら焼き尽くす威力で撃ち出したはずの自分の炎を受けてわずかながら焼け残った蛇の魔獣の鱗にエプランテは驚きの表情を向け、マナリュースとエプランテそれぞれによる実験結果を踏まえてリファロは口を開いた。
「ありがとうございました。これだけ大きな魔獣の鱗の硬さなんて誰も知らなかったので助かりました。……これで盾とか鎧を作ったら大抵の魔獣の攻撃は防げそうですね」
竜の炎で燃え尽きない今回の魔獣の鱗なら並の魔獣の打撃はもちろん『名持ち』の魔法すら防げるだろうとリファロは考え、蛇の魔獣の鱗の加工を任せる相手を考えていたリファロにレオエフェールが質問をしてきた。
「確かに硬いですけどこんなに硬い鱗加工できるんですか?……リファロ様が作るんですか?」
自分では傷をつけるのがやっとだった魔獣の鱗もリファロにとっては紙同然だろうと考えながらのレオエフェールの質問にリファロは考えがまとまらないまま答えた。
「数は少ないですけど魔獣の爪や皮を加工できる職人がいるのでその人たちに任せるつもりです。そういうのはゼーナマイン皇国が盛んなので全部任せてもいいんですけど血を全部売ったばかりなのでゼーナマイン皇国だけに材料を売るのもどうかなって今考え中です」
経済的に疲弊しているアッキム王国で蛇の魔獣の牙や鱗の加工を行える職人を探せればよかったのだが、金属の加工技術が優れている反面、アッキム王国の魔獣の部位の加工技術はあまり高くなかった。
このため恩を売るためにクララス王国で蛇の魔獣の鱗などを売る、アッキム王国で有志を集めて職人を育てるなどいくつかの案をリファロは考え、さすがにニードベルで魔獣の部位の加工まで始めるのは領民たちへの負担が大きいかと考えながらレオエフェールとの話を続けた。
「今回みたいな大きな魔獣はもう見つからないと思いますけどでも多分今回の材料だけで五十人分ぐらいの防具は作れると思うんです。で、もしできたらそれなりの値段で売りたいと思ってるんですけど普通の魔獣の鱗より硬いから職人さんたちが失敗する可能性もあると思うんです。だからもし完成した時はまずレオエフェールさんの天使に使ってもらおうと思ってるんですけど大丈夫ですか?」
「はい。それはもちろん」
天使にとって自分が召還した天使はただの消耗品だったので、仮に召還した天使を新魔法の実験台に使いたいと言われてもレオエフェールは不快には思わなかった。
しかしレウグ聖峰にいた時に同僚の天使から聞いた事が気になったのでレオエフェールはリファロに懸念点をぶつけた。
「でも魔獣の鱗や牙を使った武器は二年も持たずに壊れると聞いています。リファロ様の部下が使うならともかく外部の人間に配るのは危険なのでは?」
魔獣から作られた武器の劣化は使用を重ねた結果ではなく材料の腐敗によるもので今の技術では防ぐ事ができなかったので、魔獣から作られた武器は高性能にも関わらずあまり普及していなかった
このため数年後に突然防具が壊れたせいで負傷者や死者が出る可能性を考えるといくら強力でも今回の魔獣の鱗を使った防具の販売は避けた方がいいとレオエフェールは考えた。
そして魔獣の鱗などの加工について『回答者』で調べた際リファロはレオエフェールと同じ不安を覚え、一応魔獣の部位から作られた武器や防具の耐久年数についての問題を解決する方法は考えていた。
「魔獣から作った武器がずっと使えない事については一応僕も考えてます。うまくいくかは『蘇生』が使えるようになってからの実験次第ですけどいつ壊れるか分からないような武器を無責任にばらまくつもりは無いので安心して下さい」
「……そうですよね。リファロ様なら何か考えがありますよね。失礼しました」
「……まあ、成功する保証一切無いのであんまり期待されても困りますけど」
自分の計画がうまくいくか分からない内にレオエフェールに頭を下げられてリファロは恐縮し、とりあえずレオエフェールに頭を上げてもらってからマナリュースたちと共に屋敷へと戻った。




