解体作業
地中から姿を現した蛇の魔獣は地上を見渡して三十人以上の獲物がいる事を確認するとすぐに首を動かし、自分の後ろでまとまって行動していた冒険者志願者たち目掛けて蛇の魔獣が首を伸ばした直後、リファロは背中から竜の翼を生やして急上昇した。
「逃げなくても大丈夫です!危なくなったら転移魔法で逃がしますから!」
事前に伝えられていたとはいえ蛇の魔獣のあまりの巨体を前にして逃げ出そうとした冒険者志願者数人をリファロは呼び止め、この直後両腕で頭を守ったリファロの体当たりが蛇の魔獣のあごに命中した。
大きさは人間大のままだったが竜の能力を再現していたリファロの全力の体当たりを受けて蛇の魔獣のあごは陥没し、これまで食べてきた動物と大差無い大きさの敵が繰り出してきた強力な打撃に驚きながら蛇の魔獣はリファロに視線を向けた。
人間を見るのは今日が初めてだった蛇の魔獣は地上にいる小さな動物全てが先程の強力な攻撃を繰り出せるのかとリファロだけではなく冒険者志願者たちにも警戒を向けていた。
しかし他に空を飛ぼうとする敵がいない事に気づいた蛇の魔獣は空中で自分に視線を向けている敵さえ倒せば食事にありつけると考え、リファロへの警戒を維持したまま口から水球を撃ち出した。
目の前の蛇の魔獣が水属性の魔法を使う事を『回答者』で知っていたのでリファロは蛇の魔獣が魔法を使ってきた事に全く驚かなかった。
そして蛇の魔獣が撃ち出した水球の進路上に誰もいない事を『回答者』で確認したリファロは直径一メートル程の水球を避け、リファロが避けた水球が命中して陥没した地面を見て冒険者志願者は表情を硬くした。
蛇の魔獣が撃ち出した水球は地面を五十センチ程陥没させており、これが命中したら自分たちなどひとたまりもないと恐怖を感じていた冒険者志願者たちにリファロは声をかけた。
「さっきも言いましたけど本来この大きさの魔獣と戦う事はありません!現に冒険者ギルドが機能してる他の国にはこの大きさの魔獣はいませんから!街道沿い以外の魔獣狩りもちゃんとやれば大丈夫です!」
通常より巨大な蛇の魔獣を前にして想像以上に冒険者志願者たちが怯えている事をリファロは『回答者』で把握し、元からそのつもりだったが彼らを安心させるために魔獣討伐の任務の最初の数回は自分が同行するときちんと伝えた方がいいなと考えていた。
一方リファロに水球を避けられた蛇の魔獣は水球を二発立て続けに撃ち出し、今度はリファロは蛇の魔獣の攻撃を避けなかった。
直撃すれば厚さ五センチの鉄板すら歪ませる威力を持つ水球がリファロに命中した瞬間、周囲には鈍い音が響き冒険者志願者たちは一様に表情を歪めたが、蛇の魔獣の撃ち出した水球が直撃したはずのリファロが吹き飛ばされる事も墜落する事も無く空中に居続けている事に気づきすぐに安堵した。
蛇の魔獣の最初の水球を避けた理由は地面に命中させて冒険者志願者たちにその威力を実感させるためだったのでリファロにこれ以上蛇の魔獣の攻撃を避ける必要は無く、後は冒険者志願者たちの前である程度派手に戦うだけだと考えながらリファロは蛇の魔獣に正面から突撃した。
四発目の水球が直撃してもリファロは傷を負うどころか速度を落とす事無く蛇の魔獣に接近し、『創造者』で創り出した分身に『治癒』を使わせるとすぐに分身を消した。
あごの痛みが突然消えた事に蛇の魔獣が驚く中、リファロは蛇の魔獣の左側に移動すると口から炎を撃ち出し、リファロが周囲の地面を『裏世界』に送りながら左脇腹から尾にかけて焼くと蛇の魔獣は苦悶の叫び声をあげた。
初めて見る生物が自分の魔法に耐え切る耐久力と自分より強力な魔法を使える事にまず蛇の魔獣は驚き、その後自分の下半身を守るはずだった土がいつの間にか消えていた事にも驚いた。
「……これじゃ死なないか。あんまり焼きたくないんだけどな」
リファロは今戦っている蛇の魔獣の頭部を魔獣の剥製集めが趣味のゼーナマイン皇国の好事家に売るつもりで、鱗は売却する予定だったが肉の大部分はエプランテに贈るつもりだった。
リンダホン山脈を離れてから食事の量が減ってしまったとエプランテが愚痴をこぼしていたからで、人間と変わらない量の食事でも餓死する事はないらしいが人間の冒険者とは比べ物にならない魔獣討伐への貢献に加えて竜が部下という事実にリファロはこれまで何度も助けられていた。
このためリファロはこれまでの感謝も込めてエプランテに蛇の魔獣を贈るつもりだったのでできるだけ傷つける事無く蛇の魔獣を殺したいと考えており、これ以上炎の威力を上げると魔獣の体を焦がすどころか炭にしてしまうと考えて炎での攻撃を止めた。
後何回か蛇の魔獣に攻撃をさせた後で首を斬り一撃で終わらせようと考えたリファロは『黒風』と『白閃』どちらを使うべきか考え始め、一方蛇の魔獣はリファロに勝つ事を諦めて逃げようとしていた。
そして蛇の魔獣が戦意を失い始めていた事を『回答者』で把握していたリファロは例え蛇の魔獣が転移魔法を使えたとしても逃がす事はないと余裕を持っていたのだが、ここで蛇の魔獣が予想外の手を打ってきた。
叫び声と共に蛇の魔獣の全身から霧が発生して周囲を包み込んだのだ。
突然視界を奪った気体を最初毒だと考えたリファロは『回答者』を使う余裕も無く慌てて冒険者志願者たちを『裏世界』に送り込み、その後周囲の気体がただの霧だと知り安堵すると同時に驚いた。
「……器用な事するなぁ」
知性の低い魔獣の考えを『回答者』で調べても居場所や今抱いている感情の種類といった大雑把な情報しか分からず、蛇の魔獣の戦闘手段についてリファロは強力な水属性の魔法を使ってくるという事しか把握していなかった。
このため水や氷を創り出しての広範囲攻撃はリファロも警戒していたが蛇の魔獣が自分の身を完全に隠す程の規模の霧を発生させる事ができるとは思ってもおらず、自分への敵意を完全に失っている蛇の魔獣がこの霧に乗じて地中に逃げるつもりなのだろうと考えながらリファロは周囲の霧全てを『裏世界』に送り込んだ。
「悪いけどそういう小細工全部通用しないから」
自分が発生させた霧が突然晴れた事による驚きから蛇の魔獣は一瞬動きを止めてしまい、この機を逃さずリファロは天使の幹部の一人、ノルニックの切り札、『白閃』を発動した。
『白閃』は一見ただの風の刃なのだが天使の幹部、六翼の中でも風魔法を得意とする天使が創り出す風の刃は液体や空間さえ斬り裂く事ができ、他の六翼だけでなく天使の長、八翼であるスイリーシュでも防御できなかった。
もちろん同等の攻撃魔法での相殺や回避など対抗手段はあったが『白閃』の厄介な点は一見ただの風属性の魔法にしか見えない点だったので、例え熟練の騎士や冒険者でも初見で完璧に対応する事は不可能だった。
そして同格の相手との戦闘経験など無く力押ししかできない魔獣が『白閃』に対応できるわけも無く、蛇の魔獣は気づいた時には尾の先を『白閃』で斬り落とされていた。
『白閃』でついた傷からは血が流れないが痛みはあったので尾を斬り落とされた蛇の魔獣は痛みからのたうち回り、先程蛇の魔獣が発生させた霧と入れ替わる形で『裏世界』から呼び戻されていた冒険者志願者たちは蛇の魔獣が体を動かす度に足下をふらつかせていた。
「あれは、……魔法か?」
ゼブレラ視線では自分を含む数人を残してリファロたちが消えたと思ったらイエルズたちが姿を現し、イエルズにどこに転移していたのか聞くひまも無くリファロと蛇の魔獣が姿を現したという状況だった。
このためどう考えても無駄としか思えないリファロの転移魔法の使い方にゼブレラは最初戸惑ったが、すぐにリファロが能力をひけらかして自分たちを愚弄しているのだと考えてすぐに怒りを覚えた。
しかし上空にいたリファロが少し右手を動かしただけで蛇の魔獣の尾が斬り落とされる瞬間を見た直後、ゼブレラの中からリファロへの敵意は完全に消え失せた。
何かが空を切る音がする度に蛇の魔獣の体が斬り裂かれていき、苦し紛れの蛇の魔獣の攻撃をリファロは避ける事すらせずに解体が進められていく。
相手をいたぶる意図など一切感じさせない表情で行われるリファロの解体作業を見ている内にゼブレラは自然にリファロに恐怖ではなく畏怖を感じ始め、他の冒険者志願者たち何人かも同様の感情を抱きながらリファロの作業が終わるのを待ち続けた。
一方逃走のための霧を一瞬で消されて何が起きたのかも分からない内に尾を斬り落とされた蛇の魔獣は呆然と立ち尽くす人間たちの変化に気づく余裕も無くこの場から逃げる事だけを考えていた。
三回目の『白閃』をその身に受けた直後、蛇の魔獣は再び霧を発生させたのだが蛇の発生させた霧は待ち構えていたリファロによりすぐに『裏世界』に送り込まれてしまい、理由は分からないが霧を発生させる事すらできなくなったと勘違いした蛇の魔獣はリファロ目掛けて水球を三発撃ち出した。
既に竜の体の耐久力は十分冒険者志願者たちに示せただろうと考えたリファロは水球を三発全て『裏世界』に送り込んだがこの結果を見届ける事無く蛇の魔獣は地中に逃げようとし、地中にあった硬い何かに頭から激突して悶絶した。
リファロは蛇の魔獣の体を斬り裂くついでに『白閃』で一度地中も斬り裂いており、『白閃』で地中の空間につけられた傷は不可視の壁となり蛇の魔獣の地中への逃走を防いだ。
『白閃』で空間などについた傷は長くても二分程で消えるが蛇の魔獣が『白閃』の仕様を知るはずも無く、そもそもリファロに後二分もこの魔獣の解体に時間を割くつもりは無かった。
地中で頭を強打して頭を持ち上げた直後に蛇の魔獣は『白閃』で首を斬り裂かれ、地面に落ちそうになった蛇の魔獣の頭を竜の姿になったリファロが慌てて受け止めてこの場での魔獣討伐は終了した。
「すいません。僕がこの魔獣の死体持ち上げるので落ちてくる血を下で受け止めてもらっていいですか?」
ゼーナマイン皇国のある街では魔獣の血を使った薬や肥料の研究が行われており、成果こそ出ているが大量の魔獣の血の確保が難しく研究者たちが苦労しているという話をリファロは以前ゼーナマイン皇国の騎士団長、シルナローバと話した際に知った。
エプランテは血の滴る肉が好みらしかったが『白閃』の傷が長続きしない以上肉の質に関しては諦めてもらうしかなく、風属性の魔法を使い十分程かけて魔獣の血を用意していた瓶に入れ終えてからリファロはイエルズに声をかけた。
「とりあえず魔獣退治はこんな感じです。魔獣の種類にもよりますけど肉も皮も血もお金になります。途中で『治癒』使っちゃった僕が言うのも何ですけどできるだけ体を傷つけないで魔獣を倒すと追加報酬が多くなります」
「……魔獣の肉など食べる者がいるのですか?」
「毒とかは無いらしいですけど豚とか鶏と比べるとおいしくないらしいんで食べる人はあんまりいないかも知れませんね。今回は僕の部下の竜へのお土産にするつもりです」
エプランテ本人がいるわけではなかったが一応気を遣い魔獣の肉は家畜のえさになる事が多いという説明を飲み込みリファロは説明を続けた。
「魔獣狩りは一回で大体銀貨五枚ぐらいが相場で依頼者が急いでたり他の冒険者が討伐に失敗してたりすると上がるみたいですけど、それでも金貨一枚いくかどうかってところですね。倒した魔獣の死体はギルドで買い取るので最終的には一回で金貨二枚ぐらいは稼げると思います」
その後現場までの往復にかかった日数分の日当も依頼人持ちである事や依頼の際や後で疑惑が生じた場合は天秤魔法が使用されるなどの説明を一通りした後、リファロは一番大事な事を冒険者志願者たちに伝えた。
「魔獣の討伐の報酬は山分けなので二人とか三人でやりたがる人が多いんですけど最低四人は必要だと思います。特に二人で行くと一人が怪我したらもう終わりなので本当に止めた方がいいです。……まあ、この辺りはイエルズさんに伝えたのでラクロブルさんのところは大丈夫だと思いますけど」
ラクロブルの私兵たちは常に四人以上で魔獣討伐に向かう事が先日の話し合いで決まっていたが民間人たちは自由に動けたので、リファロもギルドも命を最優先に動いて欲しいと伝える事しかできなかった。
今回の魔獣の血や皮を売却した利益はギルドの運営資金に回されると事前に伝えてあったので今回の報酬の分配については冒険者志願者たちから文句は出ず、後はゼブレラへの処罰だけだなと考えていたリファロにゼブレラが頭を下げてきた。
「リファロ様、先程の失礼な発言の数々お許し下さい!今後はリファロ様のためにこの身を惜しまず働くつもりです!どうかもう一度だけ私にやり直す機会をお与え下さい!」
冒険者として金を稼ぎ実家の兄たちを見返したいという下心ももちろんあったが今ゼブレラがリファロに心酔している事も事実で、ゼブレラが自分に向けていた悪感情が消えている事を『回答者』で確認したリファロは今回の実地研修は一応成功だなと安堵した。
そしてゼブレラの発言に眉をひそめているイエルズに苦笑しながらリファロは冒険者志願者たちの質問にいくつか答え、その後転移装置を創り出してイエルズたちをクリヒビスに送った後、蛇の魔獣の部位を何回かに分けてニードベルに転移させてから二ヶ所目の魔獣討伐の現場へと転移した。




