実地研修
ラクロブルの部下たちとの話し合いから三日後の朝、リファロは冒険者志願者をクリヒビスの領民とラクロブルの私兵から二十人ずつ選び、転移装置を使い彼らと共にクリヒビス郊外にある森の奥に来ていた。
数時間後にはアルベール魔王国でドランド魔王国からの離脱を求める魔族とアルベール魔王国の交渉が予定されており、この交渉に参加する予定の無かったリファロは交渉の結果を気にしながら冒険者志願者たちに声をかけた。
「ここから二百メートルぐらい歩いたところに体長七メートルぐらいの蛇の魔獣がいます。みなさんに倒してもらう魔獣は大きくても三、四メートルぐらいになると思いますけど、これからは襲われた人たちからの依頼を待つだけじゃなくてギルドの方で積極的に魔獣を狩っていきたいと思っています。なので今日は大きくなった魔獣を実際に見て魔獣を放置する事の危険性を実感して下さい」
戦争前のアッキム王国の兵士たちによる魔獣討伐は統率が取れた見事なもので街道沿いから軍が定めた範囲内に限っては完璧と言ってもよかった。
しかし冒険者ギルドが普及している他の国全てで程度の差こそあれ行われている人里離れた森や山の奥の調査が行われておらず、この結果アッキム王国には他の国ではいくつかの不運が重ならない限り出現しない巨大な魔獣が二体いた。
体長五メートル以上の巨大な魔獣は竜と同じで周囲の魔獣を食べて減らすという人間にとって役立つ面もあったが、自分の対応が遅れたら数百人単位での犠牲を出しかねない存在をいつまでも放置できないと考えてリファロは巨大な魔獣二体の討伐を決めた。
今回の魔獣討伐には冒険者候補生に魔獣放置の危険性を知らせる他にリファロの強さを示すという目的もあり、今後細かい事で度々問題が起きても面倒なので今回の魔獣討伐の際は多少派手に暴れようとリファロは考えていた。
そして今日二ヶ所目で戦う予定の蜘蛛の魔獣の倒し方やドランド魔王国から引き抜きたい魔族についてリファロが考えながら歩いていると一行の進路から三メートル程離れた場所に直径二メートル程の穴が開いていた。
リファロから今回戦う蛇の魔獣が地中を移動している事を知らされていた冒険者候補たちは魔獣の痕跡を目の当たりにして動きを止めてしまい、まだ魔獣と会っていない内に怯えている彼らの反応をリファロはしかたないと考えたのだが一人の男が不満を口にした。
「あんな物、足跡と変わらないだろう。今日は実際に戦うわけではないのだ。少しは貴族としての矜持を見せてみろ!」
ラクロブルの私兵は七割以上が爵位の低い貴族の次男や三男でラクロブルは他の貴族に恩を売るために彼らを私兵として雇っており、こういった理由での雇用を行っている伯爵以上の貴族はアッキム王国では珍しくなかった。
そしてリファロと部下の交渉の翌日、ラクロブルは私兵たちを集めて冒険者として働かない者は容赦無く解雇すると伝えたので、貴族全てが戦争後に資産の一部を失い苦労している中、職を失い実家に帰ってもまともな扱いを受けられる可能性が低いラクロブルの私兵たちの多くは冒険者として働くしかなかった。
魔獣が掘ったと思われる穴を見て怯えた様な表情を浮かべたラクロブルの私兵たちを叱責した中年の男、イエルズは他の領地の伯爵の次男でラクロブルの私兵団の団長を務めていたので部下たちの態度をたしなめた。
最低限の収入と自尊心を両立できる貴族の私兵という仕事に就いていた貴族の息子たちにとって冒険者という庶民がする様な仕事は屈辱でしかなく、ラクロブルの私兵たちの士気はかなり低かった。
そしてラクロブルの私兵たちは士気の低さを維持したままリファロへの不満と同行している領民たちへの軽蔑の気持ちを抱いていたので、彼らの視線を背中に受け続けていたリファロは半端に続けてから辞められるぐらいならすぐに辞めてもらった方がお互い楽だなと考えながら足を進めた。
転移装置で転移した場所から一分も歩かない内にリファロは目的地に着き、自分に続く形で足を止めたイエルズたちにリファロは話しかけた。
「じゃあ、イエルズさんとあなた、それにあなたとあなたで魔獣を地中から追い出して下さい」
イエルズを含む土属性の魔法の使い手四人にリファロが魔獣の追い出しを頼むと四人全員が驚いた様な表情を浮かべながらも前に出てきたので、リファロは魔獣の位置をイエルズたちに伝えた。
「魔獣は僕の前方二メートル、地下六メートルぐらいの場所にいます。攻撃って程じゃなくていいので魔法でちょっかいを出せば怒って出てくると思います。今回は相手が大きいですけど土の中から魔獣を追い出す機会は今後もあると思うので練習がてらやってみて下さい」
今回の同行者の中に土属性の魔法の使い手は七人おり、リファロは領民出身者とラクロブルの私兵出身者を二人ずつ魔獣の追い出し役に選んだのだがイエルズはともかくイエルズの部下、ゼブレラは自分以外でもできる仕事をさせられる事に不満を露わにしていた。
「……正直な話、冒険者は地味な仕事が多いです。特に何の保証も応援もしませんけど派手な仕事がしたかったら今すぐこの仕事は辞めた方がいいと思いますよ?」
「……ちっ、何も言っていないだろう」
どうやら不満を隠していたつもりの様子のゼブレラはリファロの指摘に舌打ちし、内心リファロを見下していたイエルズもこのゼブレラの態度はさすがに見逃せずたしなめようとした。
しかし当のリファロに手で制されてイエルズは引き下がり、周囲の空気が悪くなる中、リファロはゼブレラ相手に話を続けた。
「僕のいない所で何か言われた後で対応するのが面倒だから今注意してるんです」
「はっ、何も言ってないのに領主様の気分次第で言いがかりをつけられるとは冒険者ギルドっていうのはずいぶんと乱暴な組織なんだな!」
自分の家族以外の貴族の下で私兵になっている貴族の息子たちは生活にこそ困らないが結婚も出世もほぼ不可能で、ゼブレラの様に兄に既に息子がいる場合は兄の死を機に家を継げる可能性も無かった。
こうした貴族の息子たちの多くは貴族以外の人間を見下す事で何とか自尊心を保っているので各地で領民相手に問題を起こしており、兵士としての技量は低くゼブレラの様に兵士としてはだらしない体の者も珍しくなかった。
こうした事情も貴族出身のラクロブルの私兵の多くが自分を見下している事もリファロは当然把握していた。
しかし自分が引率する実地研修への参加者の一人にゼブレラの様な人間が選ばれた事にはリファロも驚き、『回答者』でラクロブルもイエルズも今回の人選を悪意を持って行ったわけではない事を確認済みな事がリファロの驚きを大きくしていた。
「……これは慣れてもらうしかないんですけどこれから先クリヒビスのギルドの運営は『回答者』前提でやっていきます。だからあなたの言葉を借りるなら乱暴な運営方針になりますね」
「そして俺たちは全員お前の奴隷というわけか!」
「……面倒事は多いですけど見せしめに立候補してくれる人が多いのだけは救いですね」
こちらから直接襲わない限りリファロは暴力を振るってこないと聞いていたのでゼブレラはリファロ相手に恐れる事無く暴言を吐き続けていたが、自分がどれだけ声を荒げても平静を保つリファロを前にして少し落ち着きを取り戻した。
そしてリファロの見せしめという言葉に少なからず恐怖も覚えたが、偽善者だと聞いているこの優男がこれだけの人の目がある中、自分に危害を加えられるはずが無いと考えてゼブレラは虚勢を張り続けた。
「見せしめ?図星を突かれたぐらいで俺を殺すのか?おい、気をつけろ!こいつの言う事には全部大人しく従ってないと殺されるぞ!ああ、怖い、怖い!」
周りを巻き込んで被害者になり自分の身を守ろうとした時点でリファロはゼブレラを見限ったが当然ながらこの程度でゼブレラを殺すつもりは無く、この事をリファロはゼブレラに伝えようとしたのだがあいにく先に地下の魔獣が動き出してしまった。
「魔獣の上で騒ぎ過ぎました!今魔獣がこっちに向かってます!僕の後ろにいれば安全なので離れて見てて下さい!」
このリファロの発言とほぼ同時に地面が激しく揺れ始めたのでリファロの発言を疑う者は誰もいなかったが揺れる地面に足を取られて後退できない者が数人おり、四つん這いの状態で動けずにいた者の一人、ゼブレラを見てリファロはため息をついた。
そしてゼブレラ同様怯えて動けずにいるラクロブルの私兵数人を見てリファロは本当に兵士とは名ばかりなのだなと呆れ、リファロがゼブレラたち数人を『裏世界』に送り込んだ直後、地中から巨大な蛇の魔獣が姿を現した。
少し短いですがきりがいいので今日はこれで終わりにします




