当然の報酬
領主就任の式典の三日後の昼下がり、昼食を終えたリファロは屋敷の応接間にいた。
今日はアッキム王国の中で戦争前に魔族との交流を持っていた融和派の代表と会う予定になっており、いつも通りリファロが『回答者』で今日の会談の要点などを確認していると応接室の扉が叩かれた。
ハーピィの使用人に案内されて入って来た融和派の代表二人はどちらもまだ二十代と若く、今日で会うのは二回目となる二人にリファロは改めて礼を述べた。
「今回は本当にありがとうございました。お二人が代表を引き受けて下さらなかったらアッキム王国での予定が全部大幅に遅れたと思うので本当に助かりました」
戦争前に融和派に所属していた者は大半が戦争前にアッキム王国の軍により処刑か投獄されており、戦争後のリファロの要請で投獄されていた融和派の構成員たちは全て釈放されたが彼らの中から融和派の新しい代表に立候補する者は現れなかった。
投獄中の過酷な生活や拷問に近い扱いにより肉体的にも精神的にも疲弊していた者が多かったからで、ダーウォールとクリヒビスに置く予定のギルドの支部の支部長を務める人物は自分が見繕えばいいがさすがに融和派の新しい代表を自分が決めるわけにはいかないとリファロは考えていた。
しかしただ待っていても融和派の新しい代表は決まりそうになかったのでリファロは能力や人望などいくつかの視点から融和派の新しい代表にふさわしい人間を『回答者』で見繕い、身の安全は保障すると書いた手紙を代表候補者たちのもとに送った。
リファロは十一人に手紙を送ったが返事は二人からしか返ってこず、返事を返さなかった九人も融和派の活動が始まりさえすれば一構成員としては参加する意思を持っているらしかったのでリファロは今回の結果に概ね満足していた。
そして今日リファロの屋敷を訪ねた二人の内、新しく融和派の代表となるのはナインテルという女でナインテルはリファロが手紙を送った人間の娘だった。
リファロに手紙を送られたナインテルの父親は心身共に健康だったがアッキム王国の敗北及び融和派の活動再開のきっかけとなったリファロがまだ若いと知り、今後共に仕事をするならリファロと同年代の娘の方が適任だと考えてナインテルを推薦してきた。
そしてもう一人の男、フォーカは別に代表という役職にこだわりは無く、副代表という役職に就く事が既に決まっていた。
「いえ、とんでもありません。お礼を言わないといけないのはこちらの方です。リファロ様のおかげで多くの魔族だけでなく我が国も救われましたから」
「はい。お恥ずかしい話ですが以前の我が国の様子を考えると仮にアルベール魔王国を支配したとしても軍の暴走は終わらなかったはずです。リファロ様が止めて下さらなかったらいずれ他の国にも侵攻して遅かれ早かれ破滅していたでしょうから」
フォーカとナインテルが立て続けに口にした考えを聞きリファロは少し考え込んでから口を開いた。
「……褒めてもらってすぐにこう言うのも何ですけど、多分後何回かはアッキム王国で暴れる事になると思います。もちろんできるだけ穏便に済ませるつもりですけどまだ何回かは揉めて、……だからこれから先僕たちとアッキム王国がうまくやっていくにはお二人の力が必要だと考えています。色々ご迷惑をかけると思いますけどどうかよろしくお願いします」
アッキム王国の上層部、特に軍部と融和派は戦争前から対立していたのだが戦争開始直前の軍による融和派の弾圧がとどめとなり、融和派の拠点の街、クリヒビスの住民の中には軍関係者に殺意に近い悪感情を持っている者も珍しくなかった。
こうした事情を当然リファロは知っており、フォーカが明確にある軍幹部を友人の仇だと考えて憎んでいる事も知っていたので一応念を押しておく事にした。
「クリヒビスに住んでる人たちの中には軍を恨んでいる人が多い事は知っています。でもそういう人たちが兵士のみなさんに復讐したいと思っても僕は力を貸すつもりはありません。一応こういう準備は進めてますけど」
こう言ってリファロが二人に手渡した紙にはアッキム王国の兵士五百人程の名前が記載されており、兵士の名前の横に罪状が書かれた一覧表にしばらく目を通した後、フォーカが口を開いた。
「……この兵士たちにこれから何かするおつもりですか?」
今回リファロがフォーカたちに渡した一覧表にはフォーカの友人を獄中で拷問の末殺した兵士の名前が載っており、さすがに偶然という事はないだろうと警戒とわずかな期待をしながらのフォーカの質問にリファロは即答した。
「この一覧表は宰相のウェルマスさんにも渡してて、ここに書いてある兵士にはちゃんと罰を与えるように頼んでおきました」
今回の一覧表には上司の命令で市民を連行あるいは殺害した兵士の名前は記載されておらず、市民に不要な暴力を振るった兵士の名前だけが記載されていた。
本音を言うとリファロは戦争前の市民への迫害に関与した兵士全てに罰を与えたかったのだが、これをした場合アルベール魔王国への侵攻に関与した兵士の大半を見逃した事との整合性が取れないと考えて諦めた。
「この事は遅くても一週間以内に公表されます。……これで兵士のみなさんがした事を忘れて欲しいなんて言う気は無いですけど、でも一応はこれで終わりって考えてもらえると助かります」
「……そうですね。これ以上リファロ様の手を煩わせるわけにもいきませんし、この事を知らせれば他のみんなも一応は納得してくれると思います」
今後の活動を進めやすくしたいといった打算も少なからずあるだろうが、融和派を過度に迫害した兵士たちが処罰されるようにリファロが自主的かつ無償で動いてくれたと聞けば今の自分の様にクリヒビスの住民も軍への不満を表には出さないだろうとフォーカは考えた。
そしてリファロに手渡された一覧表を強く握りしめていたフォーカを横目で見ながらナインテルはリファロに感謝の気持ちを伝えた。
「ギルドやハーピィによる宅配などを始めてもらえるだけでもありがたいのにこんな事までして下さるなんて。……本当にありがとうございます」
ナインテルが目に涙を浮かべながら立ち上がるとフォーカも慌てて立ち上がり、頭を下げてきた二人にリファロは自分の考えを伝えた。
「謙遜とかじゃなくてこの兵士のみなさんへの罰については本当にお礼とか言う必要無いですよ」
こうリファロに言われてもナインテルとフォーカはリファロが謙遜しているのだろうと考えていたが、今回の兵士たちへの罰はもちろんギルドの支部の一足早い設置などの優遇も融和派が受けられる当然の権利だとリファロは考えていた。
「僕がアルベール魔王国とアッキム王国との戦争に介入した時、アルベール魔王国は首都のリキュアナも落とされて逃げていたお妃様たちも後少しで捕まるか殺されるところでした。『回答者』によると融和派が軍の最初の警告で引き下がっていたら戦争の開始が一ヶ月は早くなっていたそうです」
話にしか聞いていなかったリファロの能力、『回答者』を前提にして話が進められてナインテルとフォーカは一瞬戸惑った。
しかし多忙を極めるはずのリファロがこれだけ詳細な兵士たちの犯行を調べ上げている以上、『回答者』とやらは噂通りの恐ろしい能力なのだろうと考えて二人は異論や質問を何とかこらえた。
「多分僕が戦争に介入するのが二週間遅れてたらアルベール魔王国は完全に負けるか何とか持ちこたえててもかなり奥まで攻め込まれてたはずで、そうなってた場合、僕がアッキム王国を追い払えたとしても戦いがかなり長引いてアルベール魔王国にもかなりの被害が出てたはずですし、アッキム王国の犠牲者も一万人じゃすまなかったと思います」
自分たちは自国の軍相手に何もできなかったと融和派の構成員のほとんどが考えており、ナインテルとフォーカも自分や仲間たちの行動がアルベール魔王国とアッキム王国の戦争の結果に影響を与えていたなどとは考えてもいなかった。
このためリファロの発言にナインテルもフォーカもうまく返事を返せず、他の融和派の構成員同様、自分たちの功績に気づいていなかった二人にリファロは謝罪した。
「アルベール魔王国のみなさんは僕にはすごく感謝してくれてますけど、融和派のみなさんがアルベール魔王国のためにどれだけの犠牲を払ったかに気づいてもいません。……手柄を独り占めしてしまってすみませんでした」
こう言うとリファロは立ち上がり二人に頭を下げ、リファロに頭を下げられてナインテルとフォーカは慌てた。
「頭を上げて下さい!私たちの仲間のした事を褒めてもらえるのは嬉しいですけど手柄を独り占めはさすがに言い過ぎです!」
「そうですよ!結局はリファロ様がいなければ私たちは何もできなかったわけですし!」
正直な話、この世界の人間など何万人いようが敵ではなかったのでリファロはアッキム王国の軍との戦闘の際に命の危険を感じた事は一度も無かったが、融和派の構成員たちは相手が武力を行使してきたら死ぬ可能性が高いと理解しながら兵士相手に抗議活動を最期まで続けたはずだった。
このためリファロは心の底から戦争開始直前まで抗議活動を続けて死んでいった融和派の構成員たちを尊敬していたが、生き残った融和派の構成員が無力感から自分の言葉を素直に受け入れられない事は理解していた。
「フォーカさんの言いたい事も分かってるつもりです。確かに僕がいなかったらアッキム王国がアルベール魔王国を侵略して終わりで、融和派のみなさんの犠牲も無駄になってたでしょうから」
自分と融和派のどちらがいなくても今のアルベール魔王国は無かったとリファロは考えていたが、自分の功績の方が目立つ事は理解していたのでこれ以上謝罪を重ねても自己満足にしかならないと考えて話を進めた。
「何度も謝られても困るでしょうから一応これで終わりにしますけど、今回クリヒビスにギルドの支部を最初に置いてハーピィのみなさんの宅配も始める。ここまでやってようやく僕と融和派のみなさんは対等な協力者だと思ってます。……これからよろしくお願いします」
「……はい。リファロ様の期待を裏切らないように私たちもがんばります」
このナインテルの発言の直後、三人が一度ずつ頭を下げてから話題は今後の具体的な作業についてに移った。
「……魔獣退治を自分たちでする事に不安を持っている者は正直かなり多いですね」
これまで冒険者ギルドの支部が無かったアッキム王国では魔獣の討伐は全て国の兵士が行っていた。
しかし冒険者ギルドの支部がアッキム王国にも置かれる以上、冒険者となった民間人が魔獣を倒す機会も将来的には訪れるはずで、特に軍の再編成を理由にアッキム王国が兵士を全て引き上げたクリヒビスでは冒険者の育成が急務となっていた。
クリヒビスからの兵士引き上げはリファロや融和派への露骨な嫌がらせでリファロはその気になればこのアッキム王国の決定を撤回させる事ができた。
しかしアッキム王国が人手を割かないというなら自分たちもクリヒビスで自由にできると考えてリファロは何も言わず、兵士の引き上げの中止を材料にリファロと交渉するつもりだったアッキム王国上層部の方がクリヒビスへの影響力を失い困る事態となっていた。
リファロは『回答者』で今後の予定を数通り立てていたがこの中にはクリヒビスのニードベルへの併合もあった。
そして実行した場合さすがに侵略者扱いされても文句を言えないこの案を実行する状況だけは避けようと考えながらリファロはしばらくフォーカから冒険者志願者たちの不安を聞き、フォーカからの相談が出尽くした頃合いを見計らい予め用意していた案を口にした。




