式典後
式典後の食事会も終わりオムニプルとレオエフェールが一足先にニードベルに帰った後、リファロはディルシュナの部屋に招かれていた。
婚約して以降、ディルシュナと二人きりになるのは今日が初めてだったのでリファロは緊張しており、式典用の装束から普段着に着替えて戻って来たディルシュナはリファロの反応を見て安堵した。
「安心しました」
「……何がですか?」
唐突なディルシュナの発言にリファロは戸惑い、緊張から『回答者』を発動したいという誘惑に駆られていたリファロの前で席に着いてからディルシュナは自分の発言の意味を説明した。
「リファロ様に異性として見られていないのではと不安に思っていたのでその様に緊張していただき安心しました」
「いやいや、ディルシュナさんの事は初めて見た時からかわいいと思ってましたよ?でも初めて会った時はそれどころじゃなかったですし、戦争が終わってからも忙しかったですから。……そもそも王族が相手だとつき合うとかまず考えもしませんし」
ディルシュナも戦争前は自分はおそらく魔王の一族の誰かと結婚するのだろうと考えていた。
そして仮に自由な恋愛が認められたとしても余程の事が無い限り自分が普通の市民と交際・結婚する可能性は無かっただろうとリファロの発言に納得していたので、ディルシュナはリファロの発言にうなずきながら以前から気になっていた事を尋ねた。
「リファロ様の能力は『奉身者』だけでも十分すごいと思うのですが、以前いた場所では国や貴族から雇用の誘いなどは無かったのですか?」
『創造者』の他者の能力再現の陰に隠れがちだが『血の乙女』はオーガが百人いようが千人いようが全滅させられるとルドディスやトリュゼッハといった軍・治安維持部隊の幹部が口を揃えて警戒する程強力な能力だった。
『衝撃波』改め『呪歌』こそこの世界の人間全てが使える魔法と大差無かったが、『奉身者』は協力者が必要な物を除いても他に『無敵化』改め『硬化』と『転移』、『治癒』といった方向性が違う能力を三つ内包しており、不死身の戦士を召還できる『血の乙女』にはリファロの傷の治癒まで含まれていた。
このためこれだけの能力を持っているリファロなら以前いた場所で権力者から何度も勧誘されていても不思議ではないとディルシュナを含む魔族たちは考えていたのだが、このディルシュナの勘違いを聞きリファロは苦笑した。
「僕の能力、こっちだと珍しいんでしょうけど僕が前にいた場所だと珍しくないんですよ。……ちゃんと数えたわけじゃないですけど何百人かに一人は能力者がいて、僕が知ってるだけでも『硬化』と同じ能力を発動したまま自由に動ける人とか何の代償も無しに一日何時間も人の怪我治せる人とか普通にいましたからね」
体力が続く限り『治癒』と同等以上の能力をほぼ無制限に使える能力者が自分の国だけで二人いたというリファロの説明にディルシュナは驚きの表情を浮かべ、こればかりは生まれ育った環境の差だろうと考えながらリファロは話を続けた。
「僕からすれば人間全員が能力持ってるこの地方の方がすごいと思います。……まあ、能力の種類だと僕のいた場所の方が多いですけど」
自分が以前いた世界とこの世界の住人を人間だけに限り無作為に百人ずつ選んで殺し合いをさせたら確実にこの世界の人間が勝つだろうとリファロは考えており、強さに限ればこの世界の人間の方が上だと考えた直後ある事に気づき焦りを覚えた。
今更だが魔族の国、しかも人間に侵略されたばかりの国の姫の前で人間を褒め過ぎるのはまずいのではと考えたからで、焦りを表情に出さないように努めながらリファロは魔王の一族を褒め始めた。
「僕が前いた場所にも人間以外の種族はいましたけど魔王の一族のみなさんはすごいですね。自分以外を不死身にできるなんて本当にすごいと思いますし、実際バレームクさんの眷属と戦った時は少し苦労しました」
「はい。一応眷属を作り出せる事は私たち魔王の一族の自慢です。……ただ数で押されるとどうしようもないのですが」
アッキム王国との戦争で戦死したディルシュナたちの父親、ディルグリオンの眷属は勇猛で知られたエルフで不死身の体も駆使してアッキム王国の兵士二百人以上を殺したが魔導装甲に押さえつけられてしまい、動けなくなっている間にディルグリオンが殺された後アッキム王国の兵士たちになぶり殺しにされたとディルシュナは聞いていた。
そして生き残った魔族からの伝聞で知ったディルグリオンとその眷属の最期を思い出して表情を暗くしたディルシュナの手をリファロは衝動的に握りしめていた。
「……リファロ様?」
ディルシュナは状況次第ではこの場でリファロに体を許す覚悟も終えていた。
しかしこれまでのリファロの言動を考えると今日そういった流れになる可能性は低いと考えていたのでディルシュナはリファロが突然触れてきた事に驚き、一方のリファロも自分が無意識の内にしていた事に驚きながら何とか口を開いた。
「いきなりすみませんでした。……さっきオムニプルさんに手を握られた時、少し安心したのでこうすればディルシュナさんも少しは安心するかもと思って……」
このリファロの発言の直後、驚きの他に恥ずかしさを感じながらもディルシュナはリファロの手を握り返し、ディルシュナの手から伝わってきた感触に少しはディルシュナを安心させる事ができたようだと安堵しながらリファロは話を続けた。
「この前オムニプルさんにも言ったんですけど僕はこれから先たくさんの人を助けられるようにニードベルでも色々やるつもりですし、ギルドの運営とかにも積極的に関わっていくつもりです」
このリファロの発言を聞きディルシュナは少なからず寂しさを覚えたが、リファロの発言には続きがあった。
「でも僕の事を好きだって言ってくれたディルシュナさんの事だって同じぐらい大事に考えていきたいと思ってます。……今は頼りないかも知れませんしお父さんや戦争の事を忘れるのは無理でしょうけど、それでも僕といる時ぐらいは安心してもらえるようにがんばります」
ディルシュナはリファロに好意を向けていたがリファロから好意を向けられているかには今も自信が無く、リファロが自分との婚約を受け入れた目的はアルベール魔王国との繋がりの維持と精々自分の体なのではと時折不安に感じていた。
このため正面からリファロの考えを伝えられてディルシュナは涙を浮かべてしまい、自分の言葉に涙を浮かべたディルシュナを見てディルシュナはここまで不安を押し殺していたのかとリファロは驚いた。
そしてリファロはディルシュナが落ち着くまで待ち、数分後ディルシュナはいつの間にか離されていた手に寂しさを感じながらリファロに礼を述べた。
「今日はリファロ様の気持ちを聞けて嬉しかったです。……これからリファロ様はお父様にも負けない立派な王になられると思います。そんなリファロ様の妻として恥ずかしくないように私もこれからがんばりますね」
「……はい」
父親の事を思い出して悲しそうな表情を浮かべたディルシュナを見てリファロは考えるより先に思いの丈をぶつけ、この間気を張り続けていたリファロは緊張が解けていたせいで力の無い返事をディルシュナに返してしまった。
そして凛々しい表情から年相応の表情に変わったリファロを前にしてディルシュナは思わず腰を浮かべ、その後リファロの隙を作るために先日ミルヒガナと話したある話題をリファロに振った。
「ところで、新しい国の名前はもう決めたのですか?」
「え?」
領地運営とギルドの普及がやりやすくなるのでリファロは新しく国を建てるというミルヒガナの提案に乗ったが、周辺国家からこれだけ警戒されている状況ではニードベルが領地のままだろうが国になろうが自分のやるべき事に変化は無いと考えていた。
このため自分の領地が国になるという実感が薄かったリファロが国の名前など考えているはずも無く、『回答者』で建国後に以前の土地の名前を使い続ける事は避けた方がいいと知ったリファロはディルシュナの狙い通り考え込んでしまった。
大抵は新しく王になる者の家名を採用する。
家名など無い。
今更通例など気にする必要があるだろうか。
正直どうでもいいので『回答者』で決めるか。
さすがに独立のために尽力してくれているミルヒガナに失礼だ。
本当にどうでもいい事なので今決めないとずるずると後回しになってしまいそうだ。
ディルシュナの質問を受けてリファロが考え込んでしまった時間は二秒に満たなかったがこの間にディルシュナはリファロの隣へと移動しており、いつの間にか席を離れていたディルシュナにリファロは何も考えずに視線を向けた。
そしてリファロが視線を向けたのとほぼ同時にディルシュナはリファロの唇を奪い、唇から伝わる柔らかい感触にリファロが戸惑っている間にリファロから唇を離した。
「……すみません。さっきの顔がかわいかったので、……つい」
「……ありがとうございます」
この世界に来てからリファロが他者から向けられた感情は謝意か恐怖がほとんどだった。
このためかわいいなどと言われた事は今まで一度も無かったので、こうした理由からの戸惑いにそもそもかわいい顔などした覚えが無かった事による戸惑いが加わり混乱が深まった結果、リファロは自分でもよく分からない返事をディルシュナに返してしまった。
しかし十秒も経たない内に自分が何をされたかをリファロは実感し、恥ずかしさや嬉しさに突き動かされて立ち上がった。
「よく分からなかったんでもう一度してもらっていいですか?」
一度目の口づけは勢いでできたディルシュナだったがいざ求められるとためらってしまい、恥ずかしそうにしているディルシュナを前にして一瞬リファロは迷ったが、今度は自分が勇気を出す番だと考えてディルシュナの唇を奪った。
そしてその後リファロとディルシュナは三分程口づけを楽しんだがこれ以上は自分が我慢できなくなりそうだとリファロは考え、どこか物足りなさそうにしていたディルシュナに今日はこれで帰ると伝えると慌てて部屋を後にした。




