式典
リファロがアルベール魔王国とゼーナマイン皇国の会談やニードベルの領主就任の準備で忙しくしていた頃、アッキム王国の街、メタフィロを二人の将軍が訪れていた。
メタフィロを訪れた将軍はミキシュとユラギの二人でリファロに殺された将軍、ベイガンの後釜が未だ決まらない中、それぞれ数人の部下だけを伴いメタフィロを訪れた。
メタフィロの領主は軍務を司る大臣も務めているメインギオで事前に連絡を入れていたのでミキシュとユラギはメインギオに迎えられた。
「……一応言っておく。連絡をもらった時にも伝えたがいくら調べても無駄だぞ」
今回二人の将軍がメタフィロを訪れた目的はメタフィロにある鋼の巨人を調べるためで、二人は数こそ少なかったが首都、ダーウォールから優秀な学者や技術者を連れてきていた。
しかし鋼の巨人の分析は既にアッキム王国が総力を挙げて数年に渡り行ったので、今更優秀な人間が数人来たところで新しい結果など得られるはずが無いとメインギオは考えていた。
そして連絡時及び現在の態度からメインギオの心情を悟っていたユラギは怒りの表情と共に口を開いた。
「お前ももうあの男に国を差し出すつもりなんだな」
大臣も務めている貴族の自分を将軍がお前と呼んだ事にメインギオは一瞬言葉を失ったが、部下の手前ユラギの無礼を見過ごすわけにもいかなかったのですぐにユラギを叱責した。
「私の事をお前呼びとは何様のつもりだ!あの男一人に手も足も出ないお前たちの首などいつでも切れるのだぞ!」
将軍を含む兵士たちに何らかの罰を与えた際、自分たちも同じ罰を受けるようにアッキム王国の幹部はリファロに言われていた。
しかしこの取り決めはあくまで将軍たちに敗戦の責任を取らせる時のみに限定したもので、戦争に無関係の不始末等を理由に将軍たちに罰を与える事に関しては口を出さないとアッキム王国の幹部たちはリファロから伝えられていた。
このためメインギオは無礼な態度を取ったユラギを叱責したのだがユラギはメインギオに謝るどころか嘲笑を向けた。
「首?切りたければいつでも切ればいい。そうなったらまともな貴族と手を組んで独立するだけだ。独立自体はあのお方は認めて下さるからな」
リファロは協力者が襲われた事で強化された『奉身者』が使えなくなった事とこの直後に起こったアルベール魔王国の一部の街による独立、そして自分が行った制裁の内容をアッキム王国を含む周辺国家全てに伝えた。
そしてこの際リファロは関係者以外に危害を加えなければ独立自体に口を出す気は無いとも周辺国家に伝えていたので、解雇に言及して自分を脅してきたメインギオにユラギは皮肉な言い回しで独立の可能性を示した。
「……お前も知っているだろう?宰相はクリヒビスだけじゃなくてダーウォールにまでギルドとの支部を作ろうとしている。このまま何もしなければ一年後には俺たちはあの男の奴隷だ!魔獣退治から食料の運搬まで何をするにしてもあの男に金を払わなくてはならなくなるぞ!」
敗戦によりアッキム王国内での魔族の売買が行えなくなった結果、魔族用の牧場が建設される予定だった土地が空いてしまい、これらの土地の所有者の中には空いた土地を格安で売りリファロに取り入ろうとする者までいる始末だった。
ユラギはここ最近のリファロの行動やこれらに対する貴族や市民の反応を協力者から聞いていたので、メインギオの様にリファロに歯向かう意思を完全に失った貴族が珍しくない事を知っていた。
このため自分の不安を聞いて反論も動揺もしないメインギを見てもユラギは驚かず、邪魔だけはするなと伝えてメインギオの横を通り過ぎようとした。
今ダーウォールではもう一人の将軍、オーバスが離職しようとしている兵士たちの慰留に努めていたが結果は芳しくなく、盗賊は論外だったが離職した兵士たちの中から冒険者になる者が増え始める事をオーバスとミキシュは警戒していた。
もし冒険者の数が増え続ければ軍の存在意義が揺らぐからで、自分は善意で動いていますという顔をしながらアッキム王国の取り崩しを計っている偽善者への対抗心を事ある毎に口にする同僚たちの事を思い浮かべていたユラギに今度はメインギオの方が嘲笑を向けてきた。
「お前たちのやってる事なんて全てリファロ殿はお見通しだ。リファロ殿が何もしてこないという事はお前たちがいくらあれを調べても何も出てこないという事だ。あのでくの坊を調べたいというなら好きにすればいいがお前らは仮にも将軍なんだ。適当なところで切り上げてちゃんと仕事をしろよ」
今更新しい成果など出るはずの無い鋼の巨人の調査許可をユラギたちに出したウェルマスに呆れながらメインギオは部下たちと共にこの場を後にし、メインギオたちの姿が見えなくなってからミキシュはユラギに話しかけた。
「分かってはいたけどもう完全にあの男に歯向かう気無さそうね」
「……これに関してはしかたがない部分もある。あの男一人に俺たちは手も足も出なかったんだからな」
他の将軍同様ユラギもアッキム王国へのリファロの干渉を力で防ぐ事を今でも諦めていなかったが、アッキム王国の現状を考えるとリファロに取り入ろうとする人間が出る事も無理は無いと納得もしていた。
このためミキシュや部下たちの手前、先程ユラギは強気な態度を取ったが私財も投じて鋼の巨人の分析に尽力したメインギオのこれまでの功績は高く評価しており、リファロに対抗できる力さえ自分たちが手に入れればメインギオは再びアッキム王国のために働くはずだと考えていた。
一度だけでもリファロに対抗できれば再びアルベール魔王国でもリファロに反旗を翻す魔族が出るかも知れないと将軍たちは期待しており、他の二人の将軍程の熱意は持っていなかったがユラギも鋼の巨人の分析が日に日に悪化していく現状を変えるきっかけになればと期待していた。
オーバスやミキシュはリファロに一矢報いるためなら死んでも構わないとまで考えている様子だったが、ユラギはそこまで自分の命を軽んじてもいなければアッキム王国に忠誠も誓っていなかった。
アッキム王国が周囲から嫌われていなければユラギは今頃アッキム王国など見捨てて他国で冒険者でもしていたはずだったので、敗戦後は何度自分の将軍という地位を恨んだか分からなかった。
他国で普及している冒険者ギルドの受け入れだけならともかく幹部の処罰や政策の一部を行う際に部外者の民間人の機嫌を伺うようではもう国として終わりで、部外者の機嫌に左右されるような国と共に沈むのだけはごめんだとユラギは考えていた。
このためリファロに逆らうにしろここでの発見を手土産にリファロに寝返るにしろ何らかの新発見は必要だとユラギは考えており、今回の調査隊の誰よりも強い熱意を持ちながら鋼の巨人のもとへと向かっていた。
アッキム王国での盗賊団討伐から一週間程経った頃、リキュアナではリファロのニードベルの領主就任の式典が行われていた。
式典の会場となった王城の謁見の間にはアルベール魔王国の幹部の他に各地の領主や有力者が参列しており、魔族の他にレオエフェールの姿もあった。
一応リファロはエプランテも式典に誘ったのだが面倒だと断られてしまい、命令なら出るぞとは言われたが堅苦しい式典が面倒だという気持ちは理解できたのでエプランテに式典への出席を無理強いしなかった。
そしてリファロは『回答者』で式典の手順や礼儀を確認しながら何とか式典を乗り切り、最後にミルヒガナからリファロを正式にニードベルの領主と認める旨が記載された証書が手渡された。
「領主への就任が遅くなってしまい申し訳ありません」
多くの魔族の視線があったので頭は下げなかったがミルヒガナはリファロに証書を手渡した直後に謝罪の言葉を口にし、ミルヒガナが自分をニードベルの領主にするためにこれまでしてきた苦労を『回答者』で知っていたリファロはミルヒガナに気にしないように伝えた。
「かなり早くからニードベルで色々する許可は出してもらってましたし、お妃様がどれだけ苦労して下さったかも分かってるつもりです。だから気にしないで下さい」
「……そうですね。こういう時には全て知られているというのは便利なものです。リファロ様から受けた恩に比べれば大した事ではありませんが少しだけ苦労しました。この分はこれから返して下さいますよね?」
こう言うとミルヒガナはリファロにからかう様な笑みを向け、突然のミルヒガナの問いかけに一瞬戸惑ってからリファロは力強く返事を返した。
「はい。この後で詳しくまとめた紙を渡すつもりですけどいくつかやりたい事があって、アルベール魔王国のみなさんの力が必要なものばかりなので一緒に色々やっていきたいと考えています!」
「……私たちもがんばらないと借りを作ってばかりになってしまいそうですね」
からかう意味合いが強かった問いかけに具体的な返事が返ってきた事にミルヒガナは驚くと同時にこの様な逸材が遥か遠い地から自分たちのもとに流れ着いてくれた奇跡に感謝し、一日でも早くニードベルの独立を認めようと考えながら式典を終えた。
式典の後は王城の一室で食事の席が設けられ、初めて話す相手も多かったので話しかけてくる魔族たちとの会話に苦労しながらリファロは離れた場所でオーガやリザードマンたちに囲まれていたレオエフェールを気にかけていた。
いくら天使と魔族の仲が悪いとはいえこの様な場でアルベール魔王国の魔族が自分の部下、レオエフェールに直接危害を加えるとはリファロも考えていなかった。
しかし自分の目を盗んでレオエフェールに侮辱の言葉を投げかける魔族ぐらいは出てもおかしくないと考えてリファロは戦闘中並の『回答者』による警戒を続けており、先程の式典中同様最大限の集中を続けていた。
しかしレオエフェールと魔族たちの間では時間ができた時に食事に来ないか、興味があるなら船を海に出してやるといった平和な会話しか行われておらず、ドランド魔王国の独立以降『回答者』で各地を警戒していたせいで疑い深くなっていたかも知れないと考え始めていたリファロの左手を温かい何かが包み込んだ。
リファロは近づいてくる魔族たちとの話をほぼ片手間で十分程続けていたのだが魔王の一族二人が近づいてきたので魔族たちはリファロから離れ、リファロの左手を両手で握ったのはオムニプルだった。
「……リファロ様、大丈夫ですか?」
心配そうな表情のオムニプルに見上げられてリファロは自分がレオエフェールに意識を集中させ過ぎていた事にようやく気づき、できるだけ優しくオムニプルの手を振りほどいてから大丈夫だと伝えた。
「少し緊張しちゃっただけです。それよりその服かわいいですね」
レオエフェールに的外れな心配をしていた結果、上の空になっていたなどと言うわけにもいかなかったのでリファロはオムニプルの着ていた装束を褒め、実際花の模様が各所に施された桃色の装束はオムニプルに似合っているとリファロは感じた。
「はい。ありがとうございます。リファロ様のおかげで何とか準備も間に合いました」
「……もしよかったら踊りませんか?」
今回リキュアナの王城で開かれた食事の席は立食形式で、こういった場で夫婦や婚約者が踊る文化がアルベール魔王国にもある事をリファロは数日前にミルヒガナから聞いており、婚約するかどうかはともかく心配させてしまった事への謝罪代わりにオムニプルと踊ろうと考えた。
しかしリファロの提案に対するオムニプルの反応は鈍く、オムニプルが自分に好意を向けていると思っていたのは思い上がりだっただろうかと恥ずかしくなったリファロにオムニプルは残念そうな表情で返事を返した。
「リファロ様と踊る事ができれば素敵だと思います。でも私とリファロ様では身長が……」
次の誕生日で二十歳になるリファロと十歳程の人間の見た目のオムニプルの身長差では確かに踊るのは難しかったが、この程度何の問題も無いと考えながらリファロは『創造者』を発動した。
『創造者』を発動した直後、リファロの体は十歳程の子どものものになっており、突然のリファロの変化に周囲がどよめく中、リファロは改めてオムニプルに手を差し出した。
「これなら踊れますよね?」
このリファロの誘いをオムニプルははにかみながら受け、その後二人は周囲の視線を独占しながらしばらく踊り続けた。




