盗賊団討伐
リファロが盗賊団に自首を勧めた四日後の午前十時頃、エプランテは人の姿で一人アッキム王国にいた。
昨日もエプランテはゼーナマイン皇国で盗賊団を相手にしたが天使の助力もありゼーナマイン皇国での仕事は一日で終わり、多少疲れは残っていたがレオエフェールと手分けをして盗賊団二つずつの相手をする予定になっていた。
エプランテとレオエフェールはそれぞれの標的の盗賊団の近くまでアッキム王国内の転移装置で移動する手はずになっており、転移後エプランテは昨日支給された腕輪型の魔導通信機越しのリファロの指示で、レオエフェールは召還した天使による人海戦術で盗賊団を探し始めた。
そしてリファロの指示を受けて最短距離で移動できるエプランテが先に一つ目の盗賊団のもとにたどり着き、とある村を拠点に活動していた盗賊団はリファロたちが襲ってきた際に人質にしようと考えていた村人たちが突然消えた直後に人間ではない何者かの襲撃を受けて動揺していた。
「……私は楽をできたから文句は無いがあいつに脅されて一人も逃げないとは驚いたな」
働いて稼ぐより奪った方が楽という考えは理解できたので盗賊団が人間の国では常に一定数存在するというリファロの発言にはエプランテは驚かなかった。
しかし一度リファロに居場所を特定されたにも関わらず自首する人間がどの盗賊団からも一人も出なかった事にはエプランテも驚き、リファロの恐ろしさを知っているはずの元兵士たちがアッキム王国の各盗賊団には最低二人は所属している事もエプランテの驚きを大きくした。
一方の盗賊団たちは角や翼こそ生えているが一見人間にも見えるエプランテを前にして警戒心や恐怖心より先に戸惑いが来てしまい、ほとんどの団員が武器を手にしていたがいきなりエプランテに攻撃を仕掛けたりはしなかった。
「おい、お前、あのリファロとかいう男の部下か?」
いざとなったら近くにいる団員の後ろに逃げ込む準備をしながら盗賊団の団長、ゴーレスはエプランテの正体を尋ね、人間ごときがまるで自分と対等の様に話しかけてきた事に怒りを覚えたエプランテは本来の姿に戻った。
「ひっ、」
「……か、勝てるわけ無ぇ」
「くそっ、どけ!」
リファロがこの世界に来て最初に戦った竜、グチャルーツが住んでいたホーエイト山脈はクララス王国とアッキム王国の国境沿いにあるのでアッキム王国の人間も竜の存在は知っていた。
このためこの場にいる盗賊団の団員全員が竜の存在を知っていたが見た事は無く、いきなり現れた竜の巨体を前にして一切悪あがきなどせずに我先に逃げ出そうとした。
盗賊団として活動歴が長かったゴーレスたちは恐怖から統率こそ取れていなかったが一人でも多く生き延びるためにそれぞれ別々の方向に逃げ出そうとし、事前にリファロから盗賊たちが取る可能性がある小細工をいくつか聞いていたエプランテは一度ため息をついてから盗賊団たちの上空を通過した。
上空を通過したと言っても走って逃げていたゴーレスたちは竜となったエプランテの影から出る事すらできていなかったので、エプランテはほとんど振り向いただけでゴーレスたちの進路を塞いでしまった。
そしてエプランテが一度尾で地面を叩いただけで盗賊たちは動きを止めてしまい、恐怖から腰を抜かして立ち上がれない者もいる中、自分に目をつけられないように言葉を発するどころか動く事すらできなくなっていたゴーレスたちにエプランテは気になっていた事を尋ねた。
「お前たちの事は殺してもいいと言われているが私の質問に答えれば命だけは助けてやる。……ああ、これを先に言っておかないといけないんだった。お前たちにはなじみが無いだろうが他の国にある冒険者ギルドという組織では盗賊退治もやっていて、今回私はこの仕事で来た」
アッキム王国には冒険者ギルドの支部が無いのでリファロはアッキム王国にクララス王国の冒険者ギルドに盗賊団討伐の依頼を出すように頼み、この結果本来ならあり得ない形での依頼でゴーレスたちは討伐の対象になっていた。
「出ている被害や相手の人数で退治にかかる料金は変わるらしいが、お前等の場合は金貨三百枚だそうだ。で、今回に限り、依頼料の半分をお前等本人に払わせるらしい」
今回の盗賊団討伐でアッキム王国が冒険者ギルドに払う依頼料は金貨千五百枚程となり、貴族たちが自分たちの資産で穴埋めしたとはいえ未だに敗戦直後で経済的に苦しいアッキム王国にこれだけの額の依頼料を払わせるのはリファロとしても避けたかった。
このため自分が発案した今回に限り盗賊団討伐の依頼料の半分を盗賊たち本人に払わせる事をリファロは各国に提案し、盗賊たちへの請求を自分が行うとリファロが宣言した事もあり今回盗賊団討伐が行われた国の内、カリオルクァ神聖国を除く全ての国がこのリファロの案を受け入れた。
しかし自分たちの討伐の料金を払わされるなどという案を盗賊に身を落とす様な人間が受け入れるはずも無く、エプランテの巨体を前に声こそ大人しかったがゴーレスたちは不満を口にした。
「ちょっと、待ってくれ。金貨百五十枚なんて払えるわけ無いだろう」
「そんな金があったら盗賊なんてやってねぇよ!」
アッキム王国及び周辺国家の市民一人の平均年収が金貨二十枚から三十枚程でゴーレスたちの盗賊団の構成員の数は三十二人だった。
このためゴーレスたちが払わなくてはならない金額は一人当たり金貨五枚程だったので真面目に働けば決して払えない額ではなかったが、働くという選択肢が完全に消えていた盗賊たちはそもそも捕まった上に金まで払わされるという状況に怒りを覚えていた事もありエプランテを前にしても怒りを隠せなかった。
そして盗賊たちがリファロの案に同意しようがしまいが知った事ではなかったので、エプランテは身の程も弁えずに自分に不満をぶつける盗賊たちへの怒りと呆れを覚えてはいたが表面上は淡々と話を続けた。
「仕事はあいつが用意するらしいから安心してくれ。……お前等雑魚と無駄話をするつもりは無いから一つ言っておく。どこに逃げても無駄でまともに戦ってもまず勝てない相手に騒いでも時間の無駄だぞ。後、これは忠告だ。お前らはこれまでに十七人殺してるらしいな?お前らに手籠めにされて自殺した女もいる。お前等みたいな奴、あいつは大嫌いだから殺されたくなかったらあいつの前では反省してる振りぐらいはした方がいいぞ」
名目上自分はリファロの部下なのだから一度牽制ぐらいはしておこうと考えたエプランテは盗賊たちに忠告し、内心はともかく表面上は大人しくなった盗賊たちを前にエプランテは人間の姿になると質問をした。
「まあ、泣き言言ってあいつに殺されるなりあいつが用意した場所で借金払い終わるまでこき使われるなり好きにしてくれ。お前等がどうなろうと知った事ではないからな。……さてと、で、本題に入るが一つ質問だ。……どうして私たち竜ですらあいつ相手には我慢しているのにお前等の様な脆弱な種族があいつに逆らう?」
いくら何でも世界中の犯罪者全てを把握できるわけが無いと考えていた。
今までと活動場所を変えて移動後も移動の頻度を上げれば逃げ切れると考えていた。
実際にあの男が自分たちを捕まえに来ても散り散りに逃げれば大半の者は助かると思っていた。
無制限には使えないはずの転移魔法ばかり警戒していたのでまさか竜を送り込まれるとは思っていなかった。
質問に答えなかったら殺されると考えた盗賊たちは口々にリファロの忠告を無視した理由をエプランテに伝え、盗賊たちの説明を受けたエプランテは彼らのあまりの愚かさに数秒絶句してから口を開いた。
「……元から盗賊をやってた連中はまだ分かる。だがお前たちは軍にいて直接あいつの力を見たんだろう?なぜあいつに目をつけられた時点で自分たちだけでも自首しなかった?」
あまりに規格外過ぎる『回答者』の情報集能力を一度リファロに見つけられただけでは盗賊たちが信じられなかった事はエプランテも理解できたが、リファロが戦争終了直後に魔族を開放しなかったアッキム王国の兵士たちに何度も制裁を加えたとエプランテは聞いていた。
このため怒った際のリファロの苛烈さを知っているはずのアッキム王国の元兵士たちの今回の行動がエプランテには理解できなかったのだが、あらかじめアッキム王国の元兵士だと聞かされていた盗賊三人に話を聞いてもエプランテの納得する答えは返ってこなかった。
「……昨日の連中もそうだったがグチャルーツ以下の馬鹿は珍しくないんだな」
昨日と今日相手にした身の程知らずの馬鹿共に比べたら粗暴極まりなかった元婚約者の方が余程知的だったと考えながらエプランテは元兵士たちの両脚を尾の一薙ぎで叩き折った。
「逃げたら殺す!」
元兵士たちが攻撃された直後、逃げ出そうとした盗賊たちをエプランテは一言で威圧し、その後ゴーレスに部下と一緒に近くの街に向かうように伝えた。
「三日以内にハイグロンという街に行って兵士の詰め所に自首しろ。次逃げたら問答無用で殺すそうだ。自首した後の事はまたその時に伝える。……そいつらもちゃんと連れて行けよ?」
「な、何も足を折る事はなかっただろう」
脚が折れた大人三人を連れて歩いて二日はかかるハイグロンまで行く事を面倒だと感じた事も事実だったが、全く必要の無い暴行を部下に加えてきたエプランテを前にしてゴーレスは不満を露わにした。
一方この状況でたかが人間が自分に不満をぶつけてきた事にエプランテは少なからず驚き、わずかに怒りも覚えていたが驚きの方が勝っていたので嘲笑を浮かべるだけでゴーレスには何もしなかった。
「お前らのせいで今日だけで三時間近く飛ぶ羽目になったんだ。そいつらだけで我慢した事にむしろ感謝しろ。……それに私の雇い主はなかなか暴力を振るいたがらないからその分は私が担当しないとな。精々私に理不尽に暴力を振るわれたと言いふらしてくれ」
今日リファロはアッキム王国での盗賊団討伐を一ヶ所担当したが既に仕事は終えているはずで、今頃はリキュアナに転移して来週に控えたアルベール魔王国とゼーナマイン皇国の会談の準備を進めているはずだとエプランテは考えていた。
アルベール魔王国とゼーナマイン皇国の仲介を両国から頼まれたリファロと会談の会場の当日の警備を任されたレオエフェールはここ三日程は普段の仕事に加えて会談関連の仕事で忙しそうにしていた。
このため相対的にひまになっていたエプランテは少しは自主的に働いておこうと考えて純粋な善意で元兵士たちに暴行を加え、何も言われていないにも関わらず雇い主の権威を保つために動くとは自分も丸くなったものだと自嘲しながら次の現場に向かった。
エプランテが二つ目の現場での仕事を終わらせた三時間程後、アッキム王国の王城の一室では宰相、ウェルマスに大臣数人が怒号を飛ばしていた。
「本気でこれを受け入れるつもりですか!我が国であの男の部下の武力行使を認めただけでも問題だというのにその上ギルドの支部まで設立する?宰相はどこまであの男の言いなりになるおつもりですか!」
「そもそも今回あの男が言ってきた盗賊団だってどこまで本当か怪しいものです。これから先、毎月二十も三十も盗賊団が出てきたらその度にあの男に金を払うつもりですか!」
リファロにより資産の一部を失った上に将軍たちに敗戦の責任を取らせる事もできなかった大臣たちに不満が溜まっている事はウェルマスも理解していたので、大臣たちの苦情をしばらくは聞き続けていた。
しかし予想はしていたとはいえ不満ばかりで代案の一つも出してこない大臣たちを前にし、これ以上我慢しても時間の無駄だと考えてウェルマスは口を開いた。
「どこまで言いなりになる気かと聞いたな?どこまでもだ。街を差し出せと言われれば差し出し、この場にいる者全員の首を差し出せと言われれば差し出す」
「なっ……」
開き直りにしか聞こえないウェルマスの発言を受けてウェルマスを威勢よく糾弾していた大臣たちが黙り込み、この程度で黙り込む者が自国の大臣を務めているという事実にウェルマスは眉をひそめた。
「私たちはあの男一人に勝てなかったのだぞ?そんな相手が今は竜と天使を従えている。この状況でどうしろと言うのだ?我々にはもう負け方を選ぶ権利しか残されていない。何とか陛下たちと我が国の名前ぐらいは守らなくては」
現実逃避としか思えない空虚な怒りをまき散らしている大臣たちの相手を適当にしながらもウェルマスは手元の書類に筆を走らせ続け、きりのいいところで一息つくと先程盗賊団に関するリファロの申告に疑いを持っていた大臣に視線を向けた。
「仮にあの男が今回伝えてきた事が全て嘘だったとしよう。その場合、今回あの男やその部下たちが向かった場所の周辺の町や村からの盗賊被害の報告も全て嘘になるという事になる。お前の言う通りだとしたらあの男は既に我が国の町や村三十以上を支配している事になるな」
今回のリファロからの申告を裏づける国中の町や村からの盗賊被害についての報告書を突きつけられて大臣は黙り込み、これ見よがしにため息をついてからウェルマスは話を続けた。
「間違っても先程の様な馬鹿な妄想を国民の前で口に出すなよ?ただでさえあの男に庇護を求める国民の声が大きくなり続けている。この状況で地方の盗賊を野放しにしていた我々があの男を批判してみろ。あの男に民を力で押さえつける事を禁止されている以上、一気に手がつけられなくなるぞ」
ギルドを通して間接的にリファロと関わり続けるというのがアッキム王国が現時点で取れる最良の選択だとウェルマスは考えており、自分とその側近数人以外にはもはや何の期待もしていなかったウェルマスは席を立ちながら室内の大臣たちに怒号を飛ばした。
「無責任にわめく事が許されるのは国民だけだ!私たちは貴族だぞ!代案が出せないと言うのならせめて黙っていろ。……お前たちが私を殺すなり失脚させるなりすれば嬉々としてあの男が介入してくるだろうが、お前たちの体たらくを考えるとその方が話が早いかも知れんな」
現状で自分が死ぬか失脚すればアッキム王国は崩壊すると考えていたウェルマスはリファロの存在に言及して自分に敵対的な大臣たちを牽制し、自国の大臣より憎い敵の方が役に立つとは皮肉なものだと考えながら自分の執務室へと向かった。




