根回し
エプランテとレオエフェールの協力を取りつけた翌日の午前中、リファロはクララス王国王城近くにある天使たちの詰め所を訪れた。
盗賊団への対応の前に天使たちにも断りを入れようと考えたからで、事前に連絡を入れていたのでリファロはクララス王国を担当している天使の一人、メルシーナに出迎えられた。
「……へぇ、あなたの協力者を……」
アルベール魔王国の三つの街による独立宣言、新しく建国されたドランド魔王国の魔族によるリファロの協力者への襲撃、襲撃者たちに命令を出した者たちへのリファロの制裁という大事件が昨日の内に起きたと聞かされてメルシーナは驚いている様子だった。
しばらくの間リファロが強化された『奉身者』を使用できない事の影響等も気になったが、リファロが計画している盗賊団の一斉摘発への対応が最優先だったのでメルシーナはすぐに自分たちの助力を申し出た。
「盗賊団たちの居場所を教えてもらえれば全ては無理でもそれぞれの国で一ヶ所ずつぐらいなら天使を派遣できると思うわ」
自分が助力を申し出る事はリファロも織り込み済みだろうとメルシーナは考え、ここで天使が何もしなかった場合、各国での自分たちとリファロの評価に大きな差が出てしまうと考えて助力を申し出た。
そして天使があまり軽んじられても困るので当日はスイリーシュはもちろん自分たち四人も出撃しない方がいいとメルシーナが考えているとリファロは一枚の紙を取り出した。
リファロが取り出した紙はアルベール魔王国を除く周辺国家の地形や街の位置が細かく書かれている地図で、全ての国で軍事機密扱いの地図、しかもカリオルクァ神聖国を含むほとんどの周辺国家の情報が記載されている物を目の当たりにしてメルシーナは驚きのあまり言葉を失った。
そしてリファロは今自分が手にしている物の価値を正しく理解していたのでメルシーナの反応に驚く事無く話を続けた。
「さっき一ヶ所ずつなら派遣できるって言ってましたけど、……カリオルクァ神聖国には盗賊団が三つあるんですけどどうしますか?入る許可さえもらえれば残り二ヶ所は僕が担当しますけど」
「……三つもあるの?」
天使は直接カリオルクァ神聖国の政治に関わらないが自分たちの権威のおかげでカリオルクァ神聖国の治安は他の国よりいいとメルシーナは考えていた。
このためリファロが示した場所が全て大きな街から離れた場所とはいえ自分たちの国に盗賊団が三つも存在していると聞きメルシーナは驚き、カリオルクァ神聖国の国民に失望すら抱き始めていたメルシーナをリファロは慰めた。
「国の大きさを考えたら少ない方だと思います。ゼーナマイン皇国とアッキム王国は盗賊団が五つあって、人数も三十人から五十人ぐらいのかなり大きな盗賊団ばっかりですから」
犯罪者をどちらがましか比べてもしかたがなかったがカリオルクァ神聖国で活動している盗賊団はいずれも構成員十人未満の小さなものばかりで、殺人は避ける、裕福な相手しか狙わないなど本人たちなりの線引きは守っていた。
そして天使たちの影響でカリオルクァ神聖国の治安がいい事は事実だとリファロは『回答者』で知った情報を基にメルシーナに伝え、活動している盗賊団三つの内、一つは自分の説得で確実に自首するらしいのであまり気を落とさないで欲しいとリファロが伝える頃にはメルシーナはリファロに数度目の敗北感を覚えていた。
メルシーナを慰めるためのリファロの発言にはメルシーナたち天使の幹部ですら全ては把握していなかったカリオルクァ神聖国の施策とその効果についての説明が含まれていたからで、おそらく無駄だろうが今回のリファロの発言内容が正しいかどうかを盗賊団関連の仕事が終わり次第調べようと考えながらメルシーナはリファロに質問をした。
「私たちが国を通して兵士たちに盗賊団を捕まえさせるのでは駄目?」
「それだと早くても盗賊団が捕まるの二十日後とかになりますよね?」
盗賊団は各国の兵士たちとの衝突を避けるために大きな街から離れた場所で活動する事が多く、こうした場所にはまだ魔導通信機が配備されていなかったので兵士たちによる盗賊団への対応はどうしても時間がかかってしまった。
「……こっちの都合で悪いんですけど今回盗賊団を一度に捕まえるのは僕がその気になればどこにいる犯罪者でもすぐに捕まえられるって事を伝えるためなので、遅くても十日以内には捕まえたくてここは譲れません」
リファロが示したカリオルクァ神聖国内の三ヶ所で盗賊団を十日以内に捕らえるためにはメルシーナたちは空を飛べる天使を動員するしかなかった。
そして発言内容とは裏腹のリファロの押しの弱さからここで自分が天使の動員を断れば間違い無くリファロ自らカリオルクァ神聖国に来るとメルシーナは判断し、自分たちの助力が必須ではないと考えている様子のリファロに少なからず怒りを抱きながら妥協案を口にした。
「あなたに頼まれて盗賊団を捕まえただと外聞が悪いから私たちが前から盗賊団について相談してたって事にしてくれない?」
「分かりました」
メルシーナが出してきた妥協案は『回答者』で予想していた通りの内容だったのでリファロはすぐに受け入れ、このリファロの反応を受けてメルシーナはここまで全てリファロの思い通りだったかと眉をひそめた。
しかしこちらの心を読める上に自分を含む世界中の全ての存在が相談役についている相手に口で勝てるわけが無いとメルシーナは考え、戦闘でもリファロには勝てないがと自嘲していたメルシーナを前にリファロは話を進めた。
「……今後の事を考えるとただではやりたくないので全部の国がギルドに仕事を出すって形にしたいんですけど大丈夫でしょうか?」
「ええ、実際に盗賊団を捕まえるのは三日後、四日後なんでしょう?それならそれぞれの国への根回しは私の方でしておくわ。依頼料の取り分はあなたたちが八割私たちが二割でどう?」
スイリーシュはリファロの各国への影響力の拡大を恐れていたので天使二百人程度の動員は許可してくれるだろうと考えながらメルシーナはリファロとの話を続けた。
「……アッキム王国に私たち何の伝手も無いんだけどアッキム王国との交渉はあなたに任せていい?」
「はい。元々僕たちだけやるつもりだったので他の国を任せられるだけで助かるので」
さすがに口にはしなかった自分が頼めばアッキム王国は街を一つ差し出せという無茶な命令でも断れないとリファロは考えていたので、盗賊団討伐の許可と料金の支払い程度は簡単に通ると考えていた。
「後、さすがに八割はもらい過ぎなのでせめて六割にしてもらえませんか?」
「……あなたがそれでいいなら構わないわ」
すぐに動かせる手持ちの金が少なかったリファロにとって今回の依頼料の二割は大きかったが金に汚いなどという評判が広まっても困るので今回は見栄を張り、依頼料自体に全く興味が無かったメルシーナは深く考えずにリファロの提案を受け入れた。
「それにしてもあなたに逆らう様な愚か者が、よりにもよってアルベール魔王国から出るなんて驚きね」
恩知らずという言葉を思い浮かべながらのメルシーナの発言を受けてリファロは気まずそうな表情を浮かべながら口を開いた。
「……アルベールのみなさんからすればアッキムの兵士たちも僕も同じ人間ですからね。人間に自分たちの国をいいようにされて不満があったみたいでこれは僕の考えが甘かったです」
「……あなたが気にするような事じゃないと思うけど、……まあいいわ」
この化け物がこれぐらいお人好しでなければ今頃人間の国だけではなく自分たちもどうなっていたか分からないと考えながらメルシーナは思い浮かべた言葉をいくつも飲み込み、その後レオエフェールの近況を尋ねてから盗賊団のもとに転移するリファロを見送った。
二日かけて各国で活動している盗賊団に自首を勧めた翌日、オムニプルが予定通りニードベルにあるリファロの屋敷に引っ越してきた。
オムニプルは眷属のラミア、オレインの他にラミアやハーピィの使用人八人を引き連れており、予定通りオムニプルの使用人たちはアクレナに連れられて屋敷へと向かった。
「ようこそ。まずは部屋に案内しますね」
オレインの部屋はマナリュースたちが寝泊まりしている使用人用の寮に用意されていたが仮にも王族のオムニプルを使用人たちの寮で寝泊まりさせるわけにもいかず、オムニプルの部屋はリファロの屋敷に用意されていた。
そして一人残っていたエルフの使用人、ポウデュースの案内で屋敷に向かう途中、リファロたちは工具や資材を手にした男女のドワーフと出くわし、ちょうどよかったのでリファロは二人をオムニプルたちに紹介した。
「レマトさんとギロッカさんです。屋敷の修理とか僕が欲しい道具の作成をお願いしてます」
「……レマトだ。あまり屋敷にはいないが簡単な修理ぐらいなら言ってもらえればいつでも受ける」
魔導拡声器作成等のリファロからの依頼を日夜行っているレマトたちは他の使用人たちとは別に活動しており、リファロやオムニプルの世話は二人の仕事ではなかった。
このため今日オムニプルが引っ越してくる事こそ聞いていたが自分たちには関係無いと考えていたレマトは驚きも手伝いオムニプルたちに素っ気無い態度を取ってしまい、レマトの態度を受けてオムニプルとオレインはわずかに表情を硬くした。
そしてオムニプルたちの変化を前にしてポウデュースが動揺を露わにする中、リファロはすぐに口を開いた。
「レマトさん、腕輪の件は無理言ってすみませんでした」
リファロは魔導通信機の小型化を以前からレマトに頼んでおり、使用者の膨大な魔力を前提とした腕輪型の魔導通信機の試作機二つをレマトとギロッカは昨日完成させたばかりだった。
本来は後二ヶ月はかかると言われていた腕輪型の魔導通信機を盗賊団との戦闘前に完成させて欲しいとリファロは無理を承知でレマトたちに頼み、レマトたちはリファロの急な頼みに呆れながらも何とか無理難題をやり遂げた。
「構わんさ。こっちも仕事だ。……ただし渡す時にも言ったが急ごしらえだから二十回も使えないはずだ。あんたは自分で創れるだろうが竜のお嬢ちゃんはそうもいかんだろう。使う時には気をつけてくれ」
レマトは先の戦争で家族を全員失い半ば自棄になっている節があり、リファロが上下関係や礼儀をあまり気にしない事もあり誰にでもこの話し方だった。
ニードベルを譲り受けた際、用意される使用人は基本的に誰でもいいとリファロは考えていたが技術職を担当するドワーフだけは別で、すぐにニードベルに派遣できるドワーフの中で一番優秀なドワーフがレマトである事を『回答者』で把握していた。
このためリファロは名指しこそしなかったが派遣されるドワーフは技術さえ確かなら性格に文句は言わないとニードベルを譲り受ける際にアルベール魔王国側に伝え、そもそもの希望者が少なかった事もありレマトが派遣されてきた。
「はい。とりあえずの連絡ができればそれでいいので大丈夫です。あれが無いと明日からの仕事がやりにくかったので本当に助かりました」
「……そうか。もう行くぞ」
こう言うとレマトはオムニプルたちに一度視線を向けてから作業場へと向かい、慌てた様子でリファロたちに頭を下げてきたギロッカも作業場に向かった後、リファロは気まずそうな表情でオムニプルたちに謝罪した。
「……すみません。言い訳になっちゃいますけど僕があまりそういうの気にしないのでレマトさんいつもあんな感じで」
「いえ、お気になさらないで下さい。少し驚きましたけど私たちも客として来たつもりはありませんので。その内慣れると思います」
現時点でオムニプルとまで婚約するつもりは無かったリファロはこのオムニプルの発言にうまく返事を返せず、とりあえず礼を述べると再びオムニプルの部屋へと向かった。
「先程おっしゃっていた仕事というのは何かお聞きしてもよろしいでしょうか?」
リファロが自分との婚約に積極的ではない事に気づいていたオムニプルは機会さえあればリファロに自分を売り込もうと考えていたので先程知ったばかりの仕事という言葉に興味を示し、特に隠す理由も無かったのでリファロはオムニプルの質問に答えた。
「……アッキム王国でもお仕事をするのですね」
他の多くの魔族同様、アッキム王国の人間など全員死ねばいいとオムニプルは考えていたので、アッキム王国の人間同士で殺し合いや奪い合いをしようが、盗賊たちがリファロに殺されようと知った事ではなかった。
しかしリファロがアッキム王国を助けるべき対象だと考えている事にオムニプルには複雑な感情を抱いている様子で、不満や心配を抱いていたオムニプルにリファロは申し訳無さそうな表情を向けた。
「……アルベール魔王国のみなさんにアッキム王国のした事を許して欲しいなんて言うつもりはありません。でもせっかく強い力を手に入れたんですから僕はできるだけ多くの人を助けたいんです。……まあ、僕が犯罪者には容赦しないって事を広めたいとか周りの国全部に恩を売りたいみたいな打算もありますけど」
「……リファロ様に二度も助けていただいた私がリファロ様のそのお考えに文句を言うわけにはいきませんね。私も着いて行きリファロ様のお役に立てればいいのですが私は正直荒事は苦手です。一日でも早くリファロ様のお役に立てるように何ができるか私なりに考えてみます」
「はい。……まあ、焦らずにがんばって下さい。すみませんけどあさってまでは少し忙しいのでこれで失礼します。また夕飯の時に」
「はい。お気をつけて」
こう言うとリファロはオムニプルの部屋を後にし、その後ポウデュースとオレインも寝具等の準備のためにいなくなった部屋でオムニプルは一人考えていた。
既にディルシュナと婚約している以上、魔王の一族であるという事は武器にならず、ディルシュナの様に眷属を二体用意できるわけでもなければ竜や天使の様に強さでリファロの役に立てるわけでもない。
この状況でリファロが自分を婚約者として見てくれないなどと嘆いても滑稽なだけだとオムニプルは自分を奮い立たせ、夕食前にエプランテかレオエフェールと話せればいいのだがと考えながら部屋を出た。




