嫁ぐ前に
「もちろん、ニードベルに滞在している内にリファロ様とオムニプルとの仲が深まれば言う事はありません。ですがオムニプルがゲルギーツに住めなくなった以上、新しい街に引っ越さなくてはなりません。……リキュアナで面倒を見てもいいのですが私共以外の魔王の一族がリキュアナにいても時間を持て余すと思いますので、ゲルギーツが安全になるか別の街と話がつくまで、どうかオムニプルの事をお願いできないでしょうか?」
各領地に文官がいるとはいえ王族にも決済や視察等の仕事はあったが、その領地の領主やその親族以外が王族としての仕事を行うと後継者を決める時の火種になる恐れがあった。
このためオムニプルがリキュアナに留まると無為な日々を過ごすしかなく、後継者争いに手を挙げる者がいないニードベルはオムニプルの避難場所に最適だった。
こうしたミルヒガナの説明を受けてリファロはオムニプルを引き取るぐらいなら別に構わないと考え始めたが、自分が二人以上の相手と結婚するつもりは無い事だけは今の内に伝えておく必要があると考えた。
「オムニプルさんがニードベルに来る件に関しては構いません。安全にも気を配ります。でも僕ディルシュナさん以外の人と結婚する気ありませんからね?」
「はい。ディルシュナとの婚約を受け入れて下さった時点で感謝しておりますので、オムニプルとの婚約には口を出すつもりはありません」
こう言うとミルヒガナはリファロに書類をいくつか差し出し、手渡された書類に目を通してリファロは驚いた。
リファロが国王になった際にアルベール魔王国内でのギルド支部普及と『回答者』の証拠採用実施を進める詳しい手順が書類には書いてあったからで、オムニプルが救出されてから考えられたはずの計画のあまりの詳しさにリファロは驚いた。
「……オムニプルさんと関係無く僕が国王になる前提で話を進めてたって事ですか?」
自分ですら数時間前まで知らなかったドランド魔王国独立からのオムニプルたちの救出を前提にこれだけの計画を立てられるはずが無い。
こう考えたリファロの質問を受けてミルヒガナは穏やか笑みを浮かべた。
「いえ、アマロロで何か不穏な動きがある事は報告を受けておりましたがまさか独立するとまでは考えておらず、さすがにニードベルを独立させようなどとも考えておりませんでした。しかしオムニプルがリファロ様に好意を持っていると知り、前から進めていた計画に少し修正を加えました」
ここまでミルヒガナの説明を聞いたリファロは書類に目を通しながらこれは絶対に少しの修正じゃ済まないだろうと絶句し、何とかリファロを不快にせずに説得できそうな事に安堵しながらミルヒガナは説明を続けた。
「ご相談せずに話を進めてしまいましたが、リファロ様のこれまでの功績を考えたら国王にならなくてもディルシュナたちを妻にする事は可能です。もしリファロ様が本当に国王になりたくないのであれば私共も計画を修正します。……領主への就任だけなら一ヶ月程で式典まで含めて可能ですがいかがなさいますか?」
あくまでリファロの意志を尊重するという態度を取るミルヒガナを前にし、自分が一領主に留まった際の各種作業の進行速度まで書類に記載しておいて白々しい事をと考えながらリファロは国王への就任を受け入れる事をミルヒガナに伝えた。
そして白々しいとは思いながらも怒りではなく敗北感を覚えている事をリファロは自覚し、これが王族かと感心しながらミルヒガナとの話を続けた。
いくら避難中とはいえ王族のオムニプルの移住にはそれなりの準備がかかり、三日後の朝にオムニプルが転移装置でニードベルに向かう事が決まった後、リファロは王城の転移装置でニードベルに帰った。
リファロが王城を後にした直後、場所を自分の部屋に変えてミルヒガナはディルシュナとオムニプルとの話を始めた。
「いくらリファロ様が相手とはいえ、私とオムニプルの二人をリファロ様の下に嫁がせる事によくみなさんが同意しましたね」
自分だけではなくオムニプルまでリファロの下に嫁ぐ事になりディルシュナが何も思わなかったと言えば嘘になった。
しかし子どもの頃から仲のいいオムニプルとリファロの妻の座を争いたくない、ここで揉め事を起こしてリファロとの結婚の話自体が消える事は避けたい、リファロとの結婚には不安もあるので自分より積極的なオムニプルが一緒なら心強い等の理由からディルシュナはオムニプルがリファロの下に嫁ぐ事に強く反対しなかった。
このため今のディルシュナの興味はミルヒガナがこの短時間でアルベール魔王国の幹部たちを説得した方法に向いており、特に隠す理由も無かったのでミルヒガナはディルシュナの疑問に答えた。
「少し時間が経ってからならアンシューカさんたちの説得は難しかったかも知れないけど、リファロ様がアマロロで暴れたすぐ後だったもの。リファロ様の怒りを抑えるためにあなたたち二人を嫁がせると言えば誰も反対はしなかったわ」
今回ヒクリバクたちは独立宣言と前後してリキュアナでのエルフやハーピィへの襲撃を行ったが、この襲撃をアルベール魔王国の管理不行き届きあるいは裏切りだとリファロに責められた場合、ミルヒガナたちは強く反論ができなかった。
今回はリファロの怒りがすぐにヒクリバクたちに向いた事もあり何もしなくても最悪の事態だけは免れただろうとミルヒガナも他のアルベール魔王国の幹部たちも考えていた。
しかしリファロがヒクリバクたちに制裁を加えると宣言した直後にミルヒガナがディルシュナとの婚約を持ち掛けなければリファロとアルベール魔王国の関係は確実に悪化していたので、王位継承権の低いディルシュナとオムニプルを嫁がせるだけでリファロとの関係を維持できるなら安いものだというミルヒガナの説明にアルベール魔王国の幹部たち全員が納得した。
「……バレームクはこれからどうなるのでしょうか?」
三日後にはリファロが統治するニードベルに向かう予定とはいえ、反逆者に奪われた自分たちの街の行く末がオムニプルは気になり、まだリファロからの報告以外の情報が一切入っていない街の処遇について尋ねられてミルヒガナは少し考え込んでから口を開いた。
「リファロ様から今回独立した街の内、バレームクとトービルには寛大な対応をして欲しいと言われているのでバレームクにもできるだけの事はするつもりよ。……あちらが謝罪してきてからの話だけど併合もするつもりで話を進めているわ。……ただし今回リファロ様が彼らに要求している『蘇生』の料金を払い終わるまでは併合は難しいわね。バレームクだけで『転移』の料金も入れると金貨八百枚以上を請求されているみたいだから」
金貨八百枚という額は人間の国で言うなら子爵や男爵といった下位の貴族では支払いに苦労する額で、貨幣自体があまり流通していないアルベール魔王国では貴重な品や労働力で支払うにしてもリキュアナですら一度払うのがやっとの額だった。
このため独立が宣言直後に事実上失敗して各領主たちの地位すら危ういアマロロを含む三つの街がこれだけの額を支払うのは大変難しく、バレームクがアルベール魔王国に併合されるのは早くても数年後という自分たちの予想をミルヒガナはオムニプルに伝えた。
「併合後のバレームクの領主はヘルチーニに任せるつもりだから安心して」
ミルヒガナにとっては弟、オムニプルにとっては叔父に当たる魔王の一族の名前をミルヒガナが出すとオムニプルは多少安堵した様子だった。
「バレームクの事は叔母様たちにお任せすれば大丈夫ですね。私はリファロ様の婚約者としてアルベール魔王国のためにも精一杯がんばります」
バレームクへの不安が無くなったわけではないが、具体的に何かできるわけではない自分がこれ以上不安を伝えてもミルヒガナに迷惑をかけるだけだと考えてオムニプルは意図して明るい表情を浮かべた。
そして意気込みを口にしたオムニプルからディルシュナに視線を動かしてからミルヒガナが二人に自分の考えを伝えた。
「……これは母や叔母としてではなくアルベール魔王国の妃としての命令よ。私たちの事は気にしなくていいから自分たちが幸せになる事だけを考えなさい」
実際に命令されても困ったがアルベール魔王国の有利になるようにリファロをたぶらかせと命じられたのならディルシュナもオムニプルも理解できた。
しかしミルヒガナが妃としてアルベール魔王国の事を気にしなくていいと命じてきた事に二人は戸惑い、予想通り必要以上に意気込んでいた様子の娘と姪を前にミルヒガナは説明を続けた。
「もちろんあなたたちをリファロ様の下に嫁がせる事に下心が無いと言えば嘘になるわ。でもあなたたちを利用してリファロ様を利用しようとしたらすぐにばれてリファロ様の怒りを買う事になるでしょうね」
味方の時の優しい、あるいは頼りになるリファロしか知らなかったディルシュナとオムニプルはミルヒガナの言う事を理解はできたが正直実感が湧かず、返答に困っている様子の二人にミルヒガナは安心するように伝えた。
「ええ、今私が言った事は分からなくていいわ。最悪の場合を話しただけで私たちがあなたたちを通してリファロ様を利用するつもりが無い以上、まずそんな事にはならないでしょうから」
「前にリファロ様とお話しした時、リファロ様は転移魔法を使って毎日精力的に働いているとおっしゃっていました。私もラルジュとエノンの力を借りて少しでもリファロ様のお力になれればと考えているのですがこれは魔王の一族の品位を下げるでしょうか?」
ディルシュナ本人の戦闘力は平均的な人間より少し上といったところだったが、不死身の体を持つ眷属二人を従えていたので魔獣狩り等の荒事で自分も少しは役に立てるとディルシュナは考えていた。
しかし王族が魔獣や場合によっては犯罪者への対応に間接的にとはいえ関わる事は本来あり得なかったので悩んでもおり、他の魔王の一族より優れた能力を持つ娘の悩みを聞きミルヒガナは少し考え込んでから口を開いた。
「リファロ様は王になったとしても今の暮らしを変えたりはしないでしょうね。それがニードベルの王族のやり方で、あなたが自分の意志でやりたいというなら私たちの事は気にせずに積極的にリファロ様のお役に立ちなさい。……ただ、リファロ様の近くには竜や天使もいるみたいだから彼女たちに張り合おうとして無理はしないように」
以前それとなくリファロに聞いたところ現在のリファロの直属の部下は全員が女らしく、彼女たちがディルシュナとオムニプルの障害になる可能性もあるとミルヒガナは考えていた。
しかし今のリファロの女慣れしていない様子を考えるとリファロと直属の部下の誰かが深い関係の可能性は低いともミルヒガナは考えており、異性関係の経験に乏しい二人を不必要に緊張させる事を避けるためにこの事には触れなかった。
「今回リファロ様がアマロロで行った事はリファロ様も望んでいるからすぐに国中に広めるつもりよ。だから今すぐ暴力に訴えてくるような愚か者は出ないと思うけどニードベルに行ったら気をつけてね。リファロ様は万能に近い方だけどいつもあなたたちのそばにいるわけにはいかないでしょうから」
リファロが全能である事は十分に理解していたがリファロに頼り切りになるつもりは無かったディルシュナとオムニプルはこのミルヒガナの忠告に力強くうなずき、その後オムニプルがある不安を口にした。
「先程少しお姉様とお話ししたのですがリファロ様の近くには女性が多いと聞きました。もし彼女たちがリファロ様に好意を向けていた場合どうすればいいのでしょうか?」
「……それは、……私も少し考えたけど、リファロ様が三人目の妻を迎えたいと言ったらあなたたちはどう?」
自分が避けた話題をオムニプルが口にした事にミルヒガナは戸惑ったが大事な事ではあったのでごまかすわけにもいかず、オムニプルはディルシュナに一瞬視線を向けてからミルヒガナの質問に答えた。
「……私はリファロ様をお姉様の間に割って入った身なのでリファロ様がお望みなら何も言えません」
「……私も、……リファロ様がそうおっしゃるなら……」
「……そう」
先程の発言と矛盾するがアルベール魔王国の妃としてはもう少し二人にはリファロに近づく女相手に強い態度を取って欲しかった。
しかしへたに問題を起こすよりはましで今後現れるかも分からない三人目を今から警戒してもしかたないと考えてミルヒガナは話を終わらせに入った。
「もし他にリファロ様を好きな相手が現れたとしても、その結果がどうなったとしてもリファロ様はさすがに暴れたりはしないと思うからあなたたちで納得できるように話し合って」
もしリファロが痴話喧嘩程度で暴力を振るう粗暴な性格なら自分たちは既に殺されるか慰み者にされているだろうと考えながらミルヒガナは二人に指示を出した。
「とりあえずはこんなところかしら。部下を待たせているからオムニプルはオレインと一緒にニードベルに行く準備を。もしゲルギーツから連れて行きたい部下がいるならリファロ様に頼むからできれば明日までに知らせて」
通常の『転移』一回の使用料、金貨三十枚程度ならミルヒガナ個人で出せたのでミルヒガナはオムニプルにこの様な指示を出し、オムニプルが部屋を出てからミルヒガナはディルシュナに話しかけた。
「リファロ様なら頼めばいつでもあなたたちを帰してくれるとは思うわ。でも一度嫁いだ王族が何度も実家に帰るのは外聞が悪いからあなたはニードベルに行くまで最低でもゼッナとバンキュメスにはあいさつに行って」
今回ミルヒガナが言及した街はどちらもアルベール魔王国南部の街で、ミルヒガナたちは知らなかったがバンキュメスはドランド魔王国への参加を秘密裏に求められた街でもあった。
さすがにドランド魔王国に参加した街以外の街までが自分たちに反旗を翻すとはミルヒガナたちも考えていなかった。
しかしアルベール魔王国北部の街、ニードベルが独立した上にニードベルの領主、リファロの下に魔王の一族が二人も嫁ぐとなると南の街の領主たちが不要な疑いを抱く可能性があったので、当事者の一人、ディルシュナに国を離れるあいさつも兼ねて南部の領主たちへの説明をさせようとミルヒガナは考えていた。
そして一時間程南部訪問について話し合った後、ディルシュナはミルヒガナの部屋を後にし、もし自分がリファロの妻、そして新しい国の妃となれば今回の様な仕事をする機会も増えるのだろうかと不安と責任感を抱きながら自分の部屋に戻った。




