婚約
ルドディスたちとの会議の直後、リファロが指定された部屋に入ると室内にはディルシュナがおり、リファロ同様緊張した様子でディルシュナはリファロに話しかけた。
「とりあえずお席にどうぞ」
「あ、はい」
ミルヒガナに突然告げられた婚約という言葉から緊張していたリファロはディルシュナに促されるまま席に着き、その後近くに控えていたディルシュナの眷属、ハーピィのラルジュとラミアのエノンは紅茶の用意をすると部屋を出て行った。
その後しばらくリファロとディルシュナは無言で視線を交わしていたが、このままではらちが明かないと考えてリファロの方からディルシュナに声をかけた。
「さっきお妃様からディルシュナさんとの婚約を考えて欲しいと言われました。……失礼な言い方になるかも知れませんけど一つだけ確認させて下さい。今後の僕との関係を考えて僕と婚約して欲しいとお妃様に言われていませんか?」
「……『回答者』で確認はしていないのですか?」
せっかくミルヒガナが用意してくれた好機においても自分からはリファロに好意を伝えられない自分の勇気の無さをディルシュナは恥じ、おそらく『回答者』の存在を前提にして自分の出方を伺っているディルシュナにリファロは自分の『回答者』の使い方について説明した。
「昔はそうじゃなかったんですけど好意まで『回答者』で知っちゃうのはずるい気がして今は相手の考えてる事は敵意や悪意以外は知らないようにしているんです」
自分に好意こそ持っているが種族としての価値観から一夜の関係以上の事を求めるつもりが無いニードベルのラミアやハーピィ数十人の誘いを一時期断り続けるしかなかった事を思い出しながらリファロは話を続けた。
「だからお妃様やディルシュナさんが僕を利用しようとしてるわけじゃない事は分かってます。……でも、僕一般の出だから想像でしかないんですけど王族のみなさんってその辺り自由にはならない印象なので、もしディルシュナさんが無理をしてるようなら僕の方からお妃様に、」
リファロはディルシュナとはこれまで数度お茶会に誘われた程度の関係で共に過ごした時間ならルドディスの方が長い程だったが、ディルシュナが自分の意見を強く主張できない性格である事は察していた。
このためディルシュナ本人の意思を無視して婚約の話が進んでいるなら自分の方からミルヒガナに断りを入れようとリファロは考えていたのだが、リファロの言葉を最後まで待たずにディルシュナは口を開いた。
「確かに今回の件はお母様が言い出した事です。ですが戦争前にも婚約の話は何度かありました。しかし王位はビンガが継ぐので私の結婚は急ぐ必要は無いので今まで婚約の話は全て断ってきました。今回のお話は相手がリファロ様だからお受けしたのです!」
先程オムニプルと交わした話の内容を思い出しながらディルシュナはリファロに正面から視線を向け、普段より大きな声で自分の考えを伝えてきたディルシュナを前にこれ以上無理強いされていないかを確認するのは卑怯だと考えながらリファロは口を開いた。
「今までそういう事を考えた事が無かったので正直自分がディルシュナさんの事を好きかは分かりません。でも僕の事を好きだと言ってくれたのは嬉しいです。……これからよろしくお願いします」
「はい!」
戦争前のアルベール魔王国の状況を考えるとディルシュナは二十年以内には血縁関係が遠い魔王の一族の誰かの下に嫁ぐ可能性が高くバレームクやその親戚に嫁ぐ可能性もあった。
このため結婚を義務としか考えていなかったディルシュナにとっては好きな相手と結婚できるというだけで幸せで、リファロに明確に好きと言ってもらえなかった事は残念だがここまで自主的には何もしてこなかった自分が現状以上を望むのは傲慢が過ぎるとディルシュナは考えていた。
そして必死の勇気を振り絞り放心状態だったディルシュナにリファロは今後についての質問をした。
「一応聞きますけど僕がアルベール魔王国の王族になるって事じゃないですよね?」
「はい。申し訳ありませんが魔王の一族以外が王族になれるとなったらまた今回の様な事になるかも知れませんので……」
領主の座すら自分には荷が重いと思っていたリファロはディルシュナの発言を聞いても特に落ち込まず質問を続けた。
「具体的に今すぐ何かが変わったりするんでしょうか?」
「私たちの婚約の発表自体は二日後の予定ですけどそれ以外は特には……。一応私たちも王族なので実際に嫁ぐとなると色々準備があります。だからリファロ様のお屋敷に住むのは数ヶ月先になると思います」
屋敷に住むと口にした直後、何を考えたのはディルシュナの顔がわずかながら赤くなったがリファロはこれを指摘せず、多少好奇心が湧いたが『回答者』も使う事無く新たに気になった事を尋ねた。
「……僕の領主就任は一ヶ月ぐらい後だと思ってたんですけどディルシュナさんの引っ越しってかなり後になるんですね」
数日前に『回答者』で確認した事実を基にしたこのリファロの発言の直後、ディルシュナの表情が硬くなり、何か変な事を言っただろうかと戸惑うリファロの疑問にディルシュナは申し訳無さそうな表情で答えた。
「……リファロ様が私との婚約を受けて下さった事は嬉しく思っています。ですが実はオムニプルもリファロ様と婚約したいと申しておりまして、そうなるとリファロ様が領主のままでは話を進めるのが難しいとお母様が申しておりました」
「……はい?」
明確に自分に敵意を持っている相手以外に『回答者』を使わないという自分の方針が間違っていたとまでは思わなかったが、突然ディルシュナが口にしたオムニプルとの婚約という発言に驚いたリファロは一瞬『回答者』を使いたいと思ってしまった。
そして自分が領主のままでは話を進めるのが難しいというディルシュナの発言にリファロの困惑は深まるばかりで、何から尋ねればいいか分からず困惑していたリファロにディルシュナはミルヒガナから聞いた話をそのまま伝えた。
「お母様はニードベルに独立してもらいリファロ様に国王になって欲しいそうです」
ディルシュナに返事を返す事に気力を使い果たした直後にオムニプルとの婚約や王位就任と予想もしていなかった事を立て続けに告げられてリファロは混乱した。
そしていきなり訪れた窮地を打破するために『回答者』を使おうとしていたリファロにディルシュナはそろそろミルヒガナの準備が終わっている頃だと伝え、ミルヒガナから直に説明を聞いた方がいいだろうと考えたリファロは『回答者』の発動を止めてミルヒガナの到着を待った。
「事前に何の断りも無く話を進めてしまい申し訳ありません」
オムニプルと共に姿を現したミルヒガナは口を開くなりリファロに謝罪し、ここはさすがに怒った方がいいのだろうかと考えながらリファロはミルヒガナに話しかけた。
「えーっと、オムニプルさんとの婚約の話も驚いたんですけど僕を国王にするってどういう事ですか?」
確かにリファロは以前ギルドを追放された時の様な理不尽な目に遭わない様に地位を手に入れようと考え、アッキム王国の兵士たちを追い返す見返りにニードベルとその領主の地位をアルベール魔王国に求めた。
しかしアルベール魔王国から独立して国王になるなどリファロは考えた事すら無く、国王就任が自分を喜ばせるとミルヒガナが勘違いしているなら今すぐ否定しようと考えていたリファロにミルヒガナは再度謝罪した。
「もちろんリファロ様に私共から独立して国を持ちたいなどという野心が無い事は存じております。これは完全に私たちの都合です。……こちらからディルシュナたちとの婚約を持ちかけた身で勝手な事を言っている事は重々承知しているのですが、仮にも王族二人が嫁ぐ相手が一領主となると妙な前例になりかねませんので……」
このミルヒガナの発言を受けてリファロはそれならオムニプルとの婚約を止めればいいと考え、そもそも今日助けただけのオムニプルとまで婚約するなど意味が分からないとミルヒガナに伝えようとした。
しかし不安そうにしながらも先程のディルシュナ同様の視線を向けてくるオムニプルが視界に入りリファロは言葉に詰まり、少し考えてからオムニプルに話しかけた。
「さっきディルシュナさんにも聞きましたけど国のために無理したりしてませんか?ディルシュナさんが僕の事好きだったって事にも驚いたんですけど、僕とオムニプルさんってほとんど会った事無いですし、前一度会った時は僕の事怖がってましたよね?」
貴族ならともかく平民の出の自分に妻を二人持つなど荷が重いとリファロは考え、同時にさすがにオムニプルとの婚約はミルヒガナ主導のものだろうと考えていた。
このためリファロはここでオムニプルが嘘をつくようならミルヒガナに苦言を呈すつもりでオムニプルの発言を待ち、リファロたち三人の視線を受けながらオムニプルはリファロに近づいてきた。
「手を繋いでもらえませんか?」
意図がつかめないオムニプルの要求にリファロは驚いたが特に断る理由も無かったのでオムニプルが伸ばした右手を握り、見た目が同年代のディルシュナならともかく年下のオムニプルと手を繋いでもリファロは動揺も緊張もしなかった。
しかしオムニプルはリファロと手を繋いだ直後に顔を赤くしてうつむいてしまい、一度手を離して落ち着くのを待ってからリファロはオムニプルに話しかけた。
「僕に助けてもらった感謝と好きって気持ちを勘違いしてるだけの可能性もあるので、今急いで婚約とかしなくても……」
実年齢はともかく見た目は十歳程の少女の高揚した気持ちをリファロは自分なりに落ちつけたつもりだったのだが、リファロの視線と発言を受けてもオムニプルは引き下がらなかった。
「確かに感謝はしています。でも今のリファロ様への気持ちは絶対に感謝などではないです!……私はまだ五十五歳なのでお姉様の様な魅力は無いかも知れませんけど、後三十年程待ってもらえればきっとお姉様にも負けない素敵な淑女になってみせます」
魔王の一族は若い内は肉体の成長は緩やかで成長が止まる四十代程の見た目に成長するまでは人間の五、六分の一の早さで歳を取り、その後は長ければ五百歳程までは生きられる種族だった。
素敵な淑女云々はともかくそもそも二人と同時に結婚する事自体にリファロは消極的だったので、今も熱い視線を送ってくるオムニプルとの婚約は断ろうと考えていたのだが先程のオムニプルの態度を考えるとなかなか強く出られずにいた。
そして十秒程リファロとオムニプルが無言で見つめ合った後、ミルヒガナが助け舟を出してきた。
「オムニプルはまだ幼いのでリファロ様が婚約をためらうのも無理はありません」
別にオムニプルとの婚約をためらっている理由は年齢ではないとリファロは思ったがオムニプル相手に何を言えばいいか分からず困っていた事も事実だったので何も言わず、その後ミルヒガナはリファロにある提案をした。
「オムニプルをニードベルで引き取っていただけないでしょうか?」
このミルヒガナの発言を受けてミルヒガナがなし崩し的に既成事実を作るつもりかとリファロは警戒し、このリファロの警戒をミルヒガナは認めた。




