暴挙
リファロが『奉身者』に異常を覚えた二時間程前、アルベール魔王国の首都、リキュアナを二人のエルフが歩いていた。
二人は父と娘で国の役職に就いているわけでもなければ市民の中で目立つ存在でも無かったがどちらも『奉身者』の協力者だった。
妻(母)と息子(兄)を殺したアッキム王国を憎んでいた二人は国の募集を受けてすぐに『奉身者』への協力を申し出、『転移』の代償、一時的な異能の喪失の影響を他の種族より受けない事もあり戦争終了後は心の傷こそ癒えていなかったが比較的穏やかに過ごしていた。
元々ほとんどのエルフは街中でなく森に住んでいたがエルフだけ各街の復興に参加しなかった場合、他の種族からの心証が悪くなるので二人も他のエルフ同様復興作業に参加するため街に留まっていた。
アルベール魔王国の魔族たちにとっては複雑ではあったがアッキム王国から奪った魔導装甲や転移装置等のおかげでリキュアナの復興は順調に進み、他の多くのエルフ同様二人も来月には以前住んでいた森に帰る予定だった。
そして森に帰る前に一度リキュアナを見て回ろうと考えた二人は休みが重なった今日街へと繰り出したのだが、宿を出て十分もしない内に自分たちを一人のオーガが尾行している事に気づいていなかった。
二人のエルフを尾行していたオーガは周囲の様子を伺いながら街中を進み、そして周囲の通行人が増えたと判断するなりエルフたちに襲い掛かった。
オーガはエルフの娘の両脚を右手で握りしめたまま持ち上げるとそのままエルフの娘を顔から地面に叩きつけ、その後両脚をへし折られたエルフの娘は近くの建物に叩きつけられた。
あまりに突然の出来事にエルフの父親は娘の脚が折られるまで異変に気づけず、建物の壁で背中を強打してか細い息を吐くのがやっとの娘を見てもすぐには現状を受け入れられなかった。
しかし突然の凶行に混乱していたエルフの父親の事情など襲撃犯のオーガの知った事では無く、オーガは自分をにらみつけようとしたエルフの父親を両手で捕まえると相手の左腕を力任せに引き千切った。
「うがあぁぁっ!」
引き千切られたエルフの左腕をオーガが無造作に捨てる中、傷口から血を流し続けていたエルフは痛みに顔を歪め、抵抗する気力など全く残っていなかったエルフはオーガが手を離すと力無く地面に落ちた。
そして傷口に右手を伸ばそうとしていたエルフの両脚をオーガは力強く踏みつけ、足下から聞こえる悲鳴を無視して踏みつけを続けるオーガを見て周囲の魔族たちはようやく目の前の事件に反応を示し始めた。
「おい!誰か見張りを呼べ!」
「逃げろ!いきなりオーガが暴れ始めた!」
戦争終了直後こそアルベール魔王国の治安は悪化していたが、今のアルベール魔王国は一応国の体勢が整い始めていた事に加えてリファロの協力もあり治安は戦争前と同等までに回復していた。
このため突然のオーガの凶行に周囲の魔族たちは悲鳴をあげながら逃げ惑い、予想通りの反応を示した魔族たちに聞こえるようにオーガは大声をあげた。
「心配するな!我々は人間に尻尾を売る裏切り者以外には手を出さない!このエルフたちはリファロという人間に手を貸し、アルベール魔王国を危機に陥れたので罰を与えた!今後もあの人間に協力した魔族には我々の仲間が罰を与える!」
こう言うとオーガは近くに倒れていたエルフの父娘の脚を掴み、わざと顔が地面にこすれる様にエルフ二人を引きずりながら街の中を歩き出した。
オーガ三十人程による『奉身者』への協力者襲撃はほぼ同時刻にリキュアナの各地で起き、被害者八十一名は全てエルフかハーピィで被害者の内、九名が襲われてから一時間以内に死亡した。
今回の襲撃犯たちの主張は瞬く間にリキュアナ中に広まり、保護を求めて王城に押しかけた協力者たちのほとんどはリファロに協力した事を後悔し始めていた。
この結果『奉身者』への協力を続けようと考える魔族の数は三百人以下になり、異常に気づいたリファロはリキュアナに転移してすぐに被害者たちの治療を終え、その後アルベール魔王国の幹部たちに現状を説明するために王城に向かった。
「今回怪我をした人たちはもう治しました。……でも亡くなった九人は今『蘇生』が使えないのですぐには助けられません」
一応今回の犠牲者たちの遺体は氷漬けにしてリキュアナで保存してもらう手はずになっていた。
しかし強化された『奉身者』が再び使えるか分からない今、亡くなった九名を助けられるかは分からずリファロは歯噛みした。
自分を快く思っていない魔族がいる事は知っていたが同じ魔族に危害を加えてまで敵意を露わにするとまではリファロも思っておらず、黒幕と襲撃犯全ての名前を既に把握していたリファロは自分のこれまでの対応が甘過ぎたかと後悔した。
そして今回の黒幕たちを短絡的に力で潰したいという自分の考えを必死に押し殺していたリファロにアルベール魔王国の治安維持を司る幹部のリザードマン、トリュゼッハが声をかけた。
「先程いただいた情報を基に今回の犯人たちの追跡は既に始まっています。程無く全員を捕まえる事ができると思います」
「……そうですか」
今回の襲撃犯たちは『奉身者』の協力者への脅迫が目的だったのでわざと人目が多い場所で犯行に及んでいた。
このため自分からの情報が無くてもトリュゼッハの部下たちは襲撃犯を全員捕らえる事ができただろうとリファロは考えたが、他の幹部同様、トリュゼッハが自分に気を遣っている事を把握していたので短く返事を返すだけに留めた。
「犯人たちが全員捕まれば分かる事ですけど今回僕に協力してくれてたみなさんを襲ったオーガは全員アマロロの出身です」
今回の犯人たちの出身地を聞き室内の魔族のほとんどがある魔族の名前を思い浮かべて表情を硬くし、幸か不幸か彼らの予想は当たっていた。
「今回の襲撃を命じたのはヒクリバクさんで後二時間ぐらい経ったらトービルとゲルギーツと一緒に独立を発表するみたいです」
ヒクリバクはアルベール魔王国南西部にある街、アマロロの領主を務めるオーガで戦争終了後王城での会議にも一度参加した事があった。
この会議にはリファロも参加しており、この時のヒクリバクの自分への敵意を隠そうともしない態度をリファロは今でも覚えていた。
ヒクリバクは前回の会議以降中央との距離を取り始めており、戦争前から問題発言が多かったヒクリバクを切り捨てられるならアマロロが独立しても構わないと考えていたミルヒガナたちを含むアルベール魔王国の幹部は最近のヒクリバクの行動を不快にこそ思っていたが警戒はしていなかった。
しかし今回、ヒクリバクはリファロがアルベール魔王国との関係を考え直すと言い出してもおかしくない程の短絡的かつ直接的な手段でリファロとアルベール魔王国に反旗を翻した。
このため今回集まったアルベール魔王国の幹部はリファロがいつ怒り出してもいいように心構えをしており、自分に気を遣い過ぎてアマロロを含む三つの街の独立という一大事に反応する余裕が無かったルドディスたちにリファロは安心するように伝えた。
「今回の事はもちろん怒ってますけどみなさんにあたるつもりは無いから安心して下さい」
「では、リファロ様はヒクリバク殿たちにはどの様に対応なさるおつもりですか?」
同じオーガの蛮行を受けて肩身が狭いのか他の魔族よりも緊張した様な表情を浮かべるオーガ、バーキレスの質問にリファロは無表情で答えた。
「今すぐヒクリバクさん捕まえたいのはやまやまですし、この話し合いが終わったら一度ヒクリバクさんのとこに行くつもりですけど、今回の件がヒクリバクさんの指示だって証拠が無いんですよね」
今回の襲撃犯たちは逮捕はもちろん死刑すら覚悟して今回の犯行に及んでおり、自分たちがアルベール魔王国の活動方針に口を出すリファロと人間の指示に従い続けるアルベール魔王国の現幹部への義憤で動いた有志だと彼らが主張する予定である事をリファロは『回答者』で把握していた。
そして彼らが自分たちはヒクリバクの指示を受けたわけではないと主張し続けたら自分だけでなくアルベール魔王国もヒクリバクを追求する決め手が無い事もリファロは知っており、現行犯ならともかく指示役を『回答者』を根拠に逮捕する事ができない事はルドディスたちもすぐに理解できた。
「一応ヒクリバクさんを捕まえる方法は考えてますけど今すぐ殴り込むとかは考えてませんし、みなさんに八つ当たりするつもりも無いので安心して下さい」
もうすぐ姿を見せるはずのミルヒガナにリファロは一つ頼み事をするつもりだったがこの場では口にせず、ヒクリバクのもとに向かう前に済ませるべきある事の手はずを視線を動かさないように努めながら考えていたリファロに政務を担当しているハーピィ、アンシューカが質問をしてきた。
「リファロ様、今回襲われたのがハーピィとエルフだけなのは偶然ではありませんよね?」
このアンシューカの質問にリファロは表情を硬くし、どう答えを取り繕うか考えていたリファロにルドディスが話しかけた。
「お気遣い感謝します。ですがヒクリバクは以前から問題行動が多い男でした。そのままお伝え下さい」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。……今回ヒクリバクさんはハーピィとエルフ以外は狙わないように部下のみなさんには指示を出していたみたいです。……脅すのが目的なのでできるだけ殺さないように言ってたみたいですけど」
戦争以前からヒクリバクは他種族への差別的な態度を隠しておらず、特に森からほとんど出てこないエルフとアルラウネ、そして女しか生まれてこないエルフとハーピィへの態度はアルベール魔王国の先代国王、ディルグリオンに何度注意されても治らない程酷かった。
このためリファロの発言を受けて室内の魔族たちは誰も驚かなかったが、アンシューカはもちろん他のハーピィやエルフたちも怒りの表情を浮かべていた。
「今回アマロロのオーガたちに九人もの国民が殺されましたし、リファロ様のおかげで命は助かりましたが他の被害者たちも心に大きな傷を負ったはずです。今すぐヒクリバクを捕まえては下さらないのですか?」
このアンシューカの発言に続く形で他の魔族の視線も自分に向けられる中、リファロは今すぐにヒクリバクを捕まえない理由をアンシューカたちに説明した。
「今すぐヒクリバクさんを捕まえてくるのは簡単です。でも『回答者』以外の証拠無しでヒクリバクさんを捕まえても独立しようとしてる三つの街が更に反発するだけだと思うんです。実際今回ハーピィやエルフを襲ったオーガたちも『回答者』は僕が勝手に言ってるだけで証拠にならないって主張するつもりみたいですし」
「……ではこのままヒクリバクを放置するおつもりですか?」
ここでリファロに怒りをぶつけてもしかたがない事を自覚しながらもアンシューカはリファロへの質問を続け、そろそろアンシューカを止めるべきかとルドディスが考えた頃、リファロが口を開いた。
「放置?まさか」
リファロは別に声を荒げたわけではなかったがこの発言で室内の魔族は全員がリファロの怒りを感じ取り、アンシューカですら焦りと共に冷静になる中、リファロは話を続けた。
「僕の不手際でこんな事件が起きた事は本当に申し訳無く思っていますし、ヒクリバクさんと部下のみなさんをこのまま済ませるつもりはありません。正直に言うなら今すぐアマロロに行って竜に変身してヒクリバクさんを屋敷ごと焼き払いたいぐらいです」
誇張でも何でもなく目の前の少年にはこれができる。
何かの手違いでこの怒りが自分たちに向かわないように細心の注意を払おう。
大なり小なり魔族は他の種族に対して差別意識を持っているものだが、増長した結果この化け物の怒りを買う形で差別意識を暴走させてしまったヒクリバクとその部下たちは本当に愚かだ。
リファロへの恐怖やヒクリバクへの怒りや呆れ等から様々な表情を浮かべた室内の魔族たちを見てリファロは自分の判断に自信を持ちながら話を続けた。
「でもヒクリバクさんたちを力で叩き潰したとして、それで僕が他の魔族のみなさんから怖がられるのって割に合わないと思うんですよ。……言いにくいんですけどこうやって実際に話してるみなさんですら僕を怖がってるわけですから、僕が実際にアマロロと他の二つの街で暴れたら話だけを聞いた魔族のみなさん、僕の事本気で怖がると思いますし」
惜しくないと言えば嘘になるが強化された『奉身者』が使えなくなる事を恐れて自分の行動を制限するつもりはリファロには無かった。
しかし同じ国の国民の殺害すらためらわない差別主義者を殺した結果多くの魔族に恐れられるのはさすがに理不尽だとリファロは考え、リファロに図星を指されて室内の魔族が何も言えなくなってからしばらくしてミルヒガナが会議室に姿を現した。
「遅くなり申し訳ございません!」
襲撃事件が起こった頃、ミルヒガナは慰問のためにリキュアナの近くの町に向かっており、移動中に知らせを受けて慌ててリキュアナへと戻って来た。
こうしたミルヒガナの事情を知っていたリファロはむしろミルヒガナの到着が早かった事に驚くと同時に感謝し、ミルヒガナが席に着いた直後、自分がヒクリバクたちをどうするつもりかをミルヒガナたちに説明し始めた。




