工事現場
アルベール魔王国北東部にある街、ピューダンはリファロがもらい受けたニードベル同様戦争初期にアッキム王国軍による被害を受けた街で、レオエフェールは昨日からピューダンで復興作業に従事していた。
「この石材と木材は東に運んで。向こうに着いてからの指示はまた後で出すから」
このレオエフェールの指示を受けて既に召還されていた天使たち五十人は資材の入った箱を数人ずつで持ち上げ、五メートル程上昇すると空路を最短距離で移動を始めた。
「デニシュ村の方はもうあちらだけで終わりそうなのでデニシュ村に行く予定だった二十人は壊れた建物の撤去に回してもらっていいですか?」
「分かりました。でも人数が増えると魔導通信機の数が足りないかも知れません」
レオエフェールに限らず天使が召還した天使は召還主の指示に従うだけの存在で、逐一指示を出さなければ何もできない戦闘以外での使用が難しい存在だった。
魔導通信機のおかげでレオエフェールは離れた複数の場所に天使を送り込み復興作業を手伝えていたが、今のリファロとアルベール魔王国にレオエフェールのために用意できる魔導通信機は多くなかった。
このためレオエフェールはかなり広範囲に散らばりがれきの撤去作業を行う予定だった天使たちの数のいきなりの増加に対応できるか不安だったのだが、レオエフェールと打ち合わせをしていたピューダンの領主を務めるエルフ、クインセンは既に手を打っていた。
「今日早めにオーガたちを出勤させてがれきを二ヶ所に集めさせました。ですから天使への指示は魔導通信機一個で出せると思います」
「……なるほど、後は予定通りでいいですか?」
「はい。事後報告になってしまい申し訳ありません」
アルベール魔王国北部では領主の六割以上が戦争で死にクインセンも戦死した前領主の後を継いだばかりで、更に領主以外の役職に就いていた魔族も多く死亡した事で首都との意思疎通だけではなくそれぞれの街に限っても指揮系統が混乱していた。
こうした状況下でリファロの能力や魔導通信機といったこれまでの前提を覆す要素にも慣れる必要があった今のアルベール魔王国の指導者たちは終日頭を回転させており、復興工事に関わらず当日の予定変更は今のアルベール魔王国では珍しくなかった。
このためレオエフェールは突然の予定変更にも全く怒りを覚えず、近くで待機させていた天使百人に一度視線を向けてからクインセンに返事を返した。
「今は忙しい時期ですからしかたないと思います。さすがにリファロ様の転移魔法は気軽には使えませんからね」
天使への指示は魔導通信機でも出せたが現場の様子を見られない状況での指示出しはやはり面倒で、近くにいる魔族から説明を受けながらレオエフェールは昨日から遠く離れた天使たちに指示を出していたがリファロが『転移』を使えばこの問題はすぐに解決した。
しかし通常の『転移』ですら使用料金は金貨三十枚と高価だったので工事の移動のために気軽には頼めず、レオエフェールの派遣も有料でこそあったが被害が酷いからとニードベルよりピューダンの復興を優先してくれたリファロにクインセンを始めピューダンの領民は感謝していたので、レオエフェールの一日の派遣料金貨一枚程度は気にもしていなかった。
「さてと、じゃあ、私もそろそろ行きますね」
「はい。……天使のレオエフェール様が直々に働いて下さり私はもちろん領民はみな感謝しております。もし不都合な点等がありましたらいつでもおっしゃって下さい」
「……はい。その時はお願いします」
ピューダンの発言を聞いたレオエフェールは天使が過度に神聖化されていると感じて一瞬口を開きかけた。
しかしレウグ聖峰から出て多くの人間や魔族のために働こうとしない他の天使たちに呆れてこそいたレオエフェールも天使が軽視される事までは望んでいなかったので結局何も言わず、それぞれ手に工具等を持った天使百人を引き連れて持ち場へと向かった。
天使が押さえている木材を別の天使がのこぎりで切り、そこから少し離れた場所では天使数人がレンガを積み塗装に取り掛かろうとしている光景を眺めながらレオエフェールと魔族たちは昼食を取っていた。
疲労も空腹も覚えないレオエフェールは召還した天使たちと共に働き続けても構わなかったのだが、召還した天使はともかくレオエフェールは他の魔族たちと同じ時間に休息を取るようにリファロから言われていたのでしかたなく作業を中断した。
天使が数人がかりで工具で地面を掘り支柱を埋めているという他の天使が見たら怒り狂うか卒倒しかねない光景を眺めてレオエフェールはこれが天使のあるべき姿だと満足し、魔族たちに気を遣わせないように用意した食事を口に運びながら改めてリファロに感謝していた。
自分が牢から出された時、レオエフェールは自分が処刑される可能性すら考えていたが実際は人間の下に行き働けと言われて困惑し、更にその人間がフォルネーズどころか竜にすら一人で勝てると聞かされて思考停止に陥りそうになった。
しかし内向的でこそあるが同族たちは嘘はつかないはずだと考えていたレオエフェールはそのままリファロに会わされ、リファロの強さを疑っていたレオエフェールの前でリファロは『熾炎』を実演してみせた。
そしてリファロの強さを思い知らされた後でリファロの能力の多彩さを知ったレオエフェールは今ではリファロと天使が対立したらリファロにつくとまで考えるようになっており、これ程の逸材を殺そうとしたリファロの故郷の人間に怒りと感謝の入り混じった感情を抱きながらここ数日を過ごしていた。
天使は時間経過以外に食事でも魔力を回復できるが味覚は他の種族程発達していないのでレオエフェールは屋敷の使用人たちが用意した昼食を事務的に口に運び続け、早く昼休みが終わらないだろうかと考えていたレオエフェールに魔族たちが話しかけてきた。
「ちょっといいかい?」
「はい。何でしょうか?」
レオエフェールはリファロたち以外とも交流を持ちたいと思っていたが、本格的に働き始めた昨日は作業の内容を覚える事で手一杯で交流どころではなかった。
天使が召還した天使は召還主のできる事しかできず、レオエフェールが全ての作業工程を覚えないと天使は労働力にならなかったからだ。
このため昨日のレオエフェールと天使たちは正直荷物運び以外では作業に貢献できず、今日現場で合流した魔族たちからもあまり期待していない雰囲気が伝わってきた。
しかし昨夜のレオエフェールの予習のかいもあり今日の天使たちは魔族の足を引っ張らない程度には仕事をこなせており、このため魔族たちにも精神的な余裕ができたのでレオエフェールに話しかけてきた。
「カリオルクァって国ではどこもこんな便利な物使って仕事してるのかい?」
「いえ、私以外の天使はあまり他の種族とは関わろうとしないのでこういった形で天使が働く事はありません。……リファロ様が私の上司を説得して下さらなかったら私は国を出る事すらできなかったでしょうから」
強力な魔獣の討伐を天使が行う事は年に数回程度には会ったがこの際も徹底的に人払いがされていたので、孤高気取りの自分以外の天使たちが他の種族と共に仕事を、しかも工事を行う事などまずあり得ないだろうと考えながらレオエフェールはドワーフの質問に答えた。
「嬢ちゃんが来てくれて助かったよ。まだどこも大変だから人手も資材も全然足りないし、クインセン様ががんばってくれてるのは分かるがまだリードン様みたいにはな……」
アッキム王国軍の襲撃で妻や息子と主に死んだクインセンの父親の名前を出しながらリザードマンが愚痴をこぼすと周囲の魔族たちの表情が硬くなり、この状況に一瞬怯んだレオエフェールだったがすぐに自分を奮い立たせて口を開いた。
「私は天使と一緒に働くぐらいしかできませんけど今リファロ様がマナリュースさんと一緒にハーピィによる輸送路を準備したりしてますし、他の国から色々な物を買うための準備をしてるみたいです!だから、……落ち込まないで下さいなんて軽々しくは言えませんけど一緒にがんばらせて下さい!」
顔だけ見れば十代半ばの人間にしか見えないレオエフェールに必死の形相で励まされて愚痴をこぼしたリザードマンはばつが悪そうな表情を浮かべ、そこに別のリザードマンが口を挟んできた。
「そうだな。リファロ様や嬢ちゃんが力貸してくれてるのに俺たちが文句言ってちゃ駄目だよな」
こう言って別のリザードマンに視線を向けられて愚痴をこぼしたリザードマンは苦笑しながらレオエフェールに謝った。
「悪かったな。辛気臭い事言っちまって。ところで色々買う準備って具体的に何してるんだ?アッキムとかいう国からは慰謝料取らないんだろ?」
アルベール魔王国では他の国程貨幣経済が浸透していないのでアッキム王国から多額の慰謝料を取っても使い道は限られていたが、自分たちの国を荒らした敵国に少しでも罰を与えてやりたいとほとんどのアルベール魔王国国民が考えた。
このためアッキム王国に慰謝料を請求しようという機運がアルベール魔王国で高まったのだが、魔導装甲と魔導通信機関連の技術と他国への販売・譲渡権を慰謝料代わりにするという事でリファロは魔族を全て救出した直後にアッキム王国と話をつけてしまった。
このリファロの独断に不満を持った魔族は少なくなかったが今慰謝料を請求したらアッキム王国は間違い無く崩壊し、統率の取れなくなった兵士たちが自棄になり再び攻めてくる可能性があるとリファロはアルベール魔王国の幹部や各地の有力者を説得した。
そしてどうしてもというならアッキム王国から慰謝料を取るがこの結果アッキム王国軍が攻めてきた場合、これはアルベール魔王国が原因なので自分は一切助けないとまでリファロが言った事が国内に広まりアッキム王国から慰謝料を取ろうという機運は消滅した。
「詳しくは聞いてませんけど魔導装甲を量産できるようにして、後アルラウネのみなさんと協力して何かするつもりらしいです」
こう言ったレオエフェールの視線の先では天使の乗った魔増装甲が大きながれきに向かって歩いており、時々停止する際に魔導装甲を倒してしまうレオエフェールは魔族たちとの会話の傍ら、天使の操る魔導装甲が倒れないかを心配していた。
しかし幸い魔導装甲は倒れる事無くがれきの前で停止し、魔導装甲が無事にがれきを持ち上げた事を見届けてからレオエフェールは再び話に集中し始めた。
「アルラウネ?あいつら何かできるのか?」
森から長時間離れる事が難しいアルラウネと交流が少ない魔族は多く、レオエフェールも正式にリファロの部下になって以降は昼夜共に忙しかったので自分が関わっていない仕事について詳しくは知らなかった。
「領内で何か作りたいとか言ってましたけど詳しくは聞いてません。今日帰ってから聞いてみます」
「……ありがたいけどよ。リファロ様さすがに働き過ぎじゃないか?その何か作るのだって俺たち支援するための金用意するためだろ?」
リファロがギルド関連の仕事で忙しくしている事はアルベール魔王国の国民たちも伝え聞いていたが、自分たちを支援するための資金を調達するためにリファロがギルドと無関係の事業を始めようとしているとまで聞かされてはさすがに魔族たちも感謝より心配や申し訳無さが先にきた。
「まじでリファロ様、一日中仕事してるんじゃないか?あれだけ強くてあちこち行ってるのに浮いた話とか全然聞かないもんな」
「リファロ様なら相手なんて選び放題だろうし、ラミアとかハーピィ相手に適当に遊んでるだろ、……多分」
「……そうですね。リファロ様はラミアやハーピィのそういう誘いは断ってるらしいですけど根を詰め過ぎるのもよくないですから、帰ったらたまには息抜きをしてはどうかと勧めてみます」
このレオエフェールの発言に周りの魔族たちは表情を硬くしながら視線を交わし、レオエフェールの見た目も手伝い慌ててレオエフェールを説得し始めた。
「嬢ちゃんの前で妙な話した俺たちも悪かったけどそれは止めた方がいいぞ?部下、しかも女からそんな事言われたらリファロ様も気まずいだろうし」
「……そういうものですか」
「ああ、さっきこいつも言ってたけどリファロ様にその気があれば女遊びなんていつでもできるだろうからな」
いきなり正反対の事を言い出した魔族たちの反応にレオエフェールは一瞬戸惑ったが世俗に疎かったので質問も反論もできず、ちょうど昼休みが終わる頃だった事もありレオエフェールたちは解散してそれぞれの仕事を再開した。




