早朝
ウェルマスたちとの会談から二日後の早朝、朝日が昇ると共にレオエフェールは活動を開始した。
天使は睡眠も食事も必要とせず、魔力は時間経過でしか回復しないので不休とはいかなかったが他の種族よりは長く働く事ができた。
しかしレオエフェールが昼夜問わず働くと他の者が休みにくい上に仕事相手の一部が増長する可能性もあるとリファロは『回答者』で助言を受けていたので、レオエフェールには緊急時以外は夜間は休んで欲しいと伝えていた。
このリファロからの指示はレオエフェールにとってもどかしいものだったが、自分たちが関わる人間や魔族が全員善人でというはないので我慢して欲しいとリファロに頭まで下げられてはレオエフェールも従うしかなかった。
一応夜間はリファロが『回答者』で知った各国の内情の一部やアルベール魔王国でここ一ヶ月程の間に起きた事が記載された書類を読んでいたのでひまではなかったが、やはり実際に動いていた方が誰かの役に立っているという充足感は得やすかったのでレオエフェールはすぐに部屋を出た。
今日入っている仕事はアルベール魔王国内での工事の手伝いとクララス王国での負傷者の治療で、工事現場に向かう前にリファロの部屋へと向かおうとしたレオエフェールは部屋を出てすぐにマナリュースと会った。
荷物の運搬を行うハーピィたちの教育を一日でも早く終わらせて再びリファロの下で働きたいと考えていたマナリュースはこの二日間精力的に働いており、昨日は仕事先に泊まった程だった。
しかし今朝は新しく雇う使用人の面接があるのでマナリュースは屋敷におり、後ろには現在使用人を務めているラミアとハーピィを一人ずつ従えていた。
「おはようございます。もうお仕事に出かけるんですか?」
現在の時刻は午前六時を少し過ぎた頃だったので、今から向かっても工事現場にはまだ誰もいないだろうと考えながらのマナリュースの質問にレオエフェールはやる気に満ちた表情で答えた。
「はい!工事の開始は九時からだと聞いてますけど早めに行って少し周りを見て回ろうかと思って。今日の現場は海の近くだと聞いているので楽しみです!」
幽閉される前もレウグ聖峰から出た事が無かったレオエフェールにとってはここ数日は見る物全てが新鮮で、時折魔族から向けられる冷たい視線も自分が今本当にレウグ聖峰の外にいる事を実感させる物として好意的に受け入れていた。
「それにしてもマナリュースさんも大変ですね。ハーピィのみなさんに仕事教えるだけじゃなくて新しく雇う人の面接までしないといけないなんて。……ご迷惑をおかけしてすみません」
現在リファロの屋敷で働いている魔族はマナリュースを除いて十人で、元々使用人を雇う事自体に積極的ではなかったリファロの屋敷を管理する人員としては十人でも多過ぎる程だった。
しかし使用人として働くわけではないリファロの部下がマナリュース以外に二人増えた事で使用人たちの負担が増え、自分たちが雇われた直後にリファロが新たに使用人を雇おうとしている事をエプランテはともかくレオエフェールは気にしていた。
このため料理や掃除といった未経験の仕事は無理でも荷物運び等の雑用ぐらいは自分や召還した天使で手伝いたいとレオエフェールは考えていた。
しかし使用人たちの仕事を自分たちがやる方が迷惑らしいとリファロに言われた事で雑用等の手伝いを自重した結果、レオエフェールは今でも負い目を感じているらしく、今のレオエフェールの気持ちを痛い程理解できたマナリュースはレオエフェールに気にしないように伝えた。
「今は断ってますけどリファロ様が正式に領主になったらお客様を招く事も増えると思うので、レオエフェールさんたちの事がなくても使用人は増やすつもりでしたから気にしないで下さい」
現時点でクリヒビスの融和派やアルベール魔王国内のニードベルと隣接している領地の領主からリファロとの面談希望の問い合わせがいくつかあり、まだ正式に領主になったわけではないという理由でリファロはこれらの問い合わせに断りの返事を返していた。
しかしアッキム王国軍がアルベール魔王国内から一掃された事でリファロの領主就任が早まったとアルベール魔王国から正式に通達があった以上、いつまでも面談を断り続けるわけにもいかず、マナリュースは後ろの二人と共に来客の受け入れ準備を急ぎ進めていた。
リファロの屋敷で働いている使用人の内、正式に使用人として働いた経験がある者は今マナリュースと一緒にいるラミア、アクレナとハーピィ、シュレントだけで、使用人の教育に関してはリファロもマナリュースもこの二人に頼るしかなかった。
「リファロ様が大らかな方なので正直今は仕事の内容と給料が合ってないので本当に気にしないで下さい。忙し過ぎても困りますけど一日中する事無いっていうのもそれはそれで困りますし」
「アクレナ!」
直接指示を受ける機会こそ少ないがリファロ直属の部下、マナリュース、エプランテ、レオエフェールは自分たちより地位が上というのが使用人たちの認識だったので、レオエフェールに砕けた口調で話しかけたアクレナをシュレントはたしなめた。
「申し訳ありません。リファロ様が正式に領主になられるまでには新しく雇う者も含めて教育を徹底させますので」
こう言ってシュレントが頭を下げるとレオエフェールも慌てて頭を下げ、動揺している様子のレオエフェールにマナリュースが話しかけた。
「私も偉そうな事を言える程慣れてるわけじゃないですけど、アクレナやシュレントたちにも立場があるのであまりレオエフェールさんに下手に出られても困ると思いますよ。……これから先私たち三人はリファロ様の部下として周りから見られます。大変なのは分かりますけど上下関係はきちんとした方がいいと思います」
このマナリュースの助言を受けてレオエフェールは背筋を伸ばし、アクレナとシュレントに言葉だけで礼を述べるとリファロの部屋へと向かった。
一方レオエフェールと別れた後、マナリュースはアクレナとシュレントと共に自分の部屋で午後に予定されていた面接希望者について話していた。
「うーん。男が二人しかいないわね。この二人はもう決定?」
自分の部下に女が多い事から各国で様々な噂が流れている事をリファロは『回答者』で先日知り、今回の使用人募集に際して男の使用人をできるだけ多く雇って欲しいとマナリュースに伝えていた。
この事をマナリュースはアクレナとシュレントにも伝えていたのでアクレナはマナリュースにこの質問をし、今回募集してきたリザードマン二人の提出した書類に目を通しながらマナリュースはアクレナの質問に答えた。
「あなたたち二人が問題無いと言うならこの二人はそのまま雇います。……後はこのドワーフの女性はできれば雇いたいですね」
現在の使用人十人の内、ドワーフとリザードマンは一人ずつしかいなかった。
これに関してはリファロから何か言われたわけではなかったが一つの種族だけ多く、あるいは少なくリファロが雇うとアルベール魔王国内の魔族が不満を持つ可能性があり、こうした事態を避けるためにミルヒガナたちがリファロの使用人の内訳に気を配った事をマナリュースはミルヒガナから直接聞いていた。
このためオーガやアルラウネなど屋敷で雇う事が難しい種族はどうしようもないが、現在一人しかいないドワーフを新たに雇いたいと考えていたマナリュースの発言を受けてシュレントが口を開いた。
「でもこれ以上ドワーフを雇っても仕事無いでしょう?それとも技術者じゃなくて使用人として雇うの?」
現在リファロの屋敷で働いているドワーフの男、レマトは他の九人と違い屋敷の修理やリファロの個人的な注文を受ける技術者として雇われており、屋敷の修理は毎日行う仕事ではないのでマナリュースたちは部屋に込もり切りになる事も多いレマトと会わない日もあった。
こうした事情を踏まえてのシュレントの質問にマナリュースは先日リファロから聞いた話を伝えた。
「アッキム王国で開発が後回しになっていた道具がいくつかあって、その内のいくつかをリファロ様は実際に作ってみたいそうです。でもこの話をレマトさんにしたら自分一人じゃとても無理だと言っていました。だから新しくドワーフを雇ったら新しい道具の開発に専念してもらいます」
「ん?このドワーフとは別に新しく五人雇うって事?」
今回新しく雇う使用人は五人だと聞いていたアクレナはマナリュースの発言に疑問を抱き、予想していたアクレナの質問にマナリュースは即答した。
「いえ、新しく雇うのはこのドワーフを入れて五人です。……リファロ様もまだそんなにお金を自由には使えないので」
リファロとの関係を強くするために経済的な支援を申し出てきた国・勢力は多かった。
しかし面倒事を避けるためにリファロはこれらの申し出を全て断っていたので、まだ領主になっていない今、自由に動かせる資金をあまり持ってはいなかった。
「今すぐ他の国の人間を屋敷に招く事はないだろうからしばらくは新しく雇う四人と一緒にがんばって欲しいとリファロ様は言っていました」
「……なるほど。残り二人について何か注文はありますか?」
新しく使用人が五人増える事を前提に予定を組んでいたシュレントは増える使用人が実質四人だと聞かされて一瞬考え込んだが、リファロが積極的に客を招く性格ではないので何とかなるだろうと考えて話を進めた。
「いえ、今言った三人以外は正直な話誰でもいいです。今日の面接には一応私も同席しますけど後二人誰を採用するかはお二人に任せます」
『回答者』の存在が既に知れ渡っている今、今回の募集で集まった使用人志願者の中に妙な企みを持っている者はおらず、リファロにもこの事は確認済みだった。
このため使用人としての経験が無いマナリュースは今回の面接はアクレナとシュレントに任せるつもりで、へたに口を出されるよりはましだと考えた二人はマナリュースの方針に不満を持たなかった。
そしてアクレナが自分たちを含む使用人たちからの報告や陳情をマナリュースに伝えた後、遅くても一ヶ月以内に行われるリファロの領主就任式典時の手はずや転移装置の管理方法等についてに話題は移り、一時間程話し合った三人は面接までまだ時間があったので一度解散した。
一方マナリュースたちと別れた直後、レオエフェールはリファロの部屋を訪れ、扉を叩きリファロの返事を受けてからリファロの部屋に入った。
「おはようございます。今日も早いですね」
「はい!リファロ様のおかげでたくさんの人の役に立てるのが嬉しくて!夜もずっとそわそわしてました!」
正式にリファロの部下として働くようになった初日、夜間は自分の部屋で休んで欲しいと言われていたレオエフェールは朝六時に活動を始め、これに合わせてリファロも早朝から仕事を始める事になった。
正直な話リファロは仕事の開始は朝八時ぐらいからでいいと思っていたのでレオエフェールのやる気の強さには少なからず困惑しており、おそらく今も眠っているはずのエプランテの事をうらやましいとすら思っていた。
しかし善意とやる気に満ちたレオエフェールの行動に水を差すのもはばかられたので、眠気を我慢しながらリファロはレオエフェールとの話を続けた。
「昨日の工事現場での天使の働き振り、すごく評判よかったので今日もよろしくお願いします」
食事も休息も必要とせず空まで飛べる天使をレオエフェールは二百体召還でき、召還された天使たちの働きによりレオエフェールが担当している街の復旧は予定より一ヶ月以上早く終わる見込みとの報告をリファロは受けていた。
召還された物とはいえ天使が工具を持ち働いている光景を見たらレウグ聖峰に住む天使たちが間違い無く怒りを覚える事をリファロはもちろんレオエフェールも知っていた。
しかし誇りを理由に人助けを避ける事こそ恥ずべき行為だと考えていたレオエフェールは他の天使たちからの評価など気にも留めておらず、おそらく自分の方が天使の評判に気を遣っているだろうなと考えながらリファロは話を続けた。
「今はアルベール魔王国で仕事をお願いしてますけどギルドが落ち着いて天使のみなさんが他の国から引き上げたら他の国での仕事も頼みたいと思ってます。……これからもたくさん頼りにするつもりなので困った事とか欲しい物があったらいつでも言って下さいね」
この発言の途中、リファロは昨日報告があった魔獣関連のある事件の事を思い出したがレオエフェールには言わなかった。
後で事件の内容自体はマナリュースたちを含めた全員で共有するつもりだったが、元冒険者たちが行った不正を伝えて今から仕事に向かうレオエフェールのやる気を奪う必要も無いと思ったからで、実際レオエフェールはやる気に満ちた表情で返事を返してきた。
「はい!ありがとうございます!その時はお願いします!……出かける前にあいさつに来ただけなのでこれで失礼します!」
リファロの机に積まれた書類に気づいたレオエフェールは元々長居するつもりが無かった事もあり二分も経たない内にリファロの部屋を去り、これから先悪人に触れてレオエフェールのやる気が曇らなければいいのだがと考えながらリファロは机に向かった。
午後からはクララス王国で起こったある問題を解決するために外出する予定だったが、リファロは午前の二時間程は事務仕事にあてる予定だった。
一般的な領主が事務仕事のほとんどを部下に任せている事をリファロは知っていたが、使用人に世話をされる事にすら慣れていない今、新しく部下を増やすつもりは無かった。
『回答者』という最高の相談役がいる以上、事務仕事で困る事は無く人手不足の時は自分の分身を創り出せばよかったので、当面の間事務仕事を任せる人員を雇う必要は無いとリファロは考えていた。
他のアルベール魔王国の街同様、急速に復興作業が進んでいるニードベルでは決済しなくてはならない書類が毎日数十枚あり、この状況をまだ正式に領主ではないからと放置するのも気が引けたので、リファロはアッキム王国との戦争が終わった二週間後ぐらいからは書類仕事にも勤しんでいた。
またこれは要請されたわけではなかったがリファロは強化された『奉身者』を使った際、使用目的と状況をアルベール魔王国に報告していた。
千人の魔族の協力を得ている以上、最低限の報告は行っておこうと考えたからで、軽い気持ちで始めたこの報告書作りは他国の事情を知る事ができるとアルベール魔王国側には好評だった。
しかし強化された『奉身者』の代償をニードベルの領民が払うようになったらこの報告書は不要になるので、今後は何か別の方法でアルベール魔王国に報告をするようにしようと考えながらリファロは仕事を進めた。




