提案
リファロがエプランテとの会話中に強化された『転移』と『回答者』の同時使用を思いついた直後、陸路を進んでいたアッキム王国軍の兵士たちは全員が首都、ダーウォールまで転移させられた。
しかし船で海路を進んでいたアッキム王国軍の兵士たちは船ごとダーウォールに転移させるわけにもいかなかったのでアッキム王国の東部にある港街、ワンダラに転移させられ、慌てた様子の宰相、ウェルマスからアッキム王国に到着したようだと伝えられて国王、ブラザークは困惑した。
「……どういう事だ?まだ二ヶ月近くかかるはずだろう」
一ヶ月程に渡る移動で疲弊し切ったブラザークは突然のウェルマスの報告に驚く気力すら無く、眼の下にはくまができてやせ細ったブラザークから視線を外したくなりながらウェルマスは口を開いた。
「おそらくあの男の仕業だと思いますが私たちは今ワンダラにいます!ワンダラに転移装置を用意するように命じていたので今日中に城へと帰れるはずです!」
一瞬で自分たちを帰国させる事ができながらあえて一ヶ月程の移動を強いたリファロにウェルマスは強い怒りを覚えたが、まだ二ヶ月程はかかると思っていた移動が急に終わった事には安堵していた。
しかし急にリファロが自分たちを帰国させた意図が分かるまでは安心できないとウェルマスはすぐに考え直し、とりあえず城に帰ったらすぐにリファロと連絡を取る必要があると考えたウェルマスは自分の考えを知ったリファロが今にも転移してくるのではと警戒しながら兵士たちのもとに向かった。
ワンダラに着いてから三十分もしない内にウェルマスはブラザークを含む十人程と共に転移装置でダーウォールの王城に帰り、近くにいた使用人にブラザークを寝室まで連れて行くように指示を出してから自分たちを出迎えた大臣たちと共に会議室に向かった。
「あの男から何か連絡はあったか?どうして今になっていきなり私たちを国に帰した?」
会議室に入るなりウェルマスはリファロの突然の行動の意図を他の大臣たちに尋ね、リファロとの交渉役を他の大臣に押しつけられていた外務大臣、オースリーがウェルマスの質問に答えた。
「先程あの男から連絡があり新しい転移魔法の使い方を思いついたので実験を兼ねてウェルマス殿たちを転移させたそうです。……今回の転移魔法の使用料は請求しないとの事でした」
オースリーからリファロの恩着せがましい発言を聞きウェルマスは怒りを覚えたが、今はやる事が山積していたので大臣たちへの質問を続けた。
「アルベール魔王国にいた我が国の人間は全て戻ってきているのか?」
「それについては現在確認中です。ただ生き残った将軍や部隊長など軍の幹部は全員戻ってきているようです」
「転移させられた者の中であの男の姿を見た者はいるか?」
他の大臣や将軍同様、ウェルマスも最早リファロに歯向かおうなどとは全く考えていなかったが、ワンダラ到着直後の兵士たちへの聞き込みの結果、誰一人転移させられる直前にリファロの姿を見ていなかった事が気になっていた。
このためもし今のリファロがその場にいなくても他者を転移させられると知ったところで何か対策ができるわけではないと理解しながらもウェルマスは大臣たちに質問し、リファロの姿を見た者はいないという報告を受けたウェルマスは大臣たちに近況報告を命じた。
アルベール魔王国からの移動中も魔導通信機で報告は受けていたが口頭だけの報告ではどうしても限界があり、大臣たちから改めて書面で報告を受けたウェルマスは自国の惨状に言葉を失った。
アルベール魔王国はさらってきた魔族の販売を優先的に認める等の条件で多くの商人から金を借りてここ数年の軍事費に充ててきた。
しかし魔族を全て取り返された今アッキム王国に残されたのは借金だけで、既に報告を受けていた将軍や兵士だけに重い罰を与えた場合は容赦しないというリファロの通達もありウェルマスは頭を抱えたくなった。
こういった時こそブラザークに強い指導力を示して欲しいところだったが、目を離した途端自殺すらしかねない今のブラザークの状態を考えると自分が大臣たちに指示を出すしかないとウェルマスは考えていた。
「国民の様子はどうだ?」
「まだ我が国が負けたという実感が湧いていないようで表立った混乱はありません。ただ先程兵士たちが転移してきたのを目撃した市民たちの一部が騒ぎ出して、今兵士たちに対応に当たらせています」
「そうか、……市民に手荒な真似をするなよ。何を口実にしてあの偽善者が再び介入してくるか分からないからな」
この発言の直後、ウェルマスは大臣たちに細かい指示を出す前にリファロの意向を確認するべきだと考え、覚悟はしていたが部外者一人の存在に気を遣わなくてはならない事実に胃を痛めながら使用人に魔導通信機を持ってくるように命じた。
ウェルマスが魔導通信機でリファロに連絡を取るとリファロから他の大臣たちにも自分の言葉を伝えたいので直接王城に出向くと返事があり、王城の転移装置を使わせて欲しいというリファロの頼みをウェルマスは怒りと共に断った。
しかしその後リファロに自分の転移魔法で出向いても構わないが往復分の転移魔法の使用料は請求すると言われてウェルマスは渋々転移装置の使用許可を出し、マナリュースたち三人を引き連れて会議室に姿を現したリファロを見てウェルマスたちは言葉を失った。
ハーピィのマナリュースが自分たちの城に姿を現した事は不快ではあったが、残念ながら自分たちは戦争に負けたのだからと考えてウェルマスたちはまだ許容できた。
しかしリファロの紹介でどこかのギルドで働いていると思っていた竜、エプランテまで現れた事でウェルマスたちは動揺し、今までの報告に全く出て来なかった天使の登場を受けてウェルマスは遂に我慢できなくなった。
「……貴様、竜や天使まで部下にしたというのか」
このウェルマスの発言を受けてエプランテは眉をひそめた。
しかし冒険者ギルドの影響をほとんど受けていないアッキム王国の国民には自分たちの関係がまだ伝わっていないので、相手が的外れな事を言ってくる可能性があるとエプランテはリファロに事前に説明されていた。
そして今はリンダホン山脈の竜全体がリファロに従っているわけではなくエプランテが個人的にリファロに協力している事実を広める時期なので我慢して欲しいともエプランテはリファロに言われていた。
このためエプランテの不快そうな表情を受けて大臣たちの一部が怯えた以外の問題は起きず、リファロはギルドを通しての各種依頼の依頼料が記載された紙を渡してからウェルマスの質問に答えた。
「竜のエプランテさんも天使のレオエフェールさんも個人的に僕に力を貸してくれてるだけで種族全体が僕の部下になったわけではありません。もう一回あなたたちが攻め込んでこない限りは手荒な真似をする気は無いので安心して下さい」
「……それはお前たちの国に攻め込まなければ我が国のする事には一切口を出さないという事だな?」
圧倒的強者のリファロが口約束はもちろん正式に結ばれた条約ですら好きに反故にできる事はウェルマスも理解していた。
しかしここでの反応でリファロのアッキム王国への興味の強さを計れると考えてのウェルマスの質問に答える前にリファロはある事をウェルマスに確認した。
「その質問に答える前に一つ確認しておきたいんですけどアッキム王国は冒険者ギルドを受け入れるつもりありますか?ギルドの幹部の人たちは揉めてまで支部を置くつもりは無いって言ってましたけど」
「貴様の息のかかった組織など受け入れるはずが無いだろう」
このウェルマスの答えは『回答者』を使うまでも無く予想できていたのでリファロはそのまま話を続けた。
「アルベール魔王国に攻め込まなければ何もしないのかって事でしたけどあなたたちがいくつか条件を守ってくれればこの国に関わるつもりはありません」
「……その条件とやらを言ってみろ」
自分たちがリファロの要求を断れない事を自覚しながらもせめてもの抵抗としてウェルマスはリファロに鋭い視線を向け、この状況で自分への反感を隠そうともしないウェルマスを前にして自分は本当に侮られているのだなと思いながらリファロは口を開いた。
「一つ目は今回できた借金の穴埋めのために国民にだけ犠牲を払わせるのは止めて下さい。増税しないで下さいとは言いませんけどそれするならまずみなさんの全財産処分してからにして下さい」
「そんな事ができるわけが無いだろう!」
自分たちの生活を脅かす発言を当然の様に口にしたリファロを前に大臣の一人が声を荒げ、この大臣を視線だけで黙らせてからウェルマスもリファロに反論した。
「暴れるしか能が無い素人が戯言を。我々が財産を失い影響力を失っては国の立て直しどころではなくなる。そんな条件がのめるはずが無いだろう」
「分かりました。じゃあ、交渉決裂って事で好きな時に介入させてもらいますね」
「……本性を現したな。最初からそのつもりだったんだろう」
譲歩する振りすらせずに介入すると口にしたリファロを前にウェルマスは嘲笑を浮かべたが、このまま大臣たちを見捨てるのも寝覚めが悪かったのでリファロは一応大臣たちに『回答者』で知った今後アッキム王国に訪れる未来を伝えた。
「正直な話、みなさんだけで今のアッキム王国の問題解決しようとしたら間違い無く内乱になって、ここにいる人たちの何人かは兵士や国民に殺されると思います。増税しないとなると商人のみなさんへの借金だけじゃなくて兵士のみなさんの給料も払えませんからね」
武力を背景にここ二十年程の間様々な無理を押し通してきたアッキム王国はアルベール魔王国以外の国々との関係も悪く、他国の支援が受けられない状況でリファロの発言を妄想だと否定できる者はウェルマスはもちろん大臣たちの中にもいなかった。
しかしここでリファロの要求を受け入れたらアッキム王国は最早国ではないと考えてウェルマスは反論を口にしようとしたが、相手の考えを把握できるリファロに虚勢が通用するわけもなくリファロがこれ見よがしにため息をついただけでウェルマスは何も言えなくなった。
「みなさんの経済状況も、戦争に積極的だった人、消極的だった人も僕は全部把握してます。……まあ、さすがに全財産は言い過ぎましたね。これぐらいが落としどころだと思うんですけどどうでしょうか?」
こう言うとリファロは本命の提案が書かれていた紙をウェルマスたちに渡し、アッキム王国の貴族がそれぞれ全財産の二割から六割を出資して兵士たちの給料や商人たちへの支払いに充てるというリファロの提案に目を通してからウェルマスは口を開いた。
「どうしてここまで負担に差がある?」
リファロの提案では全財産の六割を出資する事になっていたウェルマスの質問にリファロは即答した。
「資産額とかどれだけ戦争に積極的だったかとかで決めました。個人的にはこの人がお金出す必要無いんじゃないかって貴族も何人かいるんですけど、全くお金出さない人がいると他の貴族から不満が出るらしいので全員に最低二割は出してもらいました」
融和派の拠点だったクリヒビスの領主を含む戦争に最後まで反対していた貴族が今回の戦争の責めを負うのは理不尽だとリファロは考えていた。
しかしウェルマスに伝えた通りの理由でリファロは今回貴族全員に出資させる事にし、リファロの言い回しが気になったウェルマスは質問を重ねた。
「不満が出るらしい?貴様、誰かにそそのかされてこんな馬鹿げた提案をしてきたのか?」
「僕、『回答者』を使えば本音で話すみなさんと話し合ったのと同じ結果を知る事ができるんです。だからあなたの言う馬鹿げた案考えたのは僕の相談を受けたあなたたち自身ですよ?」
このリファロの発言が真実かどうかを保証する物は何も無かったがどの道自国へのリファロの介入を避ける事はできないと悟り、ウェルマスは穏やかな声でリファロに話しかけた。
「……お前の提案を受け入れたら我々の身の安全は保障してもらえるのか?」
「もちろんです。貴族や国民のみなさんにも僕に脅されたって説明してもらって構いませんし、もし兵士の一部がみなさんに危害を加えようとしたら僕が対処します」
将軍のユラギ等一部の兵士が不穏な考えを持っている事をリファロは『回答者』で把握していたが、給料が支払われた上にリファロがウェルマスたちの後ろ盾になったと知った後でまでユラギたちが武力行使を企てる可能性はほぼ無い事も知っていた。
このためリファロは具体的に武力行使を企てていた兵士の名前をウェルマスたちに伝えず、大臣たちと二分程話し合ってからウェルマスはリファロに最終的な返事をした。
「お前の案を受け入れる事にした。陛下も反対はしないだろう」
「ありがとうございます。後出しで悪いんですけどクリヒビスとだけは交流を続けて構いませんか?」
「嫌だと言ってもするんだろう?好きにしろ」
「ありがとうございます。それじゃあ、最後の条件です」
このリファロの発言を受けてこれ以上どんな負担を強いられるのかとウェルマスたちは警戒したが、リファロが最後に出した条件はウェルマスたちの誰もが予想していないものだった。
「魔導装甲の開発のきっかけになった鋼の巨人、あれは絶対に動かさないで下さい」
防衛大臣、メインギオの領地の地下で三年程前に発見された鋼の巨人は現在判明しているだけで高さ二十メートルの大きさで、メインギオはこの鋼の巨人の発見の功績のみで防衛大臣になれたと言っても過言ではなかった。
地下を掘り進めるにつれて罠や警備している鋼の兵士の数も増えるので鋼の巨人の全貌は今も解明されていなかったが、百人以上に及ぶ兵士の犠牲と引き換えに手に入れた鋼の兵士の残骸を分析する事でアッキム王国の軍事技術は大きく進歩した。
そして軍の中でも知る者が限られていた鋼の巨人の存在をリファロが知っていた事には今更ウェルマスは驚かず、含みのある笑みを浮かべながらリファロに返事を返した。
「安心しろ。もう分かってるだろうがあの鋼の巨人の動かし方は分かっていない。もし動かせるならお前が現れた時点で動かしている」
「でしょうね」
「……分析も止めろという事ですか?」
ある意味自分の領地の特産品と呼べる鋼の巨人の価値が無くなる事を恐れながらのメインギオの質問にリファロは軽い口調で答えた。
「別に分析自体は続けてもらって構いません。魔導装甲自体は力仕事とかには便利ですし、鋼の兵士の眼とかが光る仕組み再現できたら便利でしょうしね」
まだ実用化の目途が立っていないので知る者が少ない鋼の兵士の機能についてリファロに言及されてメインギオは表情を硬くしたが、リファロの保証さえもらえれば問題無いと考えてすぐに表情を和らげた。
そして最後に冒険者ギルドの支部を国内に置いた際の利点を説明した後、リファロはマナリュースたちと共に転移装置の置かれた部屋へと向かった。




