一斉帰国
ゼーナマイン皇国からニードベルの屋敷に転移した直後、リファロはマナリュースたち三人に会議室で待っているように伝えると魔導通信機のある部屋へと向かい、二十分程経ってから会議室に姿を現した。
「お妃様は何とおっしゃっていましたか?」
リファロの入室後、近くにいたラミアにお茶の用意を指示してからマナリュースはリファロにアルベール魔王国との話し合いの結果を尋ね、特に隠す事も無かったのでリファロは今終わったばかりの話し合いの結果をマナリュースたちに伝えた。
「直接話したのはラエビリアさんで準備に二日ぐらいかかるって言ってましたけどゼーナマイン皇国との話し合いには前向きな返事をもらえました。オーガの何人かがゼーナマイン皇国の使節団に攻撃した事は伝わってなかったみたいで慌ててましたけど」
ラエビリアは先代の外務大臣が戦争で亡くなった事を受けて最近外務大臣に就任したばかりのエルフでリファロは一度しか会った事が無く、『回答者』が無ければ顔と名前が一致しない程度のつき合いしか無かった。
国内のゼーナマイン皇国への感情が悪化している上に就任間も無い中、自国の国民が相手国の国民を傷つけたという状況で交渉しなくてはならないラエビリアにリファロは同情した。
しかしアルベール魔王国の外務大臣とその部下たちはゼーナマイン皇国関連以外の仕事がほぼ無いので何とかがんばってもらおうと思いながらリファロは席に着き、ゼーナマイン皇国の使節団が襲撃された事がアルベール魔王国に伝わっていなかった理由をマナリュースたちに伝えた。
「馬車壊してゼーナマイン皇国の人たち怪我させた後でオーガのみなさんもやり過ぎたと思ったんでしょうね。魔導通信機ちゃんとあったのに他にみなさんにも口止めして隠そうとしたみたいです」
アッキム王国の兵士たちが残していった魔導通信機はアルベール魔王国の大きな街全てに配置するには足りなかったが、今回ゼーナマイン皇国の使節団が訪れた街、ゲルギーツには優先的に配置されていた。
相手からの働きかけがあるまでゼーナマイン皇国との交渉は行わないとアルベール魔王国が考えていたからだが、ゲルギーツの魔族がゼーナマイン皇国と問題を起こした上に隠蔽まで行った事はアルベール魔王国側にも予想外だった。
このためラエビリアたちは苦労するだろうなと考えていたリファロにマナリュースが話しかけた。
「でもそのオーガたちの気持ちも分かります。私もアッキムとかいう国の人間程じゃないですけどゼーナマイン皇国の人間たちの事は今でも恨んでますから」
「……それに関しては簡単に許して下さいとは言えませんけどずっと国交断ったままってわけにはいきませんから」
「どうしてだ?この国に必要な物があればお前が買うなり奪うなりしてくればいいだろう?仕事にもなる」
アルベール魔王国とゼーナマイン皇国の国交再開にリファロが前向きな事をエプランテは不思議に思い、真顔で物騒な発言をしてきたエプランテに眉をひそめながらリファロは口を開いた。
「仕事として頼まれたらもちろんやりますけど、これから先国交再開しないで全部僕任せは国として駄目でしょう」
このリファロの発言を受けてマナリュースがわずかながら気まずそうな表情を浮かべたが、これから先もアルベール魔王国が自分に頼り切りになるのは問題という自分の考えは間違えていないはずだと考えていたリファロはマナリュースを特に慰めたりはせずに話を続けた。
「……後一ヶ月もしない内にアッキム王国の人たちが全員アルベール魔王国から出て行って、そしてしばらくしたら僕は正式にここの領主になります。そしたらギルドの方に集中したいので、アルベール魔王国のみなさんにもできる事は自分でやってもらわないと困りますし」
「それならお前の転移で跳ばしてやればいい。回数制限があると言ってもさすがに一ヶ月待つよりは早く終わるだろう?」
「……それは僕も考えたんですけど一つの場所の人たち転移させるだけでも『転移』を最低でも百回以上使わないといけないのでさすがに無理です」
現時点で強化された『奉身者』の使用に協力してくれる魔族の数は三千数百人だった。
このため現在四ヶ所で撤退中のアッキム王国軍全体を強化された『転移』で帰国させるのは現実的ではなく、限界まで『転移』の代償を払わせては現在協力してくれている魔族たちの中にも協力を嫌がる者が出る可能性があるとリファロは考えていた。
「勝手に攻め込んできた人たちのために能力使えなくなって欲しいなんて頼めませんし、アッキム王国の人たちには後何ヶ月か歩いてもらうしか、」
ないと言いかけたリファロだったが何かを閃きそうになり黙り込み、突然黙り込んだリファロにマナリュースたちの視線が集まる中、リファロは突然の閃きを形にしようと思考を巡らせ続けた。
強化された『転移』の対象を広げる事ができれば便利だとはリファロもこれまで何度も考えたが、強化された『転移』の対象が自分の視界内の物だったので諦めていた。
本体の自分しか強化された『転移』を使えないという理由で分身を創り視界を広げる事を諦めた。
対象の先の地面まで転移させてしまうという理由で上空から対象を視界に捉える事を諦めた。
『血の乙女』に強化された『奉身者』を使わせようと思ったら練度不足のせいか失敗した。
これまでの失敗を思い出しながらリファロは自分の手札を全て思い浮かべて一分もかからずにある事を思いついた。
「……ああ、何かいけそう。ちょっとやってみますね」
リファロが考えている事もやろうとしている事も分からないままマナリュースたちはリファロを見守り、二秒もかけずにリファロはアルベール魔王国にいたアッキム王国軍の全兵士をアッキム王国へと転移させた。
「エプランテさん、ありがとうございました。エプランテさんのおかげで予定がかなり早くなりました」
「……何をした?」
他の二人同様リファロが今行った事を理解していなかったエプランテは呆れながらもわずかに怒りを感じさせる声でリファロに質問し、エプランテ同様呆然としていた他の二人の視線も受けながらリファロは今自分が行った事を説明した。
「エプランテさんと話してて『回答者』を眼の代わりにすればいいんじゃないかと思ってやってみたら一度に兵士のみなさんを全員アッキム王国に転移できました」
厳密には『転移』一回毎に指定できる転移先は一ヶ所だったので、陸路を進んでいた兵士たちと海路を進んでいたアッキム王国国王、ブラザークたちを転移させるためにリファロは計二回強化された『転移』を使う必要があった。
しかし『転移』を百回以上使う事を考えればこの程度は誤差で、リファロはまだ現状を把握していない三人に断ると再び魔導通信機がある部屋へと向かった。
「……どうして魔導通信機が一個しか無いんだ?」
『回答者』を眼の代わりにして遠く離れた場所にいるアッキム王国軍の兵士たち数万人を一度に転移させた。
このリファロの発言の意味を徐々に理解し始めて恐怖と動揺が入り混じった感情を抱いていたエプランテは平静を保つためにリファロの退席の理由に言及し、エプランテ同様動揺していたマナリュースはほぼ反射的にエプランテの質問に答えた。
「リファロ様がアッキム王国から奪った魔導通信機はそんなに多くなくて持ってない領主がほとんどです。ですからいくらリファロ様でもたくさんは持てません」
「話には聞いていましたけどさすがですね……」
今日は軽い顔合わせぐらいだと思っていたところにゼーナマイン皇国の大臣たちとの話し合いに同席させられた時点でレオエフェールは自分が想像以上の逸材の下に派遣された事を思い知らされていた。
そして人間と最低限にしか交流しない事を美徳としているスイリーシュを含む他の天使たちが自分を人間の下に派遣すると決めた時点でレオエフェールはリファロが規格外の存在だという事も理解しているつもりだった。
しかし先程のリファロの発言の意味を理解するにつれてエプランテ同様レオエフェールもリファロにわずかながら恐怖を感じてしまい、リファロが即暴力に訴える性格ではなくてよかったというノルニックの発言に心底同意していた、
「リファロ様はいつもこの様な感じなのですか?」
レオエフェールの抽象的な質問にマナリュースは即答できなかったが少し考え込んでから口を開いた。
「……そうですね。いつも能力の実験はしてますし、私たちもリファロ様の能力を全ては知らないので今回の様に突然大きな事をしたりもします」
今回のリファロの閃きはエプランテとの会話がきっかけとして大きかったとマナリュースは考えており、リファロと部下としてのつき合いが長い自分ではなくエプランテの発言がきっかけで自分たちアルベール魔王国の悲願だったアッキム王国軍の完全撤退が早まった事に嫉妬していた。
そして我ながら狭量だとは思ったがエプランテに礼を述べるかどうかマナリュースは悩み、リファロの出す結果に文句を言う図々しさもリファロの部下には必要なのだろうかと考え始めていた。
一方のエプランテはリファロの手札を増やしてしまった事を喜べばいいのか嘆けばいいのか一瞬悩んだが、リファロは仮にも自分の上司なのだからここは素直に喜んでおこうと考えてリファロの帰りを待った。
そして十分もかけずにリファロは部屋に戻り、席について早々エプランテに礼を述べた。
「ありがとうございます。ルドディスさんは驚いてましたけどアッキムのみなさんがいなくなるのが早まる分には文句も無いって言われました、エプランテさんの助言が無ければ今回の手思いつかなかったと思うので助かりました」
「ふん。助言らしい事をした覚えは無いから礼はいらない。それよりアッキムとかいう国の人間がこの国からいなくなったって事はお前はもうここの領主か?」
今回の件でリファロがニードベルの領主になる時期が早まるのかはマナリュースとレオエフェールも気になったらしく、リファロは先程ルドディスと話した内容を三人に伝えた。
「いえ、大きな式典もやる予定なのでアッキム王国のみなさんがいなくなってもすぐに予定は変えられないそうです。一応アルベール魔王国の方でも確認するって言ってましたし、急かすのも悪いので僕が領主になる日は予定通りで構わないって伝えておきました。そもそも今アルベール魔王国はゼーナマイン皇国との話し合いの準備で忙しいですからね」
どちらも原因は自分だがと自嘲しながらリファロは今回気づいた『回答者』と強化された『転移』の併用についての感想を口にした。
「それにしてもこの『転移』は我ながら怖いですね。できる事の幅はかなり広がりましたけど、正直な話今回みたいな事が無い限り悪用しか思いつきません」
もちろん今回思いついた『転移』を悪用する気はリファロには無かったが、窃盗、誘拐、暗殺を現場に赴く事すらせずに行えるこの『転移』の存在を知った他者が自分にどの様な感情を抱くか容易に想像できたのでリファロは表情を硬くした。
そして黙り込んでしまったリファロにマナリュースとレオエフェールが何と声をかければいいか悩む中、エプランテはリファロの心配を一蹴した。
「安心しろ。とっくにお前は他の人間や魔族から怖がられてる。今思いついた転移魔法で更に怖がられる事はあっても怖がる奴はそう増えたりはしない」
「……ですね。今更気にしてもしかたない事いつまでも悩んでてもしょうがないですし、これからの話をしましょうか」
正直な話飛行手段ならマナリュースで事足りており、今後竜の強さが必要になる可能性も低かったのでリファロはエプランテにあまり期待していなかった。
しかし言葉を飾らずに自分に意見をぶつけるという人間や魔族ができない事を自然に行ってくるエプランテの貴重さをリファロはこの数時間で実感させられ、短絡的にエプランテを追い返さなくてよかったと考えながら明日からの予定について三人と話し始めた。




